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第三話 講和会談 前編

2月18日誤字脱字等修正しました。

 昼食の為、船室から出ると、遠くの方にもうシュテフェンの港が見えてきた。

 今日は風向きがよく、予定よりかなり早く着くようだ。急いで食事を終わらせる頃には港の様子がハッキリと分かるくらいに近づいている。


「まず傭兵ギルドに向かうでいいんだよね?」

「昨日の話じゃそうだったわね」

「ん、待って。あれを見て」


 ユミスが指し示したのは人がたくさん集まっている港の一角であった。俺たちを乗せた船以外にも海側から二隻の船が入って来る為か、波止場に人が続々と押し寄せており、罵声が飛び交っている。

 さすがはカルミネ随一の貿易港と言われるだけあって、今日もシュテフェンは凄い賑わいだ。

 

 ……って、あれ?

 今、船から降りて来た奴、どこかで見たような。

 黒地のシャツの上に銀の胸当てを着込み、無駄に目立つ真っ赤なストールを大袈裟に振り乱している姿は、確か……。


「カトル、そっちじゃない」

「え?」


 俺が港に停泊している船の辺りを見ていたら、首をグイッと横にされた。


「あっちの集まり。……テーラが居る」

「テーラ? なんで港に居るんだ?」

「そんなの決まってるでしょう? 向こうから出迎えてくれるのよ」


 大勢の集団に囲まれた中心にいるのは確かにテーラだった。短い髪を無駄に掻き揚げる仕草に遠目からでも少しイラッとする。

 隣には灰色のフードを被った魔道師ギルドの連中の姿もあり、その中に一際目立つ朱色の小半球形の帽子を被った者が俯き加減で佇んでいた。この角度だと顔が見えないが、周囲の付き従う様子を見ればあいつが新しいトップなのだろう。

 そう思ってよく見れば、少し離れた場所にもフードを被った連中が屯しており、さらにそれを監視するかの如く別のいかつい集団がにらみを利かせている。


「何かやたらいっぱい人が集まってないか?」

「……多いわね。混乱を収めるために警邏を増やしてるのとは違いそう」


 巡回ならもっと街中を見回っているはずだ。これだけの数を港に集結させる魂胆が伺い知れない。


「とにかく油断禁物ね」


 ナーサの言葉に神妙に頷いていると、港の物々しい様子とは裏腹に軽快なノリの音楽が船内に流れ始めた。それにあわせて船長から到着を知らせるアナウンスがあり、乗客たちが船から降りる準備を始める。

 やがて船が桟橋に辿り着くと、降り立つ階段の下へ一個の集団がやってきて、敬礼したまま整列しこちらを真っ直ぐ見据えた。そのあまりの威容にあれだけ喧騒に包まれていた港が静まり返ってしまう。

 そんな中、一人優雅に俺たちの前へ歩いてくる者がいた。――テーラだ。


「ようこそ、シュテフェンへ。ユミスネリア陛下! そして麗しのシニョリーナたち」

「誰がお嬢さんだ!」

「うん? 何を怒っているんだい、シニョリーナ」


 ……そういや、結局あのどさくさでこいつは俺が女だって誤解したままなんだっけ。

 てか、今の俺の格好、どっからどう見ても男だよな!?

 確かに髪は結わいだままだが、胸当ての下は普通のシャツだし、下も短パンに膝丈近くまである革のロングブーツだ。あの時みたいにヒラヒラした服を着ているわけでもない。


「俺はおと……もごっ」

「はいはい、今は後回し」


 反論しようとしたら、なぜかナーサに後ろから羽交い絞めにされてしまう。そんな俺をよそに、合図を送ったナーサに一つ頷いたユミスがテーラの前へと進み出る。


「ん……伝聞石で内容は聞いている。詳細を話したいが、ここでは皆の邪魔になる」

「おお、そうですね。ではポーロ商会に参りましょう。あなた様のように美しい方は煌びやかな宝石の飾られた中で優雅に食事を堪能出来る場所が似合います」


 恭しく一礼をして、テーラはエスコートの為に腕を差し出してくる。

 だがあっさりユミスに無視され、慌てて後ろに続いていた。


「……相変わらず歯の浮くようなセリフを言ってくるわね」


 ナーサがボソッと呟く。

 俺にだけ聞こえるように言ったのだろうが、その言葉はテーラにも伝わっていた。


「どうやら私はあまり好かれてないみたいだね。シニョリーナたちからユミスネリア様へ取り成してくれないか」

「なんで俺が――!」

「はいはい。とにかくそのお店に行くのが先でしょう。いつまでもこんな所で陣取ってたらみんな船から降りられないじゃない」

「ふむ、確かにその通りだな。……では」

「はっ!」


 テーラの指示で敬礼していた者たちが整列を解くと、待っていた乗客たちはようやく船を降りられると安堵の息をついた。それを契機に静まり返っていた港に喧騒が戻り、こちらに集まっていた視線も四散していく。


