第一話 ラヴェンナへの道程
2月14日誤字脱字等修正しました。
二日後の朝、俺たちはカルミネを出発し、一路アヴェルサへ向けて馬車を走らせた。ちなみに今回の馬車は前回の幌馬車ではない。ターニャが用意してくれた座席付きの儀装馬車である。
ゆったりスペースで三人が同じ向きに座っても問題なく寛げるし、ふかふかのクッションが何とも優雅な気分にさせてくれる高級感たっぷりの馬車だ。
御者も雇ってくれており、アヴェルサまでこんな楽して行けるのは申し訳ないくらいである。
ほんとそれだけなら最高の旅の幕開けと言えただろう。
だが、窓から外へ向けた視線の先には正直溜息をつきたくなるような光景が広がっていた。
なにしろ馬車を囲むように馬に乗った四人――アエティウス、ジャン、フアン、トム爺さんが同行してきたのだ。
建前上はユミスの警護と新たに王都を建設する予定地の視察とのことだが、明らかに同行者の顔ぶれがおかしい。アエティウスはともかく他の三人は完全に物見遊山である。
「こんなにギルドの主要メンバーがゾロゾロ付いて来て、王都の方は大丈夫なのか?」
「そんなん平気だろ? この二日で天魔に慣れた傭兵連中が、魔力アップと魔石集めに奔走しているからな。かくいう俺も昨日は魔石を大量ゲットして当座の資金には全く困らなくなったぜ」
ニヤリとしながらフアンはジャラリと大量の銀貨が詰まった袋を俺に見せ付けてくる。確かに凄い金額だ。少なく見積もっても軽く百枚は入っていそうである。
慣れ、というのは本当に恐ろしい。あれほど最初は必死に戦っていた者たちが、今では容易に天魔の攻撃をいなし、的確に討伐していた。油断して何人か怪我を負う者も居たが、すでに二の門周辺に天魔の姿はなく、傭兵たちは三の門付近の瓦礫をどかしながら地の底から湧き出る天魔退治に勤しんでいる。
わずか二日で傭兵各人の魔力が大幅に上がったのも大きい。倒せば倒すほど魔法が通じるようになるので士気も高く、今日もまた多くの傭兵もとい“冒険者”となった者たちが天魔討伐に躍起になっていた。
「王都の守りはエパルキヴに任せておけばいい。それに何かあれば仕事に追われているギルド幹部の面々もすぐに駆けつけるだろう」
アエティウスが事も無げに言い放つと、それにジャンも同意する。
「やっぱり魔石にこれだけ価値があるのは効いたね。僕も剣が新調出来るくらいには討伐を続けるつもりだよ」
「ってか、それならなんでジャンまで付いて来たんだ?」
「つれないね、カトルくん。僕だってユミスネリア様をお守りするべく途中までご一緒してるんじゃないか」
「で、本音は?」
「もう書類仕事はうんざりなんだ。だいたい僕が昨日一日中エーヴィの前でひたすら依頼の仕分けを行っていた時、ヴァリドの奴は楽しく天魔狩りに勤しんでいたんだよ! 今日はあいつがエーヴィの前で苦しむ番だ」
「フォッフォッフォ。イェルドもなかなか難儀そうじゃのう」
「いやさ、トム爺さんも手伝ったら?」
「ワシはこれでもリスドのギルドマスターじゃぞ。実働部隊としては手伝えても、他のギルドの中枢で書類仕事をするのは、ちと憚られるわい」
「ちっちっち、誰も聞いてないんだし、ギルマスも本音で」
「絶対にヴィオラには内緒じゃぞ、フアン。……せっかくリスドの書類仕事から逃れたのに、カルミネに来てまで雑用をやらされてはたまらんわい」
こいつら、揃いも揃って……!
