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第六十一話 動き出した宵闇

 結局、夕刻になってもルフは戻ってこなかった。

 ユミスはちょうどいい機会とばかりに収納魔法で保管していた魔石を使い始めるし、ナーサも便乗して魔法の練習に時間を割いている。

 当然俺も体力強化に魔法演習と盛りだくさんだ。こんなこともあろうかと週末、俺たちが特訓していた間ずっとユミスは魔石を作っていたらしい。


「ん……空間魔法の練習も兼ねてね。たぶん隠蔽魔法(カンシールメント)を使いこなすには、空間魔法のレベルを上げてより上位の系統に昇華させる必要があるはずだから」

「……そうですか」


 空間魔法の上位系統って言ったら、時空魔法とか次元魔法とかだよな? じいちゃんの授業の中でも特にわけわからなかった超絶難解な高位魔法だ。

 感知魔法(ディテクトマジック)看破魔法(ペネトレイション)といった能力(ステータス)を探る系統の魔法を凌駕するにはそのくらい凄い魔法が必要なんだろうけど、無理難題過ぎて俺には完全にお手上げだ。

 そんな魔法の習得に向かって邁進しているというのだから、本当にユミスは凄すぎて唖然呆然である。

 まさに好きこそものの上手なれと言うべきか。


 というわけで俺はユミスの魔法練習の副産物である大量の魔石を前に死に物狂いで特訓する羽目になった。

 なにしろ、ヘロヘロになったそばから体力回復魔法(ヒーリング)疲労回復魔法ファティーグリカバリーの魔石を押し付けられ、肉体が回復する間は四属性の制御特訓を行い、精神力が尽きれば精神回復魔法(メンタルケア)の魔石を押し付けられた挙句、空間魔法の講義を聞かされるという地獄のローテだ。そりゃあ居なくなったルフに恨み言の一つもぶつけたくなるよ。


 だがそんな俺の不満をよそに、翌朝、事態は思わぬ方向に推移することになる。


「え? まだあいつ戻ってないの?」


 結局いつも通り精神力枯渇(マインドダウン)のまま朝まで熟睡コースだった俺を起こしに来たのは、眉間に皺を寄せ不機嫌極まりないマリーであった。


「中央棟へ行ったまま連絡すら取れんのだ。あやつがユミスの護衛をするのは皇子の命だからな。このままだと寮を離れることもままならん」

「ならメロヴィクス――皇子に直接連絡を取ればいいんじゃね?」

「私たちもそう思ったけれど、なぜかエディ兄様にも連絡がつかないのよ。大至急アルデュイナを宮廷へ向かわせたけれど、いったい何が起こっているのか、全然分からないわ」

「ん……、講義はどうでもいいけど、それを理由に約束を反故にされてアルヴヘイムへ行けないのは困る」


 焦るマリーたちを前に一人ユミスは平然としたままだ。実際、いろいろ制限が付いてあまり自由に喋られない講義なんかしたくないに違いない。


「なんにせよ、まずはアルデュイナの報告待ちだな。ルフの動向も気になるが、それより今は宮廷の状況だ」


 とりあえずいつも通り朝食を取った俺たちは、ユミスの部屋で報告を待つ。そして講義の時間が差し迫った頃、ようやくアルデュイナからの伝令が到着したのだが……。


「……脱獄騒ぎ?」

「はっ。昨晩遅く牢獄宮にて火災が発生し、その混乱の隙を突いて大罪区画の罪人が逃げ出したとのことです。現在、近衛大隊が事態の収拾にあたっておりますが、依然、鎮静化の気配はなく……」

