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第五十六話 特訓の成果と白金の従士

 翌朝。

 目覚まし魔法(アラーム)の音で目が覚めると、もうすでにユミスが部屋に来ていた。


「カトル、起きた?」

「あ、ああ。おはよ、ユミス。……ってか起こしに来てくれるんなら、目覚まし魔法(アラーム)しなくても良かったんじゃね?」

「カトルが目覚まし魔法(アラーム)で絶対起きるなら」

「……来てくれてありがとう」


 寝起きでボーっとしていた俺は、すぐに剣呑な雰囲気を感じ頭を下げる。そりゃ、目覚まし魔法(アラーム)一つで絶対起きれる自信なんてあるわけがない。そもそも目覚まし魔法(アラーム)だけで起きれるくらいなら、苦労して熟睡魔法(サウンドスリープ)を覚えないしね。

 わざわざ確認しに来てくれたユミスには大感謝だ。

 ……まあ、それだけの理由でユミスが来るなんて欠片も思ってないけど。


「今日の特訓は魔法がメインだから、朝食前に演習場に行くよ」

「え、魔法? まずは体力をつけるのが重要なんじゃ……」

「昨日頑張ったから今日は身体を休めるの。それより制御の練習をしないと、いつまで経っても小石魔法(ペブル)しか使えないままだよ」

「うぐっ……、で、でも何で朝食前に――」

「食事の時間で精神力を回復出来るでしょ?」

「……」


 ああ、これ、もしかしなくても絶対昨日よりきつくなるパターンだ。……まあ言ってることは正しいので頑張るしかないか。

 眠い目を擦りながら金剛精鋼(アダマス)の部屋まで歩いて行くと、既にマリーとナーサが準備万端で待っていた。だが、なぜか二人とも俺より元気が無く、どんよりとした空気が漂っている。


「どしたん? 二人とも」

「昨日あんたが寝た後にユミスの特訓を受けたのよ」

「……ああ、そういうこと」


 その一言だけで俺はすべてを悟った。剣術の稽古の後にユミスの特訓を受けるなんて、俺からすれば無茶を通り越して自殺行為に近い。

 どうせ二人とも精神力枯渇(マインドダウン)になって倒れたのだろう。そんな状態でよく俺に影響が及ばなかったもんだ。


「ん、カトルに悪影響が及ぶような無茶をさせるわけない」

「そーですか」


 ユミスは何食わぬ顔でのたまっているが、二人の評価は全く違うようだ。


「あれのどこが無茶じゃないのよ?!」

「ユミスの居る地平は我らとまるで次元が異なるのかもしれんな」


 ……うん。

 ユミスの事だ。きっと能力(ステータス)を確認しながら、ギリギリのラインを追求したんだろう。

 マリーについては身から出た錆だが、それに付き合わされたナーサはご愁傷様としか言えない。ただナーサも自分から望んでユミスに魔法を習おうとしたんだし、これはこれで本望だろう。


「それじゃ魔法特訓を始めるね。みんな朝食前に精神力を使い切る覚悟で」

「いや、そんなことしたら倒れて食事出来ないじゃん」

「倒れる前に止めるから大丈夫」

「……了解」


 ユミスの指示に従い、俺たちは各々の課題として与えられた魔法を展開していく。マリーとナーサは水属性、俺は相も変わらず小石魔法(ペブル)だ。

 だいぶ制御出来るようになってきたので、ちょっとした大きさの石なら一回の魔法の行使で精神力枯渇(マインドダウン)することはない。ニ、三回なら連続放射もギリギリ行ける。もちろん、そんな事をすれば目が回るほど頭がふらついて倒れる寸前になるんだけどね。

