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第十九話 謁見

5月11日誤字脱字等修正しました。

「とにかく疲れた」


 そのユミスの言葉で今夜の所は個々に軽食を取って休むことになった。

 自力で起き上がれない俺は有無を言わさずマリーに持ち上げられた挙句お姫様抱っこのまま部屋まで運ばれてしまう。

 狼狽する俺を尻目に「これで少しはリスドの借りを返せそうだな」と嬉しそうにマリーは微笑んでいるが、隣でユミスが憮然とした表情で睨んでいてちょっと怖い。だが文句を言おうにも「これが一番早くて楽なんだぞ」と言われれば手を借りている身としては口を噤むしかない。

 そんな無力な俺にユミスは大きな溜め息を吐くものの、魔力を使い果たして相当キツイのか、それ以上何も言わずそのまま割り当てられた自分の部屋へ倒れ込むように消えていった。


「ほら、カトル。遠慮せずに食べてくれ」

 

 部屋まで運ばれ、ベッドに寝かせられると、なぜかマリーが用意してあった夜食用のサンドイッチを手ずから食べさせてくれる。

 いくら動けないとはいえこんなの恥ずかしいと最初は断ったのだが、「夕食を食べないなどありえない」とマリーに真顔で迫られ何も言えなくなってしまう。

 さすがはマリー。食いしん坊っぷりは故郷に戻っても変わっていないようだ。

 ただ、与えられるままにモグモグ食べさせられていると、なんだか赤ん坊にでもなった気分で落ち着かなくなる。最初の一口は美味しく感じられたサンドイッチも、食べているうちに味がよくわからなくなってしまった。

 とにかく早くこの時間が過ぎるよう必死で咀嚼し腹を膨らませた俺は、物足りなさげなマリーを早々に見送り、ようやくホッと一息つく。

 そして自然と出た欠伸に眠気を自覚した瞬間、急激な睡魔に襲われあっという間に深い眠りに落ちていった。




 ―――



「カトル……ねぇカトル……」


 とても優しげな声に、まどろみながらうっすらとまぶたを開ける。 


「ユミス……もうちょい」

「今日はダメ。絶対に起きるの」


 ぷくぅとホッペを膨らませて可愛らしい顔を向けてくる彼女は、昨日までとは全く違った装いに変わっていた。夏を思わせる涼やかな水色基調の紫陽花をベースに彩られたゆったりとした服に身を包み、エメラルドグリーンの髪を後ろでまとめ上げ、とても大人びて見える。


「この服は着物っていうんだって。……似合うかな?」

「ああ。綺麗だ」

「ほんと?」

「服が」

「むうっ。……カトルのバカ」

「はは、冗談だって。とてもよく似合ってる」


 まとめ上げられた髪には鮮やかな赤をベースにした宝石のついた棒のようなものが差してあり、いつも身につけているネックレスやサークレットと相まって彼女をより一層引き立てさせていた。

 カルミネの王宮で着ていたユミスの好きな海の色のドレスも綺麗だったが、この水色の着物姿もとてもよく似合う。


「おお、カトル起きたか。ユミスはさすがだな。私やナーサではビクともしなかったものを、あっさり起こすとは」

「どんだけ寝ぼすけなのって感じよね、あんたは。まあ、昨日の今日じゃ仕方ないのかもしれないけれど」


 ユミスの後ろからマリーとナーサの声がしてきた。見れば二人ともユミスと同じ着物姿である。

 マリーの着物はユミスよりもっと濃い藍色、夜の帳を思い起こさせる色合いで、ナーサの着物は赤紫を基色に白や桜色がシンプルに縦の線を描き、その間を濃淡の異なる白の花びらが舞う鮮やかな装いだった。

 こうして三人が揃うとなんとも華やかで見ているだけで幸せな気分になる。朝からとても優雅な感じだ。


「ん、朝じゃないけどね。もうとっくに昼過ぎてるし」

「はいぃ?!」


 その言葉に一気に眠気が吹っ飛んだ俺は勢いよく起き上がろうとして、身体が上手く動かず腰砕けのようにベッドに倒れ込んでしまった。


「ちょっと!? 大丈夫、カトル?!」

「あ、そうか……そういやそうだった」


 爺さんに“人化の技法”を掛けられて動けなくなったんだっけ……。

 寝ぼけた頭でようやく昨日の事を思い出すと、今度はそっと身体に力を込めてみる。

 どうやら両手を使えば何とか起き上がれそうだ。ただ、少しでも気を抜くとさっきみたいに崩れ落ちそうになる。

 俺は少しずつ慎重に身体を動かし、ようやく立ち上がってふうと息を吐いた。

 ……うん。捕まれる場所があってゆっくりのペースなら歩くことも出来そうだ。

 そんな感じで俺がどこまで動けるか自分の身体相手に暗中模索を続けていると、隣で見守っていたマリーがとても言いにくそうに口を開く。


「カトル。そのような状態のところ申し訳ないのだが、お前には御所代様から面会許可が出ている。ユミス共々これから御所代様に会ってくれないか?」

「はぁ? ……御所代様って、昨日の竜族(カナン)の爺さんのことだろ?」


 こんな身動きもままならない状態で、この身体にした張本人に会えと?!

