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第四十五話 憧憬の赤

9月7日誤字脱字等修正しました。

「うーん……、一応そうなるのかな?」

「何だあ? はっきりしねえなあ」

「スティーア家で貴族扱いはされているけど、俺はユミス……ネリア教官の護衛だからな」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げたマテウスは、やがて大口を開けて笑い始めた。


「はっはっはっ、冗談はよせってカトル。お前みたいな覚束ねえ足取りの奴がどうやって敵を追い返すんだ?」


 そう言うとマテウスは背中をバンバン叩いてくる。そのあまりの強さに俺は前につんのめってしまった。


「わわっ……!」

「おいおい、俺は軽く撫でただけ……!?」


 倒れそうになる俺をマテウスは慌てて引っ張り上げようとしたが、つかみどころが悪い。首の後ろでしっかり止めてあった髪の留め具の場所をちょうど握られ、帽子がずり落ちてしまう。


「……なっ?!」

「えええーーー?!」

「おおぅ、これはまた」


 燃えるような赤い髪がはらりと地面に落ち、それを見た三人が半ば呆然とした顔になる。

 そういやスティーアの屋敷からこっち、外ではずっと帽子を被ってたんだっけ。

 あ、でも、やっぱり髪の毛をまとめてない方が後頭部の後ろに重さを感じなくてスムーズに動ける気がするな。

 ちょっと立って剣を構えてみたい。

 そんな欲望に駆られた俺は立ち上がり木剣を構えようとして、ようやく周囲の状況がおかしい事に気が付いた。


「……?」


 さきほどまで必死になって瞑想の練習に励んでいたはずのスティーアの者たちの視線がなぜか俺に向いている。いや、正確には俺の髪に集中していた。

 なんかよく分からないけど、とてつもなくやりにくい。俺の髪がそんなに珍しいのだろうか。


「ははっ、何、不思議そうな顔してんの、カトル? 頭のねじがぶっ飛ん――もとい、やんごとなき貴族の方々しか付けないような帽子を被って何で学区にいるのかと思ってたら、そんな立派なモノを隠しもってたんだよ? ビックリするなって方が無理なもんさ」

「……ええっ?!」

「だって見なよ、そこのバカを。もう釘付けじゃん」


 アライダの示す方向には、口をポカンとあけたマテウスの顔があった。さっきまで高笑いしてたのに、今は呆けた顔でこちらを見ている。

 だが不意に視線がかち合うと途端にマテウスはブルブルと首を左右に振り狼狽え始めた。


「いぃ?! こ、これは違う!! その……」

「何が違うんだい? あんたの見惚れてた顔、ハッキリ言って気持ち悪い」

「うぐっ……」


 頭を抱え(もだ)え出すマテウスだったが、不意に俺の前にユラリと立ち塞がると、とんでもないことを抜かし出す。


「カトル、実はお前、女だったとか」

「違う!! 俺は男だ!」

「それでも、その髪、その美しさがあれば関係ねえ! お前が護衛って何の間違いかと思ったが、納得だ。だいたいあの女王様なら護衛に守られる必要なんざねえしな」


 ……最悪だ。

 女に間違われることはこれまでもあったが、そんな風に見られるなんて思いもしなかった。

 サブリナに言われた通りだ。これはもっとよく考え直さないといけない。……被らされた帽子はとんでもない代物だったっぽいけど。


「うーむ。髪、短くするべきか?」

「絶対にダメっ!!」

「うわっ、ユミス?!」


 気付けば、いつの間にかマリーとの演習が終わっていたユミスがほっぺを膨らませて近くに立っていた。眉を吊り上げ、凄い剣幕である。


「カトルはそのままが……、昔のままがいいの!」

「わ、わかったからちょっと落ち着いて。てかマリーは……って」


 よく見ればユミスの後ろに生気の抜けたような顔をしたマリーの姿もある。いつもの元気さがまるで感じられないあたり、さすがのマリーもユミスの本気の魔法演習は相当きつかったらしい。

 まあ、こと魔法に関してはユミスについていける方がおかしいんだけどね。

 こっちの能力(ステータス)を把握してギリッギリまで追い込んでくるからなあ……。じいちゃんの修練が可愛く思えるくらいだ。

 そんな俺の哀れみの視線に気付いたのか、マリーは一つ咳払いをして体裁を整える。


「コホン……。それで、ミミゲルンの傭兵はカトルがユミスネリア教官の護衛だと何か不都合でもあるのか?」

「い、いえ。そのような事は……」


 そう声を掛けられ、驚いたマテウスたちはすぐさま跪いて頭を下げた。だが、ユミスは眉をひそめ冷ややかに三人を見据えたままだ。

 そんなに俺が髪を短くしようと思ったことが気に障ったのだろうか。

 まあ俺としても父譲りの赤が色濃く出ているこの髪は気に入っているし、そう簡単に切りたくはないけどね。




 ―――



 髪を纏めて帽子を被り直すとようやく周囲は落ち着きを取り戻し、その後は何事もなく授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。

 すでにマテウスたちはマリーに詰め寄られ、そそくさと退散していたが、他の新しくやってきた連中もユミスからの課題を最優先にせよというメロヴィクスの通達ですでに全員中央棟の中に戻っている。メロヴィクスとその側近たちの姿もなく、今、この場に残っているのは他領の者たちだけだ。

 だが、明らかに昨日と比べて数が少ない。ひょっとしたら3割くらいしかいないのではないだろうか。


「何か、人数少なくない?」

「講義の効果に驚いて必死に課題を取り組み始めた者が半分、隠れて魔道具を使っていた為諦めた者が半分、と言った所か。明日の朝になればもっとハッキリするだろうが」

「え? どういうこと?」

「皇子が各領地を順にまわっていただろう? ご機嫌取りは通用しないということだ。あれで皇子は存外強かだからな」


 スティーア寮へ帰る途中、マリーの口からそんな言葉が漏れ出る。どうやら皇子が引導を渡したということのようだ。フラフラしているだけにしか見えなかったメロヴィクスにも一応の思惑があったらしい。


「ん……魔道具を使ってたら精神力枯渇(マインドダウン)で魔力は増えない。下手をすると精神力枯渇(マインドダウン)したまま回復しなくなる」

「えっ?! それって……」


 ユミスがコクリと頷く。精神力が回復しなければ最悪死んでしまうってことじゃないか?!


