プロローグ4
2月10日誤字脱字等修正し大幅に改稿しました。
「せっかくだし、能力についていろいろ聞きたいんだけど」
「あ、私も」
「ん……じゃあ私の話は後回しで」
その後、それぞれが感じた疑問を幾分落ち着いた雰囲気で話すことが出来た。
最初は精魔石についてだ。看破についてもそうだけど、鉄石との違いや新しい能力項目など興味は尽きない。
「さっきも言ったけど、精魔石は精銀に魔力を込めたものだから鉄石とそう大差はないの。違いがあるとすれば、精銀の分、込められる魔力量が多いことね」
ユミスの説明によれば、鉄石はレベル25相当の鑑定魔法が付与されており、精魔石はレベル35相当とのこと。ただ、鉄石同士が情報を共有する仕組みは解析出来なかったようで、精魔石は能力の確認がメインになる。
「その分、看破魔法との連続魔法を組み込んだの。鉄石にもそれに近い要素が取り入れられているから」
「それって簡単に出来たりするの? 例えば、誰かが意図して鉄石から情報共有する要素を省いて看破魔法を組み込むとか」
詐称で能力を誤魔化している俺からしたら、もし精魔石みたいなのが出回りでもしたら大変だ。大陸中どこにも行けなくなってしまう。
だがユミスは俺の懸念に気付くと、クスリと笑い、静かに首を横に振る。
「ううん、それは無理だから安心して、カトル。鉄石は元になっている魔力が情報共有要素だから鑑定魔法を削ることしか出来ないの。わざわざ入れ替えるくらいなら最初から看破魔法の魔石を使うでしょ」
「そりゃそうだ」
「はぁ……。二人とも、看破魔法の魔石は滅多に見ない貴重品よ。妖精族の国から少し輸入されてるだけなんだから」
「あ、そうなの?」
確かに看破魔法は上位魔法と目される雷魔法のさらに上、ユミスでさえ苦手な音魔法に属する。そんな魔法を魔石へ封じ込められる者など普通に考えればそうたくさんはいないだろう。
「あれ? でもリスドでは鉄石に看破の効果を付けてたよ。アルフォンソが王宮へ皆を集めた時に魔道師ギルドとの関わりを見抜くとか言ってたけど」
「あのね! あんたの言うアルフォンソ様って、リスド王のことでしょう? あの港湾都市を統べる王なら看破魔法の魔石の一つや二つ持っていたっておかしくないわよ」
「魔石……なんてあったかな。【カルマ】以外の能力を詐称されると厄介だからって、トム爺さんがなんか一工夫したって言ってたけど」
「ん……、あの宝妖精族のお爺さんなら新しい細工くらい簡単に作りそう」
「宝妖精族……?」
「闇妖精族の中でもいろんな力を持っている人たち。いろいろ不思議な力を持ってるっておじい様も言ってたじゃない」
うーん、そんなの習ったっけ?
さすがに妖精族の話で覚えているのは、光妖精族と闇妖精族までだ。妖精族は結構たくさんの種族に別れているので、一つ一つ詳細を覚えてるわけじゃない。
「それはともかく、カトルは看破されそうになって、どうやって誤魔化したの?」
「いや、結局詐称を見破られずに済んだんだ」
「あ、そうなの? あんたの詐称も捨てたもんじゃないわね」
「失礼な。一応じいちゃんから許可をもらって……って、ああっ! そういや、あの時はニースの魔法だった!」
すっかり忘れてたけど、あの頃はまだ鑑定魔法のレベルが足りず、ぎりっぎりの所でニースに助けてもらったんだ。
「……ニース?」
聞きなれない名前が出て来て一気にユミスの機嫌が悪くなる。
俺は慌てて説明し直した。
「シュテフェンで魔道師ギルドの長に会った時、天井から覗いてた娘がいただろ? ラウルの連れの」
「……ラウル?」
「魔道師ギルドの長を殺した凄い嫌な感じの……、ゲラシウスだっけ? そいつを振り向きざまに一振りで倒した奴だ」
「ああっ!」
俺が拙い説明を繰り返していたら、途端にナーサが素っ頓狂な声を上げた。
「そうよ! いろいろあって、すっかり忘れてたけれど、誰よ!? あの緑の鎧を着た男は!! あの尋常じゃない圧迫感の中、猛然と突っ込んで首を横薙ぎに切り落とすなんて、とんでもない腕前の持ち主だわ!」
「ああ、凄い無茶っぷりだったね」
「あんたはまたそんな適当な感想を……」
