第十八話 神速のウェイトレス
4月20日誤字脱字等修正しました
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
「おお! なんか新しい娘いんじゃん。てか超可愛くね?」
「どうぞ、お席へご案内します」
「へっへー。君、いい感じじゃん、この後暇ならデートしようぜ」
「(イラッ)ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
「おおっと、つれないじゃん。ちょっとこっちへ……ってうわっと」
てか、さっきから来る客来る客鬱陶しい事この上ない。何で触ろうとしてくるかね。俺は反射的にそれを避けてさっさと次の注文を受けるべく歩き出す。
今の客は俺の手を掴もうとして、急に俺が避けたもんだから盛大にこけている。それを他の客が見て一斉に笑うところまでが、もはやテンプレだ。
「カトレーヌ、17番席の料理出来たよ! 酒と一緒に持ってておくれ!」
厨房からサーニャの母ジアーナの声がする。この店はサーニャとその両親で切り盛りしているのだが、料理の味はもっぱら両親の腕前によるものだ。
「わかりました!」
昨日のウェイトレスのいろはで習ったのは、疲れていても笑顔を絶やさず元気よく! だ。ジアーナに大きな声で返事をすると、出来上がった肉料理とサラダ、酒といったものを手早く両手に乗せて運び出す。それを見た客がなぜか喝采を浴びせてくるのも、さっきからずっとだ。
「いやー、もうカトレーヌがいたら私いらないんじゃない?」
「何を馬鹿なことを」
俺が忙しく動いている傍らでサーニャが売り上げの計算を行っているのだが、さっきから手があまり動いていない。……ってか、客と一緒に俺を見てるんだけど。
そういえばテーブル席全てがさっきの客でちょうど埋まったな。あ、次の客だ。
「ちわっす。げげ、なんでこんなに混んでるんだ? 今日」
「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね。大盛況で店内相席しかないけどいい?」
常連客っぽい男とサーニャは陽気に話している。
「おう、レフ! こっち来い。座れ座れ。今日は楽しいぞ」
おっと、新しい客が4番席に行ったな。手早く空いた皿を下げて注文を伺いに行かないと。
ひゅんひゅんひゅんひゅん
「「「おおおおお!」」」
「いらっしゃいませ、ご注文を伺います」
「おおっと、びっくりしたあ。……ってなんだこの可愛い娘は!? 信じらんないほどレベル高けえぞ」
「まだお決まりではなかったですか? では決まりましたらお呼びください」
「ああ、じゃあとりあえずウイスキーだけくれ」
「わかりました」
ひゅんひゅん
「「「おおおおお!!」」」
「お待たせしました。」
「うお! 全然待ってねえよ」
ふう、これでとりあえず少し休めるか?
「はいはい。食べ終わったら会計に来てね。あんまり占領されると他のお客が入れないよ。もちろん注文するなら別だけどね」
「おお、こっち清酒だ!」
「こっちは豚肉の炒め物と鳥串5つ!」
「こっちも鳥串3つと酒のおかわり!」
わわわわ。サーニャの言葉に各席から一斉に注文の手があがる。
休む暇がない! 昨日はこれを本当にサーニャ一人で回してたのか? 凄いな。今はちょっとサボってそうに見えるとは言え、一応サーニャと分担しているのにこの忙しさだ。
俺が超特急で席まで向かうと、それだけでまた歓声があがった。
なんだなんだ。特にスカートが翻ったとか、そういうミスはしてないはずだけど。
「うわ、なんだこりゃ。凄いじゃん。皆、何でこんな時間から暇そうにいるんだよ」
ああ、またお客さんが来た。もう席ない。
あ、やっと長居していた1番席の人が会計に行ったな。早くテーブル綺麗にしてあそこに通そう。
「「「うおおおおおおお!!!」」」
だから、俺が手早くテーブルを綺麗にしただけで、なんで歓声が響くんだ。もうわけわからん。
そこから閉店まで、全く客足が途絶えることはなかった。相席も出来ず立って酒飲んでるツワモノまで居たんだけど、他にも店あるだろう。
とにもかくにも、俺のウェイトレス一日目は店的には大盛況のうちに終わる事が出来た。失敗は、してないつもりだけど。
―――
「おい、カトル! とんでもない評判になってるぞ」
翌朝、俺の睡眠を妨げるべく興奮したマリーがずかずかと部屋に入ってきた。この部屋は急遽、俺の為にサーニャが休憩室にベッドを置いてつくってくれた部屋だ。元々皆が気兼ねなく入れる部屋だったので当然鍵もなく、簡単にマリーの侵入を許してしまう。
「ううう……むにゃむにゃ」
「なんだ? まだ寝ていたのか、カトル。もうとっくに朝ごはんの時間は過ぎているのにだらしが無いぞ」
マリーは少々お冠の様子だ。
だが今日の俺はそう簡単に起きれそうにない。昨日、店が終った後もサーニャたち一家に許可を貰って鑑定魔法の練習をしていたんだ。肉体的にも精神的にも疲労困憊で、風呂から出たら立っているのもつらくなり、すぐベッドに突っ伏してしまった。何とか寝間着に着替えたが、その後の記憶がない。
