第四十四話 探り
9月5日誤字脱字等修正しました。
そしてしばらくの間、俺はただ立って歩くだけという他の者からすれば不信感しか生まないような行動を黙々とこなしていた。
「能力的にはもう大丈夫なはず」というユミスの見立ては正しく、“人化の技法”を受けた時と比べれば雲泥の差で動けており、少しずつ希望が湧いてくる。
ただ、ユミスの鑑定魔法のレベルだと正確に俺の筋力値を調べることが出来るので、無理難題は押し付けて来ないものの、その分ギリギリのラインを要求されてしまう。効率的と言えばそうなんだけど、常に限界まで頑張る必要があるのでやってる方はほんと大変だ。
だからこその目標なんだろうけどさ。
でもさすがに十日でマリーと模擬戦ってのは文句を言いたくなる。前に苦戦したって伝えたと思うんだけど、忘れてるのかな。
「むむむむむ……」
「魔力はあるのに感覚が邪魔してる。もっと意識を水属性に集中して」
隣では当の本人であるマリーが難しい顔でユミスの指導を受けていた。マリーはまだ四属性のうち水と土属性を発現していないので、本当に一から特訓をしていたりする。最初はそんな根を詰めてやるものではないと思うんだけど、さきほどからこの場に居る誰よりも真剣そのものだ。
ただ、一族たるマリーの真摯な姿はスティーア家の者たちにとってこれ以上ない良い刺激になっているようで、セストのみならずスティーア家の者全員が俺の様子など一顧だにせず集中して瞑想の練習に取り組んでいた。
お陰で余計な事に煩わされずに済みそうで何よりである。
この国の貴族はやたら好戦的と言おうか、突っかかって来る奴が多いから、こちらへの意識が少しでも外れてくれるのはありがたい。
あとは他領の貴族の動向にも注意しつつ、俺は一人黙々と歩行訓練を続ける。
それから30分くらいたった頃、中央棟の方でざわめきがしたかと思うと、メロヴィクスが例のギルドから集めた連中を伴って俺たちの方へとやって来た。
側近一同を含めると百人近い人数が連なる光景に、スティーア家の者たちは幾分警戒しながらも跪いて道を開ける。
「ユミスネリア殿、こちらにいらしたか」
「ん……」
「皇子。何用で……おお」
メロヴィクスに声を掛けられて修業を中断したマリーがようやく気づいたとばかりに集められた者たちへ困惑の視線を向ける。そんなマリーの様子に温和な笑みを向けながら、メロヴィクスはユミスへ話を切り出した。
「今日ここに集いし者は、当然ながら貴女の講義を受けていない。それでは先に集められた者との差が開くばかりだ。そこで今この時間を頂戴し、ユミスネリア教官からこの者たちへこれまでの講義をもう一度行っては頂けませんか?」
「……ん」
突然の申し出にユミスのトーンが少し下がる。
このメロヴィクスからの申し出は完全にイレギュラーだったのだろう。これだけの人数をそろえユミスの下へやって来たのは、取りようによっては脅しにも見える。
ただユミスは俺より冷静だったようで、何か文句を言うでもなくメロヴィクスに淡々と切り返した。
「それは無理。魔力の向上が見込めない者へ教える弊害は、考えている以上に大きいから」
「あれー? 魔力の向上が見込めないって、何で分かるのかなー? もしかして魔法で能力を調べちゃった?」
まるでユミスの発言を待ってましたと言わんばかりに、アントニーナが声高に喚き散らした。
ざわりと空気が揺らぎ、周囲に動揺が走る――。
わざとらしく大声で叫んだあたり、きっとこの機を周到に狙っていたのだろう。以前レヴィアに言われた事がよみがえって来る。
『人に向かって鑑定魔法を掛けようものなら、喧嘩くらいじゃ済まされないわ』
ギルドの仲間うちでさえ能力を大っぴらにすることはない。貴族もしかり。いつどこでどんな危険に遭うか分からない以上、自分の手札を隠すのは当然だからだ。
