第四十八話 “誓願眷愛”の使い方
9月26日全面改稿しました。
「……なぜ貴様はあれほどの魔力を使って平然としていられる?」
「なに、貴殿より私の方がほんの少し素質に恵まれていただけだ」
ユミスの用意した氷壁を涼しい顔で溶かし切ったルフが、地べたに手を付き息も絶え絶えなセストに微笑む。
『ルフ、合格。セスト、不合格』
容赦なく響くユミスの声に、セストは俯き加減で立ち上がるとそのまま踵を返し、ふらふらしながら隣の講義室へ戻っていった。その背中には悲哀の色が滲み出ている。
ただ、別にセストだけが合格できなかったわけではない。
『ピエトロ、不合格。ヘルヴォル、不合格。ヴェンセラス、不合格』
昨日アンジェロ教官に訓練相手として認められた強者たちもまた次々に落伍していた。どの顔も苦渋に満ちており、立ちはだかる氷壁を前に為すすべがないといった感じである。
「一応、ここに集まった面々は連邦でも名の通った者ばかりなのだがな。まさかユミスが片手間で作った氷一つに皆、悪戦苦闘するとは」
「ははは……」
ユミスが監督官として立ち会っている為、俺の傍に来たマリーの辛辣なコメントに思わず苦笑してしまう。片手間とか言うけど、ユミスがちゃんと瞑想して魔力を高めた氷壁魔法だ。単純に四属性を使うだけでは決められた時間内に壊せるはずがない。
ユミスが課した内容は前回より明確だった。
氷壁魔法で作り出した一定の大きさの氷壁を制限時間内に魔法で対処するというもので、火属性で熱してもよし、風属性で砕いてもよし、純粋な魔力総量と培われた魔法技術がポイントになってくる。
要は一定基準を満たす魔力で魔法を展開すれば壁自体は薄いので意外とあっさり破壊出来るのだが、それだけの魔法を構築するのが難しく、魔力の素質であったり、魔法スキルに優れていたりしないと一筋縄ではいかない。
おそらく前回の講義の反省を踏まえたのだろう。これである程度実力ある者が振り分けられれば、いきなり実践を施したとしても、ほぼ全員脱落といった惨憺たる状況にはならないはずだ。
『ラグナル、合格。オーロフ、合格。アントニーナ、合格』
「ううむ。さすがはイェーアト族。魔法にも長けた者が多いな」
「ルフだけじゃないって事か。でも、あの女まで合格とはなあ……」
ラグナルとオーロフの二人はいつもルフの後ろに控えていた奴らだ。他にもイェーアト族からは数人合格者が出ており、魔法に感しても侮れない才能を示している。
ただ最後に呼ばれたのはいつも突っかかって来るあの嫌味な女だった。今回はメロヴィクスの手前、真面目に課題をこなしていたようだが、この先、何をしてくるか知れたものではない。
「そう難しい顔をするな、カトル。ユミスは大丈夫だ。こんな衆人環視の状況ではアントニーナも何も出来まい」
また表情に出ていたのだろう、マリーが軽く俺の額を小突く。
「それより、この後カトルの番だが行けそうか?」
「俺は……なるようになるだけだろ。それよりマリーは大丈夫なの?」
「心配無用だ。またユミスの傍に戻るからな。カトルはおもいっきりやって来い」
そう言って発破を掛けてくるマリーに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
―――
今朝ユミスから氷壁魔法の氷を魔法で溶かす試験について聞いた俺は対応に苦慮していた。
今の俺が使える魔法なんて小石魔法くらいなものだ。そんなんでユミスの氷魔法に対抗できるわけがない。
だが、ユミスに相談するとそれまでの論調は何処へやら、シンプルに火属性を使って溶かしきるべきと力説されてしまう。
「……えっと、火属性って今の俺が使って大丈夫なの?」
「ん。氷を溶かすなら、火属性が一番効率良いでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
ユミスの言葉に俺は唖然として口をもごもごしてしまう。あれだけ魔力制御が足りない足りないと連呼されて、おいそれと火属性を使うってのも気が引ける。
だけどユミスは自信ありげに胸を張ると、テーブルに何事か書かれた書面を出して来た。
「カトルはいつも通りやっちゃって平気」
“足りない魔力は私がマリーを通じて補填するから”
「は、い?」
“私は“誓願眷愛”の事、龍脈を通じた能力増強スキルなんだって考えるようにしたの。眷属の力を活用できるって考えれば、カトルはいつも通り火属性だって使えるでしょ?”
