第四十六話 修行の成果
9月8日誤字脱字等修正しました。
「ナーサ、大丈夫か?」
「……カトル! 講義、大丈夫だった?」
「いや、心配してるのは俺の方なんだけど」
寮内について早々にナーサの部屋へ向かうと、カッサンドラの静止も聞かずにナーサは足を引きずりながら出迎えてくれた。気持ちは嬉しいけど、怪我してるんだからもっと自分を優先すべきだと思う。
「カッサンドラをあまり困らせるな、ナーサ」
「……っ、姉さん!?」
「ん、ナーサは無茶し過ぎ」
「ユミスも! 皇子との話し合いはどうしたの?」
「ナーサの怪我を治すのが先」
ユミスがさっと治癒魔法を展開すると、淡い光がナーサの足に吸い込まれていく。体力回復魔法とはまた違った優しい光に、見てるこちらの気持ちまで穏やかにさせてくれる。
やがて光が収まり魔力が凝縮していくと、打ち身になっていた痣が消え、それとともにナーサの顔も晴れやかになった。
「ありがとう、ユミス。これでもう安心ね」
「ん、勘違いしない! 魔法で治せるのはあくまで上辺だけ。ちゃんと休まないと後で必ず痛い目に遭うよ」
「大丈夫だって。これでまた明日からカトルの護衛に専念できる」
ナーサは治った足をピョンピョンさせながら満面の笑顔を向けてくる。だが、それを見たユミスは深いため息を吐いた。
「はぁ……。とりあえずナーサは今すぐ痛い目に遭った方がいいみたい」
「……はい?」
ユミスの呟きにナーサがキョトンとしていると、ニンマリと口元を綻ばせたマリーがナーサの肩の上にポンと手をやった。
その途端、ひぃ、という声にならない悲鳴が上がり、ナーサの顔が盛大に引きつる。
「トリスターノとの模擬戦、見事勝利したと褒めてやりたいところだが、怪我をして肝心のカトルの護衛が出来なくなってしまっては本末転倒だろう」
「それは……ごめんなさい」
「確かに最近のトリスターノの剣技の向上は目を見張るものがあるが、ナーサもカルミネで傭兵として経験を積んだのであろう? それなのにこの体たらくでは少々たるんでいると思われても仕方ないぞ」
「……はい」
「だからカルミネでもしっかり鍛錬を重ねてきたのか確認するため、今日は私が久しぶりに稽古を付けよう」
「っ!? は、はい! 姉さん!」
途中までしょんぼりしていたナーサの顔が途端に喜色満面に変わる。よっぽどマリーと稽古をするのが嬉しいらしい。
うん、良かった良かった。
俺は一人離れて地道にリハビリしてよう。
そんなことを考えていたらユミスと視線が合った。……なんかジト目だ。
「ん……なんでカトルは、俺は蚊帳の外、みたいな顔してるのかな? 今日のリハビリは私が付きっ切りでするからね」
「いいっ……?」
「よし、それでは三人とも修練場に向かうぞ」
「はい、姉さん」
「ほら、早く行こ、カトル」
少し考えれば分かることだった。
マリーがナーサに付けば、ユミスが俺に付く。
……。
ユミスの魔力はあとどのくらい残っているのかな。さっきまでマリーに付きっ切りだったわけだし、そんなに大変じゃないといいけど。
もちろんリハビリは頑張るつもりだが、だからといって精神を擦り減らして極限状態まで自分を追い詰めるつもりはない。
何事もほどほどが一番だ。
「あ、言い忘れてた。カトルが一人でリハビリを続けても十日後に間に合わないから、これからは魔法を使っていい場所では出来るだけ付きっ切りで見るね」
「……妖精族の写本は読まなくていいの?」
「もう読み終わった」
「あ、そうですか」
……。
まあ、マリーの特訓に付き合わされなくて良かったと思おう。
俺は珍しくやる気満々なユミスの後ろをトボトボ付いていくのだった。
