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第六十七話 大会初日

スティーア:シード枠5人→6人

素で計算間違いしてました。すみません

「これ、マジか……」


 しばらくぶりに学区の中央棟へと足を踏み入れた俺は、そのあまりの変貌っぷりに唖然としてしまう。

 中央棟の建物自体が一つの巨大な闘技スペースとなっており、その周囲をいつの間に作られたのか円形の観客席が360度全て覆いつくしていた。よく見れば中央棟の建物は少し地面に沈み込んでいて、ちょうど観覧しやすい高さに調節されている。

 こんな大規模な施設を一週間かそこらで造れるわけがない。おそらくこの辺りの地下一帯に予め建設されていたのだろう。そうじゃなきゃ、あんなふうに程よい感じの調整は出来ないはずだ。

 やたら地下に施設を作る国だとは思っていたが、ほんと尋常じゃない力の入れっぷりである。

 そう言えば、寮の地下にある修練場から各領地をつなぐ地下通路がなぜか円形だったけど、こんなもんが中央棟の地下に眠っていれば歪な造りになるのも当然だ。


「武闘大会は連邦における一大イベントだからな。この日だけは学区を全ての民に開放し、連邦の強者を喧伝するんだ。武闘大会で勝ち進めば、他領からの評判はもとより民衆からも絶大な支持を受けることになる。私も前回大会である程度まで勝ち残ったお陰で、いろいろ美味しい店の恩恵を得ることが出来たんだぞ」


 マリーは興奮冷めやらぬと言った感じで、意気揚々と話して来る。だが、恩恵とやらで美味い飯に行きつくのはさすがマリーとしか言いようがない。きっとあらゆる店の料理を思い存分堪能したことだろう。


「さて同行出来るのはここまでだ。頑張れ、カトル」

「ああ、ありがと」


 武闘大会初日。

 今日は地上の巨大闘技スペースで開会式が、同時並行的に各領地の修練場で予選が行われる。前回大会で一回戦を勝ち抜いた者は全員シードされており、マリーやヴィットーレたちとはここでお別れだ。開会式の会場へ向かうマリーたちを尻目に俺はスティーア寮へと踵を返す。


「凄い行列だな……」


 寮の入り口に設置された受付スペースには長蛇の列が続いていた。参加者はどこの領地の修練場でエントリーしても良いのだが、暗黙の了解で各領地の貴族はそれぞれの寮で参戦することになっている為この惨状なのだろう。

 それにしても貴族が律儀に並ぶなんてあり得ないと思ってよくよく見てみると平民の姿は皆無。領地の守りを全て傭兵に任せて来たんじゃないかと勘繰ってしまうくらい貴族まみれだ。


「ふん。逃げずに参加したことだけは褒めてやろう」

「セスト。お前も出場するのか」

「当たり前だ! スティーアの貴族である以上、武闘大会に出場しないなどあり得ぬ」


 その言葉に再度列を見返すとセスト以外にも寮で見た顔がズラリと並んでいた。トリスターノの取り巻きの……名前は忘れたが、狐顔の金髪に青紫の短髪など全員の姿がある。どうやら彼らも予選に出場するらしい。

 でも、あれだけ態度のでかかった連中が大人しく並んでいるってのは滑稽だ。ボスが居ないと調子が狂うのかもしれない。

 ってか、そのボスはどこ行ったんだ?