「脳にダメージがあると、魔力を溜め込もうとする力が上手く働かなくなるの。だから魔道具を使った人は危険だから精神力枯渇(マインドダウン)しちゃダメ」

「ほんと?! そんなこと、じいちゃんは一言も言ってなかったけど」

「孤島じゃ魔道具を使う機会なんてないでしょ? 実例が無ければおじい様でも知りようがないわ。もしくは知っててもカトルに伝える必要が無いって判断したのかもしれない」


 ……魔道具を使うと魔力が成長しないって、そういうことだったんだ。

 この前ナーサに精神力枯渇(マインドダウン)じゃ死なないって豪語しちゃったけど、訂正しとかないとな……って、あれ?


「でもそれじゃ、魔道具を使ってた奴が無理に精神力枯渇(マインドダウン)しようとしたらまずいんじゃ」

「それは問題ない。そもそも今回、中央棟に集められた者は全て魔道具の関与がない者に限定されているからな。仮に魔道具を使った経験のある貴族が()()()紛れ込んでいたとしても、精神力枯渇(マインドダウン)の危険性は周知の事実だ。さすがに偽りの申告で死の危険と向き合うほど愚かな貴族など居るまい」


 どうやら魔道具を使う際に、精神力枯渇(マインドダウン)は死に至る危険があると教わるらしい。それならホッと一安心である。


「それに魔力を溜め込めない以上、瞑想だってうまく出来ない。結局、魔道具を使ってしまった人が魔力を上げる方法は無いの。それは長い人族の歴史が証明しているんだから。……天魔(モンスター)を倒す以外は、ね」

「……っ」


 そう考えると、天魔(モンスター)がどれだけ異質な存在なのか分かる。

 何処から来て、何が目的なのか。

 そもそも、あれは何なのか。


 いずれにしても出来る限り対抗しうる者を増やさなければならない。

 それはあの地下の壁に激突を繰り返す天魔(モンスター)の大群を見たユミスと俺の共通見解だが、この国の者がどれだけ話をまともに聞いてくれるかは怪しいところだ。

 ただでさえ一つの国が11もの枠組みに分かれていて、さらにその枠組みの中でトリスターノのような連中が徒党を組んで出る杭を打ち合っている。

 そんなところへカルミネ女王だったユミスが何か言ったとしても、自分たちの派閥の事で躍起になっている連中が素直に耳を傾けるとは思えない。

 今回の講義にしたって、メロヴィクスが率先してユミスを立てているから成り立っているようなものだしね。


「何を悩んでいる? カトル」

「いや、これから先、この国の人たちがどれだけ天魔(モンスター)について本気で考えてくれるのかなって」

「う……それは、とても難しい話だな」

「ん……、カルミネの問題は私に任せてカトルはまず自分の事に集中して」


 マリーには苦い顔をされ、ユミスには釘を刺されてしまった。

 なんとなく連邦に来てから俺だけちょっと除け者にされてるような気がする。

 まあ、逆に言えばそれだけ今の俺が大変な状態ってことなんだけど。


天魔(モンスター)の話はまた今度。それより、今はナーサの所へ行こう。ナーサは怪我したんでしょ?」

「あ、そうだった」

「ははは、忘れられていたみたいだな、ナーサは」

「いや、違うって。話すなら俺だけじゃなしにナーサも居るところで――、四人で話し合いたいってこと」

「……ん。そうだね」


 俺の言葉に二人とも小さく頷く。


「ただナーサは怪我が治ったら先に特訓だな」

「え?」

「部下との模擬戦で怪我をするなど、カトルの護衛としてあってはならない失態だからな。私がしばらく稽古をつけてやれなかったとはいえ、少々たるんでいるのではないか? 久しぶりに私が直接実力をはかってやらないと」

「はは、それは本人も喜ぶと思うよ」

「ん! カトルも笑ってる場合じゃないでしょ? 補助魔法を付けるからカトルも特訓に混ざればいい」

「げっ!? さすがに今の俺じゃユミスの魔法でも無理だって」

「むぅ! そんなことないもん。限界まで魔力を高めれば何とか……。試してみる?」

「試すようなことじゃないっての! だいたい今、限界ギリギリまで魔力を使って何かあったらどうすんだよ!?」


 ユミスは少々むくれていたが、このままだと本気でマリーの特訓に付き合わされそうだから俺も必死だ。

 結局、俺もリハビリを頑張るってことでようやく納得してくれたけど、とんだ災難に見舞う所だった。隣でマリーがめっちゃ期待に満ちた目をしてたからな。危ない危ない。

 その分、矛先はナーサに向かうのだろう。

 そして俺が少しでも手を抜いていたら、さらなる矛先がこちらに飛び火するかもしれない。

 とにかく真剣にリハビリを頑張ろう。

 そんなことを考えながら、俺はスティーア寮の扉をくぐるのだった。

9月中に間に合わず、すみません。

次回は10月中に更新予定です。

次回こそ頑張ります。


3章の直しに時間が掛かっていてすみません。

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