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第九話 邂逅

4月4日誤字脱字を修正し加筆しました。

 ナーサの言葉通り、アリミヌムはシュテフェンとも三日前に立ち寄ったピサロともガラリと違う雰囲気の港町であった。

 一見すると、商人と思しき荒々しい海の男たちの集団が豪快な笑い声を上げながら歩いていたり、煌びやかに輝く宝石をこれでもかと身に纏ったいかにもな連中が全身鎧の護衛を大量に引きつれ公道の真ん中を我が物顔で通り過ぎて行くのが目に付く。

 だが貴族の謳歌する街かといえばそんなことは無く、公道を少し外れた先には庶民向けの小さな露店がいくつも並んでおり、その後ろに広がる浜辺には家族連れや若者たちが大勢詰めかけており楽しそうな声を上げていた。

 俺としては散々孤島で泳ぎまくったので、やはり興味は露店の方に向かってしまう。海の幸をふんだんに使った美味しそうな料理の数々が暴力的なまでに香ばしい匂いを漂わせており、それだけでもお腹がキュッと締め付けられフラフラ立ち寄りたくなる。

 その様子はまさにリスドのギルド支部一帯の盛況そのものだ。


「あっちが砂浜ね。もうそろそろ陽が沈みそうな時間なのに凄い混雑」

「俺は泳ぐより露店巡りだな」

「ん、エビ食べたい」

「あんたたちは……!」


 ナーサに白い目で見られながらも気にせず、美味しそうなものはないか辺りをキョロキョロ伺っていると、不意にゾクッとする視線を感じて公道を振り返った。するといつの間に居たのか、武器を手にしたいかつい人相の騎馬兵が隊列を組んで闊歩しており、そのうちの一人がこちらを訝しげに睨んでいる。


「ほら、視線を向けない」

「え、何でだ? 見たらダメなのか?」

「ユミスに迷惑を掛けたくなければ、今は黙って私の意見に従いなさい」


 ナーサにそう言われてしまえば口を閉じるしかない。

 ゆっくり露店の賑わいの方へ視線を戻すと、しばらくして騎馬兵は興味を失ったようで浜辺の方へ向かっていった。


「あれ、なんなの?」

「ウィンニーリー王国の衛兵よ。あまり評判良くないから注意して。余計ないざこざは避けないと」


 そのナーサの言葉を裏付けるように衛兵たちが現れた途端、あれだけ賑わっていた浜辺から蜘蛛の子を散らすように人々がいなくなってしまった。人っ子一人居なくなった広大な砂浜を兵たちが騎馬で縦横無尽に駆け巡り始めたのが、仮に何かの訓練だったとしても憂さ晴らししているようにしか見えず、なんともやるせない。


「ほら、私たちも急ぐわよ。さっきまで海辺にいた人たちが街へ戻ったら混雑に巻き込まれるから、その前に宿だけでも確保しておかないと」


 露店から漂う匂いに心を鷲掴みされながら涙を飲んでその誘惑を振り切ると、俺たちは今晩の宿を決めるべく街中へ繰り出していった。

 夕暮れ時、いくら夏でも海から吹く風は少し冷たかったのだが、街に入れば行き交う人々の熱気で体感温度が急激に上がり汗が滴り落ちて来る。それもそのはず、公道の周りに立ち並ぶ店舗は全て活気に満ち溢れており、その三分の一を占める酒場からは美味しそうな匂いが漏れ出し、これでもかと空腹を刺激され頭がくらくらしてしまう。

 どの店からも陽気な音楽や楽しそうな声が聞こえ、その盛況さにすぐにでも夕食にしたくなるのだが、宿を決めるまではグッと我慢するしかない。ピサロでは全員分の宿泊場所を簡単に確保できたが、ここアリミヌムでは宿を見つけるのが難しい為、各自の判断に任されている。ここでフラフラ食事の誘惑に乗ってしまうと、久しぶりの揺れない大地で眠るチャンスを不意にしてしまう。俺だけなら砂浜で寝るのでも良かったが、まさかユミスにそんな危ない真似をさせるわけにはいかない。


「しっかし、これだけ人が居てほんとに空いてる宿なんてあるのかな」

「大丈夫よ。海で賑わうシーズンはもっと先なのに、これくらいの混雑で宿が無くなっているようじゃ、大陸一のリゾート都市だなんて肩書き名乗ってないわ」

「……ん、ナーサはここに来るの何回目?」

「初めてに決まってるでしょう」


 そんな事を平然と言ってのけるナーサに、俺は俄かに不安になってくる。


「……知ったかぶりのエセ知識」

「うるさいわね! ほらっ、見なさい! あの宿。ああいうちょっと見つけにく場所にある小さめの宿が狙い目なのよ」


 顔を赤らめたナーサが、裏路地に見つけた宿へ先に一人で行ってしまう。ユミスのツッコミに少しは自覚があったのかもしれない。

 ただその宿自体はこじんまりとしたなかなか雰囲気の良さそうな場所だった。奥まった所にあり、遠目からだと宿かどうか判別しにくいのもあって穴場っぽい感じがする。確かにこれならナーサの言う通り、部屋に空きがあるかもしれない。


