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第二十一話 窮地と光明

4月27日誤字脱字等修正しました

 祭りまであと三日。ちょうど今日が売り上げ勝負の中日である。

 ギルド本部で賭けのオッズが出ているのだが、港の大衆酒場が2.6倍、アラゴン商会本店が5.3倍、サーニャの店が10.8倍になっていると昨日フアンがやってきて教えてくれた。まだ売り上げデータという物差しが無く一般的なイメージそのままのオッズになっているとのことだが、これだけ繁盛しているのに2倍以上の差がついているというのは結構ショックだ。

 今日は売り上げデータの中間発表が行われる予定だが、そこで大差がついていたら、やっぱりダメか、ということになって挽回は難しくなるだろう。

 ちなみに不正がないよう会計石という正確に売り上げを算出する道具が渡されていた。事前に全ての商品のデータを記録する手間はかかるが、それさえ終われば俺でも簡単に会計が出来る優れものだ。これで一番わずらわしい会計処理に手を取られずサーニャが串焼き炙りに集中出来ており、その分俺が店内も外も縦横無尽に動き回っていた。


 かなり大変だったけど走り回っていたお陰でだいぶ客の驚く()()()()()がわかって来た気がする。全力に近いスピードでも短い距離なら驚かれないけど、抑え目でも長い距離を走るとギョッとされるんだ。スカートも翻りそうになるしね。

 まさかウェイトレスをして動きの加減がわかるようになるとは夢にも思わなかったよ。人目にさらされるって重要だな。緊張感あるし。

 それと、こうやって動きの練習と思っていれば、ウェイトレスの服装を見られて恥ずかしいという気持ちが薄れるのも大きい。恥ずかしさより竜族(カナン)だってバレた時の怖さの方が上回るからね。

 まあ、だからといってこんな格好に慣れたくはないけどな、絶対。


 ただ、そんなことを考えながらしていると大きな落とし穴がやってくるわけで。


「……ヴィオラに聞いてはいたがすげぇ格好だな。カトル」

「あ……イェルド」


 知り合いにウェイトレスの姿を見られて耐えられるほど俺の精神力は強くなかった。

 恥ずかしさで顔から火が出る。


「しかし似合ってやがるな。お前が男だって知らなきゃ良かったぜ。世の中知らない方がいいってぇこともあるもんだ」


 うんうんと、イェルドは一人納得したように頷いている。


「どうしてここに? そっちも賭けとか祭りの準備とかで忙しいんじゃないの?」

「ああ、フアンの奴のせいでおちおち寝てられねぇくらい忙しいぜ。ギルドが胴元になっちまったもんだから俺みたいなのはこき使われるってぇわけだ。ったく、やっと探索から戻ってちったぁのんびり出来るかと思っていたのによ。……ほれ、新しい会計石だ。昨日までの奴を渡してくれ」


 売り上げの情報はギルドで厳重に管理することになっている。賭けの胴元だから当然なんだが、その為に本部と支部を行き来するのもなかなか大変そうだ。


「こんなの伝聞石でささっと伝えりゃいいのに賭けのせいでいい使いっ走りだぜ」


 伝聞石は二つあればある程度の距離内だと魔力を通じてやり取りが出来る石だ。支部と本部間のやり取りは通常これを使うが、今回は賭けの胴元なので情報の正確性の為に現物の会計石を公開する必要があった。わざわざギルド補佐のイェルドがやって来たのはその為だ。


「まあ、お陰でいいもんが見れたけどな」


 そう言ってイェルドはニヤッと笑う。

 それを見たら背筋がぞわっとして鳥肌が立った。

 ダメだ。この感覚は耐えられない!


「だあ、ジロジロ見るな!」

「おおっと、ウェイトレスが見られたくらいで怒っていちゃダメだぜ。それと、ほれ、おまけ。もう二店舗の昨日までの売り上げ情報だ。見ればわかるが結構オッズが荒れそうで面白いことになるぞ」

「どれどれ?」


 目ざとく寄って来たサーニャと一緒に相手の売り上げ情報を見る。


 港の大衆酒場は485銀貨(デナリ)

 アラゴン商会本店は405銀貨(デナリ)


 ちなみにサーニャの店は初日が142銀貨(デナリ)、二日目が148銀貨(デナリ)、三日目が126銀貨(デナリ)で全部で416銀貨(デナリ)だった。サーニャに言わせると毎日がとんでもない売り上げだそうで、普通は一日50銀貨(デナリ)行けば良い方らしい。

