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第二十話 売上勝負とレヴィアの秘策

4月26日誤字脱字等修正しました

「何か凄い事になっているみたいね」


 会合から二日後、レヴィアが戻ってきて真っ先に出たセリフがこれだった。

 それもそのはず、もはや店内だけでは収まりきらなくなった客を捌く為、急遽店の外にまでテーブル席を用意し、そこで俺が所狭しと駆け巡っていたのだから驚くのも無理も無い。

 本来、店の外にテーブルを置く行為は通行の妨げになるのでギルド支部によって規制されているが、今回は規制どころか積極的に推奨され、通行人の交通整理の為に応援さえ派遣されるほどであった。

 四日ぶりに帰ってきてこの変わりようを見れば誰だってびっくりするよな。


「おお、レヴィ。お帰り。驚いただろう? もう大変なことにな――ってうわぁあ」

「はっはっは。女。お前の方が驚いているではないか。そのような顔をされると愉しくなってしまうぞ」


 レヴィアを迎えに出たマリーは、その後ろにいた赤ら顔の痩せ男の姿に思わず奇声を上げてしまう。誰あろう洞窟内で散々な目に合わせてくれたあの火竜であった。マリーが驚くなどよほどのことだったので周囲の視線を集めてしまったが、隣の赤ら顔を見て、酔っ払いが何か仕出かしただけと思ったのかすぐに元の喧騒に戻っていく。


「お帰り、レヴィア。こんな短期間でよくそこのバ()――が見つかったな」


 危ない危ない。火竜とか口にしたら大変な事態になるとこだった。でも良く考えたらこんな奴はバカ呼ばわりでいいのかもしれない。俺がこんな格好をする羽目になったのも、元をたどればこいつのせいなんだからな!


「小僧。貴様、バカとはなんて失礼な物言いだ!」

「キミ、一応ラドンと呼んでやるといいよ。まあ確かにバカで十分だけどね」

「レヴィアさん、それはあんまりです」


 レヴィアに敬語で話す火竜(ラドン)に違和感を覚える。


「あれ? ラドンの方が年下なのか?」


 言ってから失言に気が付いた。レヴィアの微笑みが突き刺さり、背筋が凍りつく。


「ふん。そんな当たり前のことを聞くでない。わしもそれなりに経験を積んで貫禄もついたであろうがレヴィアさんを見れば一目瞭然――ったぁあああ!」


 レヴィアの拳骨がラドンの脳天に直撃する。赤ら顔がさらに赤くなって目を回している姿は滑稽だったが、笑っている場合ではない。

 俺は恐る恐る上目遣いでレヴィアを見上げると、はたして彼女は氷の微笑を向けてきた。


「キミの、その愉快で可愛らしい格好に免じて今回だけは見逃してあげるよ」

「はい……」


 本当にこの話はやめよう。わざわざ藪をつついて大蛇の怒りを買うことになりかねない。


「それで、一体何の騒ぎなの?」

「ああ。それはだな」


 ラドンを見た驚きから立ち直ったマリーがレヴィアに敬意を説明する。


「端的に言えば、この店、そして支部周辺の区画にどれだけ価値があるのか見極める為の勝負を受けたんだ」

「勝負?」

「サーニャの店と、本部前のアラゴン商会本店、あと港にある大衆酒場の三店舗で一週間の売り上げを競い、その勝敗によって店の売却金額を決めることになった」

「ちょっと待って。それは正気なの?」


 マリーの話にレヴィアはあからさまに不審そうな顔を向ける。

 ……まあ、やっぱり変て思うよな。良かった、俺の感覚がおかしいわけじゃなさそうだ。大切な契約を勝負で決めるという話に、レヴィアは若干呆れ顔だ。


「本気も本気。サーニャも大乗り気だぞ」

「はぁ……それで、マリーまでそんな面白い格好をしているわけね」


 レヴィアの指摘通り、マリーは今、俺と同じウェイトレスの服を着ている。ちょうどいいサイズがなかった為一回り下のサイズを着ているのだが、少し小さすぎるのかスカートの丈が短く胸も強調されてなかなか目の毒な姿になっていた。


「うっ……こ、これはだな。その……成り行きだ。仕方なく着ているんだ!」


 マリーは途端に顔を真っ赤になってしどろもどろになってしまう。


「そう言うわりには気に入っているでしょう? マリー。似合っているものね」


 出た。レヴィアのニヤニヤモード。マリーをからかう気満々だ。


「う。あ……し、仕方ないじゃないか。この服を着たカトレーヌが可愛すぎるのがいけないんだ。それに皆が勧めるものだから、少しだけなら着てもいいかと思ってな。……きょ、今日だけだ。大体、レヴィが帰ってきたんだから、早く出かける準備をしないといけないだろう!」


 もはや百面相となったマリーはそう言い残して店の奥に入ってしまう。なんて言うか、ちょっと可愛い。


「なるほど。人をからかうとあんなにも興味深い(おもしろい)表情(かお)を見ることが出来るのか。さすがレヴィアさんだ」


 ラドンがよくわからないところで感心していた。こいつも相変わらずわけが分からない。


「皆が勧めるって、マリーに何があったの?」

「ああ、それは」


 マリーが戻ってこないので俺が話を引き継ぐ。


 二日前の話し合いでこの売り上げ勝負が決まったわけだが、そこは商売人。フアンの姉(ロベルタ)は傭兵ギルドを巻き込んで大規模なイベントを画策したのである。ちょうど一週間後に行われる港での祭りの日に勝負の決着を合わせ、ギルド主催で賭けの申し込みを受け付け始めたのだ。

