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第二十話 古竜

5月12日誤字脱字等修正しました。

 俺が名乗ると老人は目を細め、そして小さく頷く。


「儂の名はエッツィオ=スティーア。竜族(カナン)の誇りを忘れず、ラヴェンナを守りし古竜の成れの果て、とでも覚えていればよい、新しき同胞よ」


 竜族(カナン)の誇りという部分に殊更、圧を感じる。それが目の前の老いた竜の抱えるもっとも尊き信念であるならば、その辺りにじいちゃんに対する憤りの答えがあるのかもしれない。


「ではエッツィオ=スティーア――」

「儂の事はツィオ爺と呼べ。“エッツィオ”の名は人族の間では触れてはならぬ存在(もの)である。故に儂が“エッツィオ”を名乗るのもこれが最後だ。決してこの部屋より外で言の葉にしてはならぬ」


 ツィオ爺という呼称はナーサが親しげに使っていたものだ。それを俺に許してくれるってことは、確かにマリーの言う通り昨日と違ってかなり好意的に接してくれているようである。


「それで、小僧は“エッツィオ”の名をどこまで把握している?」

「それ自体は何も。ただ、マリーからスティーア家の初代は魔法に優れ竜殺し(ドラゴンスレイヤー)って呼ばれていたってことは聞いている。その初代が魔道具を嫌っていたことも……。そこから考えればある程度答えはわかる」

「ほう、存外頭は回るようだな……。そうだ。スティーア家初代エッツィオ=スティーアは古竜を倒し、貴族の地位とラヴェンナの地の領有権を手にした。それが当時の浅はかな儂が考え抜いた末の結論だ」


 そう言ってツィオ爺は眉間に皺を寄せる。


「儂がラヴェンナの地を優先すべきとした言葉を無視し、ただ人族の脅威を取り除くことのみに竜族(カナン)の力を割いたヤムによって、北の地における魔力の均衡は著しく崩れた。お前もここへ来る途中オブスノールを見たであろう? あの短絡的な行いでオブスノールの地は砂漠と化し、結果として封印の力を弱めたのだ」

「……封印?!」


 やにわにさらっと話を流されるところだった。

 今、封印て言ったよな?!

 何で連邦内の話なのにカルミネの封印が関わって来るんだ?!


「フン、やはりな。あのクソジジイはこんな大事な事も教えず年端も行かん小僧を大陸へ放って来たのか。……呆れて物も言えぬわ」

「ちょっと待って。何でラヴェンナがカルミネの封印に関わるんだ?」

「そんなことはヤムのクソジジイに聞け。儂はラヴェンナを優先した。お前はそれを知っていばいい。どうせこれからカルミネで起こった事を相談しに行くのであろう? ならばそこで詳しく説明されるはずだ」


 この話題は終わりだ、と言ってツィオ爺は手をひらひらさせて質問を突っぱねてしまう。

 ……何が何だか分からない。

 俺は呆然としたまま後ろを振り返ると、そこには同じように愕然とした表情を浮かべるマリーとナーサの姿があった。どうやら二人にとっても初めて聞く話だったらしい。


「我が血族に尋ねても無駄だぞ。これは竜族(カナン)の誓約に絡む話であり、何も教えてはおらん。……ったく、ヤムのクソジジイめ。こやつに何も伝えんとは、儂には何を考えているのかさっぱり分からん。それでいて、そこの人族の小娘には重き十字架を背負わすのだからな」


 その言葉にハッとして俺はユミスの顔を見た。

 ユミスは真っ青な顔になりながら、それでも気丈にツィオ爺の方を見据える。

 重き十字架――それはつまり誓約の事だ。


「ユミス……」


 俺には掛ける言葉が見つからなかった。

 思わず下唇を噛みしめる俺に、ただ彼女は弱々しいながらも笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、カトル。でも私もツィオお爺さんの言葉で初めて知ったことがあった。孤島に帰って、おじい様に尋ねることが増えたよ」

「はっは。良かったではないか、小娘。ヤムのクソジジイも次ばかりはこの小僧に真実を告げざるを得ないだろう。いい気味だ。……さて、本題に入ろう。あのクソジジイが絡む話などこれ以上続けたくないからな」


 そう言ってツィオ爺は俺の横に座るエディという青年に顎で指示する。俺が言葉を挟むスキもない。

 ただじいちゃんに対する憎悪にも近い感情はつぶさに伝わってきたので、これ以上封印に関して問いかけたところで不興を買うだけってのはさすがに理解した。

 そんなわけで俺が視線を向けると、エディは眉間に皺を寄せながら不機嫌そうにまくし立ててくる。


「初代様に代わり私が説明する。急遽本日19時より宮廷中央第二応接室で皇帝陛下の名代としてメロヴィクス殿下主催による歓迎式典が開かれることと相成った。また首都アグリッピナに滞在するすべての選帝侯の参加が義務付けられたため、スティーア公爵家からは私エドゥアルト、マッダレーナ、ナータリアーナ三名が参加することになる」


 どうやらこの青年もスティーア家の一員らしい。ということはマリーたちの兄ということか。


「これは由々しき事態である。皇帝の選定以外で十一すべての選帝侯に参加が義務付けられるのは極めて稀であり、同時にこれを一皇子に決定できる権限などありはしない。つまり、今回の決定には陛下、もしくは先帝の意向が深く反映されていると考えるのが妥当で、ひとえに魔道国家の元女王“氷の魔女”の魔法と当家の武の繋がりを警戒した動きであると思われる」

