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第三十九話 精神力枯渇《マインドダウン》の効果

8月16日誤字脱字等修正しました。

 食事が終わると各自慌ただしく行動を開始する。

 ナーサはすぐにトリスターノ一行に囲まれ、話す間も無く地下の施設へと向かっていった。

 それを横目に俺も中央棟に向かうべく寮の玄関に陣取っていた集団の最後列に付ける


「何も知らぬ暢気そうなお前に事の重大さを教えてやる」


 偉そうな態度のセストによれば、今ナーサと共に地下へ向かった連中は、魔力に難があり、中央棟の講義に最初から参加出来ない者たちばかりだそうだ。本来は全員が割り振られたクラスで日夜訓練に励んでいるのだが、今回メロヴィクスの唐突な思いつきで始まった中央棟での講義によって、教師、生徒がそれぞれ分断されてしまい、それぞれの選帝侯領において派閥のようなものが出来上がってしまった。

 その結果、他領の生徒たちは原因を作ったスティーア家を恨み、スティーアの者たちはユミスを連れて来たナーサに悪感情を抱き、俺に辛く当たるのだという。


 完全にとばっちりだけど、心情的には理解できる内容に俺は軽くため息を吐く。

 せめて学区の全員が参加出来れば多少は違ったのかもしれないけど、魔道具を使った者の魔力が上がらない以上、参加出来ない人が出るのは致し方ない。


「でもスティーア家は魔道具を推奨してないんだろ? だったらスティーアの者たちだけでも全員参加すればいいのに」

「これで全員だ、馬鹿者」

「え、全員……?」


 俺はあっけに取られてもう一度この場にいる面々を見返す。

 もちろんトリスターノと共に連れ立っていった連中はこの場には居ない。さっきまで食堂に集まっていたのが全員ならば、実に半数近くが魔道具を使っていることになる。

 単純に魔法が得意な者と苦手な者に分けられているのだとばかり思っていた俺は、まさか魔力が上がらなくなると分かってなお魔道具を使う者が大勢いるという事実に頭がこんがらがってしまった。


「何を戸惑っている。魔道具を使うことがそんなにおかしいか?」

「いや、だって魔道具を使えば魔力の能力(ステータス)が上がり難くなるって知ってるんだろ!? なのになぜ――」

「愚か者めが。滅多なことを口にするな。学区における成績で自身の将来が決まるのだ。魔力の乏しい者がさっさと見切りを付けるのは当然ではないか」

「っ!?」

「今まで魔法に割かれていた時間を全て剣術の修業に当てることが出来ればより高みを目指せる。それに魔道具ならば確実に自分の望む魔法を一つ使えるようになるのだ。時間は有限である以上、どちらを選ぶかなど自明の理であろう」


 ありえない――。

 俺は常識の差に苦悶してしまう。

 魔道具がどれだけ脳をダメにするのか周知されているんじゃなかったのか?

 ……ツィオ爺はこの状況を把握しているのだろうか。


「魔法の才能なんて、ユミスに比べればみんな劣ってるだろ。それを何とかする為に頑張るんじゃないのか?」

「……フン。“氷の魔女”と魔力を比べる馬鹿は貴様くらいなものだ」

「でも――!」

「その“氷の魔女”のありがたい講義がこれから行われるのであろう? せいぜい有用であることを期待している。それこそ凝り固まった我らの概念が吹き飛ぶほどのな」


 セストはそう言って自嘲気味に笑みを浮かべる。それに俺は返す言葉もなく半ば呆然としながら中央棟への道を歩き続けることしか出来なかった。


 竜族(カナン)と人族との決定的な差。

 それは悠久の時を生きる者と限りある命を懸命に生きる者の差でもある。

 ただ、じいちゃんは知識をユミスに与える事でその差を少しでも補おうとした。ユミスもそれに応え、日々努力を重ね魔法の才能を開花させたんだ。

 大陸におけるユミスは“氷の魔女”と呼ばれ、あたかも異質な存在のように恐れられているけれど、そんなのは努力の賜物でしかない。少なくとも俺はそう思っている。

 なのにツィオ爺は一族であるナーサやマリーにさえ積極的に魔力を伸ばす方法を教えていない。それどころか知識を秘匿している気配さえある。

 それにより多くの可能性が潰されていると思えば、その意図が俺には全く理解できなかった。


 そんな事を考えているうちに一行は中央棟の門をくぐり、白の広場までたどり着いた。すでに各領地の色のマントをまとう者たちが整列しており、メロヴィクスの到着を今や遅しと待っている。

 スティーアが並ぶのは一番右端で、一昨日突っかかってきた青緑のゴートニアは一番左端へと追いやられていた。もしかすると一昨日のいざこざでユミスがメロヴィクスに文句を言ったのかもしれない。何かと嫌な記憶の残る赤のハンマブルク、黄色のケルッケリンクも真ん中辺りに陣取っており、これだけ離れていれば少しは安心出来そうだ。