「いや、それなりの使い手だとは思うけど、レヴィアやじいちゃんに比べるとな」
「レヴィアさんやあなたのおじいさんて竜族じゃない! そんな凄い方たちと比べてどうすんのよ!」
「いや、そうは言うけど、ニースの魔法は凄かったよ。何しろラドンが底知れないって絶賛してたくらいだからね」
今考えるとニースの魔法だったから、トム爺さんの看破に対抗できたって確信できる。普通に念話とかしてきたし、もしかするとユミスより魔法の力は上かもしれない。
「ちょっと待ちなさい。それ、もしかしてニースって子はあんたが竜族だと気付いたんじゃないの?」
「どうだろ? でも詐称が破られた感じはしなかったよ。看破はビリッてくるから使われたらさすがにわかるし。きっと能力を上書きしてくれたんじゃないかな。だから俺は気付かれなかったってことで」
……まあ、ラドンが詐称を掛けられた時点でバレたんだろうけど。
でもそれはあのバ火竜のせいだし。黒に近いグレーだけど、そこは心の平穏の為に大丈夫ってことにしときたい。
「ん……。でも、実際どんな人なの? ゲラシウスに楔魔法を施されてたのも気になる」
「ニースは魔道師ギルドに狙われていたって言ってた。そこをラウルに助けられたって」
「狙われて?」
「俺もあまり詳しく聞けてないんだ。ラウルに聞こうにもあいつフアンしか話通じないし。ってか、楔魔法って何? じいちゃんの授業じゃ習わなかったよね」
「楔魔法は術者の命令に無理やり従わせる精神魔法ね。おじい様の授業では出てこなかったからカトルは知らなくても仕方ないよ。……戦争で人が人を拘束するために編み出された、とても陰鬱な魔法だから」
そのユミスの説明を聞いて、俺はなんとも微妙な気持ちになった。
戦争で人を拘束、ということは無理やり戦いに赴かせる為の魔法だ。
――ラウルとニースがなぜリスドに居たのか。
きっと楔魔法で逆らうことの出来ないニースがファウストの命に従っていたのだろう。だとすればあの石礫はやはりニースの魔法だったということになる。思えばラドンの共鳴魔法も効いてなかったし、反射魔法も跳ね除けたに違いない。
ラドンの魔法をあっさり対処するって、ほんととんでもないよな。
ただ楔魔法が解除されたってことは、少なくとも魔道師ギルド絡みで敵対することはなくなったわけで、それは一安心だ。
結局二人が何者か分からずナーサは不満そうだけど、まあ、そのうちまた会えるだろう。その時はあの場を上手く逃げられたお礼をしないとね。
「話がだいぶそれたわね。看破魔法の魔石は貴重品だからよほどの事がないと使われない。だからちょっとは気にするべきだけど、常に警戒まではしなくて平気よ」
「了解。ちょっと安心した」
「ん……良かった。じゃあ、能力の各項目だけど――」
精魔石の話に一区切りついた所で、ユミスから各能力について説明があった。
【生命力】:生きる力。この値がゼロになると死ぬ。回復魔法で回復出来る。最大値より少ないとその割合によって他の能力に影響が出る。
【魔力】:魔法の貯蔵量。魔石で補完可能。魔道具を使うとほとんど成長しなくなる。
【精神力】:どのくらい魔法が使えるかを示す値。この値がゼロになると気絶する。魔道具を使うとほとんど成長しなくなる。魔石で補完可能だが、回復量を刺激する程度。
【魔法】:使える魔法の系統と強さがわかる。精魔石の場合、四属性と上位魔法以外は特殊と表示される。
【スキル】:使える技術の系統と強さがわかる。精魔石の場合、剣・槍・斧・弓の基本4種と短剣・曲剣・長剣・両手剣以外は特殊と表示される。
ユミスの説明で特に今までと異なったのが【魔力】に対する解釈の部分だ。
「能力上で表示される【魔力】はあくまで保管できる場の数値なの。その中の力を使って魔法を展開するわけだけど、その使える力の総量が【精神力】ね。だから魔法を上手く制御出来れば、それだけ少ない【精神力】でたくさん魔法を使いこなせるわけ」
「えっと、それって魔力制御の練習で精神力を増やせるってこと?」
「ん……結果的にそうなる。他にもいろんな要素があるけど」
ナーサの問い掛けにユミスは神妙に頷く。