「そういえばトリスターノは?」

「貴様、呼び捨てはやめろ。……トリスターノ殿は前回大会で勝ち進んでおられる為、シード枠での参加だ」

「はぁ?! あいつが?」

「とことん不敬だな、貴様。いっそすがすがしいわ。……フン、言ったであろう? スティーアの貴族である以上、武闘大会に出場しないなどあり得ぬと。ここに居ないという事は、つまりそういうことだ」

「トリスターノも、アルデュイナもヴェンセラスも、……エディも?」

「……っ、エドゥアルト様だ! なんでエドゥアルト様だけ愛称で呼ぶ? 頼むから、予選が始まる前に疲れさせないでくれ」


 セストによればスティーア家からはマリーも入れて6人がシード枠に充てられているとのこと。まさかあのエディがシードされているなんてビックリだ。そんなに凄い剣の使い手には見えなかったけど人は見かけによらないものである。

 ちなみにラヴェンナに残っているマリーたちの一番上の兄ジョヴァンニにも資格があったそうだが、あまりスティーアからシード枠を取るのは他領との関係上好ましくない為、今回は参加を見送ったという。

 ……まあ実際はツィオ爺のお守りで残らされたんだろうな。俺にラヴェンナまで来いとか言っていなくなった手前、意地でもアグリッピナには来ないつもりなんだろう。ったく、困った爺さんだ。


「さあ、気合を入れるぞ!」

「いいっ?! 今日は何試合も戦うのに、そんな気張ってたら疲れちゃわないか?」

「変な事を言って疲れさせたのは貴様ではないか! ……フン、何試合もあると言った所でせいぜい3試合か4試合。その程度、造作もないわ」

「でも、同格の相手だと決着がつくまでに時間が掛かって次の試合に影響するんじゃないの?」

「貴様は何を言っている? 今日の試合はどんなに長くても3分だ。初日は実力の及ばない者を蹴落とす為にあるのだからな」


 なんと。今日は人数が定員になるまで削っていくのが趣旨らしい。

 確かに、いきなり実力者同士が戦って片方が初戦から消えるってのは観戦する側にとっては面白くない。差し詰め3分で決着がついてしまうような実力差のある者を蹴落として、明日からが予選本番ってとこなのだろう。


「逆に初戦で圧倒されても次戦で挽回がきく。だから貴様も最後まで諦めずに戦い抜けば、今日くらいは勝ち残ることが出来るやもしれん」

「なるほど、いろいろ教えてくれてさんきゅ。セストも勝ち残れるといいな」

「フン、誰に向かって口をきいている。初参加とて、私は誰にも負けるつもりはない」

「え? セストって初参加だったの?」

「チッ……悪いか? 前回は年齢が足りなかったのだ。ようやく参加資格を得た今、不様な姿を晒すわけにはいかん。それに私は貴様の主の言葉に従い猛特訓を重ねたからな。負けるはずあるまい」


 自信満々にそう答えるセストに俺は思わず苦笑いしてしまう。

 ユミスが教えたのは魔力の増幅だけだ。魔法を鍛えるとかならともかく武闘大会で勝つのが目的なら、剣の特訓に邁進すべきだったんじゃないだろうか。


「ん、んんっ。その点では貴様の瞑想の実演はとても役立った。おかげでかなりスムーズに身体強化(ブースト)を扱えるようになったからな。感謝していなくもない」


 ……まあ、本人が納得してるならそれでいいか。身体強化(ブースト)の効果も侮れないしね。


 貴族の連中に絡まれないよう時間をおいて受付を済ませたら、いよいよ本番だ。

 予選の参加者はパッと見、全部で200人くらい。修練場を埋め尽くす熱気に圧倒されてしまう。ほんとスティーアには血の気の多い連中が揃っているようだ。




「では初戦を始める」


 貝紫のマントを着けた審判員が号令を掛け、合わせて係りの者が修練場の参加者を誘導し始めた。

 いよいよ、試合開始だ。


「コンテ侯爵家アルフィオ=コンテ。並びにローヴェ侯爵家フェリーチェ=ローヴェ前へ」


 審判が高らかに名前を読み上げると、大きな歓声と共にスラリとした長身の柔和な笑みを浮かべた男がゆっくりと歩みを進めた。それに負けじとクリーム色の長髪を後ろで結わえた銀の軽鎧の女が小走りに中央へ躍り出る。

