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第四十三話 メロヴィクスの悪巧み

9月1日誤字脱字等修正しました。

「あのピエトロを瞬殺とは……」

「信じられん。頭の出来はともかく、あ奴の剣術の腕前は確かなものだぞ。それを……!」


 ユミスの身体強化(ブースト)によって飛躍的に能力(ステータス)が向上したマリーの一撃に、その場に居た者のみならずそれぞれ班分けされて個別に模擬戦を行っていた者たちの視線までが集中する。


 まさに異質、別格の強さだ。


 仮にピエトロがユミスの身体強化(ブースト)の恩恵を受けていればマリーが逆の憂き目にあっていただろう。それだけユミスの魔法の威力は絶大であった。


「ふむ。その強さならば、儂の練習相手に相応しい」

「ん……、強がりはダメ。今のマリーと戦うならアンジェロにも補助魔法は必要」


 血気盛んに進み出ようとしたアンジェロを引き留め、ユミスは魔法の重ね掛けを行う。


「お? おおっ? おおお!!」


 アンジェロの身体が何重にも展開された魔法で白銀色の輝きを帯びていく。アンジェロは満足げな顔で無精髭を撫でながら雄たけびを上げているが、傍目から見てもえげつない魔力量で肉体を補完していくのがわかるほどだ。


「あの輝きは強化魔法(エンチャント)か?」

「いえ、それだけではないわ。他にも別の魔法が掛けられているはず……!」

「信じられん……。魔法にはこれほどまでに途方もない可能性が秘められているのか?!」


 周囲の驚きをよそに、アンジェロはマリーの前に進み出て木剣を合わせる。そのまま両者が一歩ずつ引くと模擬戦開始の合図だ。


「行くぞ、マッダレーナ」

「今回ばかりは私に一日の長があります、アンジェロ教官。勝たせて頂きましょう!」

「抜かせ!」


 ユミスの魔法によって強化された二人が気合十分で向き合う。

 一瞬の静寂の後、最初に攻撃を繰り出したのはアンジェロであった。力任せに打ち降ろされた一撃をマリーが軽やかなステップで右に躱す。


「「「おおっ!」」」


 たったそれだけの事で周囲からどよめきが湧いた。それだけ皆がこの勝負に注目しているのだろう。その歓声に気を良くしたのかアンジェロが右から左からと続けざまに強烈な打撃を放っていく。

 対してマリーは、その攻撃を冷静に見極めているようだった。そしてアンジェロが攻めに偏った瞬間を見逃さず、俺と対峙した時のような烈火の如き突きの嵐を繰り出したのである。

 

「む? お? おおっ!?」

「動きが鈍いです、教官」

「何を……! くっ……、むおっ!?」


 アンジェロの表情が一瞬でしかめっ面に変わり、マリーの突撃を四苦八苦しながら捌いていく。だがここぞとばかり攻勢を強めたマリーの怒涛の突きの前に、アンジェロの木剣はもろくも弾き飛ばされたのだった。

 最初は押し気味に見えたアンジェロのまさかの敗北に周囲のざわめきがにわかに大きくなる。


「……なるほど、一日の長か」

能力(ステータス)の数値と実際の感覚の乖離はいかなアンジェロ教官といえども……いえ、アンジェロ教官なればこそ、その僅かなズレを埋めるのは一朝一夕ではいかないでしょう」

「さすがは身体強化(ブースト)を得意とするだけの事はあるな、マッダレーナ。確かにこれは精進が必要だ」


 ぐうむ、とうめき声を上げながらアンジェロは自分の右手を少しだけ不愉快そうに握りしめた。どうやら力任せの攻撃を繰り出していたようにしか見えなかったアンジェロも、ユミスの補助魔法で向上した能力(ステータス)と自身の感覚の微妙なズレを修正できず悪戦苦闘していたらしい。