「いらっしゃいませ。……三人様で宜しいですか?」


 宿に入ると、ナーサと同じくらいの年齢に見える女性がなぜか俺にだけ冷ややかな視線を浴びせながら尖った口調で話しかけてきた。

 良く考えれば両手に花の状況なわけで、女性からするとそういう反応も当然なのかもしれない。ただ裏を返せば女に見られなかったということなので、俺としてはちょっとうれしかったりする。


「ん、そう」

「えっ……?!」


 投げかけた言葉に答えたのが一番子供に見えるユミスだったので、少し驚いたような視線を――俺にはさらに蔑みの視線を投げかけてくる。

 どんな勘違いをしているのかわからないが、やたらと感情を表に出す店員のようだ。

 だが次の瞬間ユミスが収納魔法を展開して気前よく金貨を取り出すと、その女性店員の態度がコロッと変わった。立場的にユミスが主で俺とナーサが御付きとでも思ったのだろう、途端に笑顔を見せ、かなり大きな部屋へと案内してくれる。


「なるほど、ドルゥウェルペンに行かれる途中で立ち寄っただけなんですか。残念です。もっと逗留して頂けるとうちとしては商売繁盛なんですけどね」

「三日ぶりの地上だから、今日はゆっくりしたかった。広い部屋で嬉しい」

「そんなあ。これだけ支払いのいい上客のお客様でしたら出来る限りのおもてなしをするのが当然ですって」

「あんたも、ずけずけはっきり物を言うわね」

「当たり前です。正直がモットー。変に客相手に媚びたりしませんよ。うちの店が媚びるのはお金だけです。頂いたお金の分は誠心誠意ご満足頂けるよう対応しますし」


 そう言ってニコッと営業スマイルを向けてくる。

 まあそこまで言われれば分かり易くていいんだけど。


「そんなあけすけに言ったら、客が逃げるんじゃないの? 私の故郷はラヴェンナだからあまり参考にはならないけど、客の気持ちを(おもんばか)る努力くらいしてもいいと思うけど?」

「ラヴェンナ……、ごめんなさい、全然知りません。どこですか? この国じゃないってのは何となくわかりますけど」

「連邦西部の都市よ!」

「ああ、そうですか。あなたは連邦の人なんですね。まあ、確かにここは次から次に観光客がやって来る街なので世間一般の常識はあてはまらないのかもしれないですけど。……でも、そんな仰々しいのは上のお偉いさんだけで充分です。私に客の気持ちを尊重しろと言うならあなたも従業員の気持ちを尊重してください」

「……っ?!」

「今日はもう一組、同じような事を言い張る傭兵パーティがいました。結局別の宿を取ったみたいですけど……。でも、宿が無いと困るのはこの街に来る外国の人なんです。それで宿が見つからなければ道端で呆けてこの国の悪口を垂れ流す。誰が迷惑するかわかります? この街の庶民なんです。お偉いさんは連邦だか魔法王国だか知りませんがヘコヘコ頭下げてますけど、庶民にとっては誰だろうと同じ。税金払って義務を果たして、その上、心まで従わせようとするんですか? 頂いた対価についてはもちろんお返しします。でも、それで十分でしょう? この国、この街に来た以上、ここの流儀に従うのがモットーだと思いますけど」


 威勢の良い言葉でまくし立てる店員の女性を、ナーサは半ば呆然とした表情で見つめていた。

 まさかここまで反論されるとは思っていなかったのだろう。

 でも、不思議と俺にはこの店員の言葉が耳に心地よく入ってきた。

 対価を払って、それに準じた満足を得られるなら確かにそれで十分だ。客を慮る、とナーサは言ったけど、俺にはそっちの方があまりピンと来ない。そりゃあ、耳障りの良い言葉ばかり並べられれば誰だって気分が良くなるのかもしれないけど、それってとどのつまりはご機嫌取りされてるだけだ。そんな気遣い、どうして必要なのかさっぱりわからない。


