第五十一話 中央街区へ行こう 後編
「しっかし、遠目で見るとほんと周囲から浮くぐらいでっかい建物だよなあ」
「うむ。7階まであるからな。もっとも、実際に活用するのは3階までだが」
「はい? なんで?」
「4階から上は職員フロアなの。……貴族の為の場所とも言えるけれど」
「なんだよ、それ。依頼を区別するなんてちょっと前までのカルミネのギルドみたいだな」
「庶民の依頼を切り捨てないだけマシよ」
「どこのギルドも似たようなものか。リスドの支部はかなり良くなったが」
二人の話を聞いていると、いかにリスド支部が健全だったか分かってくる。
確かレヴィアとマリーが盗賊と繋がっていた幹部連中を追い落としたんだよな。それで一気に状況が改善して空前の大盛況になり、貴族との談合に割く時間すらなくなるほど忙しくなったんだ。
「リスドはこれからますます大きくなるぞ。あのフアンが王の義弟になったんだ。あ奴は無能な貴族を目の敵にしているからな」
「何だか、それだけ聞くと凄く有能な人っぽく聞こえるね」
もちろんそれなりに技量はあるし無能ではないのだが、いかんせん言動が残念過ぎる。
まだカルミネの冒険者ギルドに居るのかな? まあリスドにはロベルタもアデリナも居るから、あいつが居なくても……、いやあいつが居ない方が上手く回るな。
そんな感じで、俺たちは傭兵ギルドを横目に大通りを南へと進んでいく。
出来ればさっきの裏口の辺りがどうなっているのか確認したかったけれど、マリーがずんずん先を進むので諦めた。後で地図とかあれば見せてもらおう。ちょっとマリーの食い意地を甘く見過ぎていた。
そのまま通りを進むと、やがて大きな看板が目印の武具の店が見えてくる。
傭兵・魔道士問わず、ひっきりなしに人が出入りしているようで、武器の他にも工具や包丁、金物の類もある為か、買い物帰りの奥様や職人ギルドの駆け出しの姿もあった。
だが、そんな人気のお店をマリーはさっさと通り過ぎてしまう。
「あれ、武器屋はスルー?」
傭兵ギルドほどではないものの、三階建ての大きな建物だ。これだけ広い敷地なら専用の鍛冶工房もあるだろうし、武器の注文も問題なく出来るだろう。それなのに、マリーは一切見向きもしなかった。それどころか俺の質問に眉をひそめ、見るからに機嫌が悪くなっていく。
「今日行く鍛冶の店はこの先だ」
「この先って……」
マリーの示す先は、この辺りの区画とは対照的な、いくつか取り壊された建物が続く寂れた小さな通りであった。
繁華街からは完全に隔離され、ほぼ住宅街の一角と言っても差し支えない。そんな場所のさらに裏道を、マリーは忍び入るようにスタスタと歩いて行く。
「着いたぞ」
一瞬、どこかの民家の庭先に入り込んでしまったのではないかと思ったが、よく見れば軒先に小さく“鍛冶ルドガー”と記された看板がぶら下がっていた。
……まさか、こんな小さな家が武器を売っている店だなんて普通思わないよ。
おっかなびっくり中に入ると、やはり店内はこじんまりとしており、俺たちが入っただけでスペースがなくなるほど狭かった。だがマリーはそんな店の中を勝手知ったる面持ちでずんずん奥へ進んでいく。
「久方ぶりだな、店主」
「これはマッダレーナ様。こんな場末のしがない店に度々来て頂き、ありがたいことですわ」
「何、今日は妹の演習用の武具を求めてやって来たのだ。信頼できる店でないと来る意味がない」
「はっは、そこまで言って頂けると嬉しくなりますな。この店をいまだに利用なさるのはマッダレーナ様含め数人程しかおりませんで」
どうやらこの店の主はマリーの顔見知りらしい。
剣を造る職人というとどうしてもヴェルンドを思い出してしまうが、店主は全く正反対の、笑顔の似合う好々爺だった。
「模擬戦で使った私の木剣はここで造ったものなんだぞ」
「それは凄い!」
ナーサは素直に賛辞を送っていたが、剣の良し悪しは俺にはよく分からない。特に練習用の模造剣となるとどれも似たり寄ったりなイメージだ。
だがそれを素直に伝えるとマリーに真顔で怒られた。
「そんなわけないだろう。練習で出来ないことが、本番で出来るものか。カトルも持ってみるといい。違いが分かるはずだ」
そして、否応なしに一振りの木剣を握らされてしまう。
「……あれ、ちょっと軽い? いや、持ち手は重い気もするけど」