 だからサーニャは負けるはずがないと高をくくっていたのだが、この結果に衝撃を受けていた。


「これってどうなの?」

「港は祭りの準備で大変だからな。みんな忙しいから回転率が良いんだろう」


 なるほど。食事が終わったらすぐ準備に戻る感じだと、どんどん次の客が入るから効率がいいのか。


「港は祭りだからしょうがないけど、何で本部前のアラゴン商会の売り上げがこんなに凄いの?」

「そんなの当たり(めぇ)だ。連日オッズを見に来るやつらでごった返しているんだぜ?」


 あっ、と驚いて思わずサーニャの方を見た。彼女としても予想外だったらしく視線がかち合う。


「俺はここの繁盛っぷりを目にするまで、こりゃあ予想通りで決まりかと思ってたんだ。こいつは面白くなってきたんじゃないか? じゃあ、俺はそろそろ行くけど頑張れよ!」


 忙しいというのは本当の事のようで、俺が用意しようとした飲み物すら断ってイェルドは慌しく出て行く。

 しかし、この結果はどう捉えれば良いのだろう。とりあえず三日間の合計と考えれば、アラゴン商会にぎりぎり勝っていたのは良かった。

 だが安心してばかりもいられない。何しろマリーが抜けてから確実に手が回らなくなっているのを実感している。かゆい所に手が届かないという程度の感覚なのだが、それがはっきりと数字に出ていた。

 アラゴン商会側もこの結果を見ればもっと目の色を変えて追い上げようとしてくるはずだ。それなのにこちらは完全に頭打ちの状況になっているのが痛い。


「昼の売り上げが落ちているのよね。まあ、しょうがないんだけど、昼はどうしても食事メインだから私がずっと屋台に貼り付けてた二日目までに比べるとね」


 昼間は早く食べて森への探索に戻る客が多いのだが、会計だけはどうしても俺が早く動けば済む問題でもなく店内のオーダーがストップしてしまう。誰か臨時で雇えれば良いのだが、祭りの日に行われるランキング発表のせいでどこの店も人手が足りなくなっていたので、他から斡旋してもらうのも絶望的だった。

 これはちょっとまずいんじゃないか、と思ったが俺のやれることに変わりはない。とにかく動き回って少しでもサーニャの負担を減らすしかなかった。


 そういえば、一つだけ俺にも出来ることが増えた。それは日々練習を欠かさない鑑定魔法なんだけど、昨日レベルが上がったら凄い能力がついた。単純な食材に魔法をかけたときに、鮮度がわかるようになったんだ。


 例えばここにあるニンジンにかけてみる。



 名前:【ニンジン】

 年齢:【0】

 種族:【食材】

 鮮度:【7】

 カルマ:【なし】



 この数字で表されているのが指標で、最高値は9、最低は0となっている。野菜の場合は新鮮さが失われていくと数値が下がるが、こんなのは見た目で誰でもある程度はわかることだ。

 有用なのは魚や肉の類である。

 特に魚は絞めてからの鮮度落ちで美味しさが決まるので、だいたい7くらいの時に調理するのが一番良いらしい。逆に肉はある程度熟成させないと固くて食べられないから、この鮮度の値が0にならないうちに食べるというのが指標になる。

 鑑定魔法を使える人は普通、腐っているかどうか、毒性があるかどうかといったものもわかるので、それとあわせれば食材を選ぶ際にも良い判断基準になるんだとか。

 人族は魔道具で必ずレベル10だもんな。

 今の俺の鑑定魔法のレベルはおそらく7だから、あと3つ上がるうちにはわかるようになるのだろう。

 まあ、そんなわけで、俺の鑑定魔法の練習は仕込みの手伝いも兼ねるようになりサーニャの両親には結構ありがたがられるようになっていた。

 あと、そのついでに料理の勉強もちょっとずつしていたりする。まあ勉強と言っても仕込みの手伝いの延長なんだけどね。食材や調味料にはどんな種類があってどう仕分ければいいかとか、調理をする為の器具はどんなものがあってどう洗えばいいかとかだ。

 とにかく仕込みに時間がかかる為、包丁を握るとか、具体的な調理方法を習うとかには全く至っていない。俺でも手伝える範囲で教わっているだけだ。

 それでもちょっとした事柄がとても為になることばかりだった。大陸に来て俄かに出来た俺の目標である『孤島に美味しい料理をもたらすこと』を目指してまず第一歩目を踏み出した感じだ。

 もうちょい俺が料理出来れば店に貢献出来たのかもしれないなあと思ったのだが、それをちらっと話した途端サーニャに真顔で全否定された。


「カトレーヌが厨房にいてどうするの!」


 ……まあ役に立ってるならいいんだけどさ。

 あんまり慣れたくないのに、結局このウェイトレスの服にも慣れてしまった。最初は着付けとかしてもらってたけど、今では一人で問題なく着こなせる。まあ、その分サーニャが他の事に時間がかけられると思えばいいんだ。

 ……悲しくないぞ。悲しくなんてない。


 そんなこんなで一日一日を精一杯頑張って来たものの、やはり懸念は現実のものになってしまった。


「ほれ、今日の15時までのそれぞれの売り上げだ」


 祭り前日、再びやってきたイェルドから情報を受け取ると、サーニャの顔がみるみるうちに落胆に変わった。


 港の大衆酒場は901銀貨(デナリ)