 やがて中央の建物からメロヴィクスたちが現れ、講義の開始が高らかにアナウンスされる。

 そしてマリーを引きつれたユミスが壇上に立つと、メロヴィクス自身もまた講義を受けるべく列の中央に加わり、側近もそれに続いていった。

 これからユミスの講義が始まるということで、なんとなく重苦しい緊張感が漂う。だが、一身に注がれた皆の視線に少しも動じた素振りもなくユミスは淡々と拡声器で話し始めた。


『ん……ユミスネリアだ。まず先日の課題について能力(ステータス)の確認を行う』


 サッと右手を上げると、準備していた数人の者たちが各列の先頭に配備され、見たことのある魔石を取り出し始めた。


「あれは、新型の鉄石(くろがねいし)?」

「む、あれが噂の……!」


 俺の呟きを目聡く聞いていたセストが食い入るように新型鉄石(くろがねいし)を見やった。どうやらあの歓迎式典で披露されたのが初めてだったようで、ちょっとしたどよめきがあちらこちらで起こっている。


『全員これから魔力と精神力を測り、一昨日より能力(ステータス)の向上した者は地下の中央魔法修練場まで向かうこと。どちらも変化の無かった者は前回の指示通り精神力枯渇(マインドダウン)を再度行うこと。以上』


 ユミスはそれだけ言うと、皆が困惑する中さっさと壇上から降りて中央の建物へ入ってしまった。


能力(ステータス)の向上だと?!」

「そんな二日やそこらで数値を上げるなど正気の沙汰ではない。()()()何を言っているのだ?!」

「最初から無理難題を押し付けて、結局何もする気がないのではないか?」


 ユミスの姿が消えたこともあってか、メロヴィクスが居るにもかかわらずそこかしこで罵声が響き渡る。それとともに突き刺すような視線が躊躇なくこちらに向けられた。

 その圧迫感たるや尋常ではない。

 ユミスは何も間違ってないのに、これではまるで最初から仕組まれていたかのように憎悪の感情だけがにわかに膨れ上がっていくではないか――。

 そして、それは隣に居たセストにも伝染する。


精神力枯渇(マインドダウン)能力(ステータス)が上がるなど聞いたことがない。貴様の主は何をとち狂った事を抜かしているのだ?」

「は? 何もおかしな事言ってないだろ!」


 セストは努めて冷静に問いかけていたのだと思う。だが、とち狂ったと言われて俺は若干キレ気味に声を荒げてしまった。ユミスの事を悪く言われて我慢出来るはずがない。


精神力枯渇(マインドダウン)で魔力が上がるのは当たり前の事じゃないか?! 何で知らないんだ?」

「はあっ!? デタラメ抜かすな」

「デタラメじゃない。だいたい俺は両方とも上がってるけど、お前は上がらなかったのか?」

「なっ、まさか本当に……?!」


 セストは本気で驚いていた。だが、むしろその様子に俺の方が困惑してしまう。

 常識があまりにも違い過ぎる。

 てか、なぜツィオ爺がいて、そんな事すら知られていないのか。


「後ろ、煩い! 静かにしなさい」

「はっ! 申し訳ありません」


 叱りつけて来たのは、先ほど寮内で醜い言い争いをしていた薄花色の髪のアルデュイナであった。ユミスの事もあって俺は少々ムッとしたが、セストがすぐに直立不動で謝罪の意を示したことで、頭を下げることにする。


「声を荒げてごめん」

「……いや、私も失言だった」


 俺が小さな声で詫びるとセストもまた謝って来た。だがその表情はどこか腑に落ちないといった感じだ。


「結局、セストは精神力枯渇(マインドダウン)出来たのか?」

「……分からん。寝入りばなに必死に魔法を何度も使ったのだが、いつの間にか気を失い、気が付いたら夜明け前だった。疲労は拭えず、さりとて本格的に寝るわけにもいかず、最悪の目覚めだったぞ」

「それは……ご愁傷様だけど、それなら精神力枯渇(マインドダウン)出来たんじゃないの?」

「どうだか。それより貴様はどうして能力(ステータス)が上がった事を知った? わざわざ検問所まで行ったのか?」


 ……そういや、鑑定魔法も鉄石(くろがねいし)も貴重なんだっけ。だったら精魔石の事は教えない方が無難か。


「いや、俺はユミスに調べてもらったんだ」

「ちっ……貴様は平民の分際で恵まれ過ぎだ。その幸運に感謝するがいい」


 舌打ちして憎まれ口を叩くセストだったが、精神力枯渇(マインドダウン)で魔力が上がる事については納得したらしい。彼の意識はすでに前列から始まった新型鉄石(くろがねいし)での調査に向かっている。


