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第二十七話 陰謀渦巻く会合 前編

6月19日誤字脱字等修正しました。

『よくぞ参られた、連邦の系譜に連なる諸侯たち。そして我が招きに応じて頂き感謝する、魔道国家の元女王ユミスネリア殿』


 白の壁を背景に照明魔石の12の色で彩られた式典会場の檀上で、メロヴィクスは両手を掲げながら高らかに歓迎の宴の開会を宣言する。そして拡声の魔具で部屋中に響き渡った自身の声に負けないくらい大きな拍手に包まれると、メロヴィクスは満面の笑みで壇上を下りていった。


「ん……無駄にカラフル」

「本来は選帝侯の会議を行う場所を急遽、取り繕ったからな。12の色は皇家と十一の選帝侯を意味しているんだ」


 なるほど。それで12色なわけね。

 部屋の中央に円状の囲いが作られ、その周囲に12色の円卓が配置されている。メロヴィクスと側近たちが着座したのは壇上すぐ下の貝紫色の円卓であった。それをちょうど挟み込むように1時から3時を東部諸侯、11時から9時を北部諸侯が固め、対面に位置する南部と西部諸侯に相対するような恰好となっている。

 俺たちが陣取るスティーア家は7時に位置する簡素な木造の円卓であった。他が彩を添えられ美しく飾られた円卓なのに、ここだけ素材のみの造りである。


「我らスティーアの黄土の色を象ったものだ。武門の家柄に相応しい造りだろう?」


 マリーはやや得意げに説明する。確かに他領の色の付いた円卓は見栄えは良いが、こうカラフルな円卓がたくさん並んでいると、木の素材を際立たせるヴァニッシュの光沢の方が目に映える。


「フン。我らに対する嫌がらせもここまで来ると片腹痛いがな」


 マリーとは対照的にエディは眉を顰めた。まあ、そう捉えるのが普通なんだろうけど、俺もマリーと一緒でこっちの方が自然でかっこよく見えるから好きだ。


「この後、我らのテーブルにメロヴィクス皇子が訪れる予定になっている。その間は他の選帝侯を排するとのことだが、最後までヴィリの奴が異を唱えていた。ライデン公と謀って何をしでかすか分からないので注意が必要だ」


 先乗りで打ち合わせを行っていたエディの口から厳しい言葉が並ぶ。

 ふと気づけば、1時と2時の方角から鋭い視線がこちらを見据えているのが分かった。

 1時の黄色の円卓に陣取っているのは、淡黄色(たんこうしょく)の髪をオールバックに固め、同色の伸びた髭をブオリブオリとさすっているずんぐりむっくりの中年男、ライデン=ケルッケリンクである。椅子に座っているせいか、二重三重のフリルでさえお腹のでっぷり具合を隠しきれていない。だが、全く鍛えてなさそうな体つきとは裏腹に、眼光鋭くこちらに視線を向けてきており、不気味な危うさが付きまとう。

 その隣、2時の赤く染まった円卓には三人の若者の姿があった。そのうちの二人の女性はにこやかに談笑していたのだが、もう一人の男がこちらを憚ることなくキッと睨み付けてくる。俺と同い年くらいに見える黒髪のその男――奴こそハンマブルク公爵長子ヴィリであった。瞳をギラギラさせながら鍛えられた肉体を左右にゆするその姿は、まるでこれから戦いを申し込みに来るかのような不穏な空気を感じる。


「それ以外の者たちも皆、魔道国家カルミネの動きは注視しているようだった。護衛もそうだが、発言には十分気を付けてくれ。そうでないと私のここまでの努力が水泡に帰すからな」


 眉間に皺を寄せたままそう言い放つエディだったが、俺が寝ていた午前中のうちにマリーたちと話し合った上、先んじて宮廷に乗り込み情報収集を行っていたらしい。すでに円卓の上は前菜とスープ以外、様々な資料で埋め尽くされ、ユミスがそれを先ほどから熟読している。

 従者としてユミスの後ろに立っている俺には上から眺める程度しか見えなかったが、この式典の参加者リストやその人物の簡単な紹介、それに各領地の動向などが事細かに記されているようで、苦労の跡がうかがえる内容であった。

 よく考えればあのツィオ爺がそばに置いてるくらいなんだから有能でないわけがない。

 ただ、これだけ優れた資料を揃えるほどの能力があってもスティーア家は他領に比べると情報収集面で劣っているわけで、俺なんかがポロッと失言でもしたら目も当てられなくなる。言われた通りマリーと一緒にユミスの後ろに立って、従者らしく無言で護衛任務に努めようと心に刻み込む。


「さあ、出迎えるぞ」


 向かい側で各領地からの挨拶を受けたメロヴィクスがナーサを伴って歩き出すのが見えた。

 ナーサの黄色のドレスに相まって、メロヴィクスの紺一色の衣装がとてもスマートに映る。胸に刺繍された双頭の鷲を象った紋章と、貝紫色の煌びやかなマントを付けた装いが皇族の威厳を示しており、メロヴィクスが近づくと選帝侯に連なる者たちは円卓より立ち上がり恭順の意を示すべくその場に跪いていく。それに鷹揚に応えながらメロヴィクスはゆっくりとこちらに視線を向け、そして笑みを零した。


