第六十九話 待ち時間
「よっと」
「ぐっ……」
相手の剣筋を読み、軌道を逸らしてカウンター気味に首筋へ剣を突き付ける。
「そこまで。勝者カトル=チェスター」
予選二日目。
マリーの言っていた通り、昨日の試合を元に実力差のあるカードが組まれたようで、俺は苦戦すること無く勝つことが出来た。正直あまりのあっけなさに拍子抜けである。自分も弱くなってたし普段中央棟で特訓に勤しむ連中を見てたから、連邦の貴族を少々買いかぶり過ぎていたのかもしれない。
「だから言っただろう? 油断さえしなければ絶対に勝てると」
マリーが上機嫌で俺の肩をバシバシ叩いてくる。
まあ、よく考えればマリーも領主一族なんだし自分とこの領地の貴族の実力くらい把握しているか。
「今日の予選通過者を見る限り明日も問題ないと思うが、もしかすると他領の新人の中に凄腕の持ち主が潜んでいるやもしれん。油断大敵だぞ」
「他領って、明日も寮の修練場で戦うんじゃないの?」
「あんたは! 全然資料読んでないじゃない! 明日からの試合は全て中央棟のコロシアムで行われるんだから間違えないでよね」
「うむ。言ってしまえば明日の予選決勝が本戦の予行演習みたいなものだな。一般開放はまだだが、選帝侯一族や国賓であるアルヴヘイムの使節団も観戦する予定になっている」
「ん、私も観戦予定」
どうやら俺の知らない間にアルヴヘイムの使節団が来訪していたらしい。スティーアとゴートニアを護衛に伴ってとのことだから、ヴィットーレと一緒に帝都までやって来たのだろう。
ユミスはこの機会に早速接触を試みるつもりのようだ。
「そういや、妖精族も何人か武闘大会に参加してるんだっけ」
「そうだ。もともと連邦にいる妖精族がシード枠で6人。あとアルヴヘイム使節団の数名が予選に参加している」
どうやらアルヴヘイムの使節団が観戦するのは、妖精族たちの戦いぶりを見る為らしい。
今後の事を考えれば、いい試合をして向こうの使節団の目に留まっておきたいところだけど、エーヴィの強さを考えればあまり当たりたくない相手でもある。
「ん……、妖精族の魔法は気になる」
「武闘大会なんだから剣技に注目してくれ」
万が一対戦する羽目になったらとにかく速攻だな。
ぼやぼやしてると魔法が飛んできて大変なことになりそうだ。
その後はいつも通り魔力トレーニングに時間を費やし、夕食の後は明日に備えて休むことにする。
「明日からは修練場でいくらでも特訓に励むことが出来るんだがな」
練習場所の無いマリーがボヤキ倒していた。予選が終わって修練場が開放されたら一目散に剣を振りに行きそうだ。
そして予選最終日。
各領地の色で華やかに装飾された建物を横目に中央棟へ向かうと、他の出場者と共に地下へと誘導される。いつもの講堂が待機場所になっており、出場する者たちが所狭しと陣取っていた。誰もが真剣な表情で武器の整備などに余念がない。
パッと見た感じ6、7割は貴族で、残りが傭兵ギルド・魔道師ギルドの者たちといったところか。
昨日話にあった妖精族の姿も片手では足りないくらい残っており、対戦相手によってはかなり苦戦しそうである。
ただそれよりも驚いたのが、ここにいるメンバーの顔触れだ。
「実技の講義で見た顔が多いな……」
「フン、貴様は誇らしいのではないか? これも全てユミスネリア教官の教えの賜物と言っても差し支えあるまい」
俺の呟きに、不敵な笑みを浮かべながらセストが反応する。
「いくら中央棟へ招集されたメンバーは実力者が多いとはいえ、この場の半数以上がユミスネリア教官の教えを受けた者なのだ。瞑想による身体強化の強化がどれだけ有用か、誰しも気付かされたことであろう」
それがどのくらい凄いのか、いまいちピンと来ない。でもセストがここまで絶賛する以上、ユミスの講義は大勢の役に立ったのだろう。それはほんとに誇らしいことだ。
……ただ実際はまともに講義が出来たのは最初だけで、すぐどっかの公子に邪魔されたんだけどね。しかも例の事件のせいで最後は駆け足での詰め込み授業だったわけで……。まあ数少ないまともな講義で教えてた瞑想による魔力展開が、連邦の学生諸子に思いのほかマッチしたってことなんだろう。