 ほら、こんな風に。


「はい、カトルは終わり」

「ええっ?! あんた、早すぎなんじゃないの?!」

「ははっ、凄いでしょ。あっという間に魔力も精神力も尽きた」

「それ全然誇る事じゃないでしょう!」


 水属性の捻出に四苦八苦しているナーサからまさかのツッコミが入る。ああ見えて結構余裕があるのかもしれない。

 ……いや、違うか。

 俺がたった一つの魔法であまりに魔力を使い過ぎているだけだ。普通はこんなすぐに精神力が尽きたりはしないよな。


「ん、カトルは魔力を使い過ぎ。もっと少ない魔力で展開して」

「うっ……気を付けます」

「ちょっとだけの魔力で数をこなした方が早く制御力が上がるの!」


 ユミスに怒られてしまった。しっぱい、しっぱい。

 やっぱりもっと制御力を上げないとダメみたいだ。魔力が回復したら今度は魔法を何回使えるかで頑張ろう。

 力尽きた俺は床にペタンと座りながら二人の様子を見守る事にする。やはりまだ適性のない属性を繰り出すのは至難の業らしく、マリーもナーサも苦戦中だ。


 そして、この状況は朝食の後も変わらなかった。


「……とまあ、そんな感じで、今日もまた慣れない属性に振り回される二人であったとさ」

「あんたは……!」

「カトルは凄いな。今日一日で何回も精神力枯渇(マインドダウン)になっているのに、まだまだ余裕がありそうだ」


 なんだか二人からの視線が痛い。

 まあ、余裕があるってのは事実だけど、それもこれもユミスに絶対の信頼を置けるからだ。

 ユミスが細部まで能力(ステータス)を把握してくれるから、俺がどれだけ無茶してもギリギリの所で必ず止めてくれるし、どんな特訓が一番効率的かも瞬時に導き出してくれる。

 となれば後は慣れの問題。

 肉体の苦痛はキツイけど、精神の苦痛は完全に枯渇さえしなければ意外とイケる。……そんな風に思えるようになったのもユミスとじいちゃんの修業のおかげ、と言うより被害の代償と言うべきなんだろうけど。

 ……ともかく、魔法の展開によって魔力や精神力が無くなって来ると無意識に緊張を高めてしまうので、どうしてもそこから一歩を踏み出しにくい。そこをえい、やー、ってな感じで全部出しきれれば案外早く習得出来そうなんだけどね。


「カトルは休憩終わり。次で最後だから頑張って」

「了解。最小限の魔力で頑張るよ」




 夕食を済ませ、軽い演習を終えると明日に備えて早めに休むことになった。

 今日の所の成果はこんな感じ。 



 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【19/49】

 誕生:【6/18】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【3】

 生命力:【108】

 体力:【38】

 魔力:【117】

 精神力:【58】

 魔法:【火属7】【水属7】【土属17】【風属8】【光3】【雷8】【精神2】【特殊19】

 スキル:【剣術77】【槍術11】【特殊6】

 カルマ:【なし】



 精神力枯渇(マインドダウン)に近い状況に何度かなっているにもかかわらず、たいして【魔力】は伸びていないが、その代わり【精神力】の伸びが凄いことになっている。まさかたった一日で倍近く上がるとは思わなかった。しかも土属性のレベルまで上がっている。

 考えてみれば午前中、20回も出来なかった連続使用が30回以上出来るようになったからなあ。この調子で頑張れば、そのうち他の魔法も使えるようになりそうだ。


「今日は頑張ったぞ。カトルに負けてられん」


 そう隣で豪語するマリーもなかなか凄い数値の上がり方をしていた。



 名前:【マッダレーナ=スティーア】

 年齢:【21/237】

 誕生:【12/12】

 種族:【人族】

 性別:【女】

 出身:【ラヴェンナ】

 レベル:【20】

 生命力:【1208】

 体力:【462】

 魔力:【134】

 精神力:【434】

 魔法:【火属8】【土属1】【風属3】【精神25】

 スキル:【剣術41】【槍術17】【弓術22】【特殊35】

 カルマ:【なし】



 【魔力】が8も上がり、【精神力】も俺と遜色ないくらい上がっている。やっぱり属性のない魔法の発現の特訓は根底から刺激されるんで、魔力の向上に良い影響を与えているのだろう。


「魔力ばかり目が行くけれど、あんたの体力の上がり方も尋常じゃないわね。ユミスの言う通り、能力(ステータス)は下がっても筋肉や骨は覚えているってことか」

「うん、自分でもだいぶ楽に歩けるようになってきたって実感がある」

「おおっ! それならそろそろ模擬戦も出来るのではないか?」

「ん、マリーの戯言はともかく、軽い素振りくらいなら講義中にやって良いかも」

「……戯言とは酷いぞ、ユミス」


 マリーとの模擬戦なんて非現実的なことはさておき、今日一日身体を休めた事でだいぶ楽になって来た。この調子なら、たとえ理不尽な争いに巻き込まれたとしても、ヴェルンにやられた時のような醜態を晒さずに済むかもしれない。