「案内ありがとう、ナータリアーナ」


 メロヴィクスの言葉にナーサが一歩下がって礼をすると、エディも席を立ちマリーとともに跪いて来訪を出迎える。

 だがそれに遅れてユミスがエメラルドグリーンの髪をたなびかせ立ち上がろうとすると、メロヴィクスはさっと片手をあげ、席に着くよう促した。少し驚いた顔のユミスだったがゆっくり微笑むと再び着席し、それを待っていたメロヴィクスも笑顔を崩さず向かいの席に座り込む。


「私はスティーア家に招かれた者だが?」

「いえ、ユミスネリア()()()()。皇帝に代わり相席を賜る僥倖ありがたく存じます」


 予期せぬ発言にユミスは軽く目を見張り、周囲の空気が一気に張り詰める。だが、他領の選帝侯は排されており、誰も口を挟めない。2時の方角からヴィリが歯噛みをするような面持ちで睨みつけてくるが、そんな視線を皇子は涼しい顔で流している。


「ではユミスネリア陛下。本来は素晴らしい貴国のお話などを伺うべき所ですが、先にも申し上げた通り、我が国の選帝侯より能力(ステータス)詐称の疑義申し出がありました。ゆっくりと楽しんでいただく為にも、そちらをさらりと片付けてしまいたいのでご協力頂けますか?」

「ん……どうすれば良い?」


 どうやらユミスもメロヴィクスと見解が一致したようで、さっさと疑いを晴らし、その本来の話し合いとやらを行うべく先を促す。


「ではこちらを」

「これは?」

「我が国に滞在中の妖精族(エルフ)の者が開発、実用化にこぎつけたもので、より高いレベルでの能力(ステータス)の見極めを可能にした新型鉄石(くろがねいし)です」


 かの皇子は側近を通じ問答無用で俺に新型鉄石(くろがねいし)を渡してくる。身分差を考えれば当然の事なのかもしれないが、正直あまり気分の良いものではない。ただ俺の能力(ステータス)の確認については事前に取り決められていたことなので黙って石を受け取り側近の指示を待つ。


「石の上に手のひらを置いて、少し魔力を通せ」


 身分差から来る蔑みなのか、その側近の男はあからさまに嫌そうな顔で説明してくるが、それを気に留めず言われた通り手のひらを石の上に置いて魔力を注ぎ込む。だが、魔力を通そうとした所で、妙な違和感を覚えた俺は思わず手を引っ込めてしまった。


「何だ?」


 口では俺の状況を確かめる素振りだったが、早くやれ、という無言の圧力がのしかかる。

 なんとも言えない嫌な感じなのだが、ここで止めるわけにはいかない。俺はふうと一つ息を吐くと、今度こそ躊躇せず新型鉄石(くろがねいし)に魔力を流し込んでいく。


「えっ……?!」


 これが違和感の正体か、と思った時には遅かった。凄まじい勢いで魔力を吸われ、頭が朦朧としてガクンと崩れ落ちそうになる。だがすんでのところでマリーの腕が俺を支えてくれた。


「大丈夫か?」

「あ……」


 咄嗟に感謝の言葉を伝えようとして、極力喋らないという約束を思い出し、俺は軽く頷く。

 その間も鉄石(くろがねいし)から全身の魔力が吸われ続けていたが、マリーに支えられ何とか踏ん張ることが出来た。

 正直、身体がだるくて気持ち悪い。

 従来の鉄石(くろがねいし)が封じられた魔力で効力を発揮していたのに対し、新型は触れた者の魔力を食らって半ば無理やりほじくり出そうとしてくる類のものだった。

 いや、それだけではない。

 まるで誰かに自分の魔力を覗かれているような奇妙な錯覚にとらわれる。背筋がぞわぞわして、気持ち悪さがどんどんひどくなる。

 俺はとにかく早く終われと念じながら全身に力を込めていると、ようやく鉄石(くろがねいし)の表面が反応して能力(ステータス)が浮かび上がった。



 名前:【カトル=チェスター】

 年齢:【19/41】

 誕生:【6/18】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【大陸外孤島】

 レベル:【2】

 生命力:【92】

 体力:【59】

 魔力:【141】

 精神力:【64】

 魔法:【火属7】【水属7】【土属14】【風属8】【特殊19】

 スキル:【剣術77】【槍術11】【特殊6】

 カルマ:【昂揚】



「う、ん……?」

「なっ……?!」


 なぜか目を瞬いて何度も能力(ステータス)を見返すメロヴィクスやその側近たちをよそに、ユミスが涼しい顔で嘯く。


「カトルは昨晩スティーア家で行われた模擬戦で怪我をした。この【カルマ】の昂揚とは、私の能力供与(ステータスドナー)の効果だ」

能力供与(ステータスドナー)……? いや、そんなことよりもなんだこの【スキル】は?! 剣術が77だと!? 連邦全域を探しても、このような剣の使い手など――」


 狼狽とも興奮とも取れる挙動で、メロヴィクスは鉄石(くろがねいし)の結果を食い入るように見つめていた。もはや先ほどまでのわざとらしい取り繕った態度などない。真剣そのものである。

 そういえばリスドでも剣術レベルの数値で驚かれていたっけ。カルミネでは魔力だったが、連邦ではやはりスキルに注目が集まるのだろう。

 ……あれ?