「ちょっと待ちなさい、ユミス」
その内容に驚いたナーサがその下に書き足す。
“姉さんはユミスの傍に居られるけれど、私は?”
「ん……」
今度はユミスがさらさらとナーサの文面に書き加えていく。
“精神力枯渇しないように気を付けて”
「なっ……!?」
“眷属だもん。主を支えるのは当然でしょ? ナーサは死に物狂いで魔力を高めて。どうせベッドで寝てるんだし、万が一精神力枯渇しても平気へーき”
「ユミス、あんたね……!」
ナーサが唖然とした顔で見つめるのを尻目に、ユミスは収納魔法を展開してサッと書面をしまい込むのだった。
―――
俺の名が呼ばれ、目の前に自分の背より高い氷の壁が用意される。その威容を前にちょっと挫けそうになるが、もう後は三人を信じて魔法を使うだけだ。
事前のユミスの太鼓判もあり、俺は迷うことなく瞑想で魔力を練り上げていった。ユミスの作った氷壁が相手なのだから、今出来得る全てを注ぎ込むくらいでないとあっさり弾き返されてしまうのが落ちだ。
だから俺は魔力が枯渇し眩暈に襲われても瞑想を続けた。すると脳の奥から慣れ親しんだ魔力が溢れ出て来る。――マリーを通じ流れて来たユミスの魔力だ。
その何とも形容しがたい快感さに、ともすれば我を忘れそうになる。
だがこれほどの魔力、今の俺に長く制御出来るはずがない。なんとか手のひらに集中させるとすぐに火属性を展開して解き放った。荒れ狂うほどの魔力が迸り、そのまま唸りを上げて氷壁を覆っていく。
「……おぉ、凄い!!」
「なんて炎だ」
「奴が秀でているのは剣術だけではないのか?」
周囲がざわめく中、ユミスと視線が合ったので笑顔を向けると、なぜかちょっとムッとされてしまう。
……あれ、もしかしてなんかやらかした?
『カトル、合格』
ユミスの若干苛立った声が響き、さらにざわめきが増していく。飛び交うのは、羨望と嫉妬の入り混じった視線だ。魔力の使い過ぎでかなり怠かったが、さすがにこれだけあからさまだと俺でも気付く。
そんな微妙な空気を察してマリーがすぐに近寄って来た。
「さすがだな、カトル」
「なんとか、ね。魔力を制御しきれなくてまだ頭がボーっとしてるけど」
「ならば少し休むといい。そこの壁ならば誰の邪魔にもなるまい」
マリーの言葉に俺は苦笑しながら壁際まで下がると、そのまま床に座り壁にもたれ掛かる。そんな俺を労いながらマリーも同じように隣に座るのだが、実際疲れていたのは断然マリーの方だった。それもそのはず、限界を超えて俺に魔力を注ぎ込んでいたんだ。ユミスの補助があったとはいえ、まさにギリギリの所で踏ん張っていた感じだろう。
次の組の試験が始まり、注意がそちらに逸れたのを見計らって俺はマリーへ感謝の意を伝える。
「助かったよ、マリー。ありがとう」
「……礼を言われるほどの事でもない。それより私は、カトルがどれだけ魔力を集めるのかと冷や冷やしていたぞ。いくらなんでもやり過ぎだったのではないか?」
「いや、でもユミスの氷壁魔法だよ? 俺の拙い火属性じゃ、全力でやっとって感じじゃん」
俺がそう断言すると、マリーは疲れた様子で大きなため息を吐く。
……あれ、なんかあまり納得されてないっぽい。
おかしいな。
そりゃ確かに、結果は業火で氷壁を覆いつくしたように見えたかもしれないけど、実際俺の火属性なんてたかが知れてる。ほとんど制御出来ないし、そもそも今使った魔法だって制御を放棄した照明魔法だ。
誰も何も言ってこないから上手く誤魔化せたとは思うけど……、ってユミスは気付くか。
あ、まさかそれでさっきムッとしてたのかな。でも火属性を使えって言ったのはユミスだし、何使ったって制御出来ず魔力が炎に変わるだけなら、多少なりとも慣れた照明魔法を使うよね。
でも今後、実践の度に魔力のカモフラージュをしなきゃならないわけで、俺が制御に疎いままだと、“誓願眷愛”で魔力を補充してるとまでは気付かれなくても、誰かに変な疑いを持たれるかもしれない。