 だが、いくつかの好奇の目は残ったままだった。

 さきほどの真っ赤なストールを身に着けた小柄な日焼け男に、すぐ右斜め向かいの全身鎧を纏った者たち、そして妖精族(エルフ)の姿も散見される異彩を放つ集団。

 どの連中もユミスとテーラの一挙手一投足を食い入るように見ていて、なんとも薄気味悪い。


「なんか凄い注目されてないか?」

「当たり前でしょ。今までユミスはこの国の女王だったんだから」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「つべこべ言わない。ほらっ、ユミスはもう店の中に入っちゃったわよ」


 俺の懸念を知ってか知らずか、ナーサはさっさとユミスの後を追って店に入ってしまう。


「ちょっ、待って」


 一抹の不安を抱えながらも、俺はその薄気味悪い集団からの視線を振り切ってナーサの後に続いていく。

 そこでユミスを探そうとして、突如視界に入ってきた眩い光に目を奪われる。


「う、わ……」


 そこにあったのは様々な色合いに満ちた煌びやかな宝石の数々であった。その輝きが部屋を照らし出す魔石と相まって美しさを際立たせ、思わずほうっと吐息が漏れる。

 ガラス戸の中には、ユミスの髪のように美しい色合いのエメラルド、煌く蒼が華やかさを彩るサファイア、そしてオレンジ掛かった光を映し出す太陽石があり、その周りには紫水晶、黄水晶、紅水晶、煙水晶、緑水晶が散りばめられていた。その輝きは見る者の心の内を熱く躍らせ、気分を高揚させてくれる。

 ふと見れば屈強な戦士が幾人も店内を巡回していた。シュテフェンで活動する傭兵だろうか。この量の宝石を守ると考えれば当然の差配なのだろうが、王都でもこれだけの装いを織り成す店は見たことがない。テーラが得意な顔でユミスに紹介するだけのことはある。

 この一角だけでもどれほどの価値があるのか想像できない。それこそ白金貨が何枚あっても足りないだろう。


「ようこそ、食品と宝石の店クリミアへ。このポーロ商会きっての優雅な一時を味わうことが出来るこの場所へ、こうして貴女様方をお招き出来ましたる事、光栄の至りでございます」

「ん……宜しく」

「再びお会いできて光栄です、ユミスネリア様。このマッフェーオ、本日は誠心誠意、御持て成しさせて頂きます」


 恭しく(ひざまず)き下がって行くのは、確か例の晩餐会で擦り寄ってきた男たちの一人だ。あの時は俺の方がテンパっておろおろだったけど、今、一歩引いた位置で見るとなんともけれんみのない穏やかな印象を受ける。


「捉えどころのない感じね」

「フッ、マッフェーオは温厚であるが切れ者だ。これほどの宝石商を営みながら敵を作らず、着実に勢力を増している。その手腕たるや見事の一言だよ」


 ナーサの呟きに目ざとく反応したテーラが、まるで自分のことのように自慢げに語り出した。

 ポーロ商会はシュテフェンだけでなく大陸東岸の諸都市に拠点を築き、それなりの地位を得ている商人とのこと。もちろんリスドとも繋がりがあるそうで、ロベルタあたりならどんな人物か詳しく知ってそうだ。


「連邦に行くという話は聞いている。それならなおの事マッフェーオに話を付けておくべきだ。ドルゥウェルペンでもそれなりに名が知られているからね」


 テーラは側の者に命じて再度マッフェーオを呼びつける。そしてユミスとナーサの二人には席を勧めてきた。

 ちなみに俺は前回と異なり護衛扱いなので席はない。ユミスのすぐ後ろに控えることになったが、テーラの護衛がテーブルを隔てて待機していることを鑑みればかなりの譲歩だ。ユミスは不機嫌な表情を隠さなかったけど、俺だけ貴族じゃないし、何かあった際にすぐ動けるのでこっちの方が都合が良い。