 アラゴン商会本店は760銀貨(デナリ)


「それにたいしてうちは、四日目が132銀貨(デナリ)、五日目が134銀貨(デナリ)、今日これまでが40銀貨(デナリ)。全部で722銀貨(デナリ)か」


 他の店舗に比べればサーニャの店は夜の客単価が高いので、今日だけでも結構巻き返せる可能性は高いのだが、それでも数字上はかなり苦しいものになっていた。


「まあ、祭り当日は港の大衆酒場の売り上げはそんなに伸びないだろうけどな。逆にアラゴン商会は明日こそ本番って感じだぜ。やっぱ予選会場を全て商会が取り仕切っているのがデカイな」


 イェルドは苦い顔をしながら状況を説明してくれた。明日のメインイベントであるリスドの食事処が集結する大会は全てアラゴン商会の本店が取り仕切っている。メインの食事はそれぞれの店のものだが、飲み物やつまみの類は全て本店の売り上げとして加算される為、大幅な増収が見込まれているそうだ。


「お前らんとこも支部が後押ししてるらしいが、明日の対策って何かあるのか? このままじゃヤベェぞ」


 決勝は支部前で行われるが、サーニャの店は支部から若干距離があるので残念ながらあまり影響はないだろう。イベントを催すことで強かに計算していたフアンの姉(ロベルタ)からすれば最初から負けるつもりは毛頭無かったということか。


「まあ、まだ今晩と明日がある。何かしらテコ入れして最後の盛り上がりを見せてくれると、胴元として助かるな」


 イェルドはそう言ってニヤリと笑った。賭けの胴元は一番人気が無いところが勝った方が莫大な儲けを手にする事が出来るってことか。


「でも本部はアラゴン商会を推しているんじゃないの?」

「あんなのヴィオラとその一派がやってるだけだ。ギルマスの本音は胴元として儲けを出すことに決まってるだろ」

「うわ、身も蓋もない発言だ」

「まあ、そんなわけで俺も密かに応援してるぜ。とは言っても何か出来るわけじゃないけどな。せいぜい明日の晩に飯を食いに来てやることくらいか」

「それでも助かる」


 じゃあな、と言ってまたイェルドは忙しなく帰っていった。


「うーん。さすがにこれは挽回不可能か」


 サーニャが頭を抱える。今の状況でも凄い売り上げなのは間違いなく、現状の出来る精一杯を尽くしていた。だが最終日アラゴン商会にそんな隠し玉がある以上、今のままで勝てる見込みはゼロだ。

 支部の全面協力の下いつも以上にサーニャの店に客が集まっているのだが、料理の作り手が足りない事実はどうすることも出来ない。しかも明日は大会に店として参加しなくてはならない。ただでさえ足りない料理人がさらに減ってしまうのだ。

 これは致命的であった。

 どうする? 諦めるのはこれまで頑張ってきた自分を卑下しているようで絶対に嫌だ。

 だが、テコ入れとイェルドは言っていたけど何も思いつかない。それこそどこからか料理人を連れてくるしかないんだけど。

 はぁ……。堂々巡りだ、これじゃ。

 サーニャと二人溜息をつくしかない。


 と、そんな時であった。夕方前、開店準備中の店の扉が突如として開かれたのは。


「あっ、まだ準備中なんで17時まで待って下さい」


 慌ててサーニャが話しているのはどこかで見かけた執事服の老紳士だ。


「待った、サーニャ」


 俺は追い返そうとするサーニャを止めて老紳士に近づく。すると老紳士は恭しく頭を下げてきた。


「お久しぶりです。カトル様」


 あ、やっぱり俺の見間違いじゃない。


「レヴィア様の命により、このネーレウスが先んじて馳せ参じました。まもなく御方々も到着するでしょう」


 レヴィアの眷属、オーケアニデス族の一人として紹介された執事さんだ。


「なぜあなたがここに?」

「話せば長くなりますが、端的に申しますと長老様にお出しする料理の修業の為、でございますな」


 えっ、それって……


「サーニャ殿の親御様は類稀な料理の達人であるとか。短い期間ではありますが師事して是非ともその業を会得したいところですな」


 そう言って執事(ネーレウス)は優雅に微笑む。

 レヴィアが言っていたのはこれだったのか! サプライズもサプライズだ。

 喉から手が出るほど欲しかった人材がやってきた。さらに執事(ネーレウス)の後ろからメイド服の女性が三人並んで入ってくる。

 まだ事態を把握できずおろおろしているサーニャに俺は力強く叫んだ。


「もしかしたら、明日なんとか出来るかもしれない!」

次回の更新予定は2月1日です。

ただ体調を崩した為、悪化すると週末にずれ込むかもしれません。


皆さんも風邪などには充分お気をつけて下さいね。

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