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第五十三話 特訓開始

「はあ?! 私が狙われたなどあり得ん!」


 俺の言葉にマリーは珍しく怒りの色をあらわにする。


「さっきも言ったが、私は決して警戒の念を緩めてはいなかった。自惚れではないが、これでも私はじじ様との特訓で鍛えている。さすがに本気のじじ様でもない限り、狙われれば気付くぞ」

「ん……ツィオお爺さんと特訓なんて、凄い」

「うむ。じじ様は強さだけでなく型にはまらない剣技を併せ持っているからな。毎回手合わせが楽しみなんだ」


 ユミスに褒められて、マリーの機嫌がちょっとだけ良くなる。

 そういや再会した時も道着が汗まみれだったっけ。ツィオ爺と特訓なんてマリーも無茶するよ。俺も三年間毎日じいちゃんに修業させられたけど、正直あんな地獄は二度と味わいたくない。

 じいちゃん手加減は苦手とか言って、ほぼ全力で突撃してくるんだもんな。あんなの避けるだけで精一杯だし、何で剣術スキルのレベルが上がってたのか分からない……って、あれ?

 マリーの剣術レベルは俺よりかなり下だよな? ツィオ爺と手合わせしてるなら、ずっとじいちゃんの攻撃を避けてただけの俺よりよほど強くなりそうなものだが……。

 ――あ、もしかして。


「ツィオ爺と手合わせか。俺もじいちゃんと三年間毎日修業してたけど、最後まで避けるので精一杯だった」

「ふふん、なんだ、カトルはだらしないな。私は手合わせが出来るようになるまで頑張ったぞ。それで……、……うん?」


 どうやらマリーも気付いたらしい。

 もしかしたら、()()()()の俺がここにいるから勘違いしたのかな。


「ツィオ爺とじいちゃんの実力差がどのくらいあるか知らないけど、どっちも一対一で立ち向かえる相手じゃないよ。だから断言できる。俺と同じくらいの強さのマリーが()()のツィオ爺と互角に打ち合うのは不可能だ。たぶん、マリーと手合わせしている時は“人化の技法”で人族になっていたんじゃないか?」

「……それは謙遜が過ぎる。私が竜人であるカトルと同じ強さなど、それこそあり得ない」


 何だか急にマリーがシュンとしてしまった。ちょっと申し訳ないと思いつつ、俺の考えはハッキリと伝えておく。


「じいちゃんの動きは魔力と殺気が掛け合わさって、それこそ近くを通り過ぎただけでふっ飛ばされるくらい圧を感じるものだった。あんなの災害だよ。気配なんて感じる暇さえない。だから――」

「それ以上言わないでくれ、カトル。世の中、上には上がいるという当たり前の事を失念した私が増長していただけだ。……恥の上塗り以外のなにものでもない」

「ちょっと待って、カトル。姉さんは、少なくとも連邦の中で十指に数えられるくらいの強さの持ち主よ。その姉さんに気配すら感じさせない相手が今回の犯人だって言うの?!」

「それはなんとも……。ただ少なくとも、じいちゃんが気になって調べるくらいには手強い相手だよ」

「「「えっ……?!」」」


 俺の言葉に三人とも信じられないといった表情でこちらを見据えてくる。

 ってか、マリーにはレヴィアを通じて詳細を伝えていたはずなんだけど、もしかして何か齟齬があったのかな。


「マリー。俺からモンジベロ火山で起こった出来事を、二人に伝えて良い?」

「?! ……ああ、構わない」


 俺はマリーに確認する意味も込めて、モンジベロ火山での襲撃について順番に説明し始めた。

 ギルドからの強制依頼(ミッション)でモンジベロ火山へ向かったこと。入り口付近で嵐に遭い、サーベルタイガーに襲われたこと。髑髏岩の洞窟でラドンと会い、竜族(カナン)であるとバラされたこと。