……マリーだって精神力ギリギリっぽいし、もっと魔力制御の練習を頑張ろう。
『ん、では合格者は実践に移る。魔力を消耗した者以外は前へ』
課題開始から1時間半、ようやく合格者の選抜も終わり、部屋には30人ほどの精鋭が残った。
正直、この前の講義で居た人数では教える側も大変だと思っていたので、このくらいの方がユミスにとってもやりやすいはずだ。
まあ「自信のある者」なんて言い方をしたから、プライドの高い貴族は皆、課題に挑戦せざるを得なかったんだろうけど、それを容赦なくふるい落としていくのは見ていてちょっと爽快だった。
『ここに居る者は体内の魔力を認識することは出来ると思う。ここからは意識的に魔力を動かし、集める練習を行う』
ユミスの説明に早速メロヴィクスが意気揚々と瞑想を開始する。前回同様ユミスが補佐しているものの、魔力操作に慣れたのか前よりスムーズに魔力を扱えていた。意外とこの皇子には魔法の才能があるのかもしれない。
「フフ、どうだ。なかなか上手く出来たのではないか?」
皇子が悪戯っぽい笑みを浮かべ周囲を見渡した事で、プライドをくすぐられた貴族たちが我も続けと言わんばかりに魔力を動かし始めた。だが、当然ながら一朝一夕で上手くいく類のものではなく、膝をついて倒れる者や魔力を霧散させてしまう者が続出してしまう。
『魔力を結集させたら、そのまま保持すること。瞑想はこれを何度も繰り返して魔力の質を高めるから、そのつもりで練習して欲しい』
そんな貴族たちの醜態を見透かしたようにユミスが冷ややかな表情で説明を加える。すると何人かがギョッとして練習を止め、咎めるような視線を送るのだが、ユミスが「ほら、こんなふうに」と言わんばかりに魔力を視覚化し、胸の所で集中させたまま再びお腹の辺りで魔力を練り始めると、呆然としてガックリと項垂れてしまった。
「ほう。これはなかなかに難問だな。魔力を集めること自体は魔法を繰り出す延長だから問題ないが、それを保持しさらに繰り返すとは、余と言えどそう容易くは出来まい」
さすがのメロヴィクスも一足飛びで魔力の保持までは無理らしい。ただユミスの補佐付きとは言え、すでに複数箇所での魔力集中に挑戦しようとする意欲は並々ならぬものだ。
それに感化されたのか、他の者たちもそれぞれが自分の課題に真剣に向き合い始めた。
イェーアト族の連中はルフを筆頭に既に練習に取り組んでいたが、魔力の結集を難なくこなせている辺り、前回の失敗から相当練習したようだ。
それに続くのがメロヴィクスによって集められた平民のギルド組であった。マテウスら傭兵ギルドから来た者は誰も合格していなかったが、ヘルミーナやアライダなど魔道師ギルド所属の者が数名合格しており、与えられた課題を真剣にこなしている。普段から依頼で猛獣の類を相手しているのだろう、魔法の展開が他の貴族より明らかに早い。
「これは、私もうかうかしてられん」
「だからってマリーは練習しないの。これ以上やったらマジぶっ倒れるよ」
「うう、だがな」
「根詰めて出来るくらいなら誰も苦労しないって。俺もほんと何回も失敗したし」
俺の言葉に口をすぼめて不満そうな顔をしたものの、マリーは浮かした腰を再び下ろす。
今日の講義はこのまま終わりまで見学会だ。今は魔力を使い過ぎて休んでいるので誰に咎められるわけでもない。
こうして俺は皆が繰り返し練習しているのを横目に、講義の時間をゆるゆる過ごしたのだった。
本年もお読みいただき本当にありがとうございました。
また来年も頑張ります。
まだもう少し、直しに時間がかかりそうで申し訳ないですが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
良いお年を。
次回は1月31日までに更新予定です。