第五十七話 ルフの詮索
エディから先に通達がされていた為か、ルフがスティーア寮に入っても大した混乱もなく、寮生たちはそのまま中央棟へと出発した。
ただいつもと違うのは、その先頭にエディが居た事だ。
竜騎将として名高いルフを迎えるにあたり、アグリッピナにおけるスティーア家の責任者としてエディが出張る必要があるとのこと。
そこら辺の機微はよく分からないが、不機嫌極まりないエディを見ているとなんだか大変そうである。
「ふむ。完全に他人事だな、カトル殿は」
「ただの護衛に貴族の考えることなんか分かるわけないって」
エディが礼を尽くしているというのになぜか俺のそばに居るルフがツッコミを入れて来る。……エディの機嫌が悪い原因はこれなんじゃないか。
「そういう貴様は馴染み過ぎだ。今日初めてカトルと話したばかりだろう?」
「フッ……。私に対するその物言い、そっくりそのまま貴殿にお返ししよう、セスト殿」
「ナータリアーナ様にカトルの護衛を任されている以上、同僚となる貴様に物怖じしている場合ではないのだ。たとえそれが連邦随一の剣術の使い手だったとしてもだ」
誰もが一目置く中、セストだけは何の躊躇もなくルフに突っかかっていく。それをルフは苛立つどころかむしろ好ましい目で見ていたが、そんな態度でさえこの少年貴族には納得がいかないようだ。
「模擬戦の機会があれば必ず一太刀入れてやる」
「フッ、その意気や良し。ただその前に私はカトル殿と戦いたいところだが」
「カトルの護衛は私だ。貴様がカトルと戦いたければ私を倒してからにするのだな」
「いや、勝手に俺を巻き込まないでくれ」
俺を挟んで盛り上がるのは勘弁してほしい。
だが、これだけ二人が派手に言い合っているのに誰も何も言ってこないのだから不思議だ。さっきからチラチラこっちを伺っているアルデュイナあたりに文句の一つでも言われるかと思ったが、彼女も俺と目が合った途端、露骨に視線を逸らしてしまう。
……そんなにルフが怖いのだろうか?
確かに漂う雰囲気は強者のソレだが、本気のマリーだって十分凄いし、魔力はユミスに遠く及ばない。まあ何かいろいろ隠してそうな感じはするけど、一対一ならともかく複数人を相手に圧倒する力は無いはずだ。
それがカリスマ性と言ってしまえばそれまでだけど、あからさまに俺の時と態度が違うのはなんだかなあと思う。
「では私とマッダレーナは殿下へ報告に行く。後の事はアルデュイナとヴェンセラス、二人に任せたぞ」
中央棟に着くと、エドゥアルトはルフに目もくれずさっさと地下へ降りて行った。ユミスも講義の準備がある為マリーと共に下へ向かっていくが、ルフは俺の側に居座ったままだ。
「本当にあっちの護衛に行かなくていいの?」
「私の役目は中央棟以外の場所における護衛だ。ここではただの一生徒に過ぎない」
「ならばスティーアではなく、ハンマブルクに戻ったらどうだ?」
「フッ、これは手厳しい。だが私はカトル殿の側に居た方が都合が良い。そのくらいは貴殿でも察せよう?」
「なっ……?!」
セストは驚きに目を見開くとすぐに周囲を見回し、そして苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ぐぬぬ……、そういうことか」
「はい? 何のことか、さっぱりなんだけど」
「フッ、当事者ほど目と耳は利かぬものだ」
俺のボヤキにルフは不敵な笑みを浮かべるが、その真意を聞く前に壇上にメロヴィクスの登場と相成った。
『皆、大儀。武闘大会まで一月を切り、皆の心に熱き炎が滾り始めた頃かと思う。そんな中、一つ注意すべき事故が生じた事を報告しておこう』
いつも通りの暑苦しい挨拶に続いて、一昨日の事件のあらましがメロヴィクスの口から簡単に説明された。そこまでは情報が行き渡っていたのか特に何の反応も無かったのだが、ユミスの護衛としてルフの加入が発表されると、大きなどよめきが巻き起こる。
途端いろいろな所から視線を感じるようになり、なんだか落ち着かない。だが、隣のルフはにわかに注目を受けても涼しい顔で平静を装っていた。そもそも容姿端麗な上に白金髪の髪も美しく、いつも誰かしらの視線を浴びてそうなルフにとっては、この衆人環視の状況もあまり普段と変わらないのかもしれない。
「髪はカトル殿の方が鮮やかではないか。その帽子は取らないのか?」