だが、今回は鉄石を通じて情報が出回っている。つまり魔法で能力を知ることが出来ようが出来まいが結果は同じなわけで、アントニーナの行為はユミスへの警戒感を無駄に焚きつける為の完全な嫌がらせであった。
「アントニーナ、控えなさい」
「はーい。失礼しました、ユミスネリア様」
ここぞとばかり煽るだけ煽ってアントニーナは引き下がっていく。その顔にまだ下卑た笑みが浮かんでいるあたり、皇子の咎めさえなんとも思っていなさそうだ。
「それで、無理とはどういうことです、ユミスネリア教官?」
メロヴィクスの口調は穏やかだったが、自分の意見が通らなかったことへの説明を求めているのは明らかだった。だが、それにもユミスは淡々と答えていく。
「ん……そのままの意味。私には魔道具を使ったことがあるかどうかまでは分からない以上、選別する必要がある」
「ああ、なるほど。そういうことか」
その言葉だけで得心が行ったのか、メロヴィクスは途端に表情を戻すと側近へユミスに拡声器を渡すよう命じた。拡声器を受け取ったユミスはそのままメロヴィクスの隣に行き、集まった者たちへ最初の課題を伝える。
『ユミスネリアだ。早速課題を伝える。明日までに一度精神力枯渇となるまで魔力を使い切ること。以上』
その端的な発言でざわめきが大きくなったのは貴族の時と同様であった。だがそれもメロヴィクスの号令でパタリと収まる。驚きより身分差に対する恐れが上回ったらしい。
役目は済んだとばかりユミスは拡声器をメロヴィクスの側近に返すと、再びマリーとの特訓に戻っていった。
なぜかメロヴィクスは興味津々でユミスの後に付いていくが、やってることが四属性の練習と分かるとあっという間に興味を失い、フラフラと辺りを彷徨い始める。側近連中は集まった傭兵と魔道士の差配でてんてこ舞いの様相だったが、まるでお構いなしだ。
あんな上に仕えると大変なんだろうなと思ってたら、アントニーナが上官らしき者に命じられあっちこっち動き回らされており、少し溜飲が下がる。
あの女の意図は分からないが、結局彼女もまた誰かの下で動いているだけなのだろう。メロヴィクスは分かりやすいけど、他の側近が何を考えているのか俺にはさっぱり分からない。
ユミスにとって誰が味方で、誰が敵なのか。
一つだけ確かなのは、今の俺ではユミスを守ることが出来ないってことだ。
それどころか、マリーやナーサの命を危険に晒しかねない。
そう考えればユミスの課した期限なんか問題にもならないことだった。十日なんて生ぬるいことを言ってる場合じゃない。
とにかく出来ることを頑張ろう。
俺はメロヴィクスが去ったのを見計らって、再びリハビリに取り掛かるのだった。
―――
メロヴィクスがフラフラと他領の様子を見に行ってしまい、その後を追いかけて側近も居なくなると、残された傭兵と魔道士連中はそれぞれ思い思いに動き始める。
ただ扱いとしては皇子の近習と同等と言っても、そこは身分差の激しい連邦社会。スティーア家の貴族の前で下手な真似をする者はさすがに一人も居なかった。距離を取って剣術の練習に励む者、槍の手合わせを行う者、さっそく魔法を展開し精神力枯渇に挑戦し始める者など様々だ。
だが、しばらくすると半分くらいの人数がごっそり居なくなる。
どうやら傭兵連中のほとんどが黄色のマントを纏った貴族連中の側に移動したらしい。この場に残っているのはフードを外しているから分かりにくいけど魔道師ギルドの連中ばかりのようだ。
「ん、そこで交互に魔力を高める。……ダメ。土属性が足りない」
「くぅううう! 本当に手厳しすぎるぞ、ユミスは」
「死に物狂いで頑張ると言ったのはマリー」
「ううう……」
「ほらっ、右手がお留守!」
そんな魔道士連中の視線はユミスとマリーの特訓に釘付けになっていた。メロヴィクスには取るに足らないと思われた四属性の練習でも、魔道士にとってはかなり興味をそそるものであるらしい。