 瞬く間に勝敗の行方はリスド全体の関心事となり、おおいに盛り上がりを見せる。

 だが、この対決の構図は秘書(ヴィオラ)の予想をはるかに上回る展開になってしまった。本部近辺の店にサーニャが負けたとあっては支部の面目丸つぶれと、支部側から協力する旨を伝えてきたのだ。すると今度はそれを聞いた本部が黙っておらず、もはやメンツの潰し合いの様相を呈してきた。

 そんなわけで昨日、支部の職員がこぞってサーニャの店に押しかけてきて熱いエールを送ってくれたのだが、その時にやってきた受付のお姉さん(アイラ)たちが俺を見つけてキャーキャー騒ぎ始めたのがきっかけであった。

 暇だったマリーまで一緒になって、可愛いだの、男に見えないだの、もう女の子にしちゃえだの、めちゃくちゃ言って盛り上がっていたのだが、ふと可愛い服だと漏らしたマリーの言葉に受付のお姉さん(アイラ)たちが興奮した目付きで俺と同じ格好をしてとねだり始める。マリーは断りきれず渋々着替えたのだが、アイラたちにキャーキャー言われて満更でもなさそうだった。


「ふふっ、なるほど、そういうわけね。でも支部がこの店を贔屓して他の店から文句は出なかったの?」

「祭りの日までって決まっているしね。それに他の店はそれどころじゃないかも」


 その次にフアンの姉(ロベルタ)が考えたのはリスドの町の食事処全てをランキング発表することであった。こちらはアラゴン商会が商人ギルドを巻き込んだわけだが、なんと祭り当日の住民の投票結果で店の格付けを決めると宣言してしまった。タグの色と同じで格付けが上がれば様々な優遇措置を受けられるとあって、どの店も目の色を変えて五日後の出品に備えている。正直、サーニャの店に文句を言っている暇などまるでないのだ。


「当日は午前中に港と本部前で予選、夕方に支部前で決勝を行うんだとさ」


 多くの店が腕によりをかけて味を競うわけで、ウェイトレスの仕事が無ければ絶対に見に行って食べまくりたいんだけど、本当に残念だ。


「サーニャの店は出品するの?」

「商人ギルドに加入している店は強制参加みたいなものなのよ。だから出品するわ」


 いつの間にか後ろにいたサーニャが話に加わってきた。

 見ると右手をプルプル震わせながら反対の手でマッサージしている。


「あれ、外の料理はどうなってるの?」

「いったん店じまいで15分休憩。もう串焼き過ぎて手首が痛い。攣る!」


 さすがに屋外の客は店内と違って先払いだったが、それでも注文は後を絶たず、料理が追いつかなくなってしまった。そこで屋台を出してサーニャが外で鳥串を必死に炙っていたのだ。


「売り上げ勝負もあるのに出品しなきゃいけないってかなり痛いのよね。そっちに人を取られると絶対にお店が回らないわ。祭りの日なんて絶好の稼ぎ時なのに!」

「そもそも俺一人でウェイトレスやる前提なのがありえないんだけど」

「そこはスーパーカトレーヌ嬢の華麗な足捌きでなんとか頼むわね。あと、その格好で『俺』はヤメテ。イメージが崩れる」


 この何日かでサーニャとも打ち解けた、というかもう馴染みすぎて軽口を言い合うほどになっている。それだけに、今のサーニャの言葉が本心からの嘆きというのは良くわかった。


「当日の料理人ね。五日後か……」


 レヴィアが何事か考え込んでいる。

 マリーもレヴィアと一緒に行くはずだから、今の状況を考えると結構つらい。俺は思い切ってレヴィアに尋ねてみた。


「いったんこちらを優先するってことは出来ないの?」

「それは信義に反するよ。程度の差はあれ、どちらも重要なことに変わりはないの」


 レヴィアはサーニャの手前申し訳なさそうな顔をしながら答えた。

 レヴィアの立場からすればそれも当然の見解だ。俺の代わりに言い訳しに行ってくれるようなもんだもんな。長老の怒りを解くなら早いに越した事はない。


「ただなるべく早く帰れるように努力してみるよ。そうと決まれば、奥に行ったまま出てこないマリーの首根っこをひっ捕まえてさっさと行くとしよう」


 そう言うとレヴィアは軽くウインクして、店の中へと消えて行った。


「カトレーヌ! 料理上がったよ」


 ちょうどその時、厨房からジアーナの声が響いて歓談タイムも終了だ。ラドンを入れた三人が出発するのを見送りつつ、俺はウェイトレスの仕事に戻っていく。


 最後、レヴィアが俺の耳元でこう囁いた。


「最終日までには帰って来てサプライズを起こしたいわね。楽しみに待ってて」


 えっ、どんなことを考えているんだろう。

 だいたい島まで船で片道三日もかかるのにどうやって戻るつもりだ?


「それはキミ、ひ・み・つよ。まあ、マリーには地獄を見てもらうことになるかもね」

「恐ろしいことを言うな、レヴィ。ただでさえ不安で一杯なのに」

「わしは覚悟を決めておるぞ、女。大丈夫だ、死にはしない。はっはっは」


 一番ひどい目にあいそうなラドンが一番陽気に笑う。……てか、奴は無事に帰ってこれるのか?

 それはともかく、さっきまでマリーがいてかなり楽させてもらった。ここからは人数が減るので正念場なのは間違いない。料理じゃなくて俺のせいで店が回らなかったら大変だ。


 俺はよしっと気合を入れ直して、また忙しなく動き始めた。

区切りが良かったのでここで投稿します。

次回は29日までに更新予定です。

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