「え……、警戒って向こうから勝手に招き入れといてそんな――!」


 エディの発言に俺は思わず前のめりになり反論してしまう。

 そんな危険な場所にユミスを行かせるわけにはいかないじゃないか。

 だが感情的になる俺に対し、ツィオ爺はせせら笑うように諭してくる。


「落ち着け小僧。警戒したところで、当家の武も小娘の魔力も奴らにどうこう出来るものではない」

「そんなこと言っても、いくらユミスだって武器を持った連中に取り囲まれたら――」

「無礼な。このスティーア家の武を軽んじるのも大概にせよ!」

「え?」


 俺の言葉にエディが目をクワッと見開き怒鳴りつけてくる。


「ユミスネリア殿は我が妹ナータリアーナの招いた正式な客人だ。それを守るべくこの私とマッダレーナが護衛に付くのだ。他の選帝侯如きに指一本触れさせるものか!」


 どうやらこの怒れるエディがマリーと一緒にユミスを守ってくれるらしい。だが、どんな奴がいるのか分からない以上、そう簡単に安心出来るはずがない。マリーが居るのは心強いけれど、それでも人数からすればたった二人なんだ。


「ん……もちろんカトルが護衛してくれれば安心安全だから、さっさと“人化の技法”を解いて欲しいけど」


 ユミスは皮肉たっぷりな口調でツィオ爺に冷ややかな視線を向ける。だがツィオ爺は苦々しい顔でそれを切り捨てた。


「それはまかりならん。我が血族との誓約を解くのが先だ。それに、小賢しい妖精族(エルフ)どもからもたらされた新たな魔石で詐称魔法(フォルステイメン)は感知される。そうなれば小僧はどうする? 隠蔽魔法(カンシールメント)を使えるわけでもあるまい?」

隠蔽魔法(カンシールメント)……?」


 そんな魔法聞いたこともない。後ろを見ればユミスも首を横に振っている。ユミスが知らない魔法を俺が知っているわけがない。


「やはり知らんようだな。ならば遅かれ早かれ竜人と露見していたということだ。……フン、“人化の技法”を施した儂に感謝してもらいたいくらいだ」


 ツィオ爺によればこれまでの鉄石(くろがねいし)とは違う新型の鉄石(くろがねいし)がアルヴヘイムから持ち込まれたとの事。それはまさにユミスオリジナルの精魔石のように高レベルの鑑定魔法が内包されたものだという。看破魔法(ペネトレイション)が含まれていない分、効果は落ちるが、それでも寝耳に水なのは間違いない。


「その隠蔽魔法(カンシールメント)を使えば大丈夫なのか?」

「そうだ。感知魔法すら秘匿出来る」

「なら教えてくれ。俺はユミスを守りたいんだ」


 俺が思うがままにそう希望を伝えた時だった。

 それまで泰然としていたツィオ爺は突如として表情を歪ませ、怒涛の如く声を荒げたのである。


「愚か者めが! 物事には順序があるというのがわからんのか!? 今のお前では基本となる四属性すらマリーとナーサの加護がなければ扱えん。隠蔽魔法(カンシールメント)を御せるとなぜ思える?!」

「それは……」

「そこの小娘の魔力、精神力、制御力をもってしても隠蔽魔法(カンシールメント)を扱うことは困難を極めるであろう。今のお前如きに何が出来る? 我が血族への誓約の破棄すら出来ぬ身体で大言壮語を抜かすでないわ!」


 ツィオ爺の圧に耐え切れず、俺は目を閉じ両手で身体を支える。

 落ち着いているなどとんでもない。

 怒り狂う竜族(カナン)を前に言葉すら発せず、俺はその場に突っ伏すことしか出来なかった。

 だが、そんな俺をマリーとナーサの二人が両脇から支えてくれ、そしてユミスがツィオ爺の圧を魔力でもってかき消してくれる。

 それを見たツィオ爺は不満そうにうめき声を上げたが、マリーとナーサに睨まれると圧を抑え、静かに話を再開し始めた。


「小僧の能力(ステータス)を調べ、儂はゾッとした。これほどまでに制御がままならない状況で、魔力だけは竜人の身をもって竜族(カナン)に迫る力を有しているのだからな。たとえるならば、お前そのものが龍脈に他ならん」

「っ?!」


 突然、爺さんが何を言い出したのか理解できなかった。

 俺が、あの途方もない力を感じる龍脈と同じ?!

 さすがにあんなものと一緒くたにされてはかなわない。

 だが、ツィオ爺の目は俺の動揺をさらに(うと)まし気に見据えてくる。


「何を驚いている。我ら竜族(カナン)は龍脈の奔流に翻弄されぬよう、精神を鍛え、己を律し、魔力を御さねばならん。あのクソジジイが何をもってこのような歪な育て方をしたのか分からんが、お前の魔力は危険なのだ。このままだとその力は必ずや……いや、なんでもない」

「……?」

「とにかく、儂は“人化の技法”を解く気はない。お前は大人しく体力をつけ、魔力を制御する方法を学び、“誓願眷愛”の解除が出来るよう邁進するがいい」 


 話は以上だ、と言ってツィオ爺は腰を上げ奥の間に下がろうとする。

 だが、それで終わらせるわけにはいかない。

 ユミスを守れないなら、俺は何のためにこの大陸まで来たっていうんだ。


「待て、待ってくれ!」

「チッ……なんだ?」


 舌打ちしながらもツィオ爺は足を止め、今一度こちらに振り返った。

 この剣幕ではもしかすると当分会うことさえままならないかもしれない。ならば尋ねるチャンスは今しかない。


「レヴィアは……、レヴィア=ラハブはどこだ?」

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


次回は1月20日までに更新予定です。

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