「ってか、何で俺の精神力は魔力の四分の一しかないのに、ユミスのは四倍もあるんだ? 精神力って魔力が元なんだよね?」
「ん、普通は精神力の方が魔力より多くなるの。カトルみたいに魔力の方が多いなんて考えられないんだから。まるで無理やり魔力だけ成長させられてるみたい……。何か心当たりない?」
そう言われて考えてみれば、確かに思い当たる節はあった。
まず思いつくのが龍脈の奔流に意識を飲み込まれた事だ。
最初がレヴィアとの遠話で、その次が髑髏岩の奥の空洞で誤って鑑定魔法を自分に掛けた時――。
あの時は巨大なうねりの中、ちっぽけな自分がとけて無くなっていくような気がした。
じいちゃんはゼロからの覚醒によって魔力が大幅に上がると言っていたから、原因の一端はそこにあると見て間違いない。
――だが、それだけではない。
ヴァルハルティを扱っていた時も、俺は幾度となく意識を持っていかれる感覚を味わっていた。
精神力枯渇ギリギリだった俺は、ヴァルハルティに魔力を与えると同時に葬った敵から魔力を吸い取るというありえない状況を繰り返していたわけで。
じいちゃんの言い方を借りれば、常に脳が刺激を受けていた状態だったのだ。それが大幅な魔力の成長に繋がったとしてもおかしくない。
「……はぁ、呆れた」
俺の省察にユミスは今日何度目かの溜息を吐く。
「魔力がゼロになること自体稀なのに、それが連続的に起こったなんて。ミーメにカトルの魔力を使ったって聞いて薄々危惧していたけど、カトルは自分の魔力をいったいどう考えているの?」
「どうって言われても……」
「あ、老師に会ってから何となくユミスがおかしかったのって、もしかしてそのこと?」
ナーサの指摘にユミスはコクリと頷き、俺へと厳しい視線を向けて来る。
怒っているわけじゃない。これはとても心配してくれている時の顔だ。
「魔力は体内で魔法を生成する場だよ。身体を支える骨みたいなものだから、魔石で補うことは出来ても、故意に減らしたり、貸したりしちゃダメなの」
「え、でも、ミーメ老師は俺にしか出来ないことだって、剣に全ての力を捧げるよう言われたんだ。……精神力枯渇せずに乗り切れたのは、竜魔石のお蔭だったかもしれないけど」
「カトルは全然分かってない! 大雨の時もそうだった。簡単に全部の魔力を私に委ねようとして……。魔力が空っぽになったら普通は死んじゃうんだよ!」
ユミスは若干涙ぐんだ目でこちらをジッと見据えてくる。そういえばあの時の感覚はレヴィアとの遠話の時と似た感じだった。ただ流れに身を任せただけだったんだけど、そんなに俺がやらかしたことは大事だったのか。
「ねえ、ユミス。ちょっと聞くけど、精神力枯渇と魔力がゼロになるのは違うの? 精神力、って言われてもいまいち魔力との違いがよく分からないのよね」
そんな剣呑とした空気をぶった切ってナーサがユミスに問いかけた。
するとユミスはちょっと驚いたような素振りを見せ、その後難しい顔になる。
「ん。精神力枯渇は文字通り精神力がゼロになることだけど、そうなると脳は魔力の全てを使って精神力を回復させようとするの。目一杯走ったら、呼吸が荒くなるでしょ? それと同じ。精神力枯渇で魔力が一定量増えるのは、脳が精神力の回復の為に必要だって認識して場を増やそうとするからなの。でも魔道具で魔力を司る脳神経が傷つくと、いくら必要だと認識しても場が増えなくなる……」
「え、それ、もしかして精神力枯渇で死ぬのって――」
「脳の回復が追い付かなくなるからだよ。普通は何も考えずゆっくり寝れば回復するけど、外で野獣に襲われてたりして余計な精神的負担が続けば、回復出来ないまま脳が傷ついて最悪死んじゃうの」
「……そう、なんだ」
ユミスの説明にナーサが神妙な顔つきで頷く。
なるほど。
俺も精神力と魔力の違いをよく分かっていなかったみたいだ。いっそ魔力を体力に、精神力を生命力に置き換えれば分かりやすいかもしれない。
……あれ? ちょっと待って。
体力を他人に貸し与えたりなんて出来るわけないじゃん。
なら魔力だって出来るわけない……はずなのに出来ちゃったってこと?