 そのラドンのせいでマリーが境界島に行くことになった件については、彼女の中で鬱々とした記憶になっているらしく、ちょっと触れるだけにとどめておく。

 ……俺にとっても全然良い記憶じゃないしな。

 ただ、その後リスドまでやって来たじいちゃんの目的がモンジベロ火山の調査だったことを伝えると、三人の顔つきがより一層真剣さを増してくる。


「じいちゃんは、サーベルタイガーの襲撃を何者かの意図があると断言していた。巧妙に隠された死体、獣の嫌う臭いのする火山帯で群れを成していたサーベルタイガー、そしてその臭いを都合よく洗い流した豪雨。これら全てが手練れの魔法使いの存在を浮かび上がらせるって」

「ん、待って、カトル。一から雨を降らせる魔法はそんな簡単じゃない。雨の日を選んで勢いづかせるだけでもそれなりに魔力を使うし、調整も凄く難しい」

「そういえば、ユミスはカルミネの王都で土砂降りを降らせてたわね。……大変なことになっていたけれど」

「むぅ! 嵐を呼ぶ魔法(ストーミザイア)は、魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)で魔力を制御しながらだと、いくつも魔石を使ってやっと出来るような難しい魔法なの! ちょうどいい雨の量にするなんて、おじい様くらいの魔力がないと絶対無理」

「えっ、ユミスでも雨を降らせるの難しいのか?」

「ん! ただ雨を降らせるだけなら出来るもん。難しいのは調整。熱量と気流のバランスを間違えると滝みたいになっちゃうんだから」


 なるほど、ちょうど良い雨の量にするのが難しいのか。それならモンジベロ火山付近を土砂降りにするくらいは出来る奴が居てもおかしくないな。

 狙いがマリーの命なら、サーベルタイガーに食い散らかされようと、とんでもない豪雨で吹き飛ばされようとどちらでも構わなかっただろうし、ユミスより魔力の少ない奴がおもいっきり魔力を込めた結果があの土砂降りだったなら合点が行く。


「一応じいちゃんは、大きな魔力を持っているか、もしくは何日も時間を掛ければ人族でも出来る魔法だって言ってた。マリーは連邦でそれだけの魔法を使いこなせる奴に心当たりはない?」

「うーむ。剣術ならば武闘大会の上位入賞者を見れば分かるが、魔法となるとな。どうしても妖精族(エルフ)に後れを取ることになるので、軍では皆、あまり率先して使いたがらないのだ。陛下ならば選帝侯一族も含めた各領地の貴族の能力(ステータス)情報を知っていようが……」

「ん、それは望み薄だと思う」


 マリーの言葉をユミスが一蹴する。


「皇子は魔法の素質がある者全てを中央棟に集めたと言ってたけど、私の講義の参加者だとナーサの魔力が一番高かった。とてもじゃないけど、嵐を呼ぶ魔法(ストーミザイア)を使いこなせる人なんていないよ」

「じゃあ、妖精族(エルフ)の誰かって可能性は?」

「何言ってるのよ、カトル。妖精族(エルフ)がサーベルタイガーを操るなんて、それこそあり得ないわ! “森の住人”である妖精族(エルフ)にとって、“森の破壊者”であるサーベルタイガーは最も対極に位置する存在なのよ?!」

「そうだな。それに妖精族(エルフ)は総じてプライドが高い。中には少々変わった者もいるが、少なくとも私が話した中で誰かの意に従って動くような者は一人も居なかった。もし私を亡き者にせんと企む輩が居たとしても、容易(たやす)くその手駒になどならないはずだ」

「うーん、そうか」

「ん……もし妖精族(エルフ)が動くならアルヴヘイムの意向が関わってくると思う。でも、それならスティーア家の現当主か次期当主を狙うのが先」


 妖精族(エルフ)の魔力なら天候を操れるんじゃないかと思ったが、当てが外れた。

 ただユミスの発言を聞いてマリーは眉を曇らせる。


「父上は直接じじ様の影響下にあるので心配いらないが、次期当主候補でもあるオルフェオ兄上は過去に何度か命を狙われたことがあったんだ。その際魔力を使われた形跡がなかったので、黒幕は東部か南部の連中、もしくはゴートニアが犯人と目されていたのだが……、仮にアルヴヘイムの意向が絡んでいたとすると、少々厄介な話になってくる」