 まあ、その点についてはユミスの身体強化(ブースト)による能力(ステータス)の向上をあっさり使いこなせるマリーが凄いだけだ。さすが終焉なき(アンリミテッド)強化(ブースト)を操るだけのことはある。


「ワッハッハ、負けた、完敗だ。……よしっ、せっかくの機会だ。誰ぞ、マッダレーナと戦いたい者はおらぬか? 我こそはと思う者は名乗り出よ! そして魂の奥底まで敗北感を刻み込むがいい」

「……」


 さすがにそんなことを言われて反応する者は皆無だろう。ユミスの補助魔法の重ね掛けで能力(ステータス)の向上したアンジェロが軽くあしらわれたのを見れば当然の結果である。

 アンジェロに集められた者たちは黙したまま視線を交わし、手近な者と稽古に励み出す。

 お陰で俺は誰にも相手されることなくこっそりリハビリに専念するという偉業を成し遂げたのだった。




 ―――



「な、んと……?! そのような胸躍る戦いがあったというのか!」


 午後の講義の終了間際、中央棟から現れたメロヴィクスはアンジェロからの報告を聞いて地団駄を踏んで悔しがっていた。


「儂もあそこまで能力(ステータス)が向上するとは思わんかったぞ。際限なく力が溢れ出て制御することもままならなかったからな。さすがは名高き“氷の魔女”の魔法だ」

「むぅう……。どうだ? これからもう一戦、余にも見せてくれないか?」

「なりません、皇子! この後の謁見の予定をどうなさるおつもりですか? そもそも皇子たってのご希望ということで何とか皇帝陛下にお認め頂いたのですぞ」

「う……、分かっている。そうせっつくな、サラン。だが余は……」


 一人文句を言い続けているメロヴィクスによれば、アンジェロとマリーの戦いは武闘大会で成し得なかった幻の好カードだったという。それが両者ユミスによる魔法の補助で強さを増した状態での対決と聞いては黙っていられなかったとの事。

 本当にメロヴィクスは武闘大会の事しか考えていないようで、乾いた笑いが出る。


 ただ、その模擬戦自体はメロヴィクスが興奮するだけあってかなりの注目を集めていた。

 やはり実際の対決によってユミスの魔法の威力を目の当たりにした効果は絶大だったようで、模擬戦が終わった後は瞑想の練習を行う者がチラホラ散見されるようになったくらいである。


「アンジェロ教官が繰り出した斬撃はついぞお目にかかったことがないほどの速さだったからな。あれを見て認識を改めない者はいないだろう」

「それを言うなら躱したマリーの方が凄かったんじゃ?」

「マッダレーナ様の動きはもはや理解の範疇を超えている。どうやって躱したのか、私には最後まで分からなかった」


 やや興奮気味に語るセストもまた必死になって瞑想を繰り返していた。どうやらまだ意識的に体内の魔力を動かすことに苦戦しているようだが、それでもやる気に満ちて率先して行っているあたり上達するのは早そうだ。


『んん……。あー、皆の者、大儀である』


 壇上では少し落ち着きを取り戻したメロヴィクスが拡声器を持って話し始めた。だが、時折不満そうな表情でぞんざいに拡声器を扱うあたり、まだ納得がいってないらしい。


『午後の実技演習では模擬戦を行ったと聞いた。一か月後に迫る武闘大会に向け、皆、必死に感覚を研ぎ澄ましていることかと思う。本来は余も参加すべき所なのだが、まずは欠席した非礼を詫びよう。……本当に、今日参加出来なかったことを心から悔やんでいる。先ほど事の顛末を聞いて、余は血の涙を流したぞ。少なくとも明日からはよほどの事がない限り欠かさず出席しようと思う……!』


 ぐぬぬぬ、と拳を握り天を仰ぐメロヴィクスからは心の声が駄々洩れしていた。即座に後ろに控えていた側近が近寄って何事か耳打ちするが、それを子供のように口をへの字にして鬱陶しそうに払いのけている。