 うーん……。竜族(カナン)の同胞に会うのはやぶさかではないが、それでも少し割り切れない思いはある。

 だが、俺の困惑をよそにマリーは困りきった表情で頭を下げてきた。


「本当に済まない、カトル。だが今はまだ私の口から御所代様がどのような方か話せないんだ。御所代様自身が説明するまで堪えてくれないか」


 良くわからないけど、どうやら爺さんの事は口留めされているらしい。そんなマリーの言葉を補うようにナーサも渋い顔で謝ってくる。


「ごめんね、カトル。ツィオ爺……じゃなかった、御所代様の言葉はスティーア家では絶対だから、もうちょっとだけ我慢して」

「こら、ナーサ。その物言いは御所代様に対して不遜であるぞ」

「っ……! ごめんなさい、マリー姉さん……」

「ん、でも実際、ナーサだってあんなお爺さんの言うことなんて聞く必要なければいいのにって思っているんでしょ?」

「あのー……ユミス? いくら私でもそこまでは思ってないわよ?」


 ユミスがここまであからさまに毒を吐くなんて珍しい。どうやら当事者の俺よりよほど昨日の事が腹に据えかねているようだ。

 まあ俺だっていきなり別次元に飛ばされたり、“人化の技法”で身体をガタガタにさせられたりと、理不尽極まりない仕打ちをされてだいぶ頭に来てはいるんだけどね。

 ――でも冷静に考えれば聞きたいことは山ほどあった。


 爺さん自身の事。

 スティーア家の事。

 “人化の技法”の事。

 そして何より一番聞かなければならないのがレヴィアの行方についてだ。

 竜族(カナン)について口留めされてるなら、当然レヴィアの事だって爺さんに直接聞かなきゃならない。

 竜族(カナン)の同胞がいる以上、レヴィアがここに来たのはもはや疑う余地はないだろう。ただ問題はあの爺さんとの間で何があったかである。あれだけじいちゃんの事を毛嫌いしているのだから、当然レヴィアとかち合えば一悶着起きたとしてもおかしくない。

 そういやレヴィアは体調を崩してたんだよな……。まあ、大丈夫だとは思うけど、これだけ会えないとほんのちょっぴり心配になる。


「……行くよ。俺も話を聞きたいし」


 俺が頷いたのを見て、二人の姉妹は揃ってホッと息を吐き、はにかむ様な笑顔を見せた。

 さすがは姉妹。似た仕草にほっこりする。

 ただその隣でユミスだけは少々お冠だった。


「ん、さっさと誓約を解消してカトルを元に戻してもらえばいいのに」

「ちょっと、ユミス。誓約って、“誓願眷愛”のこと?! 解消したらカトルの魔力が尽きちゃうでしょうが!」

「チッ……」

「ああ!! 今、舌打ちしたわね?!」

「ん……だいたいカトルの魔力制御が全然ダメなのが悪いの!」

「そんなの言い掛かりじゃない!」


 ユミスとナーサの言い争いがどんどんヒートアップしていく。ぼやぼやしているとこっちに飛び火しそうだったので、巻き込まれる前に俺はマリーの肩を借りて歩き始めた。

 部屋を出ると廊下一面板張りの床が綺麗に磨かれており、そこをすいすい滑るように先へ進んでいく。

 だが、ふと横を見れば、木造の壁のいたるところに魔石が備え付けられていてギョッとする。昨日は意識が朦朧としていてわからなかったが、とんでもなく堅牢な造りの建物のようだ。

 これだけ備えがしてあれば屋敷の敷地に誰でも出入り自由ってのも頷ける。仮に敵対勢力が入ってきたとしても、この廊下を抜けるのは一苦労だ。下手な軍勢だと魔石だけで全滅しかねない。


 ……ってか、突き当たりにある魔石ってよく見たら竜魔石じゃないか!?

 何だって貴重な魔石をこんな所に放っぽり出してるんだ? そりゃあ並の魔力じゃ持って運ぶのさえ至難の業だけど、それでも大事に保管しとくべきだろ。

 あ、ユミスも気付いたらしい。大きく目を見開き驚愕の表情を浮かべている。

 壁に埋め込まれちょっとした小さな飾りを装ってるけど、この距離からでも圧を感じる魔石ってのは尋常じゃない。おそらくまだ魔石の大半が壁の中に隠されているはずだ。


「とんでもない場所だね、ここ」

「ああ、凄い数の魔石だろう? 御所代様が守りの備えとして取り付けているのだが、いつ見ても壮観な眺めだ」

「いや、そういうことじゃないんだけど……。ま、いっか」


 どうやらマリーは竜魔石の存在に気付いてないらしい。どうせ爺さんが作ったものなんだろうから好きにすりゃいいけど、いったいどれだけとんでもない相手を想定しているのかぜひ聞いてみたい所だ。


