第六十五話 致命的な失態
翌朝。
ユミスに叩き起こされた俺は能力の回復状況の確認がてら、精魔石で能力を測ってもらう。
既に能力判定魔法で分かってるいるのか、ユミスの表情が緩んでいるように見える。昨日は我ながら頑張ったもんな。結構期待できるかも。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19/72】
誕生:【6/18】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【6】
生命力:【553】
体力:【178】
魔力:【181】
精神力:【82】
魔法:【火属9】【水属9】【土属18】【風属9】【光3】【雷8】【精神2】【特殊19】
スキル:【剣術77】【槍術11】【特殊7】
カルマ:【無し】
おおっ!!
これまでなかなか上がらなかった四属性がレベルアップしている!!
体力や生命力はアンジェロとの模擬戦や日々のマリーとの訓練で上がってるのは知ってたけど、やっぱり魔法関連が上がるのは嬉しい限り――。
「それで、カトルは昨日いったい何をしてたのかな?」
歓喜する俺の隣から響く冷ややかな声に思わず背筋がピンとなる。
前言撤回。
ユミスの表情が緩んでいるように見えたのは、呆れ果てて笑ってただけだった。
なんだろう……。アンジェロとはまた毛色の違う圧迫感がある。
「な、何って、魔法の並行展開の練習、だけど?」
「……はぁ。四属性全部レベルが上がってるんだから、並行展開じゃなくて多重展開でしょ? 相当無茶しなきゃ、こんないっぺんに上がらないもん」
「無茶、ってことはないと思うけど」
「昨日、床に倒れていたのは誰?」
「う……」
「並行展開だって今のカトルには結構ギリギリなのに……。ちゃんと話して。昨日、どんな練習してたの?」
ずいっと迫られ、俺は渋々昨日の事を説明し始める。そして、聞いているうちにユミスは額に手をやり俯いたまましゃがみ込んでしまった。
「……魔法を制御せず駄々洩れで多重展開? しかも体内でずっと魔力を循環させたまま? ……でも、その割には全体の制御力は上がってないし、系統ごとの制御力も変わってない。……まさか個別で?」
何かブツブツ言いながらユミスは考え込んでいる。
これは完全に嵐の前の静けさだ。逃げ出せるものなら今すぐ逃げ出したい。でも悲しいかな、今日も連邦のお偉いさんがヴィットーレに会いに来る為、俺は金剛精鋼の部屋を出るわけにはいかないのだ。
「……ん、カトル。鑑定魔法を掛けさせて」
「え? 鑑定魔法?」
「いいから」
能力判定魔法でも精魔石でも調べたのに、何でいまさら鑑定魔法を使うんだ? 俺が訝しげに見ているのも気にせず、ユミスはこちらへ魔力を流し込んで来る。
だが、その途中で何かが弾け飛ぶ感覚に襲われ、俺は咄嗟に身を翻した。何が起こったのか分からず呆然と佇んでいると、ユミスが眉を寄せてキッと睨んで来る。
「……ん! 何で魔力強奪スキルを使うの?」
「ええっ? そんなの使ってないよ」
「でも魔力が弾かれた。それに、今カトルに身体強化が掛かってるよ」
「いいっ、マジで?」
「ほんとに私の魔力を受け入れてくれた?」
「あったり前だろ? ユミスの魔力を拒否するなんてあるわけないじゃん」
俺がそう断言すると、ユミスはちょっとビックリしたように横を向いてしまう。……よくわからんけど、追及の手が緩んでほっと一息だ。
それにしても身体強化が掛かってるって、全然気付かなかった。
少し左右に動いてみれば、確かに身体が軽い。やはりアンジェロ戦の時みたいに魔力強奪スキルで奪った魔力が勝手に発動して身体強化されたってことなんだろう。
でも、これ自分でも気付かないって……結構まずくね? 戦いの最中に発動したらかえって間合いが掴めなくて斬撃を躱せませんでした、とかシャレにならない。身体強化の効果が弱いのが根本原因なんだろうけど、このままでは使い勝手が悪すぎる。
「無意識に魔力を奪ってるみたいね」
「言葉にすると、めっちゃ怖いな」
「ん! 冗談言ってる場合じゃないの。スキルが勝手に反応しちゃったら、静寂魔法や消失魔法だって無効化されるんだからね」
ゲッ、それはまずいなんてもんじゃない。