―――
「どうした、ナーサ! 受け身だけでは何も始まらないぞ」
「……くっ!」
地下の修練場に着いて早々、マリーは木剣を構えると、ナーサに向かって攻撃を繰り出していった。対してナーサは少し短い木剣を手に取り、何とかマリーの猛攻を防いでいる。
ただ何でいまさら直剣を選んだのか分からないが、マリーの攻勢を前にナーサは終始劣勢を強いられており、攻撃の糸口は掴めないままだ。
「そらっ、そらっ、そらそらそらそら!」
「う、わっ、……くっ!」
連続して繰り出されるマリーの突きが、的確にナーサの死角をついていく。俺も経験したけど、マリーの突きは本当に厄介極まりない。まだ普通の木剣である分、多少鋭さは緩和されているんだろうけど、能力はカルミネに居た頃の比じゃないわけで、防戦一方のままでは苦しくなるばかりだ。
案の定ナーサは手も足も出ないまま木剣を弾き飛ばされ、そのまま床に手を付いてしまう。
「はぁ、はぁ……っ」
「どうした、ナーサ。これでは旅に出る前の方がマシだったと言われても仕方ないぞ」
「……っ」
「攻撃こそ最大の防御とばかりにがむしゃらに前へ出る流儀はどこへ行った? ナーサはその鋭い攻撃にこそ活路を見出すべきと教えたはずだが」
わざわざ周囲を煽るように言い放つマリーに対し、ナーサは息を整えるのがやっとだった。だが、何も言い返せないでいるのをいいことに、見学していた者たちの鼻息がどんどん荒くなっていく。
「さすがはマッダレーナ様だ。それに引きかえ、ナータリアーナ様は少し憶病になられたのではないか? 全く攻撃を仕掛けなかったが」
「腐ったリンゴは隣をも腐らすというのは本当のことのようだな。傭兵どもの中に居たせいで、せっかくの剣技も衰えてしまったのであろうよ」
「とはいえ、今朝はトリスターノ殿に勝っていたぞ」
「あれは油断だろう? もしくはナータリアーナ様の足に怪我を負わせてしまったがゆえに、トリスターノ殿が花を持たせたのではないか?」
なんというか、本人がすぐ近くにいる中、聞えよがしに貶すこいつらはいったいどういう神経の持ち主なんだろう?
しかも実力があるならいざ知らず、雰囲気を見る限りとてもナーサに比肩しうるような奴はいない。
「カトル、よそ見しない」
「……でも」
「でも、じゃない。まだ余力あるでしょ? 早くリハビリの続き」
「う……了解」
ユミスに言われ、俺は後ろ髪を引かれる思いで二人の特訓からいったん目を逸らす。
とは言え、今やってるメニューは軽いジョギングなので、どうしてもチラチラと二人の様子が目に入ってしまうんだけどね。
「そんなに気になるなら二人の特訓に混ぜてもらう?」
「ブルブル。滅相も無い」
「じゃあ、そろそろ体力回復魔法を掛けるね。本当はおじい様みたいに疲労回復魔法を使えたら良いんだけど」
「いやいや、そんなん使われたら全く休めないっての」
「ん、何か言った?」
「い?! あ、疲労軽減魔法だけで十分凄いと思うよ。うん」
「……ん、じゃあ1分休憩」
「ふぅ……」
俺が休憩中、ユミスは体力回復魔法、洗浄魔法、乾燥魔法と立て続けに魔法を掛けてくれる。
これに先駆けて最初から疲労軽減魔法を、それで今みたいに疲れを感じるギリギリの所で即体力回復魔法を掛けてくれるので、今までとは比べ物にならないくらいリハビリが捗っていた。
それはもう捗って捗ってしょうがないくらいに。
……。
いくら修練場では魔法を使えるからって、もうちょっとゆっくりでいいと思うんだけどね。
常に能力判定魔法で能力を注視されているから、一切無駄なく長時間リハビリを続けられるのは凄いんだけど、延々と単調作業の繰り返しは精神的にくるものがある。
