第十五話 突然の出会い
4月5日誤字脱字等修正しました。
11月19日イチョウへの鑑定魔法のくだりを全面修正しました。
「報告はともかく、私が会う必要ないでしょう?」
「さすがに俺だけ針のムシロは勘弁してくれ、レヴィアの姉さん」
「金輪際会いたくないのよ、あのクソジジイは」
「俺はまだ一回しか会った事ないけど、何だか親近感湧いちゃうけどな、あのじいさん」
「レヴィの気持ちは、むぐむぐ、わからないでもない。もぐもぐ。ギルドマスターは困った人だからな。しかし、サーニャの焼き鳥はいつ食べても美味しいなあ」
「ありがとう、マリーさん」
実に8日ぶりにリスドの町に帰ってきた俺たちは、マリーの涙の訴えにより屋台で30分だけ軽い食事をすることになった。
だが、そこでレヴィアとイェルドがギルドマスターへの報告でもめ始める。
俺にはよくわからないが、レヴィアは露骨に嫌悪感を出すほどギルドマスターに会いたくないらしい。イェルドは立場上絶対に報告義務があるのだが、ギルド的にはなんの成果も上がらない報告になるわけで応援は少しでも多いほうが良いと懇願してきた。
マリーは我関せずとサーニャと歓談しながら焼き鳥、団子、おにぎりと次々に頬張っていて、フアンもどうでもいいやの立場を貫いている。
俺はリスドの町の中がどうなっているか一度見てみたかったので、「別に会うくらいイイじゃん?」と失言してレヴィアの氷のような視線に恐れ戦いていた。
ただ、傍目には黒髪の妖艶さを醸し出す美女に筋肉ムキムキの丸坊主の大男が泣き落とししているようにうつるわけで、美女と野獣の組み合わせに物凄く人目を引くことになった。
普通に関係性を囃し立てる声やら、「あんちゃん頑張れよ!」という同じく丸坊主の粋のいいおっちゃんからの声、そして通りすがりの女性傭兵たちの何かキラキラした視線が二人に注がれている。
さすがにそんな状況となってはレヴィアも折れないわけにはいかず、渋々ギルドマスターに会う事を認める羽目になった。ピィピィという口笛やらワッいう歓声が響き、珍しくレヴィアの顔が真っ赤になる。
……これ、後でフォローするの俺なのか? めちゃくちゃ怖いんですけど。
「キミ」
「はい!」
「行くよ」
「はいぃい!」
触らぬ神にたたり無し。俺はほとぼりが冷めるまでレヴィアには何も話しかけないと固く誓うのだった。
軽食を食べ終えた俺たちは、ずんずん進むレヴィアを先頭にリスドの壁沿いを南回りで歩いていった。良質の石で舗装された道路が整備されており、今は昼過ぎということもあってか結構な人が歩いている。
目に付くのは馬車の多さで、それぞれに護衛の傭兵らしき人がついているのだが実際の物量に比べると少々心もとない。
「例の盗賊団が一斉に検挙された後はほとんど襲撃されなくなったってのもあるが、何より行き交う物量に比べて傭兵の数が圧倒的に足りねぇんだ。能力の高い奴らは皆森に行っちまうからな。まあ、それでも油断大敵だから、ちゃんとした商人ならしっかりと護衛に金かけてるはずだぜ。あいつらみたいにな」
なるほど。イェルドが指し示した一団は馬車の数も凄かったが護衛の数も十分に確保出来ていた。装備もしっかりしており、それなりに経験を積んだ熟練の傭兵たちのようだ。
「それに何かあったら関係ねぇのに傭兵ギルドのせいにされるからな。まあ、安全を保つってのは重要な任務だぜ。だから意外とその辺とか、あの辺りにギルドメンバーが目を光らせてたりするってぇわけよ」
言われてハッと気付いた。何気なく歩いている風を装っているが、よく見ると周りの様子を常に伺っている傭兵が何人か見受けられるのだ。
イェルドが少し自慢げなのもわかる気がする。こういう地味な活動こそが本来の傭兵ギルドの姿なのかもしれない。
「本来はこのような役目こそ我ら貴族や軍人が成すべき任務のはずなんだ。私がもし領主殿にお会い出来る立場ならば一言物申したい所だぞ」
「へへ、マリーの姉さん。そこは持ちつ持たれつってことで」
「むう。納得はしてないが理解はしているつもりだ」
「ちぇ、俺はこういう地味なのはごめんだね。もっと派手に何か成し遂げて、有名になって女たちにちやほやされたいぜ」
「お前はいつもど派手にやらかして女たちにボコボコにされてるだろうがよ」
「んだと! だ、誰が女にボコボコにされたってんだよ!」
「お前の姉・・・「うわぁあ。やめろって姉ちゃんの話は! 心臓飛び出るかと思った」
「こいつん家の姉ちゃんはなかなかの美人さんなんだが、性格もなかなかに破綻していてな」
「そんなことはなかったぞ。私は一度だけお会いしたが礼儀正しくお淑やかな方だったと記憶している」
「あの……だから、お願いですから姉ちゃんの話は止めてください……。ああ、さっきまで暑かったのに寒気がしてきた。ぶるぶる」
フアンが本気で震えだした。姉にトラウマでもあるんだろうか?