「大丈夫だよ、カトル」
馬車の隣に座るユミスが小さな声で耳打ちしてきた。
「アエティウスがほくそ笑んでる」
「……」
そういや湿地帯には昨日のうちに行ったターニャとエジル、それからずっと陣取っているヴァスコのおっさんもいるんだっけ。
なるほど、働かざるもの食うべからずだ。ご愁傷様だけどターニャの手足となって頑張って欲しい。
「この後、私たちはアヴェルサで馬車を乗り捨てて、シュテフェンに向かうのよね?」
「そう。船の時間に間に合えば、今日中にシュテフェンに行く。もし間に合わなくてもアヴェルサで一泊する分には問題ないし」
ナーサの問いかけに、ユミスもまた寛ぎながら悠然と話す。
急ぎの旅のはずなのに、なんでこんなにのんびり構えているのか。
それはラティウム連邦へ向かう道筋をどうするか決めかねていたからである。
ラヴェンナへのルートは全部で三つ――。
一つ目はシュテフェンから大陸の東岸を船で北上し、連邦東部の貿易都市ドルゥウェルペンに向かうルート。
これは海が荒れることがなければ最も早く着くルートである。
ただし、貿易都市ドルゥウェルペンに着いた後は連邦内を横断しなければならない。特に中央首府区内には多くの貴族が集まっている為、慎重に行動しないと無用な騒乱に巻き込まれる可能性がある。
たとえ連邦の貴族であるナーサが同行していたとしても――否、彼女が同行しているからこそより細心の注意を払わねばならないのだそうだ。
『スティーア家は軍閥貴族として大きな力を持っているけれど、連邦内では敵が多いのよ』
ナーサは自虐的に語るが、傭兵ギルドを通した姉への伝達でさえ回答を留保されたくらいだ。用心するに越したことはない。
二つ目はシュテフェンから陸路を北へ進み、カルミネの諸都市マテーラ、イゼルニア、スルモーナを通って、隣国サラ=サンドリアへ向かうルート。
これはサラ=サンドリア王国を縦断し、進路を北西に変えてエミリア公国を抜け、さらにアールパード王国を経由してようやく連邦西部に辿り着くルートだ。
陸路を進むこの道は整備された街道もあり、猛獣に襲われるといった心配はほとんどない。だが、治安を考えると非常に不安が付きまとうルートでもある。
そもそもカルミネ王国とラティウム連邦の間には合計五ヶ国からなる小国家群が点在しており、どの国も一国では両大国に及ばないものの、侮れない勢力を保持している。しかも日々どこかで小競り合いが起こっており、その影響で国境が封鎖されるといったこともざらであった。
そうなると通行許可が下りるまで膨大な時間を浪費する羽目になる。事実、ナーサはカルミネに来る際にこのルートを活用したそうだが、都合二度の足止めを食らい、結局三ヶ月以上の月日を費やしたとのこと。
それではあまりにも時間が掛かりすぎる。
当初この二案しかなかったのもあって、ユミスは船で北上するつもりだった。
そこに降って湧いたのが最後のルートである。
森林を抜け、山岳地帯の道なき道を進み、妖精国アルヴヘイムを迂回して連邦西部へ向かうという、話だけだととんでもない案にしか聞こえないこのルート。
これはエーヴィのふとした呟きがきっかけであった。
『今回の天魔について、帰国して状況を説明する必要があると思っているわ』
すでにギルドの伝聞石を通じて連邦経由でアルヴヘイムへの通知を済ませたが、実際に見て体験した者が報告するのとただの書面では状況の把握に天と地の差が生まれるのは自明の理。しかも天魔については判断を誤ると取り返しのつかないことになる。
そう考えたエーヴィはすぐにでも帰国したかったそうだ。だが、あまりにも依頼隠蔽事件の後始末が大変だったため、処理が終わるまで出発は延期せざるを得ないと判断したという。
『一度報告してすぐまた戻ればいいかしらと思ったのだけれど』
『え? アルヴヘイムってそんなすぐ行けるの?』
『あら、私一人なら意外と早く帰れるわよ。森は妖精族に翼を与えてくれるからね』
なんとエーヴィ一人なら、カルミネの北西に広がる大森林を簡単に抜け、アルヴヘイムに辿り着けるらしい。
あんな鬱蒼とした森、入ることさえ躊躇するのに、と種族差を思い知らされる。
ただ俺たちがアルヴヘイムを経由してラヴェンナに向かうルートを検討し始めると、それはオススメされなかった。
『妖精族は自分たちの領域が侵されるのを嫌うので、何をされるかわからないわよ。知らないうちに別の場所へ誘導されてました、とか平気で起こりそうだもの』
そんな事をさらりと言ってのけるエーヴィに俺は乾いた笑いしか出ない。
人族をはるかに上回る魔法の使い手が、森の中、徒党を組んで邪魔してくるなど考えたくもない。
『エーヴィが一緒でもあかんか?』
『そうですね……。私がご一緒出来れば、多少時間は掛かりますけれど絶対に無理というわけでもありません。ユミスネリア様なら火属性を使わずとも獣を追い払えますし』