「あそこまで緻密さを求めるのか……? お前、出来る?」
「……出来るわけないでしょ。得意属性でも無理よ」
「でもよぉ、あれ発現していない属性の訓練なんだろ? あんなん出来る奴いるのか?」
「しかもあの制服の色見て。貝紫色の制服って、皇族か選帝侯の一族しか纏えない高貴な色のはずよね?」
「はぁ……ってか、スティーア家っていやあ、魔力より剣術に特化した貴族だったよな? 雲の上の方々は皆、剣に魔法に両道ってことかよ。自信失くすぜ」
俺が歩行訓練をしているほど近い場所で、魔道士連中は固唾を飲んでマリーの特訓を見守っていた。やはりメロヴィクスの言う精鋭連中から見てもユミスの指導はとんでもなくレベルの高いものらしい。
四属性を満遍なく使えるようになるのってほんと難しかったんだよね。それでも俺の場合は全部レベルの低いうちにやれたのでまだマシだったみたいだけど、他の四属性のレベルが高いと、その属性に引っ張られてどんどん難しくなってしまうとか。
あのネーレウスでさえ火属性の発言はもう諦めてたからなあ。
そんな感じでうんうん頷きながら聞き耳を立てていると、近くに居た三人が今度は俺の方を見てヒソヒソ話を始める。
え、なんで俺? と思って見ていたら三人の方からこちらに近づいてきた。
「おう、どうやらあんたも俺たちと同じ口だろ?」
「えっ?」
「とぼけなさんなって。さっきからニヤニヤしながら私らの話、聞いてたの知ってるんだから」
「げっ……」
「アッハハ。あんた面白いわね」
まさかまた顔に出ていたのか。しかも自分でも気付かずニヤついていたなんて最悪だ。
だが、その三人は陽気に笑うとこちらへ手を差し出して来る。俺は相手の意図が分からず少しだけ逡巡したが、気にしてもしょうがないと握手を交わす。
「俺はマテウス。でこっちのが……」
「ヘルミーナよ。宜しく」
「んであたし、アライダ。あんたは?」
「カトル。カトル=チェスターだ」
「おう、カトルか。宜しくな。しっかし、この場に居るってことはあんたも一角の者なんだろうけど、何だか覚束ねえ足取りだな。大丈夫なのか?」
「ああ、えーと、まあ何とか」
「何とかって何だ、頼りねえ返事だな。てめえの身体の事はてめえで把握しとかねえと、いざって時、役に立たねえぞ」
「アハハ、何を偉そうに言ってんだか、この馬鹿は。こないだのビッグボア討伐の時、すっ転んで危うくあたしらを窮地に追い込んだくせに」
「そうだそうだ。もっと言ってやれ」
「くぅうっ! うるさいぞ、お前ら」
フードを被っている姿は物々しいが、実際に話してみると気さくな感じの人たちだった。魔道師ギルドに対する最初のイメージが悪すぎて俺は偏見を持っていたのかもしれない。傭兵ギルドと何ら変わらない普通の人たちがそこに居た。
「ってことはマテウスは傭兵ギルドのメンバーで、ヘルミーナとアライダが魔道師ギルドのメンバーなのか」
「ああ、俺のこのフードはあくまで飾りだ。……って今、珍しいって思ったろ。傭兵ギルドと魔道師ギルドが手を組みやがってとか」
「ええっ?!」
「ったくもう、早速出たよ。マテウスのマイナス思考が」
「何を……!」
「ほらっ、もっと声を抑えて。いくら自由時間だからって、くっちゃべってて良いってわけでもないんだし」
「い、いや。俺たちは今、ユミスネリア教官の指導を見学しているんだ。これは非常に大事な事だぞ」
「アハハ、実際に見たらどんどん自信をなくしてんだから、何の為の時間かわかりゃしないっての」
若干、悪目立ち気味になってきたのを感じ、俺はその場に座り込む。すると、三人もまた隣に座り込んできた。
さすがにここまで来るとちょっと違和感がある。
「で……あれか。カトルは、スティーア家で雇われてるのか?」
少し上ずったマテウスの声に、俺はここからが本題なのかと気を引き締めた。
次回は9月中に更新予定です。
三章の直し優先ですみません。