「……いや、別に目立ちたいわけじゃないし」
ルフに自分の髪を褒められ、なんとなく嬉しくなってしまった反面、この前帽子が取れた時に変な注目のされ方をしたのを思い出し背筋がぞわっとなる。
ふと見れば、今日も中央棟には傭兵ギルドや魔道師ギルドから集められた者たちの姿があった。
……うん。やっぱり帽子はちゃんと被っておこう。
あの時みたいなのは二度とごめんだ。
それにしてもルフの注目度は凄い。それだけ連邦では有名人ってことなんだろうけど、気になるのはこちらを射抜くような視線のほとんどに嫉妬や疑念といった感情が渦巻いていることだ。素直に敬意や憧れを示すものは少なく、これが貴族のプライドかと思うとなんとも厄介である。
だが、そういった負の感情がルフに集中したお陰で俺に対する妙な視線はほぼ鳴りを潜めていた。なるほど、ルフが言ってたのがこの事なら、確かに傍にいてくれた方がありがたい。
メロヴィクスの訓示が終わると、前回精神力枯渇による魔力アップに合格した者は地下の講義室へと向かい、不合格だった者は再び鉄石で能力を測定するべく列を作り始める。
その列に巻き込まれないよう俺は先んじて地下へ向かって歩き出したのだが、その途中、入り口で行く手を遮るように冷ややかな笑みを浮かべて立つアントニーナの姿があった。
また嫌味でも言われるかと思い身構えていると、彼女はこちらには目もくれずルフの所へつかつかと歩いていく。
「あは。なんであんたがそんなところにいるの? もしかして竜崇拝やめちゃった? それはそうよねえ。見向きもされない相手なんか放っといて、皇家に忠誠を誓った方がいろいろお得だし」
「貴女と一緒にしないで貰おう」
「ああん? 誰に向かって口を聞いてるかな? イェーアトの名を継ぐこの私に向かって、大層な物言いね」
「イェーアトの名を出すのであれば、貴女こそ竜神様への口調を改めるべきだ」
「あは。痛い所を突かれておかしくなっちゃった? 竜殺しの一族と共にいるあんたが、いまさら『竜神様ぁ』だなんて、そっちの方がよっぽど烏滸がましいよねー。殿下の命令でスティーアに付き従ったあんたは、イェーアト族の風上にも置けない存在に落ちぶれちゃったわけ」
「フッ、殿下の忠実な僕たる貴女にはこの結果が本望だろう? では講義なので失礼する」
「なっ……! ちょっと、待ちなさい!」
それ以上、言うべきことは無いとばかりにルフは呼び止めるアントニーナを無視して横を通り過ぎていく。
アントニーナはまだ何か言ってるようだったが、絡まれると厄介なのでさっさと階段を下りてしまおう。
「騒がせたな」
「……イェーアト族の事情はあまり詳しくないが、どんな事由であれ主筋と揉めるのは好ましくないぞ」
「フッ、これは異なことを。私はハンマブルク公爵に仕えし竜騎将で、さらにはメロヴィクス殿下の命に従ってこの場にいる。主筋とは何も揉めていない」
「詭弁を弄した所で、同じイェーアト族同士で揉めていたではないか」
「さもあらん。イェーアト族同士で揉めるなど日常茶飯事だからな。そんな事より急がねば講義が始まるのではないか?」
セストの追及を煙に巻き、ルフはさっさと講義室の中へ入ってしまう。それを憮然とした表情で見送ったセストがボソリと呟いた。
「イェーアト族は固い結束で結ばれているのではないのか? そうでなければこれまで名君と呼ばれた歴代の皇帝たちがイェーアト族の為に苦渋を舐めるはずがないであろうに。チッ……、けむに巻きおって」
セストはなおも何かブツブツ呟きながら講義室へと入っていく。
この時の俺はふーん、と軽く考えることしか出来なかったが、後々このセストの言葉を痛いほど思い知らされることになる。
―――
講義室に入り所定の位置へ行くと貝紫の制服を纏ったナーサが待っていた。先にエドゥアルトと共にメロヴィクスの下へ挨拶に行ってたそうで、この後は俺の護衛に戻るとのこと。
「と言っても、あれではすることがないけどね。おとなしく瞑想の練習をしているわ」
前回ユングヴィの抗議により再試験を行ったことで、週末に他領からも異議申し立てが続出。その結果、週初めの講義に毎回テストを行うことで折り合いをつけることになっていた。
