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第六十八話 vsセスト

 その場に残る羽目になった俺はそのまま連戦に備えるべく瞑想を開始する。

 貴族優遇とはいえ今の試合はあっという間だったし、セストの言う通りちゃんと3、4試合で終わるならさっさと終わらせてしまった方がいい。

 問題はさっきと違って今回の相手はすでに警戒モードで臨戦態勢ってことだ。簡単には隙を見せないだろうし、俺の木剣だと完全に相手の装備に見劣りしているのがきつい。

 何しろ相手貴族が身に纏っているのは仄かに魔力が宿った白銀の鎧で、精銀(ミスリル)とまで行かなくとも相当防御に優れた代物だ。木剣で攻撃したとしても弾かれるか、当たり所が悪いと最悪折れてしまうだろう。

 ……さて、どうやって戦ったものか。


「それでは、始め!」


 悩んでいるうちに審判の声が響き渡り、戦闘が始まってしまった。そして俺が木剣を構える間もなく、相手が突撃して来る。


「……っ!」


 先ほどの戦いを見ていたのか、相手は俺の間合いを的確に外し、その外側から一気呵成に攻め込んで来た。しかも厄介なことに俺の木剣を避けようともしない。鎧に当たってもたいしてダメージにならないのが分かっているからなんだろうけど、それなら武闘大会ではなく鎧の品評会にでも出て欲しい。 

 カァンという乾いた音とともに木剣が弾き返され、その隙に相手が剣を横なぎにしてくる。この反撃はつらいところだが、斜め後ろに下がることでなんとか躱すと、ちょうど横に来た相手の身体を鎧越しに押し返して間合いを取る。


「あっ……」


 今の感覚は魔力強奪スキルか。

 これはやっちゃったな。鎧の魔力を強奪したら、勝手に身体強化(ブースト)が発動したらしい。そのせいで瞑想していた魔力が霧散してしまった。……完全に想定外だ。

 せっかくのスキルも、うまく自分でコントロールできるようにならないと無用の長物に成り下がる。

 ただ怪我の功名というべきか、瞑想していた魔力分、いつもより身体強化(ブースト)の効果が高まっていた。その上相手の鎧は魔力を奪われ性能半減である。これならそう易々と木剣も弾き返されまい。


「うぬぅ、はぁあああ!」


 だが、相手は怯むことなく突撃して来た。どうやら鎧の魔力量の変化に気付いていないらしい。むしろ横なぎの一撃を俺に避けられたことで冷静さを失い、やや強引な攻めになっている。


「それなら……!」


 俺は相手の剣筋を見極め、素早く木剣を一閃する。今度は鎧越しでも確かな手ごたえがあった。ぐっ、といううめき声と共に相手の貴族が膝を付く。


「貴様……、何をした……!」


 まさか鎧越しにダメージを受けるとはおくびにも思っていなかったのか、相手は驚愕の表情でこちらを見据える。だが、これは千載一遇の好機だ。今のうちに決着を付けるべく、俺は木剣を振りかざした。


「そ、それまで! 勝者カトル=チェスター!」


 俺がとどめの一撃を繰り出すより前に、審判が慌てて勝ち名乗りを上げてくる。

 ……何ですぐに宣告しなかったんだ? あわよくば時間切れで引き分けにしようとでも思っていたのか?

 なんとなくモヤッとするけど、何にせよ勝ちだ。とりあえず瞑想で魔力をだいぶ使ったんで、精神的な消耗が激しい。早いとこ休んで次の戦いに備えないと。

 俺は踵を返しその場を離れようとしたのだが、その瞬間、予期せぬ声が修練場に響き渡った。


「では次。アガッツィ男爵家セスト=アガッツィ。並びにカルミネ従士カトル=チェスター前へ」

「なあっ?!」


 まさかの三連戦――。

 俺は驚きのあまり思わず声を張り上げてしまう。いくら貴族との身分差が激しいとはいえ、ここまで酷いとは思わなかった。

 だが審判は顔色一つ変えず淡々と言葉を紡いでいく。


「連戦は不服か? カルミネの従士よ。――本戦はこんなものではないぞ」

「……っ!」


 本戦はこんなものではない……。

 確かにマリーたちシードされている者との戦いを考えれば、最初から時間の決まっている連戦など簡単にこなせてしかるべきだ。煽られているだけの気もするが、本当の事だから返す言葉も無い。