確かに怒るだけあって、マリーの言う通りその木剣は感触がまるで違っていた。手に吸い付くようにとても握りやすいし、気になる重みもない。
「私の扱う曲剣は直剣より僅かながら軽いんだ。それでいて手に馴染む感覚を模造剣で再現できる技量の鍛冶師はなかなかいないんだぞ」
「はっは。お褒め頂き、嬉しいこって」
店主は相好を崩しマリーに頭を下げる。
どうやらマリーが絶賛するだけあって、凄腕の鍛冶職人であるようだ。
「それで、妹様の武具とはどのようなもので」
「それは……ユミス。出してもらっていいか?」
「ん、これ」
「ぬおっ!? こりゃまた、凄い御仁ですな」
マリーに頼まれて空間魔法から刀を出したユミスに店主はギョッとしてしまう。だが次の瞬間、真剣な表情で鞘から刀を抜き取ると様々な角度にしながら確認し始めた。
その姿に先ほどまでの好々爺の姿とは違う職人の凄みを感じ、俺は思わずゴクリと息を呑む。
だが、それもほんのひと時の事だった。
またニコニコと柔和な笑みを浮かべた店主は、刀をユミスに返すと店の奥に引っ込んでいき、二振りの木刀の素となる木の棒を持ってくる。
「こちらがビワの2年もの、こちらが椿の5年ものです」
「ナーサ、どちらが良い?」
「それは、やはりビワでお願いします」
「では仰せのままに」
ナーサは木の棒を手に取った後、即座にビワを選んだ。曰く、ビワの方が材質として頑丈であるらしい。マリーの斬撃を跳ね返すと考えたら、そりゃあ頑丈な方を選ぶか。
「初めての型なので、三時間ほど頂ければ」
「いや、明日また来る。その代わり私の型も研究しておいてくれ」
「それは……また難題ですな」
「研究で構わない。もちろん完成したら嬉しいが」
「ぼちぼち、頑張りましょう」
「よろしく頼む」
そう言ってマリーが金貨を渡すと、店主はほくほく顔で奥へと下がっていった。後には俺たちだけが店内に残される。
一応、申し訳なさ程度に売り物の剣があるのに、誰も居なくなるってのはどうなんだろう?
俺が気にしても仕方ないけど。
「さて、それでは“香草の牛追い亭”に向かうとするか」
「あ、だから受け取るのを明日にしたのか」
「これから食事を楽しむのだ。食べ終わったら余韻に浸りたいではないか」
もはやマリーは隠そうともせず堂々と宣言し、意気揚々と歩き始める。
「さすがマリーとしか言えない」
「それだけ食事は重要ってこと。姉さんの強さの秘訣なんだから!」
「ん……ただの開き直り」
「……っ」
ナーサだけは姉であるマリーを擁護していたが、ユミスはボソッと痛烈なツッコミを入れる。マリーはさも聞こえてないかのように腕を大きく振って軽快に歩いていたが……俺は見た。ユミスの呟きにビクッと身体が震えたのを。
そんな感じでショックを受けていたからこそ、マリーは気付くのが遅れたのだろう。
ダダッ! ダダダン!!
凄まじい爆裂音が起こったかと思った次の瞬間、大量の屋根瓦が頭上から降り注いだのである。
「えっ……?!」
三人とも何が起こったのか分からず立ち竦んでいた。
まるで俺たちの会話を盗み聞きしていたかのような絶妙なタイミングに、ユミスの魔法も間に合わない。
「くっ……!」
だが俺だけは動けた。
何か、小さな力が頭の上で動いた気がしたからだ。
そのまま三人の背中をあらん限りの力で突き飛ばすと、なんとかギリギリ巻き込まれずに済む。
(……良かった……)
だけど俺は突き飛ばした分、逃げられなかった。何とか倒れ込んだものの、大量の屋根瓦に両足が圧し潰される。
「ぐあっっ……!」
「カトル?!」
「くそっ!! 大丈夫か?! 今、退けるぞ」
意識が遠のく中、ナーサとマリーの悲痛な叫びが耳に響いてくる。
そして温かなユミスの魔力が俺の身体を包み込むのだった。
―――
気付けば、くしゃくしゃに歪んだユミスの顔がこちらを覗き込んでいた。
瞑想で高めた魔力がとんでもないことになっている。
「カトル!!」
「大丈夫。大丈夫だからユミスも落ち着いて」
まるでお風呂にでも入ったかのように身体がぽわぽわ温かい。きっとユミスの回復魔法だろう。気絶するほどの激痛が全く感じなくなっているのはさすがとしか言いようがない。
どうやら気を失っていたのは少しだけだったようだ。ダメージを受けてすぐに回復したお陰だろう、骨や筋肉に痛みはなく、もうちょっとしたら普通に動けそうである。
でも、なんでまだユミスは魔力を高めているのだろう?