「近衛大隊?! では皇子が直接指揮を執っているのか?」

「いえ。指揮自体は長官のパウルス殿がお執りです。メロヴィクス皇子は宮廷で陛下のお側にいらっしゃいます」

「むむ? パウルス殿が指揮を執っているのに防衛隊ではないのか?」

「……理由は分かりません。ですが万が一に備え、防衛隊をそのまま首都の警備に当てているのではないかと」

「そうか……。それでエディ兄上は?」

「エドゥアルト様は現在、陛下との謁見中にございます。進展があればお知らせすると」

「了解した」


 伝令が一礼して下がっていくと、マリーは額に手をやって深々と溜め息を吐く。


「牢獄宮で火災とは……俄かには信じられん。あそこの警備は宮廷並みに厳重なんだぞ。しかも大罪区画で脱獄など警備兵はいったい何をしていたのだ」

「ん……とりあえず何が起こったのか分かって良かった」

「それは、そうなのだが……」

「あの、そんな大事が起こっているのに姉さんは招集されないのですか?」

「ううむ、今の私はユミスの護衛任務中だからな。相反する内容の任務を命ぜられる可能性は少なかろう」

「でもルフの奴は、そこにいるんでしょ? 昼から居なくて、火災が夜だとちょっと時間的に合わないけど」

「元々、学区内の移動だけであれば私だけで充分事足りるからな。近衛が出ているのだから、ルフが戻らないのも致し方あるまい」


 マリーは特にルフの動向について気にしていないようだ。まあ何か他に用事があって、それで降って沸いた惨事に巻き込まれたって感じならしゃーないか。

 ただこれでルフが戻ってこないのは確定した。そんな状況なら今日の講義も無しだろう。どうせアンジェロのおっさんも派遣されているに違いない。

 ついでに、このまま明日の模擬戦も無くなればいいのに。昨日、打ち合いをやった感じだとまだ全然思い通りに動けてないし、もう何日か自分一人で練習したい。


「ん……カトルが珍しくやる気になってる。早速演習場に行こう」

「珍しいは余計だっての」

「待ってユミス。地下演習場は午後まで講義で使えないわよ。終わるまで大人しく部屋で魔法制御の練習をするくらいにしておきなさい」

「げえっ、マジ?」


 精神力枯渇(マインドダウン)ギリギリまで制御の練習って地味につらいし、何より精神回復魔法(メンタルケア)で回復中にまたユミスの魔法講義を聞かされるってことになる。


「むうっ。何なら精神回復魔法(メンタルケア)の魔石を使わないで空間魔法の話をずっとするんでもいいよ」

「ごめんなさい。マジで勘弁してください」




 ―――



 エドゥアルトからの伝令が到着したのは、陽が沈み宵闇が差し迫る頃合いであった。

 牢獄宮で起こった騒ぎはなんとか鎮められ、今は逃げ出した者たちの確認作業が行われているそうだ。メロヴィクスたちも学区に戻ってきており、明日の講義は通常通り行われるという。


「寮内にとどまったのは賢明な判断だったとエドゥアルト様よりお褒めの言葉を頂戴しております」


 なんでも牢獄宮で起こった火災の原因は大量の魔石によるものだったらしい。そして、それだけの量の魔石を用意できる者など限られるし、運び込もうとすれば収納魔法は必須になってくる。

 つまり、下手をすればユミスが最も疑わしい存在になっていたって事だ。大罪区画の罪人には連邦を裏切りカルミネ王国に与しようとした者もいたらしく、現場からはそんな声もちらほら上がっていたとか。

 ……ほんと言い掛かりにも程がある。

 連邦と王国の架け橋となるべくユミスは毎日頑張っているのに、何でその努力を自ら台無しにしなきゃなんないんだっての。


「明日の朝エドゥアルト様がこちらまでいらっしゃいます。それまで寮で待機するようにと」

「了解した、と兄上に伝えてくれ」

「はっ」


 伝令が去り、俺は安堵の息を吐く。落ち着かなかった一日もやっと終わりを迎えられる。

 今日は何かあった時に備え、大したことはしていない。珍しくユミスからも魔力を温存するように言われ、午前中に部屋で当たり障りのない魔法制御の練習をした後は、午後にナーサと手加減してもらっての立ち合い稽古を行っただけだ。