「安心しろ、平民。この試合が終われば昼食だ。分かったら、さっさと解除魔法(キャンセルマジック)の魔石を使うがいい」


 俺は言われた通り魔石を受け取ると、すぐに魔法を発動させた。するとどんどん力が抜けて行き、結構な疲労が両肩にのしかかって来る。それが悲壮感漂う姿にでも見えたのだろう。セストがしかめっ面でこちらを見据えて来る。


「同情はせんぞ。全力を尽くさせてもらう」


 さっき試合を行ったばかりなのに瞑想による魔力の展開を済ませ準備万端な様子だ。この場にどれだけ強者が控えているか分からないけれど、これは辛い戦いになりそうである。


「それでは、始め!」


 審判の開始の合図と共に俺はすぐさま木剣を構え、相手の出方を伺う。だが、セストにこちらを攻撃する素振りはなかった。あるのは魔力の高まりだけだ。

 これは十中八九、身体強化(ブースト)の魔法だろう。対してこっちは身体強化(ブースト)を魔法としては使えず、スキルとしてもどうやって発動するのか手探り状態なわけで。

 どう考えても待つのは得策ではない。

 かといって攻撃を仕掛けるのもあまり得意じゃないので、ジリジリと間合いを詰めるくらいしか出来ないんだけど。


「はぁあああ! 身体強化(ブースト)!!」


 こちらが間合いを詰めている間に、セストは瞑想による魔力を展開し身体強化(ブースト)を掛けた。そして曲剣を手に、一気に距離を詰めて来る。


「いくぞ!」

「……っ?!」


 中央棟で何度も見たセストの剣術は動きがまるで違っていた。猛特訓をこなしたと自負するだけあって身体強化(ブースト)自体の洗練度が上がっており、魔力の澱みはなく、能力(ステータス)が格段に上昇している感じだ。


 ガキィィン!


 咄嗟に木剣を水平にしてなんとかセストの一撃に対抗するが、肩にのしかかる剣の重みを弾き返すことも受け流すことも出来ず、そのまま押し込まれてしまう。セストの持つ剣が曲剣だったのでなんとかギリギリ支えられたが、これが大剣とかだったら武器の重みで押しやられていたか、最悪木剣を折られていただろう。


「ぐぬぬぬぬっ!」


 ここが勝負どころと言わんばかりにセストは顔を真っ赤にして力を入れて来る。だが、それは悪手だ。


「……フッ」

「ぬおぉおっ!?」


 俺がタイミングを見計らって剣を引き半身の態勢になると、力の入れ所を失ったセストの身体が豪快に前へつんのめった。それを横目に素早く切り返すと、思いっきり剣を叩き込む。


「……っ!! させるか!」


 俺の攻撃を避けられないと見たセストは、なんと曲剣を手放して床に倒れ込み転がりながら体勢を立て直した。むなしく床に叩きつけられた剣の衝撃で少し手がヒリヒリするが、相手が剣を手放したとあっては追撃しないわけにはいかない。逃げるセストを追い、剣を拾う隙を与えないように間合いを詰めると、横なぎに剣を一閃する。だがセストはもはや形振り構わず身を空中へと投げ出し攻撃を避けてきた。身体強化(ブースト)で敏捷性が格段に上がっているセストに全力で逃げられると、今の俺ではそう簡単にとらえきれない。


「三分経過、そこまで! 両者引き分け!」


 あえなく時間切れとなって、俺はその場にへたり込んだ。セストもまた床に膝を付いたままなかなか立てずにいる。身体強化(ブースト)能力(ステータス)が上がっているとはいえ、鎧を着たまま全力で逃げ回ったのだから疲労困憊だろう。

 それにしてもここまで臆面も無く逃げの一手に出てくるとは思わなかった。俺が抱いていた貴族というイメージを根底から覆された気分だ。


「フン。戦場で三分もの間、格上を引き付けたと考えれば充分だ」

「格上、って……」

「私は自らの武を高めたいと思っているが、現状を弁えない愚か者になるつもりはない。残念ではあるが、身体強化(ブースト)を使った私より貴様の方が上だ。いかに見苦しかろうともそれで時間を稼げるならば私は喜んで醜態を晒そう。その先にあるのは勝利に他ならないのだからな」