「そういや【スキル】の特殊レベルが一つ上がってたけど、まさかそれが原因?」
「……ん。いろんな魔法で試してみないと――」
「ちょっと、ユミス! いつまでここに居るつもり? もうすぐシルフィングとレニャーノ両公爵が到着する時間よ」
金剛精鋼の扉が開き、色鮮やかな黄色のドレスを身に纏ったナーサが凄い剣幕で入って来る。清楚なドレスで着飾っているのに、怒った顔でドスドス歩いてくると何だかアンバランスでちょっと笑ってしまう。
「あんた、また失礼な事考えているでしょう!」
「滅相もございません」
「何よ、その言葉遣いは。……って、カトルと言い争ってる場合じゃなかった。ユミス、早く!」
「ん、カトル。後で絶対実験するよ」
実験って、何、その物騒な言葉。
断固として拒否したいけど、さすがに調べてもらわないと困るのは俺自身だ。
仕方なく俺は頷きつつ二人を見送ると、運んでもらった朝食を平らげる。
「……練習しよ」
なんかいろいろユミスに言われたけど、自重はしない。能力が上がっている以上、方向性は間違ってないはずだ。一応、まだやっちゃダメとも言われてないしね。
魔力強奪スキルについてはちょっと気になるけれど、昨日の練習でレベルが上がって効果が増えたのなら、もっと頑張ればコントロール出来るようになる可能性だってある。
「よし、とりあえず土属性無しの三属性で多重展開だ」
昨日使っていて気になったのが、小石魔法を交えるとかえって魔力の展開に歪みが生じることだった。たぶん、原因は土属性だけレベルが高く制御力があるからだろう。
だからあえて制御出来ない三属性を使い、魔法は駄々洩れのまま魔力を展開してみる。
「おっ……、やっぱりこっちの方が全然疲れないや」
三属性同時に魔法を展開しているのに、あまり脱力感がない。魔力をどんどん練っていかないと意識を持っていかれそうになるけど、裏を返せばそこにだけ集中すればいいので、いつもの練習よりはるかに楽だ。
魔法が駄々洩れなので確実にどこかへ魔力は流れているはずなんだけど、そんなの関係ないと思えるほど魔力の高まりを感じる。たぶん、この練習方法がじいちゃんの修行と似てるんで、身体が勝手に適応したんだろう。最初からこの方法でやってれば良かったと思うくらいだ。
でも今までと同じって事は、きっと制御力は身に付かないんだろうな。ツィオ爺に“人化の技法”を解いてもらうって考えると、このやり方は微妙だ。
「でもユミスのオーダーはあくまでヴァルハルティを使いこなすことだし」
ヴァルハルティはとにかく膨大な魔力が必要となる。今の俺の魔力じゃ全然足りない以上、制御は二の次で魔力をガンガン高めて行かなければならない。
そんな感じに理由付けして俺はどんどん瞑想に意識を割いて行った。
……。
まあ、俺が考えたやり方なんて所詮こんなもんだ。いろいろ考えはしたけど、結局感覚に頼ってこの特訓の致命的な欠陥に全く気付けなかった。
だから数時間後、悪夢が訪れたのはもはや必然であった。
突如「ドンッ」という衝撃が体内を駆け巡り、息も出来ないほどの渇きが脳裏に襲い掛かる。
何が起こったのか分からず、気付けば俺はそのまま床に倒れ込んでいた。あまりの息苦しさに首を掻きむしってのたうち回っていると、何の前触れも無く金剛精鋼の扉が開き、血相を変えたユミスが飛び込んで来る。
「カトル!? 何があったの!?」
その問いかけに俺はユミスへ視線を向けるも、息も絶え絶えで返事さえおぼつかない。
すぐさま魔法を展開し何かを確認したユミスは驚きに目を見開き、不安げに視線を左右へ彷徨わせる。
たぶん俺の能力を見たんだろうけど、そんなにヤバイ状態なのか?
「……ん、迷ってる場合じゃない。能力供与!!」
ユミスの使った魔法が回復魔法ではなく能力供与だったことに驚いたが、息苦しさが和らいできたことに俺は安堵する。だが、ユミスの表情はいっこうに冴えず、むしろ眉間の皺がさらに寄っていった。
「ダメっ、魔力の減少が収まらない……! カトル、魔力を抑えて!」
「え、魔力?」
抑えてって言われても、全然魔力を使ってるつもりはないんだけど……。
でもユミスの言葉に間違いはない。ってことは、俺は今も無意識に魔力を使ってるのか?