まあ、それすら精神回復魔法で治っちゃうんだけどさ。
精神も疲労するってことをもうちょい考えてもらいたいなあと。
「カトルのそれは単なるサボリ癖。休憩時間でうまく切り替えれば集中力は持続できる」
そう言われてしまっては身も蓋も無い。
まあ、いろいろ愚痴ってみたけど、昨日までとは比較にならないくらい身体の調子が上がっているし、早く傍でユミスを守りたいから頑張らないとね。
「はい、休憩終わり」
「よし、やるぞ!」
「あ、なんかほんとに復活した」
「うまく切り替えろって言ったのユミスじゃん」
俺は気合を入れ直しジョギングを再開したのだが、その時ちょうどマリーの「休憩!」という声が響いてきた。思わずそちらに目がいってしまうが、見れば汗を拭うマリーの横でナーサは膝をつき肩で息をしている。
どうやらコテンパンにやられたらしい。
俯いたまま息も絶え絶えなナーサの様子に、俺は多少なりとも心配になる。
何しろ、相手がマリーだからな。大事には至らないまでも、手加減とかあまり考えてくれなそうだ。
それにもう一つ、さっきから気になっていたことがあった。
「ユミス、ちょっとだけいい?」
「ん……、じゃあ私も行く」
「え?」
「あの様子じゃ、ナーサはすぐに立てないでしょ?」
そう言って俺より先にユミスはスタスタとナーサに向かって歩いて行く。何も言わなくても意を察してくれるのはとても嬉しい。
もしかして、ユミスも腹に据えかねていたのかな。
二人の周りにはざわざわと口煩い有象無象が湧いていたが、ユミスが進み出ると途端に静まり返った。
ああ、でも、この静寂が無性に嫌だ。
意思を持った集団は怖い。
それがこの国では特に顕著だ。
「ナーサ、立てる?」
「……ユミス」
ユミスが掛けた体力回復魔法でようやくナーサは顔を上げた。だが、疲労困憊の様子がありありと見え、俺は思わずポロっと愚痴を零してしまう。
「マリーは加減を知らないからなあ」
「なっ……!? そんなことはない、これでも多少の手加減はしたんだぞ。ただあまりにもナーサが仕掛けてこないから、少しばかり強く出て行ってしまってだな――」
「そうだ、無礼者! 傭兵如きがマッダレーナ様の振る舞いに口を出すとは許し難い!」
「そもそも満足に剣も握れない者が、なぜこの神聖な修練の場に居るのだ?」
「貴族に遇されたからといって調子に乗るな、平民風情が!」
反論してきたマリーの言葉に便乗して、ここぞとばかりに周囲に居る者たちが煽り立てて来る。
いつものノリならここでマリーと冗談を言い合って済むのだろうが、さすがにそんな状況でないのは俺にも分かった。
ただ、失敗した、と思う反面、怒りの感情もふつふつと湧いてくる。
俺が色々言われるのは仕方がない。実際に貴族じゃないしね。
でも、俺と一緒に居たせいでナーサまで煽られるのは我慢できない。
だから俺もナーサを煽ることにした。
「ナーサは何で直剣を使ってるの?」
「何でって、模擬戦の時はいつもこれだし」
「何でも使いこなしそうなマリーと違って、ナーサはこっちでしょ?」
そう言いながらユミスに視線を向けると一瞬驚いたような顔をされたが、意図を察してくれたのか小さく頷くと収納魔法から刀を出してくれる。
その瞬間、周囲の空気がにわかにざわつき始め、そしてナーサは、わなわなと肩を震わせ、怒り出した。
「特訓で真剣を使えるわけないでしょう?! いったい何を考えてるの!?」
「守るだけなら問題ないだろ? それに相手はマリーなんだから少しくらい間違っても避けてくれるし大丈夫だって。手加減する必要ないよ」
「手加減、って……」
