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第六十三話 違和感の正体

「ん……魔法を掛ける」


 いつの間にか近くに来ていたユミスは、壇上のメロヴィクスに向かって目配せするとすぐさま瞑想を開始する。


「え、なんで……?」


 途端に俺の身体をユミスの魔力が覆っていく。この感覚は静寂魔法(サイレント)だ。てっきり能力(ステータス)系の魔法を展開するんだとばかり思ってたのに正直意外だ。


「なんで静寂魔法(サイレント)?」

「ん……アンジェロの状態が分からないから」


 ……は?

 状態が分からないって、どういうこと?

 ユミスなら鑑定魔法を使わなくても調べたい放題じゃなかったっけ。


「だから、能力分析魔法(アナリシス)でも能力判定魔法(ジャッジメント)でも能力(ステータス)が見えないの! 何かに邪魔されているのか、それとも魔力自体受け付けないのか。一応能力(ステータス)自体は前回で分かっているけど、嫌な予感がするから今出来る最大限の魔法を使う……!」


 そう言ってユミスは疲労軽減魔法(リリーヴ)能力供与(ステータスドナー)敏捷強化(アジリティブースト)身体強化(ブースト)と続けざまに魔法を展開し始めた。能力供与(ステータスドナー)で俺の能力(ステータス)が底上げされたから、身体強化(ブースト)敏捷強化(アジリティブースト)の効果が凄い事になっている。それこそ身のこなしだけなら、“人化の技法”を掛けられる前と比べても遜色ないかもしれない。

 さすがにここまで徹底されるとは思わず、かえって不安が増してくる。少なくともユミスにこんなたくさん魔法を掛けられたのは初めてだ。いくらアンジェロの威圧感が凄いにしたって、ハッキリ言って尋常じゃない。

 おそらくユミスは、あらかじめ自身に身体強化(ブースト)を掛けた上で能力供与(ステータスドナー)を使ったのだろう。そこに瞑想で練りに練った身体強化(ブースト)敏捷強化(アジリティブースト)を展開したのだから効果の程は計り知れない。だが、それでどれだけ魔力を費やすことになったのか、想像するだけで頭が痛くなってくる。


「俺よりユミスの方が心配なんだけど」

「ん、カルミネでカトルに身体強化(ブースト)を掛けた時に比べればぜんぜん平気」

「そりゃそうかもしれないけど……」

「ん、そんなことよりカトルは絶対に自分で身体強化(ブースト)しちゃダメだからね。せっかく頑張ったのに、上書きされたら意味ないもん」

「う……、気を付けます」


 集中して気が昂ったりすると、何でか知らんけど魔力を勝手に使っちゃうんだよね。

 冷静に戦えれば問題ないけど、どう考えても簡単な相手ではない。

 うーん。

 ってか、ユミスの魔法が効かない相手って聞くと、どうしてもシュテフェンで直面したあの苦い記憶を思い出してしまう。

 あの時は大量の魔石で魔力を封じられたばかりか、体内の魔力まで悪影響を受けて、危うく全員やられるところだった。幸い俺は少し気持ち悪くなった程度で済んだけど、今の魔力量だとテーラみたいに身動きが取れなくなるかもしれない。


「準備はまだか?」


 結構時間がかかっていたせいか、アンジェロから苛立ちの声が聞こえてくる。だがユミスは静寂魔法(サイレント)を解いて一瞥しただけで、特に気にする素振りも見せない。

 先ほどまでのやり取りを聞いて無ければ、相手には全く歯牙にもかけない態度に映った事だろう。この辺りの感情のコントロールは俺には絶対に真似できないところだ。


「ん、終わり。頑張って、カトル」


 ユミスは俺に笑顔を向けると、忌々し気にこちらを見据えるアンジェロをよそに、涼し気な顔でマリーとナーサの傍へ戻って行く。


「フン、……では行くぞ」


 アンジェロは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、気持ちを落ち着かせるように目を閉じ、一度大きく息を吐いた。そしてスッと木剣を構えると、途端に眼光鋭く射すくめるような視線をぶつけて来る。

 こちらを圧倒するほどの気迫にともすれば気を吞まれそうになるが、ユミスの魔法で能力(ステータス)が上がったお陰か、さっきまでの嫌な感覚はだいぶ薄らいでいた。まだ首筋がチリチリするような違和感はあるけど、これならそこまでやられるという事もないだろう。


『うむ、両者準備は整ったようだな。では始めよ!』


 メロヴィクスの声を合図に、俺たちを囲う観覧の輪が出来上がる。全員で模擬戦とか言ってたのに、結局皆こっちを見ている。

 ……そんな注目するようなものではないと思うんだけどね。

 ただユミスが本気で魔法を使ってくれた以上、不様を晒すわけにはいかない。


「さあ、来い。まずは貴様の剣技を見せてみろ」

「……」


 アンジェロは剣を片手で遊ばせながら息巻いている。

 だがそんな挑発に乗るほど俺は自分を過信してない。いくらスキルレベルが高くても、まだ剣を習って三年ちょっと。どう考えたって何十年も修行して磨き上げて来たおっさんの方が剣技は上だ。

 それに、俺がじいちゃんにしごかれたのは攻めの技術じゃない。


「……なんだ、その構えは」

「俺は護衛だからね。守る方が得意なんだよ」

「フン、小癪な。わざわざ先を譲ってやったものを……。ならば、覚悟するがいい」


 そう言ってアンジェロはまるで槍を得物にするような型で、剣先をこちらに向ける。


「フッ……!」

「っ?!」


(なっ――!? はやっ……!!)