そう思って周囲を見渡せば、ナーサは膝を付き、マリーも肩で息をしていた。ああ、そういえば耐え切れなかった分のダメージは二人に移るんだっけ。屋根瓦が落ちた瞬間は大丈夫だったはずだから、若干の時間差があるってことか。
「バカッ! カトルは無茶し過ぎなの!」
「分かった。分かったから、怒るより先に回復魔法を二人に掛けてあげてよ」
俺が動けそうだとわかると、ユミスは高めた魔力を展開して二人へ回復魔法を掛ける。ナーサはまだ苦痛で顔を歪めていたけど、マリーの方は全快したようで、すぐに現状把握と周囲の確認に移行していた。
「すまない、カトル。助かった。ありがとう。護衛である私こそがお前を守らねばならなかったものを……醜態を晒した」
「ユミスに怪我がなくて良かったよ」
「むぅ! カトルが怪我してたら全然良くない」
ユミスはお冠だ。でも、本当に怪我がなさそうで良かった。
「てか、ユミスは気付かなかったの?」
「ん……さっきは何も」
「今は?」
「魔力的な何かだとは思うけど……」
ユミスは何か言いたそうな顔だったが、なぜか溜息を吐き、ついと俺の斜め後ろを見やった。つられて俺もそちらを向くと、予想もしなかった者の姿に思わずギョッとして目を見張る。
白金髪に白の衣装――見間違うはずもない。イェーアト族のルフだ。
「災難だったようだが、大丈夫か?」
「……心配痛み入る。だが問題ない」
イェーアト族の貴公子に対して、マリーが俺を庇うように前に出てくれた。相手の出方が分からない以上、見知ったマリーが対応してくれるのはありがたい。
「屋根瓦がたまたま落ちただけ、のようには見えなかったが」
「私も何が起こったのか、恥ずかしながら妹との会話に夢中で分からなかった」
「ほぅ、“青藍の雷鳴剣”とも称された貴女にしては珍しい失敗だな」
「なっ……?! その名を口にするな!! 背筋がぞわぞわする」
“青藍の雷鳴剣”……?
マリーの異名なんて初耳だ。確かにあの猛烈な突きの速さは凄まじいけど、雷が苦手なマリーにしてみればものすごく嫌な名前だろう。
「フッ、せっかくの皇子の命名を無下にするとは」
「二つ名など不要だ。そんなことよりルフ。お前はこの近くにいたのか?」
「うん? 私を疑っているのか?」
「話の腰を折るな。お前がこのような策を弄するものか。どこかで見ていたのだろう? 怪しい者はいなかったか」
マリーの言葉にルフの表情が若干柔らかになる。
「ちょうどそこの“旬吟の甘酢屋”の二階に居たが、食事中でずっと外を眺めていたわけではない。ただ爆発音がした時、すでに人影は無かった」
「ちっ、ならば裏手か」
「怪我をしたのであれば無理するな、と言いたいところだが……フッ、それだけの気勢があれば大丈夫か。せいぜい気を付けるがいい」
そう言ってルフはスタスタ歩いて行ってしまう。
マリーは追いかけたそうだったが、巡回の衛兵たちが駆けつけて来るのを見て断念せざるを得なかった。すぐに事情聴取が始まり、マリーは衛兵たちの応対を一身に請け負う。
「これは、呑気にお店に行っている場合ではなくなりそうね」
「はぁ、しょうがないか」
「ん、カトルは怪我したんだから、すぐ休むべき」
ナーサの呟きに思わずため息を吐いた俺を、ユミスが窘めてくる。
言ってることは正しいんだけど、楽しみにしていたんだからしょんぼりするよ。
「よし、帰るぞ」
そうこうしているうちに、事情聴取が終わってマリーが戻って来た。
「あれ、もう終わったの?」
「詳細は明日だ。週末で衛兵もここにばかり人を割けないからな。それにユミスの魔法で回復したとはいえ、カトルは早めに休むべきだ」
「ん、当然」
「でも、マリーはそれで大丈夫なの?」
「……」
そのまま後始末を衛兵に任せると、俺たちは用意された馬車でスティーアの屋敷へ戻ることになった。
ただ、血の涙を流しながら“香草の牛追い亭”に行かないという決断を下したマリーを慮り、途中で出来合いの物を大量に購入する羽目になったけど。
サブタイトルを付けました。
次回は11月中に更新予定です。