 そして集まった生徒たちの間でどよめきが起こるのにそこまでの時間はかからなかった。

 最初の何人かは全く変わらない魔力と精神力の数値を見て毒を吐いていたのだが、ポツポツと魔力の変化を口にする者が出始めると状況は一変。そこかしこから湧きあがる歓声にユミスを罵倒する声は影をひそめ、魔力の上がった者たちが続々と中央の建物へと歩みを進めていく。


「次、セスト=アガッツィ」

「はい! お願いします!!」


 ぼんやりと包み込む魔力の渦をセストは期待と不安が入り混じった表情で受け入れる。そして係りの者に提示された能力(ステータス)を見た瞬間、喜びが爆発したかのようにこぶしを振り上げた。すぐに何事も無かったかのように軽く咳払いをするが、嬉しさは抑えきれないようで唇の端がピクピクしている。


「良かったね」

「フン、当然だ」

「ちなみにどのくらい上がったの?」

「フフン。気になるか? 本来は他人に能力(ステータス)を容易く教えるものではないのだが……魔力が実に4も上がったぞ」


 なんとか冷静さを保とうとしているが、傍から見ていると嬉しくて仕方がないという感情が駄々洩れだ。今までにないほど上機嫌なセストに俺まで自然と笑みが浮かんでくる。

 最後は俺の番だ。

 係りの者が手早く能力(ステータス)を測ると手元の資料と照らし合わせて淡々と合格を告げてくる。そして、こちらの方が重要だと言わんばかりに大事そうに新型鉄石(くろがねいし)を抱え、さっさとメロヴィクスの下へ戻っていった。


能力(ステータス)の上がった者は地下へ。その他の者は後ろへ下がりなさい」


 情報のすり合わせを行い、一人ずつゆっくりと合格者の名前が読み上げられてゆく。スティーア家の者はナーサやマリーが精神力枯渇(マインドダウン)になるまで頑張った事が周知されたのか皆も真面目に取り組んだようで、全員名前を呼ばれていた。


 ――だが他の領地はそうも行かなかった。

 半数以上が不合格を言い渡され、強い口調で不満をぶちまけている。それを、よせばいいのに合格した者が不勉強を揶揄した事で言い争いになり、全く収拾がつかなくなっていた。

 なんとも微妙な話だが派閥で争うのはどこの領地も似たようなものらしい。


「フン、よほどユミスネリア殿の言葉を信じたくない者がいるようだな。真面目に精神力枯渇(マインドダウン)するまで取り組めば魔力が上がるのだ。これほど素晴らしいことはないであろうに」


 セストが鼻で笑いながら嘯く。

 ……ついさっきまで暴言を吐いていたのにいい気なもんだ。

 まあ、少しでもユミスを認める気になってくれたのならいいんだけどね。


『静まれ。今は講義中である事を忘れたか』


 メロヴィクスが壇上に上がった事でようやく喧噪が収まる気配を見せた。だが、その表情はどこか満足げであり、むしろ各領地の者が争う姿こそかの皇子の望んでいたことなのではないかと勘繰ってしまう。


『十一選帝侯の一族の者は余の下へ集まるが良い。その他の者は指示通りにせよ。ただ、能力(ステータス)が上がらなかった者も安心するがいい。余はユミスネリア殿より、一度の精神力枯渇(マインドダウン)で必ず能力(ステータス)が上がるわけではないと聞いている。能力(ステータス)の上がらなかった者もめげずに頑張って欲しい。余は皆が必ずや試練に打ち勝つと信じている』


 その言葉と共に、地鳴りのような歓声が沸き起こった。メロヴィクスは軽く手を上げて歓声に応えると、さっさと踵を返して壇上を降り中央の建物へと戻っていく。

 その後を十人前後の制服を纏った者たちが続いていった。

 どうやら一族の者は最初から試験もなくユミスの講義を受けるらしい。


「ずるくないか?」


 そう囁いた途端、セストはすぐさま俺の口を手で塞ぎ、顔を真っ赤にして睨みつけて来た。


「口を慎め、馬鹿者が!! 選帝侯の一族の者がむやみに能力(ステータス)を開示するはずなかろう」

「え? でも歓迎式典でナーサは――」

「……忌々しいが、皇族はナータリアーナ様に疑念を抱いていた。それを払拭させる為であればやむを得ないと判断したのだろう。だが経緯はともかく、私はナータリアーナ様の著しい成長を知ることが出来てとても誇らしい気持ちになれたぞ。どこぞの誰かのようにそれを恥とは決して思わぬ」


 そう答えたセストの表情に嘘偽りはなく、いっそ晴れやかなものであった。

 そしてなぜか俺にニヤリと笑みを向けてくる。


「フン、それより今は講義に集中すべきではないのか。貴様の主が地下で待っているのであろう? 我らも早く参るぞ」

次回は5月31日までに更新予定です。

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