「おっ、来たぞ。皇家の審判団だ」
どこからか発せられた声に視線を向けると、奥の扉より貝紫色のマントに身を包んだ審判団が現れた。そのうちの何人かはいつもメロヴィクスを護衛しているメンバーだったが、一番前に出た男は初めて見る白髪の髭の長い老人だ。佇まいからして強烈な存在感を放っており、下手するとアンジェロより強いかもしれない。
「それでは予選決勝を開始する。第一試合はアルヴヘイムより光のフェアグリン、並びにハンマブルク公爵領竜騎兵アンスガー=ゲッティンゲンだ。栄えある初戦を飾るに相応しい戦いを来賓の方々へ届け給え。それ以降の組み合わせは張り出された紙面を参照するように」
老人が予選決勝の開始を高らかに宣言し第一試合の対戦カードを告げると、そのまま審判団は地上へ向かって行った。慌てて後ろに続く妖精族とイェーアト族の二人を尻目に、残った者たちは一様に壁に張り出された組み合わせ用紙へと向かっていく。
だが――。
「なんだ、これは! 妖精族との対戦がハンマブルクに偏り過ぎではないか!!」
「ハヴァールはスティーアとの対戦しかない」
「傭兵どもの相手はゴートニアにでもさせておけということか? 誰だ、こんなデタラメな組み合わせを作った奴は! 度し難い屈辱だ!」
口々に叫ぶ貴族たちの声に、アルヴヘイムの妖精族と傭兵たちの表情が硬化し、剣呑な雰囲気が漂っていく。
対戦カードを見ると、一応基本的に貴族は東部同士、北部同士といった感じで試合が組まれており、平民の傭兵ギルドや魔道師ギルドが最後になっていた。
その例外が妖精族の試合である。
最初に全て組まれたのはおそらく来賓に気を遣った為だろう。対戦相手は東部領地の貴族から一名ずつ選ばれており、残りは全てイェーアト族になっていた。妖精族の強さを思えば、彼らが対戦相手として相応しいと判断されたのかもしれない。
他にもいろいろ気になる所はあったのだが、対戦カードの一覧を見ているうちにそれどころではなくなってしまった。
「最後、ってマジか」
組み合わせ表の一番最後に俺の名前がある。
……。
今日の試合は64試合あり、この後、俺は63試合終わるまで待たなきゃならないってことだ。そりゃあ対戦カードが組まれる以上、必ず誰かしら最後まで残らなきゃダメだけど、来賓として観戦するアルヴヘイムの妖精族は最初なのに、同じ来賓のユミスはこの扱いというのはいくらなんでも酷すぎるんじゃないか?
「よう、カトル。まさかお前が俺の対戦相手になるとはな」
「マテウス」
「しっかしその似合わねえ帽子、まだ被ってんのか?」
「……似合わなくて悪かったな」
「へっ、試合じゃそんな帽子被ってらんねえくらいにしてやるから覚悟しとけよ」
マテウスはそれだけ言うと憮然とした表情で傭兵仲間のいる所へ去っていく。
こっちの苛立ちが伝播したせいかと思ったけど、なるほど。どうやら帽子を被ってるのが舐めた態度に思われたようだ。
あまり気にしてなかったが、確かに周りで帽子を被ってる奴は一人も居ない。兜や魔石付きのサークレットで防備を固める者がほとんどだ。
うーむ。余計な事で怒らせるつもりはないし、試合の時は最初から外すか。髪の毛の長さに翻弄されて身体がふらつくこともなくなったしな。
「貴様の対戦相手はあの男か。……フン、軟弱なミミゲルンの傭兵など一捻りにしてしまえ」
「セスト」
「私の相手はイェーアト族の戦士クラネルトに決まった。正直、今までの私では太刀打ち出来ない相手だが、貴様に教わった“瞑想”の力があれば一矢報いることが出来るやもしれん」
まくし立てるセストの身体がブルブルと震えている。緊張というよりは武者震いに違いない。瞳が爛々と輝いており、やる気満々といった感じだ。
「まだ試合まで時間があるのに、今からそんなに気合入れてて大丈夫なの?」
「何を生ぬるいことを。戦場では何時間も睨み合った後に戦う場合もあるではないか! この緊迫感こそが己を高めるのだ」
「……」
何だかもっともらしいことを言ってるけど、ここは戦場ではないし、万全の態勢で臨んだ方が良いに決まってる。とどのつまりは興奮を抑えられないんだろう。めちゃくちゃ鼻息荒いしね。