そんなわけで今、部屋の反対側では前回同様ユミスが氷壁を用意するなど忙しそうに動いている。マリーもその手伝いで人員整理したりと大変そうだ。相対的に数の少ない合格者はテストの邪魔にならないよう各々自習を行っている。
俺はというと、することもないのでナーサの瞑想を見ることにしたのだが……。
「くっ……」
「もっと魔力を囲い込むように展開した方がいいって」
「簡単に言ってくれるわね……。制御出来なくて暴走したらどうするのよ!?」
「そもそも今、展開してる魔法って小火魔法でしょ? 暴走したって、たかが知れてるじゃん。むしろ魔力の使わなすぎで、身体の中心まで魔力がスムーズに流れて行ってないよ」
「そんなこと言われても……!」
「ほらほら、もっと! この場で倒れても良いくらいのつもりで魔力を集めて」
「う、うう……!」
ナーサは以前より魔力がかなり増えているのに、やっぱり怖がって全力を出せていない。こんなんだったら、わざわざ瞑想して並行展開するより普通に魔法を連発した方がマシだと思えて来る。
どうやってその心の垣根を取っ払うか。
うーむと悩んでいると、隣で見ていたルフが興味深そうにこちらを見やってくる。
「ふむ、魔力の使わなすぎとは、余人では及びもつかない発想だな」
「えっ……?」
「そうであろう? 我らは妖精族のように魔力に長けているわけではない。普通はいかに効率よく魔力を活用できるか、という所へ主眼を置くのだが、カトル殿はまるで考え方が異なるのだな」
「……っ」
――しまった。
まさか発想が根本から違うなんて考えもしなかった。
ユミスの魔力が多いから失念してたけど、人族はそんなに魔力に長けているわけではない。そこに輪をかけて魔道具なんかがあるもんだから、6歳時点での魔力で固定され四苦八苦している者が多いわけで。
……落ち着け。
別に俺の考え方が突飛だからって、即座に人族ではないとバレたわけじゃない。
「俺たちはカルミネにおける天魔との戦いで魔力が飛躍的に向上したからね。倒せば魔力が増える敵を相手にしてたから、魔力自体を節約するより瞑想にかかる時間を少しでも削るべきって思うのは自然でしょ?」
「なるほど……、確かにその通りかもしれん。フッ、どうやら考え違いをしていたのは私の方だったらしい。カトル殿の考えは我らの先を歩んでいるようだ。剣術だけでなく魔法にまで精通しているとはな……。素直に賛辞を述べよう」
「いやいや。全部ユミスの受け売りみたいなものだし、そもそも俺は魔法そんなに得意じゃないって」
「謙遜も過ぎると良くない。少なくともこの中の誰よりも瞑想のスキルに長けているではないか」
あー。
なんだかわからないうちに、変な感じで目を付けられてしまった。
確かに瞑想は出来るけど、長けているとか言われると違和感しかない。こんなの、じいちゃんの猛特訓を受ければ誰だって嫌でも出来るようになる。
まあ、そんな苦労話をするわけにもいかないので俺は笑ってお茶を濁したのだが、ルフはそれ以上追及するでもなく、ナーサの練習に視線を向けながら自身も瞑想を試し始めた。
だが、なんとか乗り切れた思ったのも束の間だった。次の講義でもルフの興味の矛先が向けられてきたのである。
「ふむう。先ほどの見事な瞑想の手法から、てっきりカトル殿の剣術は身体強化のなせる業かと思っていたが、違っていたか。しかし、怪我をされたと聞いてはいたが、それを差し引いても失礼ながらその程度の動きでどうやってスキルレベルを上げたのだ?」
「……」
「カトルはリハビリ中なんだから、動けなくて当然よ!」
「む? 私の目にはほとんど怪我などしていないようにしか見えないが」
「それは……」
「ユミスの魔法で支えてもらっているからね。実際は結構ボロボロなんだ」
「ほう! ユミスネリア様の魔法だったのか! ここまで魔力を感じさせずに魔法を掛けるとは、なんと素晴らしい技術だ」
「……っ」
嘘です。
ユミスの魔法は全く掛かっていません。
ってか、こいつわざと言ってるんじゃないか? 向こうでユミスがめっちゃ睨んでるし。
明日はユミスに極力バレない感じで魔法を掛けてもらった方がいいかもしれない。
だが、そんな俺の考えなど吹き飛ばす勢いで翌日以降もまた詮索が続くのであった。
あけましておめでとうございます。
たっぷり正月休みを頂いておりました。
また今年もよろしくお願いします。
次回は2月中の更新予定です。