 そこまで考えて俺の脳裏に疑問が生じる。

 傭兵ギルドは鉄石(くろがねいし)のデータを共有しているはずだ。俺のスキルレベルはリスドの時から高かった。当時より4あがったけど、受付嬢のアイラは50以上なんて見たことがないと言っていたし、トム爺さんやヴィオラたちにも情報は知れ渡っていた。

 それなのに傭兵ギルドのお膝元とも言える連邦の中枢に情報が届いてないなんてあり得るのか?

 俺がそんなことを考えている時だった。先ほどまで2時の方角より向けられていたプレッシャーが、ギュギュッと近づいてくるのを感じて視線を彷徨わせる。


「面白いではありませんか、殿下。ぜひ我が忠実なる従士と競わせ、この場で剣の舞を披露させましょう」


 いつの間にか、メロヴィクスの側に狂犬のような男が跪いていた。ハンマブルク公爵の長子ヴィリである。ギョロリと動く瞳が真っすぐに俺を捉えて離さない。不気味な圧迫感が無性に(かん)に障る。


「ヴィリ、この場はユミスネリア殿を歓待するためのものだ」

「ならばこそ、護衛たるもの主を剣で守ることが誉のはず。それとも魔道の国の人間は剣の一つも舞えぬのか?」


 ヴィリの言葉に、後ろに立っていた従者らしき男がダンと足音を立てた。そして挑発するように俺を見てニヤリと笑う。

 だが突然、剣を舞えとか言われても反応に困る。最近ようやく自分から一歩踏み出して剣を振るうという行為に慣れてきたが、ヴァルハルティを使ってなんとかという感が強い。

 通常時でさえ躊躇するのに、こんなボロボロの状態で剣を使って舞うなど出来るはずがない。


「もう一度言う。カトルはスティーア家での模擬戦で大怪我を負った。無理をさせるわけにはいかない」


 俺が困っていたら、ユミスが間に入ってヴィリに返答する。それは何の感情も無い冷ややかな声であった。だが、ヴィリは跪きながら笑顔で言葉を返す。


「おや? そうは言っても護衛として貴女の側に控えているではありませんか。そのように立っている以上、剣を振るう程度のことは出来るでしょう?」

「……」


 ぞくり、とした空気が首筋を過る。

 魔力の渦がユミスの背中から小さくわきあがり、それを何とか抑えつけようとして、さらに加速度的に強さが増していく。

 そんなユミスに面と向かって話すこの男は、魔力の変化を感じないのか?

 それとも、俺が“人化の技法”で弱くなり過ぎてユミスの魔力を必要以上に脅威と感じているだけなのだろうか。


「ふむ、剣の舞を見るのは余興としては面白い――」


 メロヴィクスはそう言ってチラリとユミスを見た。その瞬間、ユミスの魔力がとんでもない威力に跳ね上がる。


「だが、其方の傍らに控える勇士が相対するならば、この者の怪我が完治して万全の状態で観戦したいものだ」

「……え?」


 観戦?

 一体何の話だ。

 俺が困惑していると隣からマリーの盛大な溜め息が聞こえてきた。


「護衛の立場で僭越ながら、メロヴィクス皇子。ここは武闘大会の話をする場ではありません」

「おっと、マッダレーナ嬢。これは失礼した。カルミネ女王の側に仕える者が参戦してくれれば、より一層大会が盛り上がると思ってね」

「……武闘大会?」


 ユミスが魔力を全身に巡らせながら落ち着いた声で問いかけた。その発言にマリーは頭を抱え、メロヴィクスは心底嬉しそうな笑みを浮かべ身を乗り出してくる。


「連邦では個の武を競うべく四年に一度武闘大会を開いており、ちょうど今年がその年に当たるのです」


 武闘大会、と聞いて思わず俺はナーサの方に視線を向けた。それに気付いたナーサが少し眉をひそめ、小さく溜め息を吐く。マリーと話して少しはわだかまりも解消したのだろうが、まだきっかけを作った武闘大会には思う所があるらしい。


「今回の大会には友好国としてアルヴヘイムから数人、腕に自信のある者が参戦することになっています。我らは人族の代表として負けるわけにはいかない。そして妖精族(エルフ)と人族の友好を深めるべく、私は連邦のみならず大陸中から猛者を呼び寄せ大会を盛り上げようとしているのです。……ああ。これぞ天の配剤。せっかくユミスネリア陛下がここアグリッピナに来訪されたのですから、ぜひともカルミネを代表してその従者の参戦を許可して頂きたい」

長くなったのでいったん投稿します。

次回は2月29日までに更新予定です。

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