「んで、ナーサはどんな感じ――」

「私はいい。もっと成果が出てから知らせる」

「そうですか」


 ナーサは聞くなと言わんばかりに憮然とした表情になる。

 マリーに比べるとナーサは苦戦しているのかもしれない。こういう所、頑なだから、しばらく放っておいた方が良さそうだ。


 ナーサはちょっとケチが付いちゃったけど、俺自身に関しては頑張った結果が出て良かった。ただ能力(ステータス)が伸びたと言っても、通用するレベルには程遠いので浮かれてばかりもいられない。

 俺は特訓の成果に満足しながらも、明日から始まる学区での生活に気を引き締めるのだった。




 ―――



 明けて次の日。

 昨日同様またしても目を覚ましたらユミスが居てびっくりする。


「カトル、起きた?」

「う、え? ユミス?」

「今日は学区で極力魔法を掛けないから」

「は……え、なんで?」


 起き抜けに突然そんな事を言われても、頭が回らない。

 そのまま部屋から出て行こうとするユミスを慌てて追いかけようとして、異様に身体が軽い事に気付く。


「あれ? いつ魔法掛けたの?」

「さっき、下の部屋で」

「は? 下って」

「カトルはベッドごと移動していても全然起きないんだもん。さすがに心配になってくるよ」

「はい!? ……そんな、冗談でしょ?」


 呆れ顔のユミスの言葉に俺は一気に眠気が覚めた。

 まさか寝ながら金剛精鋼(アダマス)の部屋まで運ばれたってこと?!

 いくらなんでもそんな状況だったら気付くでしょ。

 そう思ってベッドの下を見たら、小さな滑車がたくさんついていた。

 ……。

 まさか、本当に運ばれたのか?

 俺がショックで押し黙っていると、ユミスが続けて注意を促して来る。


「それより、()()()()()。マリーが言ってた客が来てる」

「客……?」


 俺は疑心暗鬼になりながら着替え終え部屋から出ると、そこには美しい白金髪(プラチナブロンド)の男が待ち構えていた。


「貴殿が最後か。フッ、手入れの行き届いた見事な赤い髪だな」

「なっ……」

「いや、失礼した。私はルフ=ベーオウァ。イェーアト族竜騎将の末席に名を連ねる者だ。今回は仮初めの主たる連邦が皇子の命で、マッダレーナ=スティーアを守護すべく――」

「私ではない! ユミスだ」

「ふむ、そういうことになっていたな」


 いつもと同じ純白の衣装に身を包んだルフが、悪びれる事無くそう言い放つ。

 ……ってか、何でこいつがここにいるんだ?

 不敵な笑みを浮かべこちらを真っすぐ見るルフの瞳にやや気圧されながら、俺も名乗りを上げる。


「俺はカトル=チェスター。ユミスの……家族だ」

「フッ、護衛ではなく家族か。それは非常に心地よい言葉だ。宜しく頼む」


 俺がユミスの顔をチラリと見ながらそう言うと、ルフは笑みを深め手を差し伸べて来た。


「俺は貴族じゃないけど、握手しても良いのか?」

「それの何を拒むことがある? 私とて連邦の貴族ではない」

「あれ? でもハンマブルクの貴族だって聞いたよ」

「正確には、貴族相当の地位である竜騎将の末席に名を連ねた事で扱いが変わっただけの、ごく普通のイェーアトの民に過ぎぬよ」

「ふん、何が普通なものか。この男は連邦屈指の剣技に加え、底知れぬ魔力をも操る、当代きっての強者だ。私も四年前の武闘大会ではこやつに敗れた。カトルも油断は禁物だぞ」