 ……うーん。確かにユミスの魔法は相変わらず凄かったけど、メロヴィクスは別に魔法が見たかったわけじゃないんだよな? 戦い自体はマリーがあっさり勝ったので、そんな躍起になるようなものじゃなかったと思うんだけど。


「ん……、まるでジャンがマリアに剣を取り上げられた時みたい」


 いつの間にか俺の傍に居たユミスが耳元でボソッと呟く。その隣には鎧姿のマリーも控えており、警護は万全のようだ。

 しかし、なるほど。ジャンが剣にかける情熱と同じって考えればメロヴィクスの奇行も納得だ。というかもはや放って置くしかない。


 そうこうしているうちに、どうやら壇上の方も片が付いたようだった。側近が下がっていき、後に残ったメロヴィクスが渋々といった感じで再び拡声器を手に取る。


『……コホン。さて、余も講義を欠席して何も油を売っていた訳ではない。今回の武闘大会には連邦のみならず大陸中から精鋭を招き入れるという事は既に周知の通りだが、この講義についても同様、身分の隔たり無く才能ある者を集めている。残念ながら急であった為、アグリッピナに居る者しか集められなかったが、ようやくその準備が整った』


 そのメロヴィクスの言葉に呼応して中央棟の扉が開き、次々に腕に覚えのありそうな者たちが現れる。この者たちが貴族ではないが才能ある者たちなんだろう。どの者も同じ礼服に身を包んでいて一見すると貴族のようだが、野暮ったく見える髪型や、どこか歪んで見える姿勢など、比べると違いは歴然だ。

 ……きっと俺も他の貴族たちには同じように見えているんだろうな。最低あと一か月はここで過ごす以上、立ち居振る舞いとかの練習もした方がいいかもしれない。


 メロヴィクスは精鋭たちの姿にようやく満足げな表情を見せていたが、ふと振り返りニヤッと悪戯っぽい笑みを向けてくる。……あれは絶対何か企んでいる顔だ。


『傭兵ギルド、魔導師ギルド双方に協力を依頼し、集められたのがここに居並ぶ精鋭たちだ。この者たちには一時的に連邦の貴族階級の地位を与えてある。無下に扱う事なかれ。その立場は余の近習と同等と思うが良い。無論このまま才を伸ばし、武闘大会本選で素晴らしい戦績を収めた者は、そのまま余の近習に抜擢する事もあり得る。皆、切磋琢磨して連邦の為、全力を尽くすことを願う』


 一瞬の静寂の後、空気が一変する――。


 ざわめきがさざ波のように広がっていき、にわかに殺伐とした雰囲気が漂い始めた。

 その変化を一番如実に感じ取っているのはまさに今中央棟の扉の前に整列した者たちだろう。この場に居る貴族たちの突き刺すような視線が集中した事で、ある者は委縮して目をつぶり、ある者は恐怖のあまり震えだしている。中にはまるで意に介さず平然としている者や不敵な笑みを浮かべる者も居たが、総じて反抗的に振る舞う様子は無く、どこかしら怯えの色を見せる者がほとんどであった。


 ……才能ある者を集めたと謳うわりには、何だかちょっと頼りなさそうな感じだ。まあリスドやカルミネの貴族に比べると、この国の貴族はやたら威圧的というか好戦的なので及び腰になるのは仕方ないのかもしれない。


『なお、十日後をめどにもう一度各領地から人員を募りふるい落としを行う予定だ。より一層の研鑽を期待する』


 メロヴィクスはそう言ってざわつく貴族たちをほくそ笑みながら壇上を降りて行った。


「……どういうこと?」

「才能無き者は去れ、ということだ。分かりやすくて良い」


 セストはそう言って、再び瞑想の練習に励みだす。

 