 ここ最近ずっとユミスの指示によるハードトレーニングが続いてたからちょっと拍子抜けだけど、たまにはこういう日があっても良いと思う。まあ事件について考えてもしょうがないと早々に思考停止したから楽だっただけなんだけどね。


「……やっぱりユミスも事件が気になっている?」

「ん……大量の魔石が使われたって聞けば不安にもなる」

「ほう、ユミスほどの魔法の使い手でも気になるか」

「誰でも限界はある。多勢に無勢。それが魔石だったら尚更」


 そうなんだよな。

 あれだけの力を持つじいちゃんでさえ、人族との対峙を避けていた。一対一では負けるはずのない相手でも、大勢に囲まれれば苦戦する。しかも、それが大量の魔石による攻撃となれば途端に窮地に追い込まれるのは必至だ。


「ん、それに使われた魔石がどんな種類だったのか、情報が出てきてないのも引っ掛かる」

「え? 火災なんだから単純に火属性の魔石が使われただけってことでしょう?」

「……大量の魔石の全てが火属性? 厳重な警備だと分かっていて? 私ならそんな無謀な事は絶対しない。いろんな魔石でかく乱するよ。それに、ただの火災でこれだけ鎮圧までに時間が掛かったのもおかしい。それこそ、傀儡魔法(マリオネット)混乱魔法(コンフュージョン)の魔石が使われたなら話は別だけど」

「なっ――?!」


 ユミスの言葉に俺とナーサが息を呑む。それはシュテフェンで味わった苦い記憶であった。あの時はユミスもナーサも魔石の影響で痛い目にあっている。そしてその裏に居たポーロ商会のマッフェーオの足取りは依然掴めていない。


「まさか、あの時逃げた連中がアグリッピナに入り込んだって言うの?! 南部に潜伏している可能性が高いんじゃなかった?」

「ん、あくまで可能性の話。それにいくら皇子に警戒するよう伝えたところで別人が魔石だけ運んで来れば収納魔法や空間魔法の中身まで確認する術はないよ」

「むむ。だが、牢獄宮には階層ごとに検問もある。精神系の魔法なら、鉄石(くろがねいし)でカルマを調べればすぐ露見するのではないか?」


 一人あの場にいなかったマリーは釈然としない表情で首を傾げた。そりゃいきなり傀儡魔法(マリオネット)混乱魔法(コンフュージョン)などという物騒な単語が出てくれば戸惑うのも無理ない。ただ、温度感が明らかに異なるのは、やっぱり経験の差が大きいと言える。

 あのシュテフェンでの惨状を味わった者からすれば、いくら厳重な警備だろうと意味がないし、むしろ人がいればいるだけ危険性が増すとしか思えない。対策を取るにしてもラミロが持っていた浄化の石くらいしか思いつかないけど、あれはそう簡単に用意出来る代物じゃないし、全員に常に解除魔法(キャンセルマジック)を駆け続けるわけにもいかない。

 あの時はユミスが俺に触れたことで事なきを得たけど、今の俺じゃどこまで効果があるか分からないしね。もっと魔力を上げて、ヴァルハルティの力を使えればいいんだろうけど……って、まさかユミスはそこまで考えて俺に魔法特訓を課していたのか? だったら最初からそう言ってくれれば良かったのに。


「……ん、だから確証はないよ。事実としてあるのは、シュテフェンの港から逃げ出した商人が北を目指したってことだけ」


 なるほど。確証がなかったから言えなかったってことね。

 ……

 ……あれ?

 じゃ、なんで今になってあの時の事を?


「いずれにしても、明日エディ兄様から詳細の報告を聞いてからだけど……厄介ね」


 そのナーサの一言で解散になった後も、俺はシュテフェンで起きた出来事がグルグル頭の中を巡りなかなか寝付けなかった。

次回更新は、なるべく早めに出来たらと思ってます。

どんなに遅くても6月中には。

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