 対してテーラの隣には朱色の半円球状の帽子を被った男が腰を下ろした。あの血塗られた晩餐会の会合で見た顔だから、こいつがラウレンティウスに違いない。

 相対して早々ユミスに笑顔を向けようとしているのだが、顔が強張り過ぎてなんともぎこちない。チラッと見てはビクビクしているので単純に怯えているだけかもしれないが、ハッキリと挙動不審だ。


「では失礼して私も同席させて頂きます」


 再び店の奥から顔を出して来たマッフェーオが、従業員に指示を出し通路側へ席を設けさせた後、恐縮しながら座り込む。すると、ちょうど隣の席となったラウレンティウスの顔が見るからに安堵の表情へと変わっていった。


「最初からこれが狙い?」

「何の事でしょうか」


 ユミスが覗き込むように一瞥するも、マッフェーオは柔和な笑みを崩さず一歩下がったスタイルを崩そうとしない。

 どうやらラウレンティウスのフォローの為、マッフェーオの同席は最初から決まっていたらしい。そのまま会食の準備が整えられ、何食わぬ顔でその場に居ついている。

 ユミスは怪訝そうな顔つきで他の二人に視線を向けるも、キョトンとして首を傾げるテーラの姿に諦めたような溜息をついた。どうやらユミスはこの商人の会合への参加をあまり快くは思っていないようだ。


「では料理も出て来た所で早速始めよう。改めて、シュテフェンの新しい領主兼元帥となったテーラ=ヘルールだ。隣は魔道師ギルド新枢機卿のウェスカ=ラウレンティウス。ひとまず紹介はこれで割愛させてもらうよ。この会合がどれだけ重要か、さすがに私でも理解しているつもりだからね。私たちの事は後日また改めてということで、まずは、そうだな。私がこの場に居る経緯から話そう」

「経緯? シュテフェンが混乱して、それを収めるためにあんたが祭り上げられたって聞いたけれど?」

「ぐっ……、ははっ。連邦のシニョリーナはその名の如く容赦がないね」

「フン。だって実際そうなんでしょう?」

「確かに祭り上げられたのは事実さ。ただ、こちらもその地位に甘んじたままの傀儡になるつもりはないよ、シニョリーナ。この地の貴族と豪商たちは独立への(こだわ)りが酷いからね。もし現状を見誤れば破綻する――、今はそれほどの危機だというのがわからない連中が多くて困っているよ。だからこそカルミネとの連携を密にするためにも正確な情報が欲しい」


 笑顔だったテーラの顔が一瞬で引き締まる。


「王都でいったい何が起こったのか、ありのままを聞かせてくれ。あのくされ親父が死んだらしいが、どうにも伝聞石だけでは情報が微妙でね。……ああ、私かい? 大丈夫だよ。確かに最初聞いた時は動揺して、自分にも親父を思う気持ちがカケラでも残っていたのかと衝撃を覚えたものだが、――ただそれだけだ。それより詳細を知りたいからね」


 テーラは聞いてもいないのに心の内をさらけ出す。それが本心かどうかはわからないが、なんとなくその言葉に共感する自分がいた。

 俺にとって父竜は正直、何を考えているのかわからない存在であった。

 この姿の自分を疎んでいると思ったこともあったが、結局の所、何かを直接言われたことも態度で示されたこともない。

 だから憎さもなければ敬う気持ちもない。

 ただ何と言うか、こう不思議な、漠然とした思いがあるだけだ。

 父竜は超えなくてはならない目標でありながら、どこか無垢な信頼が置ける、他とは一線を画す存在であった。


「ユミスは当事者だから私から話すわ。その方があんたにとっても都合が良いでしょう?」


 そんなテーラの気持ちを慮ってか、ユミスの代わりにナーサが会話を切り出す。


「決して親父の事如きで二心を抱くことはないけれど……その配慮に感謝するよ」

全然会合終わりませんでした。途中ですが長くなりすぎたのでいったん投稿します。

次回は9月13日までに更新予定です。


最近更新に時間がかかっていて申し訳ありません。

9月か10月頭まで、どうしても時間を取る事が難しい状況ですが、なんとか頑張って時間を作りたいと思いますので宜しくお願いします。

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