 カンッ! カカカカカッ!!


「「「おおっ!!」」」


 アンジェロが身構えるや即、鳴り響いた剣戟に、周囲からどよめきが湧き起こる。

 だが、俺にそれを気にする余裕なんて無い。

 繰り出される木剣の重みを剣身で全て受け止めた衝撃は凄まじく、膝から崩れ落ちそうになるのを必死になって踏みとどまる。


 ――なんて腕力(パワー)だ。

 もう少しで地面に叩き付けられるところだった。


 すぐ目の前には不敵に笑うアンジェロの厳つい顔があった。

 何の事は無い。

 奴はまさしくこの一撃で全てを終わらせようとしたのだ。

 

 マリーが死角を狙うのでつい同じように考えていた俺は、真っ向から喉元目掛けて飛んで来たアンジェロの猛烈な突きを一瞬見失っていた。

 すんでの所で剣身を翻し受け流そうとしたけど、その圧倒的な力で身体ごと持っていかれてしまう。

 腕力は奴の方が圧倒的に上だ。

 だったら敏捷強化(アジリティブースト)を生かしてもっと動き回るしかない。


「ぬ……、お?」


 俺はわざと力を抜き、アンジェロが一瞬つんのめった隙に真横へと転がり込む。

 力の拠り所を失った木剣はそのまま空を彷徨い、地面を打ち付けて大きく跳ねた。その間に距離を取り、何とか態勢を整える。


「ほう、なかなかの動きだ。……腕っぷしは足りないようだが」


 アンジェロは剣を肩の上で担ぐと、クックッと笑い始めた。

 この戦いが楽しくてたまらないといった表情だ。

 さすが死神とか呼ばれてるだけの事はある。あまり近づきたい部類の奴ではない。


「それっ、どんどん行くぞ」


 腕力に差があると見るや、今度は大上段からシンプルに打ち下ろしてきた。力任せに思える攻撃も今の俺には非常に厄介で、一撃一撃を捌ききるのは容易ではない。たまらず半身の態勢から一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。


「はっはっはっは。どうした小僧! これが戦場であれば、貴様の軍はもはや散り散りになっているぞ」

「う……、くっ――!」

「甘いわっ!」


 言われっぱなしも癪なので横に回り込んで一撃を加えようとしたが、アンジェロは信じられない動きで身を捩じらせ、俺の木剣ごと薙ぎ払ってしまう。


 って、何だよ、その身のこなしは!

 筋とか関節を痛めそうな曲がり方してるんだけど。


「バカな! なんだ、あれは?! 私と戦った時とはまるで別人のような動きではないか!! この二週間でいったいアンジェロ教官に何があったというのだ!?」


 マリーの驚愕の声が俺の所にまで響いてくる。

 そういやマリーと戦った時のアンジェロは魔法の恩恵に慣れてなくて動きがぎこちなかった。それが洗練されただけで、ここまで強くなるのか――。


 いや、そうじゃない。

 今の奴にユミスの付与は全くないんだ。

 確かに二週間という時間は貴重で、俺も立つのがやっとという状態から、曲がりなりにも剣を持って戦えるまでに成長できた。アンジェロがユミスの講義内容を熟知し、一心不乱に身体強化(ブースト)の練習に力を注いだのなら、ある程度能力(ステータス)が上昇する事も十分あり得る。

 だが、()()()()だ。

 ユミスの魔法の恩恵を超えることなんて、一朝一夕で出来るわけがない。

 ならば、今の奴の力はいったい何だと言うのか――。


「そら、そら、そら、そらっ!」


 マリーの言葉に気を良くしたのか、アンジェロは素早く連続した突きによる攻撃に切り替えて来る。まるでレヴィアを思い出させる程の凄まじい攻撃だ。

 一瞬でも気を抜けば、死角を突かれ手痛いダメージを食らうこと必至だろう。

 ……でも。


「くっ、ほっ、はっ、……よっと」


 レヴィアと同じくらいの速さで収まってくれるなら、今の俺でもギリギリなんとか避けられる。腕力(パワー)では敵わないけど、敏捷性(スピード)なら負けていない。


「ちぃっ! ちょこまかと」


 何度か避けているうちに、アンジェロはだんだん苛立ちをあらわにするようになった。そのせいか動きがどんどん雑になってくる。それに、おそらくアンジェロの普段の得物は槍なんだろう。速さ重視の攻撃だとぎこちなさが垣間見え、それが緩慢さの助長に繋がっていた。


「おのれっ!!」


 俺が避けるたびに、アンジェロの機嫌がどんどん悪くなっていく。

 でも、何で怒ってるのかよく分からない。力任せの攻撃を続けられれば俺には打つ手なしだった。でも、それじゃ物足りないから、速さ勝負に切り替えたんだよな? それで互角の打ち合いをされたら怒り心頭になる?