探索に出ていた時の方が疲れることをやってたはずなんだけどね。
考えてみれば最近あまり睡眠を取っていなかったからかもしれない。探索中はマリーたちに合わせて動いていたし、帰って来た日もウェイトレスの練習で寝たのは遅い時間だった。疲れが抜けきれないのはやっぱりそのせいかな。
竜族にとって睡眠はとても重要だ。それを再認識させられる。
まあ、いいや。今はこの布団のぬくもりから離れられないし、もう少しぬくぬくしよう。朝のこのまどろみって最高の時間だ……。
ぐぅぐぅ……
「サーニャが朝食の片付けをしたいと言ってたぞ。だが料理を捨てるのは忍びないから、ぜひ私が食べようではないか」
「待った待った! 誰も食べないなんて言ってない」
くっそー。めちゃくちゃ眠かったが、気合で起きたぞ。このままマリーに朝ごはんを取られるのだけは何とか避けねば。
サーニャ家の食事は何物にも変え難いの至高の品なんだ。ウェイトレスなんてやる羽目になった俺の心の支えは誰にも奪わせないぞ。
眠い目をこすりながらはいずるようにもそもそとベッドから出る。
……ううぅ。
気持ちは起きているのに身体はなかなか動かない。朝は苦手だ。
「やっと起きたか、カトル。おはよう。昨日は凄かったみたいだな」
「おはよう、マリー。ふあぁあ……何の話?」
「何を言っている。今朝からギルドは騒然としているぞ。サーニャの店に神の如き身のこなしの新人ウェイトレスが現れたとな」
「……はぁあああ?!」
起きた。
完全に起きた。てゆーか、マリーはいったい何を言ってるんだ?
「男連中が噂していたのが本部にいた私の耳に入ってきたくらいだ。もう、界隈の誰も知らない者はいないのではないか」
これが本当の寝耳に水だ。昨日の今日で何でそんなことになってるんだ。
ってか、俺、何かしたか? 普通に料理を運んで、皿を片付けて、テーブルを拭いて、注文を受けてを繰り返していただけなんですけど。……まあたしかに、物凄い客の数で店内を駆け巡るのが大変だったから、マリーと模擬戦やった時くらいには俊敏に動いていたけどさ。テーブルとかにぶつからないように早く動くのって結構動きの制御の練習になるなあとか思っていた記憶もある。
でもサーニャや店の客は特に何にも言ってなかったから、致命的なヘマをやらかしたってことはないと思うんだが。
「多少尾ひれはついているのだろうが、誰も触れることさえ出来なかったと男どもが興奮して騒いでいたぞ。あの様子では、今日の店は大変なことになりそうだ」
えっ、そっち?
「いや、ちょっと待って。触ってこようとしてくる奴の手とか全部避けただけだよ。剣で叩きのめすわけにもいかないし。そんなことくらいで何で大事になってんの?」
「なんだ、やはり本当に触ろうとした奴がいたのか。そんな不逞の輩に遠慮はいらん。伸してしまえば良い。少し可愛い服を着るとすぐ男は勘違いするからな」
ウェイトレスの服はかしずく服なのでそそられる気持ちは多少わかるが、馴れ馴れしい感じの奴が多いのは正直びっくりした。触られる方はたまったもんじゃない。客層がどんな奴が多いか聞いてはいたけど、これじゃあそれなりに強い女の子じゃないと誰もウェイトレスをやりたがらないよ。
しかし、ただ避けただけで噂になってるのか。動きとか大丈夫だったかな? そう相談するとマリーはにこやかに答えてくれた。
「ちょっとやそっとの動きでは誰もカトルの事を疑わないだろう。もし気になるというなら、私の身体強化の事を仄めかしてくれて構わない」
懸念があるとすれば人族ではないと疑われることだったから、マリーの言葉は非常に心強かった。
「ウェイトレスが店内で踊るように俊敏な動きをしていたら話題にもなるだろう。それが私など及びもつかないカトレーヌの身のこなしなら尚更だ。私も今日はそれが楽しみで来たんだからな」
「はぁ?! マリーはそんなことの為に本部から戻ってきたの?」
俺は思わずマリーの言葉に聞き返してしまった。いや、だってサーニャの店の買取先を見つけなくちゃいけないだろ?
ただ返ってきた言葉は単純明快なものだった。
「買い手はもう見つかったぞ。昼過ぎにも店の様子を見に来るそうだ」
「えっ、もう見つかったの?」
「あの噂になっている店を売るのかと話の種になってな。カトレーヌが派手に宣伝してくれたお陰だな」
そう言ってマリーはらしくない悪戯っぽい笑みを浮かべる。
……正直とっても複雑な気分だ。まあ役に立ったなら深くは考えないでおくか。
「それで、どんな人なの? 一応、ウェイトレスやってる時に来るなら失礼がないようにしないと」
「アラゴン商会だ」
アラゴン……商会? なんか、どこかで聞いたような名前だな。
俺が首をかしげているとマリーが面白そうに笑った。
「カトルもよく知っているはずなんだがな。まあ、来てのお楽しみか」
長くなりそうだったんで、いったん投稿します。
次回は最悪25日までには更新予定です。
宜しくお願いします。