 セストが周囲を制しながら堂々と語っているのを聞くとそういう気になってくる。でも実際はカウンターがたまたま功を奏しただけだ。俺はこの後も冷静に戦っていこう。


 さすがに四連戦とはならずほっと一息つけたので、五面で行われている試合を多少まったりしながら眺める。先ほどまでとは違い、勝敗が決まる試合が増えてきた。実力差のあるマッチングが組まれ出したのか、あっさりと決着がついている。

 どういう順番で対戦相手を決めているのか分からないが、これだけたくさんいる中たった一試合見ただけでそいつの強さを推し量ったんだから、審判の中にかなりの慧眼の持ち主がいるのだろう。 


 昼食が終わり、再び試合が再開されるとその傾向はさらに顕著になった。ほとんどの試合で引き分けにならず決着がつき、さらに負けた者への予選敗退の宣告がされていく。そこに身分の差などない。侯爵位の者が早々の敗退宣告に納得がいかず審判に噛みついていたけれど、実力無き者は去れと一喝される始末だ。

 そして試合が続き、初日の敗退者全てが宣告されるに至った後、俺の次の試合は明日と決まった。

 結局、午前は三試合もしたのに、午後の試合は組まれることなく予選一日目の勝ち抜けが決まったのである。




 ―――



「予選を勝ち抜いた者は、必ずシードされた者と本戦で戦うからな。その戦いが不様であった場合、大衆の前で醜態をさらすのは敗者だけではない。その者を選んだ審判団もまた非難の対象になるんだ。武闘大会とは連邦の威信を掛けた戦いの場であり、そこに不正の入り込む余地はない」


 その日の夜、マリーが俺の疑問に淡々と答えてくれた。


「俺は三連戦させられたけど?」

「それだけ実力を認められたんだ。皇子肝いりの審判団は連邦中から選抜されていると聞く。他のことならいざ知らず、こと武闘大会において実力以上に重視されるものなどないからな」

「そう、そう。だってその場の誰からも不満の声は出なかったんでしょう? だったら皆カトルの戦いに感銘を受けたのよ」

「それは買いかぶり過ぎじゃね? まだ全然前みたいに動けないし」

「ん! 前みたいに動けたら大変なの! カルミネの時の事、もう忘れた?」

「う……」


 そういやヴァルハルティを力の赴くままに使った時はヤバかったんだった。先んじてユミスが最大出力の身体強化(ブースト)を掛けてるって宣言してくれたから良かったものの、もしあのまま疑いの目で見られていたら人ならざる者だってバレていたかもしれない。


「それと、見かけ上、完治したって思われてるんだから軽はずみなことは言わないの」

「はい、ごめんなさい」


 今の俺の能力(ステータス)はカルミネのギルドで測った時とほとんど同じ状態まで戻っている。これで前より動けていないなんて聞かれたら、変な風に取られるだけだ。


「何にせよ、明日から一日一戦、時間無制限のトーナメントが始まる。傾向として実力差のあるカードが組まれやすいが、油断は禁物だぞ。いくら能力(ステータス)の劣った相手でも死に物狂いで立ち向かって来られると何が起こるか分からないからな」

「今の俺の能力(ステータス)で相手より上回ってるの? さすがにそんなことは……」

「何を言う。カトルの能力(ステータス)は既に連邦でもトップクラスだぞ。もし今のカトルより高い能力(ステータス)の持ち主が連邦に何十人、何百人と居るなら、南の小国などとっくに連邦の一部になっている」

「マリーは俺を慢心させたいのか、戒めたいのか、どっちだ?」

「と、とにかく油断するな! 油断さえしなければ、カトルなら絶対に勝てる!」


 思わず苦笑してしまったが、マリーの言葉でだいぶ気分が楽になった。

 ある程度は勝ち進まないとユミスの面目が丸潰れだもんな。どこかで負けるにせよ、せめて決勝の舞台に立っておかないと皇帝陛下とやらの顔を見ることも出来ない。


「ありがと、マリー。油断しないように気を付けるよ」

何とか間に合いました。

次回は9月中に更新予定です。

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