「こっちだ。ここから地下に下りた先の修練場で御所代様がお待ちになっている」

「さっきも今も修練場か。訓練とか特訓とか好きな爺さんなんだな」

「何を言っている、カトル。自己の研鑽に励むのは当たり前の事だろう?」

「いや、皆がマリーみたいに戦うのが好きってわけじゃないと思うけど?」


 俺の言葉にマリーは首を傾げていたが、ナーサは姉に気付かれないように小さく頷いていた。その表情に実感が籠って見えるのは気のせいじゃないだろう。


 地下へ下りると夏なのにヒヤリとした空気が首筋を撫でてきた。

 なんだか爺さんが手ぐすね引いて待ってるような気がして、俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。


「大丈夫だ、カトル。今日の御所代様は落ち着いていらっしゃった。昨日のような理不尽な振る舞いはなさるまい」


 顔に出ていたのか、俺の心を落ち着けるようにマリーがニコリと笑う。


「さあ、着いたぞ。この扉の向こうだ」


 マリーがそう言って指し示したのは魔力を帯びてぼんやりと輝く金色の扉であった。それを見たユミスが思わず息をのむ。


金剛精鋼(アダマス)……。なんてもったいない使い方」

「そう言うな、ユミス。これは必要なことなのだ」


 金剛精鋼(アダマス)精銀(ミスリル)精霊鋼(エレメンタル)以上に稀少で魔力の内包量も多く有用性が高い魔石だ。ユミスによれば範囲系魔法の根幹を為す極めて重要な魔石だそうで、カルミネで使っていた魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)でも都市全体をカバーする為に配備していたらしい。それ以外にも魔剣の類や魔道士の使う杖などにも活用されているが、流通量が乏しいのもあって相場はとんでもない額になっている。

 そんな貴重な物を扉の素材にするなど考えられない。トム爺さんも自分の部屋を精銀(ミスリル)で固めていたけれど、それ以上の無駄遣いだ。

 ……そう思ったのだが、マリーに続いて部屋へ入った瞬間、なぜ金剛精鋼(アダマス)が扉に使われていたのか即座に理解することになる。


「ふむ。よく来たな」


 俺たち四人が部屋に入り扉が閉まったことを確認すると、老人は顎をしゃくりながらゆっくりと話し出した。たったそれだけの事なのに空気が震え風圧を感じて瞼を閉じそうになる。

 ――先ほどまでと見た目は何も変わらないのに、全てが違っていた。

 感じる魔力はけた外れ。眼光鋭く射抜かれる威圧感を前に、首の後ろがチリチリと痛む。それでいて老人が特に何かをしているわけではない。ただその場に存在するだけで全てを圧倒しているのだ。

 俺が竜人のままならここまで圧迫感を覚えることはなかっただろう。このひ弱で脆弱な人族の身体には刺激が強すぎる。

 なるほど、金剛精鋼(アダマス)の扉が使われるわけだ。老人の力を外に逃がさぬよう封じているに違いない。普通の金属ならちょっとした動作だけでも感知され首都アグリッピナは大混乱に陥ってしまうだろう。


(昨日は爺さんも“人化の技法”を使っていたってことか)


 “人化の技法”で能力(ステータス)が百分の一になるならば、今の爺さんは昨日の百倍の力を有していることになる。

 昨日の段階でも間違いなく俺より能力(ステータス)は上だった。それを考えると喉の奥からひうっという変な声が出る。

 それでも心まで屈するわけにはいかない。俺はキッと前を見据えると爺さんの前に進み出て、そしてようやく爺さんのそばにもう一人誰かが座っている事に気が付いた。

 マリーよりも年上の精悍な顔つきの男だ。彼女より明るい青藍の髪に双頭の金鷲を象った紋章のある鎧を纏ったまま床几に腰を下ろし、ニコニコ笑顔を振るまっている。

 だが俺と目が合うと表情が一変し、冷ややかな視線をぶつけてきた。どうやら笑顔なのはマリーやナーサに対してだけらしい。一瞬剣の柄に手をやり、老人に一瞥されて冷静さを取り戻しているあたり、俺に対して相当負の感情をため込んでいるようだ。


「立ち続けるのもつらいんで、座ってもいいか?」

「貴様! 初代様に向かってなんという口の利きようだ。弁えろ」

「良い、エディ。こやつが礼儀を知らぬというのは昨日で理解しておる。どこでもよいぞ、小僧。適当に座れ」

「じゃ、遠慮なく」

「チッ……」


 俺はそのまま前へ進み、爺さんの目の前で腰を下ろした。横から険悪な雰囲気を感じるが、いちいち気にしていられない。

 俺はこの爺さんから聞かなければならないことがたくさんある。その為には目の前に座り、視線をこちらに向けさせなければ意味がない。


「無礼ではあるが、いい覚悟だ」


 爺さんは目を細めて俺を見据える。俺も一礼をして語り掛けた。


「俺はカトル=チェスター。赤竜たる父ファーヴニルと蒼竜たる母ヴァールの子にして、竜族(カナン)の長ヤム=ナハルに育てられし竜人だ。あなたの名をお聞かせ願おう」

次回は1月15日までに更新予定です。


年内間に合いました。

今年もお読み頂きありがとうございました。

良いお年を。

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