「今から別の宿を決めるのは大変。ナーサが我慢するべき」

「……あんたもそれでいいわけ?」

「俺は食事と寝る場所さえあれば何も文句ないけど」

「……はいはい、私が悪うございました。宿はここでいいですよ」


 そうは言うものの、ナーサは不機嫌そうに眉を寄せ、納得していないのか少々怒り気味、というか半分すね気味にぶつぶつ呟いている。

 そんなナーサにユミスは容赦ない。


「ん……初めて会った人に機嫌を取らせるのは、貴族の悪しき習慣」

「なっ……、そんなつもりで言ってないわよ! ただ、ラヴェンナでは宿は憩いの場を演出する空間であって、それを――」

「ここはアリミヌムで、ラヴェンナじゃない」

「ぐっ……、私だって、ところ変われば品変わるってことくらい分かるわよ」

「あらー。ものわかりの良いお貴族様ですね」

「ったく、あんたもいい根性しているわね。言っとくけど、私みたいな客ばかりじゃないんだから気をつけなさいよ」

「はい、わかってます。貴族だとは思いませんでしたが、これでもよーく人を見て話してますから」

「はぁ?! どういう意味よ、それ!」

「あなたが話せばわかる、真面目そうな人だってことですよ」


 店員の女性はくすくす笑いながら流し目でナーサを見やった。途端に恥ずかしくなったのかナーサの顔が羞恥の色に染まる。


「っ……?! もう、夕食に行くわよユミス! って何笑ってるのよ、あんたは!!」

「いや、ナーサはツンケンしてるけど真面目でお人よしなのは本当の事だなぁ、ってうわっ、やめろって」


 八つ当たり相手を見つけたナーサが顔を真っ赤にして俺の背中を叩いてくる。

 てか、竜族(カナン)は人より皮膚が固いからナーサの方が痛いと思うんだけど。

 そんな俺たちを見て、店員の女性はもっと笑い始めてるし。

 結局ナーサは、ううっ、と変な声を出しながらそっぽを向いてしまった。

 でもお陰で店員の女性との距離は格段に縮まった気がする。カテリーナという名前も聞けたしね。


 そんな感じで無事部屋を確保できた俺たちは、カテリーナのお勧めもあって、美味しい料理を求め外へ繰り出そうとしたのだが――。

 ちょうどその時、玄関口に居た新しい客と不意に目があった。


(なんだ、こいつらは……?)


 パッと見はどこにでもいそうな傭兵の四人組みパーティだったのだが、真ん中に居た男の異様な姿に思わず視線が釘付けとなる。

 身体は細身で筋肉もほとんどついてないひ弱そうな少年なのだが、身に纏う鈍く光る精霊鋼(エレメンタル)の鎧、そして大きな魔力を帯びた羽根付きの兜は殊更目を引き、そのうえ腰に下げた剣からは鞘に入ったままなのにとんでもない魔力が漏れ出ている。

 そして何より少年自身から感じる桁外れの魔力だ。


(まさか妖精族(エルフ)のエーヴィより上……?)


 鑑定魔法で調べていないのでこの距離で感じる程度だが、明らかに普通の人族から感じる魔力とは一線を画している。

 無論エーヴィの本気の魔力を感じたことがないので実際はどうかわからないが、少なくとも遜色ないレベルにいるのは確かだ。

 周りの三人もなかなかに目を引く者たちで、鍛え抜かれた肉体に身長と同じくらいの大剣を背負った戦士、その男よりさらに背が高く大弓を携える見栄えの良い青年、そしてこれまたかなりの魔力を帯びた杖を持った女魔法使いという強烈な組み合わせである。だが、それでも中央にいる一番年下の少年を前にすると全てが色あせてしまう。


「あら、先ほどのお客様。うちの宿は気に入らないと言ってましたのに、どうかしましたか?」


 そんな相手に対し、怖い者知らずのカテリーナはつっけんどんな態度で話しかけていく。

 そういえば、もう一組のご一行様が文句を、って言ってたけど、それがこいつらだったようだ。


「ほら、セイ。謝るんだろ?」

「……ああ、わかってる」


 周りの仲間に促され、セイと呼ばれた少年が一歩前に出る。


「この街の宿は全部貴女と同じこと、いやもっと酷いことを言ってたよ」

「はぁ」

「……カテリーナさん、って言ったっけ。郷に入れば郷に従え。さっきは酷いことを言ってごめんなさい。謝りに来たんだ」

「あら。それはわざわざご丁寧に」


 少年はカテリーナに向かって深々と頭を下げた。

 ……律儀、というか真面目な奴みたいだ。

 だが次の瞬間、再びその少年と目が合うと、彼は俺を睨んでこう言い放った。


「そのお詫びに忠告するよ、カテリーナさん。そこの三人のお客だけど、胡散臭いから気をつけた方がいい。だって詐称魔法(フォルステイメン)を使って身分を偽ってるからね」

次回は11月9日までに更新予定です。

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