「ん……。でも、だからこそ、精神力枯渇と魔力ゼロは違うの。単純に魔法を使っただけじゃ魔力ゼロは絶対に起こらない。起こるとすれば必ず外的要因が考えられる。例えば魔力吸収魔法で魔力を吸い取られるとか、ね」
「そんな、魔力吸収魔法なんて精神を崩壊させる魔法じゃない!」
「そう。でも、カトルはそんな魔法に晒されていたのと同じ状態に陥っていたの。言ってしまえば、何度も精神崩壊の危機にあったようなものね。いくらおじい様の指導で魔力のみ重点的に鍛えてると言っても、それがどれだけ危険な行為なのか分かって欲しいの」
「う……十分、気を付けます」
レヴィアにも散々怒られたけど、ユミスにもやっぱり怒られてしまった。
さすがにもう龍脈で鑑定魔法を使うなんて馬鹿な真似はしないけど、ヴァルハルティに身をゆだねるのも同じくらい危険だとは思わなかった。でも無理やり魔力を吸われる以上、完全に危険を断ち切って使いこなすのは無理だ。もっと俺自身の力で魔力を制御する必要がある。
「ヴァルハルティを使うなら、前にナーサが言ってたような魔力制御の練習もした方がいいのかな?」
「ん……その判断は私じゃ無理。おじい様の方針とは根本的に考え方が違うから」
じいちゃんの練習方法は基本的に大量の魔力を常に使う。瞑想を基本に魔力を全身に張り巡らせ、複数箇所同時に違う系統の魔法を展開する練習がまさにそれだ。少ない魔力で魔法を何度も繰り返すナーサのやり方とは発想からして真逆である。
「反復練習をすれば精神力や制御力は上がるけど、魔力は上がりにくくなるよ。今のカトルは能力的に凄く魔力が上がりやすい状態だと思うけど、どうなるか私じゃ分からない」
「うーん。じゃあ、やっぱりじいちゃんに相談するまでは、ヴァルハルティは極力使わない方針で」
「あ、でも鑑定魔法と詐称魔法は反復練習をしてでも早めにレベルを上げた方が良いと思う」
「え? なんで?」
「妖精族には鑑定魔法の使い手がいるから」
ユミスによれば、妖精族の中には鑑定魔法を極めた鑑定士という職業の者がいるらしく、もし今のまま鉢合わせしてしまうと俺の詐称レベルでは竜族だってバレてしまうとか。
そして、これから向かうラティウム連邦は三年前に結ばれた協定により妖精族の国アルヴヘイムとの交流が活発になってきており、カルミネをはるかに凌ぐ大勢の亜人種たちが足を踏み入れていると。
一応、ユミスの魔法ならそう簡単にはバレないらしいけど、万が一に備えて練習は継続した方が良さそうだ。
何だったら、天魔相手にレベル上げするべきか?
……いやいや、それは本末転倒だな。どうせ天魔は後でいっぱい相手することになるし今は一刻も早くじいちゃんに会うべきだ。
もちろん最終的には自分のことだし自分で決めるべきなんだろうけど、竜族という視点で考えれば俺はまだ赤子も同然なわけで。よほどの事がなければじいちゃんの指示に従うべきと、まだこの時は考えていた。
「うーん。私がラヴェンナに居た頃はほとんど妖精族を見なかったけれど、確かに今はいろいろ変わってるかもしれないわね。あんたは特に気を付けなさい」
「ナーサもだろ。さっきみたいに【カルマ】に看破失敗なんて出たらまずいじゃん」
「それは……」
俺のツッコミにナーサは俯き加減になると途端に押し黙ってしまう。
このまま根掘り葉掘り問いただしたい気持ちもあったが、ラヴェンナについたら全てを話すというナーサの言葉を尊重したかった俺は、何も言わず視線を窓へと向けた。
ちょうど外ではターニャとアエティウス、そしてアヴィスのおっさんらが門の上に立って冒険者ギルドの成立を宣言している所だった。静寂魔法で周りの音がほぼ遮断されていて気付かなかったが、多くの市民が熱狂的な歓声を上げているようだ。
これから彼らが中心となり、天魔からの自衛、そして新しい街づくりが着々と進んで行くのだろう。
地下の封印が解けるまであと一年。
俺たちがカルミネに戻るまで、なんとか彼らには頑張ってもらいたい。
「もう始まっちゃったみたいだけど、このままここに居て平気なの?」
「ん、問題あれば始める前に呼びに来てるよ。だから大丈夫。それより終わるまでの間、カトルがこの三年でおじい様からどんなことを習ったのか教えて」
「習ったことって言われても、毎日同じことの繰り返しだったんだけど」
「それでいいの」
ふと見れば、俯いていたはずのナーサがうずうずしながら耳をそばだてていた。
この三年でやったことなんて、じいちゃんの本気の突撃をただ躱すだけの特訓に、ひたすら瞑想してただけなんだけどね。
俺は苦笑しながらターニャが来るまでの間、二人にこれまでの事を話し始めた。
第一話と銘打ちましたが、プロローグの続きとさせて下さい。すいません。
次は8月21日までに更新予定です。