……ってか俺もぜんぜん他人事じゃない。
今、従姉の話題は危険だ。もし万が一、前をずんずん進んでいるレヴィアに聞こえでもしたらどう絡んで来るか知れたものではない。あの状態のレヴィアの機嫌を取るなんて考えるだけでも気が滅入ってくる。
何か別の話題はないものかキョロキョロしていると、不意に前方から威勢の良い声が響いてきた。見れば若くて背の高い男が、三人くらいの傭兵相手に胸倉を付かんで何事か揉めている。
その若い男の連れなのか、パステルピンクの胸当てだけの上半身と短パンに白いマントという見た目結構恥かしい格好の女の子が必死になって止めに入っているが、男はそれを降り払って争いを止めようとしない。
「あれは?」
「ったく、しゃーねえなあ」
イェルドは面倒くさそうに頭を掻きながら、得物の斧を片手にその争いの方へと歩み寄っていく。
「はいはい、そこまで」
「何だ? このうすらハゲは」
「言うねぇ、兄ちゃん。俺はこの町のギルド補佐イェルド=リュングバルってぇもんだ」
「知らん。俺様は男の名前は覚えん」
「おお! あんたギルドの人か。聞いてくれよ。この男がいきなり突っかかってきたんだ!」
「ああ、待った待った。とにかく、ここでは往来の邪魔になる。お前らだって、関係ない奴らの邪魔して牢屋送りにされたくねぇだろう?」
「フン」
「ああ。もちろんだ」
イェルドの取り成しで、その若い男と女、そして三人の傭兵たちは道路の横に移動していった。それにより滞っていた馬車の往来もまた普通に戻る。
「なかなかやるではないか、イェルド」
マリーの言葉に、すぐさまその若い男が反応を見せた。
「おお! かなりレベルの高い女じゃないか。気に入ったぞ。俺様と来い!」
「……何だ、この無礼な男は」
初めて、ここまでドスの利いたマリーの声を聞いた。
――首筋に冷気が漂ってくる。
「おいおいおいおい、やめてくれマリーの姉さん。それじゃあミイラ取りがミイラだぜ」
「こういうふざけた奴は我が軍にもいたが、皆制裁したら大人しくなったぞ」
「ほう、それは楽しみだな。グフフッ。制裁には制裁だ」
「おい、今の聞いただろ。俺たちにもこんな感じで突っ掛かってきたんだ」
見れば三人のうちの一人は女の傭兵だった。ショートカットに髪を切りそろえ兜を被っていたので正面から見ないと女性だと気付かなかった。良く見れば瞳が大きくおちょぼ口のなかなか可愛らしい女の子だ。今は隣の男の傭兵の後ろに隠れており怯えて震えている。
まあこんな奴に絡まれたら普通は怯えるよな。
見下したような目つきで鼻は高く、大きく一本だけ牙のように出ている歯が特徴的で、イェルドより若干背が低いもののがっしりとした戦士体系の男だ。フアンよりも薄い茶髪で、緑の服に黒いマントを靡かせる服のセンスはどこかピントがずれていたが、全体から溢れるぎらついた雰囲気が見るものを引き付ける何かを感じさせる。
何よりこの男、かなり強い――。
「ああ、もうお前らはあっち行っていいぞ。しっしっ」
「なんだとぉ!」
「俺はこの女に用が出来た。お前のところの中くらいレベルの奴は後回しだ」
「……っ!!」
「ああ、抑えて抑えて」
イェルドがギルドの職員らしい行動をしていると何か違和感だが、傭兵たちは何とかその言葉に落ち着いてくれた。だが、怒りの表情でこの若い男を睨み付けている。
「ちっちっち。まだまだ若いな兄ちゃん」
一触即発の雰囲気の中、空気も読まず暢気な声でフアンが割って入っていった。
「何だ貴様」
「俺はフアン。フアン=アラゴン、人呼んで愛の伝道師さ」
「……ァ」
フアンのバカ発言にさしもの男も唖然としてしまう。
「兄ちゃん。名前は何て言う?」
「俺様はラウル様だ。子々孫々崇め奉れ」
「ラウルか……、良い名だ。だが、ラウル。お前は一つだけ間違いを犯した。すべての女にはそれぞれ違った魅力がある」