「え、なんで? 妖精族(エルフ)なら竜族(カナン)の誓約関係ないし、ツィオ爺がいくらでも守ってくれるんじゃないの」

「あんたね。連邦とアルヴヘイムは友好関係にあるのよ? それなのにツィオ爺が竜族(カナン)の力で対抗してどうするのよ!」

「だって俺には容赦なかったじゃん」

「じじ様はピラトゥス山脈に関する事以外、基本竜族(カナン)の力を用いた干渉はしないぞ。カトルの場合は、その、例外だっただけで」


 露骨に視線を逸らすマリーに、俺は半笑いになる。あれだけ血族がどうの言ってて次期当主が命を狙われても干渉しないなんて、ツィオ爺が何を考えているのかさっぱり分からない。


「ん……とりあえずツィオお爺さんの事は置いといて、狙われたのが私じゃなくマリーだとしたらいったい誰が黒幕なの?」

「むむ。このアグリッピナでリスクを負ってまで選帝侯一族を狙うなど、普通では考えられないのだが……」

「武闘大会で上位を狙う、もしくは皇子に取り入るのが目的なら、最初から実行犯を切り捨てるつもりで動く所はあると思う」

「それは、どこ?」

「ケルッケリンクね」


 そうさらっと答えたナーサの言葉に、マリーは眉を曇らせた。




 ―――



 いったん金剛精鋼(アダマス)の部屋を出た俺たちは、夕食を取るべく簡素な造りのテーブルと椅子が並ぶ食堂へ足を踏み入れた。そこではサブリナ他数名の侍女たちが忙しなく食事の準備をしており、俺はマリーの指示に従ってユミスの隣の席に着く。

 もう既にテーブルを埋め尽くさんばかりに料理が並んでいるのだが、その半数はマリーの前に陳列されており、さらに次々と大皿が運ばれてきていた。ほんとどれだけ食べるつもりなのか呆れを通り越して笑うしかない。


「よし、まだ全部の料理が出揃ったわけではないが、お腹もすいたし食べるとしよう」

「いやいや、出揃ってないのはマリーの所だけだろ?」

「何を言う、カトル。デザートはまだ誰の席にも用意されてないだろう?」

「マッダレーナお嬢様……。申し上げにくいのですが、本日、デザートはございません」

「なぁっ……?!」

「本来、屋敷で食べる予定でなかったのだから、仕方ないでしょう。サブリナたちも気にする必要ないわ」


 マリーが言葉を失っている傍で、ナーサは笑顔で侍女たちに残りの準備を促す。とは言ってもマリーの追加の料理しかないけど。

 俺たちの目の前には前菜、スープ、メインがそれぞれ三皿ずつ並んでおり、もう十分過ぎるくらい豪勢な食卓となっていた。たとえるならサーニャの店に初めて行った時くらいの豪華さだ。味も寮の食事より美味しいし、いろんな食材が入り混じっているから色とりどりで見た目も楽しめる。

 それなのにマリーは不満を零しているんだから、いろんな意味で驚きだ。ってか、俺が一皿料理を食べている間に三、四皿平らげているけど、マリーの腹はどうなっているんだろうか。


「本来なら、“香草の牛追い亭”でルチアーノ産のサーロインステーキを食べていたんだ。はふあふ。これくらいでは物足りんではないか」

「ルチアーノ産?」

「南部レニャーノ公爵領の有名な牛の産地だ。知ってるか? そこでは牛の食欲を促進させるためにエールを飲ませたりするんだぞ」


 そんな感じで口では“香草の牛追い亭”に行けなかったことを残念がっているのだが、笑顔で肉を頬張っているのを見ると乾いた笑いしか出てこない。てゆーか、山となった食器を侍女が片付けている時点で説得力は皆無だ。

 まあ、俺としては十分に夕食を堪能できたから大満足なんだけどね。




 夕食を終え、俺たちは休む間もなく再び金剛精鋼(アダマス)の部屋へとやって来る。


「ん……さすがに二回目はつらい」


 本日二度目の金剛精鋼(アダマス)への魔力注入に、珍しくユミスが弱音を吐いた。さっき一度装填した魔力が残っているのでなんとかなったっぽいが、やはり負荷は相当のようだ。


「食事中に静寂魔法(サイレント)の魔石を使っても良かったのだが、数には限りがある。明日からは食事もこの部屋で取るようにするから、済まないが今日だけは頼みたい」

「ん……、大丈夫。それに本番はこの後だし」


 ……え?