『なら連邦を横切るよりよっぽど安全やな。それに天魔の件もある。妖精族が協力してくれるっちゅうならめっさありがたいんやけど、なんとかできひんか?』
ターニャとしては、女王でなくなるとはいえ、ユミスを連邦に出来るだけ行かせたくないらしい。
だが、話を振られたイェルドは眉を寄せ難色を示す。
『うーん。公女閣下のお言葉なんであまり無碍にはしたくねぇんですが、今、エーヴィに抜けられるとギルドはしばらく立ち行かなくなりますぜ』
『とんでもない量だもんね、これ』
『ジャンが私の代わりをしてくれれば、行けるかもしれないわよ』
『えーっ?! いやいや、これ以上は勘弁してくれよ。僕も今回はそれなりに仕事をしているだろう? むしろ少し休みをもらいたいくらいだ』
『どの口がそないなこと言っとるんや。傭兵ギルドの後始末、冒険者ギルドの立ち上げ、王都の移転に湿地帯の開発と、仕事はなんぼでもあるんやで。むしろエーヴィの帰国かて仕事の一環と違わへん』
『あなたは侯爵家の一員であると同時に傭兵ギルドの幹部でもあるのですよ。それを遊び呆けてほとんど手付かずとは、なんとするのです!』
『は、母上! お言葉ですが今日は僕も頑張って――』
『黙らっしゃい! あなたの実力がこの程度のはずないでしょう! 口答えをするなら剣への執着と同様のやる気を見せてからになさい!』
『ひ、ひぃぃい』
そんな普段の行いを良く知る女性陣に囲まれたジャンは、本当に不憫なほどげっそりとした顔つきで仕分け仕事に戻らされていた。
『ジャンに代わりが務まるかはともかく、エーヴィについてはもう一度仕事の割り振りを良く考えてみます』
『よろしゅう頼むわ』
とまあ、そんなわけで何日か後にイェルドから伝聞石で連絡を入れてもらえることになった。
もしギルドの方が大丈夫そうなら、エーヴィと合流し妖精族の国からラヴェンナを目指すことになる。
もちろん無理な場合は船で北上することになるのだが、いずれにせよシュテフェンでは現地の状況確認の為、何日か滞在しなくてはならないだろう。
急ぎの旅ではあったが、もしエーヴィの先導の下、安全にアルヴヘイム経由で連邦西部に行けるならそれに越した事はない。
「そろそろ湿地帯ね」
ナーサの声に窓から外を覗いてみると、のどかな田園地帯が広がる一角に草深い森が見え隠れし始めていた。
その先には駐屯しているアヴェルサ軍、そして忙しく駆け回るターニャの姿がある。
何やら土を掘り返して火属性を打ち込んでいるようだが、周りの湿地帯は手付かずであり、状況が良く見えない。
「あれは何をやってるの?」
俺が尋ねるとユミスがむーんと言って腕組みをする。どうやらユミスにもよくわからないらしい。
「フォッフォッフォ。あれはの。用地を作る為に石灰の混じった土を焼いているんじゃよ。リスドもそうじゃが、この辺り一帯がその昔モンジベロ火山の噴火で火山灰が降り注いだ地域じゃからな。それを掘り返すついでにセメントをこしらえておるのじゃろ」
「トム爺さん、詳しいね」
「だてに年をくっちゃいねえな」
「フン。ギルドに携わる者の常識じゃ」
複数の者が魔法を展開して次々に地面を掘り返しているのは傍目から見ると大変な作業である。
あれならユミスや俺が少しは手伝った方が良いのではないだろうか。
「今から手伝うとシュテフェン行きの船に間に合わないけど?」
ナーサが半笑いを浮かべながら茶々を入れてくるが、俺もユミスも気にしない。
「どうせ待つんだったら、ここで魔法の練習がてら手伝った方がいいだろ?」
「言っておくけど、私は土属性なんて使えないからね」
「ナーサは火属性でいい。土属性は私とカトルでやるから」
「魔法全般当てにしないでよっ」
そして俺たちはターニャへの挨拶もそこそこにすぐ作業の手伝いに没頭するのだった。それこそ精神力枯渇になりそうなくらい頑張ったのだが、泡を食ったのは建前上ユミスの護衛の為に付いて来た三人だ。
「なんで俺まで穴掘りせにゃならんのよ」
「いや、僕はまだ書類とにらめっこするよりこちらの方が気が晴れるな。やりたくはないけど」
「もっと年寄りをいたわらんかい……」
それぞれがブツブツ文句を言いながら、結局アエティウスの良いようにこき使われていた。
こうなることは予想済みと言わんばかりに若干薄ら笑いを浮かべながら指示を出すアエティウスはなんとも不気味であったが……。
「なんぼなんでもやりすぎや。こないにポコポコ穴だけ空いとったら通行の妨げになるやろ!」
この後ターニャの罵声が響いたのはご愛嬌ってことで。
何だかんだ言いつつ全員頑張って働いたお陰で、作業はとんでもないペースで進んだのであった。
これなら明日には湿地帯の対処に移れるだろう。
カルミネの王都は一応危険な状態なわけだし、早く拠点を作るに越したことはない。
ただ頑張ったお陰で辺りはもう真っ暗となり、今更移動も出来ず全員揃って幕舎で寝る羽目になったのだった。
次回は8月24日までに更新予定です。