「ほほう? 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえて来たようだが」
「え!? そんな、カトルが言っただけで――」
「ほんとかどうかマリーが実際にナーサと剣を合わせれば分かることでしょ?」
「うむ、そうだな。ではもう一度手合わせをしよう」
「ちょ……!? あんたは――!」
勝手にマリーと話を付けたことでナーサが怒りの形相を向けてくる。
だけど、ナーサはどう考えても直剣で猪突猛進するより刀で相手の出方を伺うスタイルの方が合っているはずだ。
「ん……あの時もその刀で私を守ってくれた」
「っ! ユミス……」
刀を渡す際ボソッと呟いたユミスの言葉にナーサは目を丸くし視線を彷徨わせる。だが、俺が大きく頷くとようやく納得したようだった。鞘から刀を抜き両手で構えると、小さく腰を落とし、しっかりとマリーを見据える。
先ほどまでとは明らかに雰囲気の異なるナーサの様子に、せせら笑っていた連中も気圧されて口を噤んでしまう。
「……フフ。ようやくカルミネでの修行の成果が見られそうだな」
「絶対に、防いで見せる……!」
「――参る!」
その言葉を合図にマリーもまた身を屈め、木剣を槍のように引き手で持つと、渾身の突きを放って行った。
「――ッ!」
ガッという音が響き、電光石火の突きがナーサの刀を弾く。だが、次の一歩を踏み出したのはナーサの方だった。
「はぁっ――!」
「っ!? チッ!」
俺との模擬戦で繰り出したのと同じナーサの横一閃の動きに、マリーは咄嗟に後ろへ下がろうとする。
だが、それは悪手だ。
「そこぉ!」
「なっ……?!」
返す刀でさらに横一閃、マリーの木剣が真っ二つになり、ナーサは大きく息を吐いた。
切り飛ばされた木剣の片割れをやや唖然とした表情で見据えるマリーを尻目に、ナーサは再び怒りの形相で矛先を俺に向けてくる。
「どこが大丈夫よ?! 危うく姉さんに傷を負わせるところだったじゃない!」
さっきまでの展開を見て、まさか刀になった瞬間打ち合うこともなくあっさり木剣を切り飛ばすなんて思いもしなかった。
……ってか、よく考えたらナーサの刀もミーメ老師が作った名刀なんだよな。しかも精銀に精霊鋼が混ざった魔剣だ。そりゃあいくらマリーでも木剣で受け止めるのは難しいか。
「はは、予想以上にナーサが強かったってことで」
「あんたねえっ!」
マリーを傷つける寸前だったナーサは激怒していたが、俺としてはしてやったりであった。
なにしろ、切り飛ばされた木剣がちょうど嘲笑っていた連中の真ん中に飛んで行って、全員もんどりうって倒れたのだ。そのままあわあわして立ち上がる事も出来ず震え上がる奴らを見て、ようやく溜飲が下がる。
だが、一人納得できないのがマリーであった。
「ううう、待て! ナーサ、もう一戦だ! 私も自分の得物を持ってくるぞ!」
「ん……生半可な代物じゃ、また真っ二つになるだけ」
「くっ……私の曲剣とて名工に打たせた業物なんだぞ! それなら――」
「まあ、何はともあれナーサの実力を知らしめることが出来て良かったってことで」
「それはそうだが、私は納得してない!」
当初の目的も忘れ再戦に躍起になるマリーを見て、やっぱり彼女との特訓は避けようと心に誓うのだった。
「全部終わったような顔してるけど、まだリハビリの続きが残ってるから」
「……」
その後も俺はユミスにこってり絞られた。
まあ、お陰で能力はもの凄い伸びたけど、これがあと九日続くと思うとげんなりである。
「マリーの魔法も一緒に見るから安心して」
「……」
隣でマリーも同じようにげんなりしていた。
次回は11月中に更新予定です。