 ……それではまるで思い通りにならないと癇癪を起こす子供じゃないか。


「うぉおおおおおっっ!!」


 アンジェロは叫び声をあげ、遮二無二になって攻撃してくる。怒りで顔が紅潮し、まるで茹でだこみたいだ。どうしてこうなったのか、さっぱり分からない。

 勢い任せの連続的な突きは一撃の破壊力は凄そうだけど、スピードとパワー、どちらで勝負したいのかなんとも中途半端な感じなんだよね。しかも露骨に喉元を狙って来るので予測しやすい。

 俺はチャンスとばかりに力んでブレブレになった突きをかわすと、後ろに回り込むべく手首を掴んで巨体をいなそうとする。だが、アンジェロもそんなに甘くは無い。そうはさせじと手首を握っていた俺ごと腕を振り上げたのだ。


「ぬおおおおぉぉぉ!」

「うわわっ!」


 驚く暇もない。あっという間に俺はマリーたちのいる所まで吹っ飛ばされてしまった。


「大丈夫か、カトル?」

「ああ、うん。ぶん投げられただけでダメージはないよ」

「無茶はするな。あれは、尋常じゃない……!」


 マリーに支えられ、地面に激突せずに済んだのはラッキーだった。けど……、ったく、なんて腕力(パワー)だ。

 ここまで力の差があるとどうやって戦えばいいのか、見当もつかない。

 だがそんな俺の困惑とは裏腹に、なぜかアンジェロは膝を付き、苦しげな表情でこちらを睨んで来る。


「ぬぅう……。小僧、貴様いったい何をした?」

「え?」


 何をした、って力任せにぶん投げたのはお前だろ?

 そう、喉元まで出かかった言葉を飲み込めたのは、奴から感じていた謎の圧迫感が消し飛んでいたからだった。

 何だ。何が起こった……?

 そう思って、まず気付いたのは自分の身体の変調だった。

 突如として身体がめちゃくちゃ重くなったのだ。こんなのどう考えたってユミスの身体強化(ブースト)が切れたとしか思えない。そしてその事実にサァーッと血の気が引いて行く。

 たぶん無意識のうちに自分で身体強化(ブースト)を掛けて、ユミスの魔法を上書きしちゃったんだ。


 ……ヤバイ。

 ユミスにめちゃめちゃ怒られる……!!


 俺は顔面蒼白になりながらも、必死で言い訳を考える。もはや勝敗の事なんて頭が回らない。

 いや、今回俺は物凄く注意していたし、そもそも魔力を使った感覚さえ全くない。それどころか身体中に魔力が溢れ、妙に気持ちが高まっている。

 ――これ、間違いなく魔力強奪スキルだ。

 さっきアンジェロの手首を掴んだ時に魔力を奪い取ったんだ。だから奴は地面に膝を付けて、あんな風に気だるそうな顔をしていると。

 でも、それなら謎の圧迫感の正体は魔力だったってことになるけど、そんなのユミスならすぐ気付くよな。


 ……あれ?

 今、頭の中を何かが掠めたような……。

 ユミスが気付かない魔力。驚異的な魔法効能。極端なまでの戦闘スタイルの変化。

 手繰り寄せた情報を組み合わせ、カチリと考えが一つにまとまろうとしていた時、高らかに声が響き渡った。


『両者、それまで! 見事な戦いであった。続きは武闘大会本番を楽しみに待つとしよう』

「殿下。儂はまだ――」

『アンジェロは顔色が悪い。今日の所は宿舎に戻って休むが良い』


 メロヴィクスは壇上で立ち上がると、威厳ある立ち居振る舞いでアンジェロを諭す。こういう所はさすが皇子と言った所か。後ろにはいつの間にか側近が勢揃いしており、何事か話し合っている。


「よくやったぞ、カトル!」

「さすがカトルね!」


 俺が呆然と壇上を見ていたら、マリーとナーサが駆け寄って来て健闘を称えてくれる。


「はは、ありがと。でも勝負は完敗だったよ」

「何を言うか。最後の方は圧倒していたではないか」

「いや、力じゃぜんぜん敵わなかったし、正直終わってくれて助かった」

「ん……、あれだけ言ったのに身体強化(ブースト)上書きしちゃったもんね」

「うぐっ……、そ、それは不可抗力で――」


 どうやらユミスにはあっさりバレてたらしい。

 だけど思ってたよりぜんぜん怒ってない。むしろ機嫌が良いまである。


「話は後。それより、アンジェロが帰るなら私たちも行こう。やらなきゃいけないことが山積みだから」


 そう答えるユミスの視線はなぜかメロヴィクスの方へ向いたままだった。

 この時、彼女が何を見ていたのか俺が知るのはもう少し先の事になる。

次回は7月上旬までに更新予定です。

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