何か馬鹿が語りだした。
「いいか、よぉく聞け! 確かにマリーさんは美しい。胸もあってプロポーションもグッドだ。だが、そこの見知らぬ傭兵の娘も素晴らしい魅力的な腰つきをしているじゃないか!」
「な、なんだとぉ?!」
何かこのラウルとか言う奴、無駄に不安の言葉に衝撃を受けてる。今、わかりやすいぐらい後ずさったぞ。
「ラウルよ。お前はまだ女を見る目を磨くべきだ。この素晴らしく艶かしい腰つきを褒めることが出来ないうちはまだまだ崇め奉られる資格はないと思え!」
「うおぉおおお!」
二人の間で、何かが通じ合ったのだろうか。ラウルは大げさに頭を抱えながら天に向かって叫び続けている。
とりあえず他全員ドン引きだ。
「……行くか」
「ああ」
三人の傭兵はもう何もかも馬鹿らしくなったのかさっさと行ってしまった。
あ、レヴィアが無視して歩き始めた。その後ろをマリーも続いていく。
ずるいぞ。俺も行くか。あの調子ならフアンも大丈夫だろう。
ちょっとだけラウルに従っている女の子が気になったが、まあいいや。
それにしても印象に残る男だった。もうあまり会いたくないな。何か事件を起こしそうな危険な香りがする。
「まさか俺様が男の名前を覚えることになるとはな、フアン!」
「おう。強敵と書いて友と呼べる男になりそうだな、ラウル!」
……本当にこれっきりにしてくれないかな。友とか呼んでる馬鹿も含めて。
―――
それから1時間あまり歩き、ようやく城壁の南東の門が見えてきた。ただ歩いているだけなのに森で探索していた時より疲れた気がする。
「キミ、ちょっと動かないでね」
不意にレヴィアが俺の肩に手を当てた。
その途端、急に身体の力が抜けてしまう。
「……っ、これは?」
だが俺の問いかけにレヴィアは何も答えず、ただ他の者に気付かれないよう目配せする。
……あっ、そうか。これが能力供与なんだ。
しかし凄い虚脱感だな。体力的にもだけど、頭がずきずきして気持ち悪い。
前回されたときは全く気付きもしなかったのに。って、そう言えばあの時は慣れない鑑定魔法の連続使用で魔力がほとんど残っていなかったんだっけ。
「この後、検問だからね。ちなみにキミは初めてだから皆とは違うこっちの列だよ」
見れば他の三人はいつの間にか別の所に並んでいた。人数自体はかなり多いのだが、どんどん先に進んでいる。
対して俺が並んだ所は二人しかいなかったが、なかなか順番が回ってこない。
「リスドに初めて来る人の大半は船か北門だからね。南門に来る者は最初から要注意人物なのよ」
「それってまずいんじゃ」
「だから支部で身分証を発行したのよ。傭兵ギルドが身分を保証するから検問に時間がかからないわ」
レヴィアの説明を聞いているとやっと俺の番が回ってきた。
言われたとおり先に身分証を見せると、厳しい目つきだった検問官がふうと息をついて急ににこやかな表情で接し出した。
なるほど。検問官も不審人物かどうか見抜かなければならないから、それなりに緊張していたのか。
ちょっとした問答だけで、後は鉄石での確認だけで検問は終了となった。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【18】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【7】
体力:【51】
魔力:【88】
魔法:【火属1】【水属1】【土属1】【風属2】【特殊6】
スキル:【剣術73】【槍術11】
カルマ:【善行】
おお、なんか色々上がってる。
【体力】と【魔力】はレヴィアの能力供与で減っているらしいが、他は本来の俺自身の数値だ。
【レベル】が3つも上がったし、風属性と鑑定魔法も上がっている。
――あれ? 鑑定魔法のレベルが2つも上がっているぞ。この前は確か4だったよな。いつ上がったんだ?