 どちらも他の者より高そうな装備を身につけているあたり、かなり裕福な貴族なのだろう。手にしている武器もしっかりと魔力が込められた業物のようだ。

 ちなみに各自が持ち寄った武器には切れ味を失くする魔法が魔石で付与されるので怪我の心配はあまりない。せいぜい打撲程度である。

 俺は用意された木剣を使う予定だが、やはり周りは普段使いの得物を持った者が圧倒的に多い。剣速や振り抜き加減などを考えれば、木剣は最初から選択肢に入らないってことだ。

 俺も普段の直剣に魔法を付与するか迷ったけど、掛かる金額を聞いて諦めた。金貨10枚なんてあり得ないっての。そんだけあったらいったいどれだけ豪遊出来ることか。

 大した魔石でもないのに、とんでもないぼったくりである。


「では次。ダレス侯爵家グイド=ダレス。並びに……」


 なんて考えていたら、いつの間にかさっきの試合が終わり次の試合になっていた。1試合3分なんてマジかと思ったが、セストの言葉は間違ってなかったらしい。たいした見せ場もなくあっさり時間切れになったようだ。

 その後も次々に試合が進んでいったが、なんというか、どの試合も単調で、たまに一撃でケリが付く以外、ほとんど剣を交じ合わせただけで終わっていた。

 誰もが日々訓練を重ねていてそんなに差が付かないのだろう。中央棟で一緒にユミスの講義を受けていた者たちの善戦が少し目立った程度だ。他の者に比べ身体強化(ブースト)が格段にスムーズな為、ほとんどの試合で先手を取り試合を有利に運んでいる。


「……しっかし、全然出番が来ないな」


 さっきから侯爵だの伯爵だの上位貴族の名前ばかり呼ばれ、セストでさえ呼ばれる気配はない。どうやら試合に出場するのは身分の高い者順らしい。一応、伯爵の出番が終わった所で貝紫のマントを着けた審判団がやって来て複数同時に試合を行うようになったが、それでもこのままのペースだと2時間は待ちぼうけである。


「では次。アガッツィ男爵家セスト=アガッツィ。並びにサヴィーノ男爵家ルイーザ=サヴィーノ前へ」


 おっ、ようやくセストのお出ましだ。

 顔がやや引きつっているあたり、相当緊張しているな、あれは。

 相手は一回り上の女性剣士であった。立ち居振る舞いを見てもかなりの腕前の持ち主のようだ。……これは結構ヤバいんじゃないか?


「それでは始め!」


 審判の合図とともにルイーザが剣を片手に特攻していく。対してセストはジッと立ったまま微動だにしない。

 どうやら瞑想をしているようだ。


「よしっ! 身体強化(ブースト)!」


 ルイーザの間合いに入る刹那、セストの身体が魔力を帯びていく。そして振り下ろされる剣をカウンター気味に弾き返すと、そのまま加速して相手の懐に飛び込んでいった。


「なにっ?!」


 ルイーザは驚きの表情を浮かべるが、時すでに遅し。セストの剣が首筋に直撃し、そのまま彼女は音も無く倒れ込む。


「……っ、勝者セスト=アガッツィ!」


 これ以上ない不意打ちカウンターが決まり、ちょっとしたどよめきが修練場に巻き起こった。どうやらセストの勝ちというのは結構な番狂わせだったらしい。そこかしこから怨嗟の声が聞こえて来る。


「ちっ、また召集組か。……忌々しい」

「カルミネに与する奴らに油断などしおって」


 やはり中央棟でユミスの講義を受けているのが少数派だからか、セストの瞑想からの身体強化(ブースト)による攻撃に対して否定的な意見が多い。

 でも、魔法込みで戦う以上、当たり前の攻撃だと思うんだけどね。魔法を使う相手に武器だけで特攻するなんてよほど覚悟を決めないと返り討ちに遭う危険の方が高い。むしろ今セストが使った身体強化(ブースト)の対処なんて極めて簡単な部類だ。