 なんか今、物凄く不穏な事を言わなかった?

 だが周りをキョロキョロ見回すも誰も何も反応しない。そして俺がうーむ、と考え込んでいる間にどんどん話が先に進んでしまう。


「まずは今後の指針から話していこう」


 マリーはこれまでの事を簡単に振り返りつつ、これからの方針を順に列挙していく。


 ・じいちゃんに会う為、レヴィアを追うこと

 ・天魔(モンスター)の危機を伝え、ラティウム連邦から正式な協力を得ること

 ・マルガリーテ=フェレスの行方を掴み、彼女の作成した魔石の脅威を伝えること


 これに俺がツィオ爺から受けた“人化の技法”からの脱却や隠蔽魔法(カンシールメント)の習熟、さらにはユミスの講義や俺の武闘大会への参加などが加わってくる。


「ってか、いつの間に話し合ったの? 俺が気絶してる時?」

「陛下との謁見の際の控室だ。中央棟にいる時とは異なり、謁見の間でのユミスは国賓扱いだからな。魔法の制限などされないんだ」


 なるほど、謁見前に静寂魔法(サイレント)で話し合ってたのか。それじゃ俺には分からないのも当然だ。


「ユミスとも話し合ったのだが、やはり重要なのはカトルの身体の状態だ。レヴィを追ってアルヴヘイムに向かうならば、今の能力(ステータス)では話にならん」

「となると、やっぱりツィオ爺に会って、“人化の技法”を解いてもらうってこと?」

「“誓願眷愛”を許してもらえるのであればな。だが、じじ様が“人化の技法”を解かないと言うなら、私は責任持ってカトルとユミスをレヴィの元へ連れて行こうと思う」

「ちょっと待って下さい、姉さん! 軍はどうするのですか!?」

「当然、お役御免だ。なにしろカトルと私は一蓮托生なのだからな。カトルが深く傷つくたびに気絶しては迷惑を掛けるだけだろう?」

「それは……」

「幸い、私は傭兵として白タグを有している。仮にスティーア家を勘当されたとしても生きるだけなら問題ない。もちろん、そうならないよう、もう一度じじ様に掛け合うつもりだがな」


 そこで一度言葉を切ったマリーは、マジマジと俺の顔を見据えてくる。


「いずれにせよ、武闘大会が終わり次第じじ様に会わねばならないが、今のカトルの体力ではピラトゥス山脈にさえたどり着くことも出来ん」

「え……?」

「ん、ツィオお爺さんに会うなら、魔法の練習も必要」

「というより、このままのペースじゃ十日後の姉さんとの模擬戦でさえ満足に動けないでしょう?」


 え?

 何だか急に話がキナ臭い方向に行き始めたんですけど。


「俺、さっき怪我したばかり……」

「ん、ここなら魔法を自重しなくても平気」

「体力作りなら任せて。これでも道場で教える立場だったし。とにかく基本に立ち返って、反復練習よね。代わり映えしないし肉体的にも精神的にもキツイけど、一番効果的なんだから」


 ……いや、ちょっと待ってくれ。

 そりゃあ、ユミスがバンバン回復魔法を使うってんならものすごく効率上がりそうだけど、今日くらい、ちょっと手加減してくれてもいいんじゃないかな……って、今、魔法三つ四つ重ね掛けされたんですけど。

 さっき金剛精鋼(アダマス)へ二回目の魔力注入辛いとか言ってたよね?!

 これ、地味につらい特訓になるんじゃないか?


「よし。私も出来る限り手伝うぞ、カトル」

「ん、何言ってるの? マリーは洗浄魔法の特訓」

「なっ!?」

「だってマリーはカトルと違って体に何も問題ないでしょ?」

「いや、魔法の特訓は肉体的なものではなく精神的な――」

「大丈夫。精神回復魔法(メンタルケア)は得意だよ」

「……」


 隣で俺よりきつそうな表情をするマリーを見てたら、何だか頑張れそうな気がしてきた。

次回は11月末までに更新予定です。

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