まさか魔法を駄々洩れにしてたから、それが止まらなくなっているとか。
「ん、やっぱり無意識なんだ。……もう、いちかばちかやってみるしかない」
「……っ?!」
ユミスは意を決すると、俺の手のひらをギュッと握りしめる。いつもは冷たいユミスの手のひらがじんわりと汗ばんで温かい。それだけ切羽詰まった状況なんだと嫌でも理解させられてしまう。
「カトル! 私の魔力を奪って!!」
「なっ……?!」
「早く! もう、一刻の猶予も無いの。マリーとナーサには魔石を渡したけど、そんなに持たない。魔力が枯渇したら、ほんとに死んじゃうんだから!!」
ユミスは呆然としている俺の手を引っ張り、指を絡ませてくる。その途端、膨大な魔力が俺を優しく包み込み、首を掻きむしりたくなるような衝動が瞬く間に収まって行った。
この感覚を俺は味わったことがある――龍脈の奔流に飲み込まれた時だ。それでいて、この天にも昇る心地良さ。
……他人の魔力を奪うのは禁忌だ。正気を保てる自信がない。
「何でもいいから、魔法を使って。精神力枯渇すれば魔力は循環しなくなる」
「なら鑑定魔法だ」
そういや、あの時も自分に鑑定魔法を掛けたっけ。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【6】
体力:【278】
魔力:【504】
魔法:【20】
スキル:【77】
カルマ:【昂揚】
能力の数値が見えた時には、もう精神力枯渇で意識が飛びそうになっていた。だがすぐにユミスが精神回復魔法を掛けてくれた為、なんとか気絶せずに済む。
額から滴り落ちる汗を拭うユミスの表情はまだ険しかったが、さっきまでの悲壮感はなく、どうやら無事助かったらしい。
「ありがと、ユミス。助かった」
「もう! カトルはいっつも冷や冷やさせるんだから!! どれだけ心配したと思ってるの?!」
「ごめん……。でも、俺も何が起きたのかさっぱり分からなくて」
「……ん、気付いてない? この部屋に掛かってるツィオお爺さんの“守り”が外れたんだよ」
「この部屋の“守り”って、まさか金剛精鋼の?! ええっ?! なんで? ツィオ爺の仕掛けたものが、そう簡単に無くなるわけ――」
「だ、か、ら! カトルが無茶して魔力を根こそぎ使い尽くしたんでしょ?! カトルの能力じゃ並行展開でもギリギリで、なのにどうして多重展開が出来たのか謎だったけど、この部屋の魔力を使っていたなら全部辻褄が合うもん」
「この部屋の魔力って……」
「さっき金剛精鋼の扉、簡単に開いたでしょ? あれ魔力が尽きて何の効力も無くなっちゃったからだし」
「いいっ?! じゃ、もしかして今、感知されまくりなのか?」
「ん、どうだろ。今の所、変な魔力の流れは感じないから大丈夫だと思うけど、一応対策はしとくね。でも龍脈の流れは遮断されちゃったから、ツィオお爺さんに来てもらうのはもう無理みたい」
「は……? 龍脈って」
「はぁーーーっ。ほんとに分かってなかったの? ツィオお爺さんが使った魔法。おじい様の講義で散々説明されたのに」
……あれ?
なんか、この話デジャブだ。どっかで聞いたような……。
いや、違う。龍脈を使った魔法って、石造りの輪の魔法のことだ! 大地の脈動を利用して遠方間の移動を行えるんだっけ。
でも、聞いたのはレヴィアの話が最初だったのに、何でユミスはじいちゃんの講義なんて言うんだ?
うーん。
まあ、いっか。
……。
……。
いや、全然良くないっ!
なんで今の俺如きの魔力で龍脈の流れが遮断されるんだ!? 龍脈って、あの髑髏岩の洞窟にある空洞で体験したとんでもない奔流の事だろ?!
あれを俺が使い切る? そんなの絶対に無理だ。
「ん、なんか納得いかないって顔してる」
「んなこと言ったって」
「ふぅ……。じゃ説明するけど、多重展開に膨大な魔力が必要なのは理解した?」
「それは……とりあえず」
どうやら俺は金剛精鋼の部屋の魔力を自身の魔力循環の輪に入れていたらしい。何でそんな事が出来たのかはいったん置いとくとして、だから魔法を垂れ流しにすることで余計な歪みを生じさせずスムーズに循環出来ていたようだ。
「でもカトルの魔力は全然足りない。だから、たぶん魔力強奪スキルだと思うけど、この部屋の魔力を取り込んで力にしていた。そんな状況で金剛精鋼の魔力が尽きれば魔力不足になるのは当たり前でしょ」
「うーん……」
確かに言われてみれば、魔法を垂れ流しにしてたんだから、どっかから補充されてないとおかしい。でもそれが魔力強奪スキルかって言われると、そんな感じは全くしなかった。
もしスキルで魔力を奪っていたなら、さっきのユミスの時みたいにもっと心地良い気分になっていたはずだ。
もっとこう、なんていうか、普通にあるものをいつも通り使ったというか。自分の魔力が減らないのを普通だと思ってしまうくらい違和感が無かったというか。
「あ、でもさすがに俺の魔力強奪スキルなんかじゃ龍脈の流れが遮断されることはないんじゃないの?」
「ん……。私もこの部屋の仕組みを完全に理解してるわけじゃないけど、さっきから少しずつ金剛精鋼に魔力を注いでるのに前みたいな力を感じないから、龍脈が切り離されているのは間違いないよ」
「マジか」
「たぶん、龍脈を支える為に金剛精鋼の魔力が使われていたんだと思う」
だから一度切り離された龍脈はユミスがいくら金剛精鋼に魔力を注ぎ込んでも戻らない。そして龍脈を扱えるのはツィオ爺含め限られた竜族だけだ。
「ってことは、“人化の技法”を解きたければツィオ爺へ会いにラヴェンナへ行くしかないと」
「ん、そうなる」
俺は頭を抱えてしまった。
切りが良かったんで投稿します。
次回は7月中に更新予定です。