「なに、足枷のあった貴女に勝てただけのこと。安全を謳うあの大会ではマッダレーナは真価を発揮できまい」

「……素直に褒め言葉として受け取っておこう」


 握手を交わしている俺をよそに、ルフとマリーでバチバチやり合っている。

 まあ、今の俺なんて眼中にないといった所なんだろう。

 しかし、ルフが護衛か。

 マリーに勝るとも劣らない剣技の持ち主で、ハンマブルク公爵家と繋がっている注意すべき存在だが、本当に護衛としてユミスを守ってくれるなら非常に心強い。

 ユミスは注意を促して来たけど、当の本人はあまり緊張感もなさそうだし、今の所はバリバリ警戒中のマリーに任せて俺はいつも通りにしていよう。

 そう思っていたのだが。


「私は今日より武闘大会までの間、平日はスティーア寮の貴殿の部屋で過ごすよう皇子より仰せつかった」

「……は?」

「皇子は貴殿の体調をいたく気にされている。寮にいる間、貴殿が武闘大会でその剣術スキルをいかんなく発揮できるよう最大限サポートせよとの(めい)だ」


 中央棟へ向かう馬車の中でそんな事を言われ返答に窮してしまう。だが他の誰に視線を向けてもため息交じりに首を左右に振られるのみだった。

 ……ちょっと待ってくれ。

 俺は寮にいる間、ずっとこいつに張り付かれるのか?


「てか、マリーの護衛の為に来たんじゃないの?」

「ほう。貴殿はマッダレーナが狙われたと、そうお思いか」

「なっ……、ルフがさっきそう言ったんじゃないか」

「護衛の任を命じられた際、私は皇子より事件に遭った四名の安全を守るよう言い渡された。普通に考えれば、年若くして武闘大会で優秀な成績を収めたマッダレーナに護衛など不要。にもかかわらず、そのような命が下ったのであれば、その辺りに疎い私でもいささか愚考するというものよ」

「……」

「フッ、そう警戒されても困る。今は何も言うまい。ただ学区内において、選帝侯一族の者がいる状況で他領の護衛など不要であろう。そしてユミスネリア様はマッダレーナが守っている。ならば誰の守りもなく、しかも怪我を負って本来の力を発揮できないと()()()貴殿のサポートに回るのは至極当然の事ではないか? それともスティーア公爵家も御多分に漏れず一族で後継争いか?」

「その発言は無礼かつ無知だぞ、ルフ。我がスティーア家では、そのような無益な争いは初代より一度たりとも起こっていない。言い掛かりは止めてもらいたい」

「ふむ、それは失礼した。発言を撤回しよう。で、あればなおのこと私がカトル殿の傍で修業に付き合っても問題なかろう? はるか格上の剣技というものがどんなものか楽しみだ」


 ……どうやら俺に拒否権はないらしい。

 なるほど、だから気を付けてなのか。

 やりにくい事、この上ないな。


「すでに兄上が先んじて寮へ赴き、ルフの来訪を伝達してあるが、知っての通り我がスティーア家は武を重んじる家柄。さらにハンマブルク家とは抜き差しならぬ因縁がある。多くの者がお前との模擬戦を望むであろう。なにしろ一族たるナーサでさえ寮に着いて早々模擬戦を行ったくらいだからな」

「フッ、なかなかに血気盛んな者が多そうだ。無論、模擬戦を行うこと自体構わぬが、ただ私にも与えられたお役目というものがある。それらにかかずらってばかりいるわけにもいかない」


 そう言いながらルフは俺の方を曰くありげに見る。


「……なんだよ。俺にも模擬戦に参加しろって言いたいのか?」

「名誉の為に怪我人に戦いを望む野蛮な領地の真似をしたいわけではない。だが、貴殿のリハビリ相手に私はちょうど良いのではないか?」

「ん! カトルはまだ戦える状態じゃない。余計な手出しは不要」

「フッ、これは手厳しい」


 なんだろう。

 このやたら俺に絡んで来る感じが、なんとも落ち着かない。

 ただでさえ寮でも講義でも油断ならない連中に囲まれて大変なのに、さらにぐったりしそうだ。

 でもまあ、あからさまに嫌そうな素振りをされるよりはマシか。皇子に頼まれて仕方なく、と言ってるわりにはやたら楽しそうだもんな。

 あーあ。早くリハビリを終わらせて、とっととツィオ爺へ会いにラヴェンナに行きたいよ。

 あ、でもマリーの言ってたお店の絶品料理は食べときたいな。


 俺はルフを交えての日々が始まる事に嘆息しつつ、今後の事を出来るだけポジティブに考えるのだった。

本年もありがとうございました。

来年も宜しくお願いします。


次回は1月31日までに更新予定です。

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