そんな感じで俺が白い目で見てると、セストはムッとした顔になる。
「フン。貴様こそ、のんびり構え過ぎではないのか? 出番はいつだ?」
「最後」
「……なるほど。それならば英気を養うのも悪くないな。講義室や隣の演習場など、食事や休める区画は充実しているそうだ。大トリを飾るに相応しい戦いを期待しよう」
清々しいほど手のひらを返したセストは鷹揚に笑みを浮かべる。さすがにセストでも最後の試合までは気合が持たないらしい。まあ、1試合10分だとすると10時間待ちだもんな。下手すると日が暮れてもまだ試合をやってる可能性だってある。
「早めに飯食って仮眠でもするか」
もちろんどんな感じで進むか状況を見てからだけど、今から60試合もあるんだし寝過ごすことはないだろう。てか仮眠しても全然待たされそうだ。
俺はセストの言う通り講義室の中に入っていった。どうやら隣の演習場が食事会場らしい。そちらへと足を運ぶ。
部屋に用意された食事は至れり尽くせりのビュッフェ形式だった。まだ試合が始まったばかりの時間なのにどの皿にも料理が揃っている。むしろ出来立てで美味そうだ。
だがさすがに試合の前にドカ食いするわけにはいかない。俺は泣く泣く鳥肉のクリームシチューとパンの組み合わせだけを選んで席に着いた。
本当は隣に鎮座されていた牛肉のステーキが食べたかったけど、あまりに美味そうで食べすぎる未来しか見えず、強い気持ちで断念する。
「氷の魔石をふんだんに活用した氷室の中で乾燥させつつ熟成した香ばしい匂いのする牛肉」とか、なんでそんな謳い文句をわざわざ書いておくかね。危うくもう少しで心が折れるところだったよ。
もし本戦でマリーと戦う羽目になったら、ぜひここに連れてきて食べ過ぎてもらおう。
ちなみにクリームシチューも黒胡椒がほどよくきいてとても美味しく、お代わりを我慢するのが大変だった。
そんな感じで早めの昼食を堪能し講義室前の広間に戻ってくると、ちょうど次の試合の呼びかけがされていた。ケルッケリンクとアルテヴェルデの東部貴族同士の対決である。
張り出された対戦表によれば妖精族の次のカードだったので、意外と早い試合の進み具合にちょっと驚く。この東部貴族同士の対決が終わればいよいよ次はセストの出番だ。
それにしても、妖精族とイェーアト族との対戦が短時間で終わるなんて思わなかった。いくらユミスの講義の成果が出たからといって、妖精族を相手に圧倒するとは思えない。と言って逆もしかりで、あっさり負けるほどイェーアト族は甘い相手ではない。
うーん。
地下だと勝敗も試合展開も全く分からなくて困るな。
まあ当たるとしても本戦でシード枠の強者を倒した後だから、今、心配してもしょうがないんだけど。
ただアルヴヘイムからやってきた妖精族たちがエーヴィやナルルースより強いとなると、いろいろ厄介なことになって来る。
当然武闘大会を勝ち進むのは困難になるし、何より実際にアルヴヘイムへ赴いた時、かの地における安全面の不安が増大することになる。
そりゃあ妖精族がレヴィア探しに全面協力してくれるんならいいんだけどね。
でも。
はるか昔、妖精族と竜族は対立し、じいちゃんはオブスノールの地に集まっていた妖精族を根絶やしにしたんだ。
今でこそ人族と妖精族の間に友好関係が成立したみたいだけど、アルヴヘイムの住民全てが俺たちに友好的だなんて幻想はさすがに抱けない。
「スティーア公爵領アガッツィ男爵家セスト=アガッツィ。ならびにハンマブルク公爵領イェーアト士爵家クラネルト=イェーアト。参るぞ」
先の試合が終わったようで、セストの名が呼ばれていた。慌ててセストの姿を探し手を振るも、どうやらいまだ興奮状態で周囲が一切見えていないらしい。
「力み過ぎるなよ、セスト」
俺が軽く声を掛けると、セストはハッとしたように周囲を見回し、大きく息を吐く。
そんな気合入りまくりのセストの後ろ姿を見送りながら、俺は再び思考の渦に埋没していくのだった。
次回は9月中に更新予定ですが、体調を崩している為、遅れるかもしれません。