「今、私にアドバンテージがあるのはユミスネリア様の講義内容だけだ。ならば必死で魔力を上げるのは当然だろう?」


 俺もこのセストのやる気は見習わなければならない。ただ今の俺は瞑想より魔法制御の訓練をすべきだろう。そもそも制御出来なさ過ぎて使える魔法がほとんどないからね。

 そんなことを考えていたら、不意にユミスがニコニコしながら近づいて来た。そのまま俺の背中に回って両手を添えてくる。


「カトルも特訓ね」


 何の? と聞く間もなく急激に身体の力が抜けていった。何とか両足で踏ん張ろうとするも、ふくらはぎがプルプル震え立って居られなくなってしまう。


能力供与(ステータスドナー)を解除したから、頑張って」

「ええっ?」


 能力供与(ステータスドナー)の解除って、いきなり方針変わり過ぎじゃないか? さっきの講義中もそうだったけど、本来学区の講義では怪我人が排除されるからカモフラージュするってことだったはずだ。


「ははっ、もう立てるまで成長……もとい回復してるじゃないか。これならすぐに模擬戦も出来そうだ」

「あのな」

「再会した暁には再戦しようと約束しただろう?」

「再会したら再戦なんて約束してないっての」


 マリーも無茶苦茶言うな。俺がボロボロになったらその分のダメージが自分に跳ね返って来るって忘れてるんじゃないか?


「てか、それを言うならマリーは洗浄魔法出来るようになったの? それこそ再会したら披露してくれるって豪語してたけど」

「うっ……?! そ、それは……その、頑張ってはいたんだぞ? だいたい、こんなに早くカトルと再会出来るなんて思ってなかったんだ」

「言い訳なんてマリーらしくないな」

「ううう……、カトルは意地悪だ」


 マリーが途端に落ち込んでしまった。マリーの事だから努力はしてたんだろうけど、俺も一か月かそこらで再会するなんてあの時は思いもよらなかったしな。


「じゃあ、マリーが洗浄魔法を使えるようになって、俺も戦えるようになったら再戦ってことで」

「うう……いいだろう。了解した。私も今まで以上に死に物狂いで頑張ろう」

「いや、ほどほどで構わないから」


 すぐにでも洗浄魔法の特訓をしようするマリーに唖然としてしまう。マリーはどれだけ俺と模擬戦をしたいんだ?


「ん……、マリーの魔力なら効率よく練習すれば十日くらいで出来るようになるよ?」

「それは本当か?! ユミス! いやユミスネリア教官! 頼む、私に洗浄魔法の特訓を……!」

「ちょ、待った待った! 俺のリハビリが先だろ? 十日後にマリーと模擬戦なんてさすがに無理だっての」

「ん! カトルはすぐ練習サボろうとするから、何か目標があった方がメリハリが付いていいでしょ?」

「最近はサボってな――」

「それに大丈夫。話はついたから安心して」

「は、い?」


 俺はユミスのしたり顔に嫌な予感がして耳をふさぎたくなった。だが、そんな事が出来るはずもなく、悪夢のような言葉が降り注いで来る。


「二週間後カトルとアンジェロが模擬戦することを条件に、明日からナーサがカトルの実戦訓練の代理をしてもいいってことになった」

「……へ?」

「だって、今のカトルじゃせっかくの有益な訓練も意味ないでしょ? あ、でも安心して。二週間後の模擬戦には私の補助魔法を使っていいことになってるから。武闘大会本番は何の手助けも出来ないって考えるとちょうどいいペースかなって」


 ……ここに可愛らしい顔をした悪魔が居た。

 俺、まだ立つ事さえ難しいんですけど。

 まあ確かに武闘大会本番が一か月後なら、二週間後には模擬戦くらい出来るようになってないとまずいんだろうけどさ。


 俺はげんなりしながらも、決まってしまったことは仕方ないと割り切るほかなかった。

 まずは十日。マリーとの模擬戦だ。

 ……さすがに俺への補助魔法は掛けてくれるんだよね?

 俺は不安に苛まれながらも、リハビリを再開するのだった。

次回は8月中に更新予定です。

二章、三章の直しに時間を費やしていてすみません。


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