 そういやナーサも最初の依頼で特攻してたっけ。あの時は俺やエーヴィが居たから無茶したのかと思ってたけど、もしかするとスティーアの脳筋貴族による最もオーソドックスな戦い方なのかもしれない。


「……では次、アンドレイニ男爵家ファブリツィオ=アンドレイニ。並びにカルミネ従士カトル=チェスター前へ」


 最初の試合が始まって2時間強。やっと俺の名前が呼ばれた。ヨシッと気合を入れ支給品である木剣を取りに進むと、途端に笑い声が響き渡る。


「クックック、あれを見ろ。まさかの木剣を手にしたぞ。どうやらカルミネの従士は剣すら与えられないと見える」

「そもそも戦いというものをしたことがないのではないか? 自らの得物以外に命を預けるなど、とても正気の沙汰とは思えぬ」

「そういえばカルミネの女王が歓迎式典の場で突如現れた異形なるものの脅威を切々と語ったそうだが、あのような最低限の心得すら知らぬ者だらけであれば、さもあらんことだ」


 周りから一斉に湧き起こる嘲笑に俺は顔を赤らめた。確かに自分の剣を使わないのは軽率だったかもしれない。でもさすがにヴァルハルティは使えないし、普段の直剣だと木剣とあまり大差がない。

 これで木剣が折れでもしたら目も当てられないが、とりあえず軽く素振りをする限り、それなりに手に馴染んで大丈夫そうだ。どうやら講義の時の木剣と同じみたいで少し安心である。


「それでは始め!」


 周囲の嘲笑の渦に影響されることなく審判の開始の合図の声が鳴り響き、俺は木剣を構える。

 だが相手はニヤニヤ笑いながらこちらを下卑た視線で見下ろすだけで全く攻めてくる素振りが無い。明らかに舐め切った態度である。

 学区では見たことがないので、ラヴェンナからヴィットーレに付いて来た者だろうか。だとするともう前線で戦っている戦士ということになる。

 見た感じ、さすがにマリーと同じくらい強いとは思えなかったが、トリスターノの取り巻きなんかよりはよほど強そうだ。それに学区に居なかったということは魔道具で何らかの魔法を会得しているわけで、油断は出来ない。


「なんだ? 攻撃を仕掛けて来んのか。せっかく先を譲ってやったものを。ならば即退場せよ、下民!」


 相手は大袈裟な物言いで大上段に剣を掲げ、そのまま打ち下ろしてくる。

 えっ……と。

 何でこんなに隙だらけなんだ?

 罠かと思ったが、これだけ隙を与えてくれている以上、攻撃しないわけにはいかない。

 俺はそのまま木剣を構えると、相手の攻撃に合わせ一歩進み懐深くに突きを放つ。


「ぬおっ!?」


 鎧の継ぎ目の辺りを狙った一撃は横っ腹をえぐり、そのままの勢いで相手が吹っ飛んでいく。予想以上の手ごたえに攻撃した自分もビックリだ。

 グロッキーになった相手は床に突っ伏したまま全然立ち上がってこない。

 まさか、クリーンヒットで気絶したとか?


「……しょ、勝者カトル=チェスター」


 俺が戸惑う中、審判の勝者を決める声が響き、修練場に今日一番のどよめきが巻き起こった。周りのどの顔にも何とも言えない暗澹たる思いが透けて見える。

 だが、すぐに審判が次の試合を宣告し始めると、俺は閉口し、周囲の喧噪はより一層ボルテージを増していった。……俺にとって嫌な方向へ。


「では次。ジネッリ男爵家アッボンディオ=ジネッリ、並びにカルミネ従士カトル=チェスター前へ」


 まさかの連戦――。

 権力の理不尽がこんな所にまで影響するという事実に、俺は思わず眉根を寄せるしかなかった。

次回は9月に更新予定です。

もし間に合えば8月末に更新します。

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