鑑定魔法はレベルとともに項目が増えるからわかりやすいんじゃなかったっけ?
「何をしている? 何かおかしな点でもあるのか?」
俺がじっと鉄石の結果を見ていたら、不審そうな目で見られた。
「いいえ。この子は田舎から出てきたばかりで、まだ鉄石をあまり見慣れていなくて」
若干慌て気味の俺をレヴィアがフォローしてくれた。検問官の目がレヴィアに行くうちに俺はそそくさと門の中に入る。
今度はレヴィアがいろいろと聞かれ始めたが、まあ彼女なら大丈夫だろう。
門の周辺は馬車が通りやすいように幅の広い道になっていたが、店が並んでいる様子もなく静かな住宅街が広がっていた。特にめぼしいものもなかったので、俺は早速先ほどの鑑定魔法のレベルについて確認すべく自分にかけてみる。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【18】
種族:【竜族】
性別:【男】
カルマ:【善行】
あっ【性別】までわかるようになってる!
あれ? でもそれなら他でやってる時になんで気付かなかったんだ。俺は手近の石ころに鑑定魔法をかけてみる。
名前:【礫岩】
年齢:【―――】
種族:【―――】
カルマ:【なし】
あ、そういうことね。良く考えたら最近ずっと鉱物しか鑑定してなかった。
そりゃ、【性別】に気が付かないはずだよ。
自分の検証結果に満足してほぅっと息をつく。
この時の俺が鑑定魔法のレベルが上がった事に浮かれていたのは否定できない事実であった。
そして不意にゾクッとした気配を感じ慌てて後ろを振り返ると、そこにはいつの間にかレヴィアが立っていた。
何の感情も見せず、ただ俺に視線を向けている。
――本能が危険を知らせる。
「キミ、街中でむやみに魔法を使ってはいけない。一度でもそういう目で見られると、何かあったとき取り返しが付かなくなる」
これは恐怖だ。今までのレヴィアの怒りなど彼女にとっては些細な事だったのかもしれない。
魂を削り取られる程の圧迫感が俺を蝕む。
「キミの短慮が全てを終わらせる。一度私は警告したよ」
――キミがあの女王を殺すのよ。
境界の島でのレヴィアの声がにわかによみがえる。
俺は何をやっていた?
街中で魔法を使ったのは完全に俺の意識が欠如していたせいだ。
誰かが俺を見る。街中で魔法を使えば、誰もが不審な目を向けてくるだろう。何かあれば不審は確信へと変わり、最後には敵意として俺に襲い掛かってくる。
「もう一度言う。キミに万が一はありえない。その時はすべての生きとし生けるものが滅びに向かう」
ゴクリと喉が鳴る。
「私はね、今の状況が結構気に入っているの。……自覚を持ちなさい。それが出来ないなら長老が何と言おうと私はキミを孤島に縛り付ける」
「……ごめん。俺が全部悪い。以後は細心の注意を払うよ。ごめんなさい」
「私が出来るのは残念ながらサポートだけ。全てはキミ自身が行うことだよ。まあ、それでも――」
レヴィアが俺の手を握る。
「キミの従姉となったからには、最善を尽くさせて貰うつもりだけどね」
そう言って、彼女は優雅に微笑んだ。
一章の終わりが見えたと思ったんですが、全然まだでした。
次回の更新は19日までには必ず。
よろしくお願いします。