プロローグ3
2月5日誤字脱字等修正しました。
『ほっほ。主様ともあろう方がこの老骨めに下げ渡した品が気になりますか。心配されずとも残滓にいたるまで全てをその剣に尽くしましたわい。足りなかった分も直接魔力を注いでもらいましたしな』
『魔力を、カトルが?』
『ご心配めさるな。わしは何も知らぬし、何も聞いておらぬ。それでよいよい。道中お気をつけてな』
ミーメとの会談はものの数分で終わった。
ユミスは憮然とした表情だったが特に文句を言うでもなく、ただじっとミーメの言わんとする内容をかみ締めているだけだった。
俺とナーサが礼を述べたあと、メリッサのオススメに従って武具を見繕ったが、その間もユミスは何も言わずずっと考え込んでいた。
そして雑貨屋で旅に必要なものと靴や手袋、帽子といった細々したものを買い、サーニャの酒場に戻ろうとしたところで、ユミスが唐突に道端で静寂魔法を展開してきたのだ。
『ターニャと会う前に三人で話したい』
そんなわけで今、俺たちはサーニャの酒場の二階の俺の部屋に居たりする。
窓から外を見渡せば、二の門の前に大勢の市民が集まっていた。どの顔にもこれから起こる事への不安と期待が入り混じっている。
門の向こう側の空に沸き出るシャドーの姿に怯えつつも、集まった傭兵たちの気勢の凄さに希望を抱いているのだろう。
既に傭兵たちの第一陣は二の門を抜け戦いに参じており、空に向けて放たれた魔法が花火のように光り輝いている。それを見て一喜一憂しながらも、この危険地帯に群がる人の好奇心の強さは驚くばかりだ。
そして、この状況を絶好の機会とばかりに下ではサーニャが張り切っていた。すでにこの時間から店を開け、屋外に屋台まで繰り出している。
さすがに手が回らないので限定メニューによる対応だったが、それでも店は人であふれかえっており、サーニャは嬉しい悲鳴を上げていた。
昨日の主要メンバーを一堂に集めた祝勝会で傭兵たちからの店の評判もうなぎのぼりらしい。リスドで見かけた顔ぶれがチラホラ来ていた事もあってか、昨晩は王都に戻ってきてからの最高の売り上げを記録したそうだ。
『これでカトレーヌが居れば万々歳なんだけど』
真顔でそんな事を言われて朝は本気で店から逃げ出したものだ。俺がウェイトレスをやらなくても繁盛するならそれに越した事はない。
このままサーニャの店が冒険者ギルドの中心的な場所になってくれることを祈ろうと思う。
「それで、確認するけどあの催しに私たちは参加しないでいいのね?」
部屋についてからもずっと何か考え事をしていたユミスを尻目に、ナーサが俺の側にやってきてこれ見よがしに窓の外を指差す。
「あれだけ天魔と戦いたい人たちがいるならいいでしょ。昨日散々やり合ったし」
「凄い人数よね。この前も驚いたけれど、普段何処にいたのよ、あんたたち、って感じだわ」
「ああ、ギルドの門の所に大挙してたね」
「ほんと、現金なものね。魔力が上がるって情報が知れ渡った途端、この有様なんだから。あんなにギルドの受付職員があくせく動き回っているのなんて、カルミネに来て初めて見たわ」
ナーサの言葉通り、二の門の前では今もギルド職員が大勢の傭兵たちの対応に右往左往していた。
天魔への対処から傭兵・魔道師両ギルドが各門に職員を出張させる事は決まっていたのだが、初日ということを加味しても全然さばき切れていない。待たされている傭兵たちの文句がここまで聞こえてくる。
ただ、決してシャドーは簡単な相手ではないので、安易に通行を許可しては犠牲者を増やすだけという事情も分かる。魔力が増えるという情報だけ先行してしまった弊害とも言えるが、眼前で繰り広げられる戦いを見てもまだ果敢に攻め入ろうとする辺り、人の欲望には際限がないと辟易する。
「ユミスもそれでいい?」
「うん。もう私は女王じゃなくなったから、無理には参加しないよ」
「ちょっ……、せめて静寂魔法を掛けてからそういうことは言おうな」
「あ……ごめんなさい。ちょっと気が抜けてるかも……」
そう言ってユミスはあたふたしながら静寂魔法を展開する。
こんな野次馬でごった返している最中、前女王が居るなんてバレたら大変だ。この悪夢のようなカルミネの状況に恨みを持つ声も少なくない。
それにしても……、何だかミーメの所で話を聞いたときからユミスの様子がおかしい。心ここにあらずといった感じだ。
「あ、なんか今、魔力を感じた……かも?」
「えっ? ナーサも魔力を感知出来るようになったのか?!」
「え、でも、これが魔力かどうか確信が持てないけれど、そうなのかな……」
ユミスが静寂魔法を掛ける、と思って身構えていたら魔力の違いを感じたってことか。
気抜け状態のほわほわユミスとはいえ、静寂魔法に気付けたというのは凄い。やっぱり天魔を狩りまくったからだろう。魔力に関連した能力が凄く上がっているんだ。
「……ん!」
「いや、ユミス……。何やってんの?」
「え? 何?」
なぜかユミスが静寂魔法を解いて、もう一度静寂魔法を張りなおした。今度は極めて繊細に、ちょっとでも気を抜くとわからないようにだ。
どうやらさすがに今回はナーサも気付かなかったようで、何があったのかと目をぱちくりさせている。
魔法の精度を上げると感知しづらくなるのを体験出来たのは良かったが、今のはどう考えてもナーサに気付かれてムッとしたようにしか思えない。
「なんでもない」
しれっとそんなことを言いつつ途端に機嫌が良くなっているユミスに俺は苦笑いしか出ない。ほんと、魔法に関しては負けず嫌いの度合いも凄いんだ。
「それなら時間はまだあるわけね。もう少しのんびり下で昼ご飯を食べればよかったかな」
「いや、そんな余裕あるなら予定の詰めをしたいぞ。馬車や船の手配だってまだなんだし」
「じゃあ、さっさとユミスの話を聞いた方がいいわよね。さっきから心ここにあらずって感じだし」
そういってナーサがニコリと微笑む。
やっぱりナーサもユミスがちょっと変だって気付いてたんだな。
促されたユミスは少し迷ったような素振りをしていたが、やがて意を決したように懐から薄い板のようなものを出してきた。
「ん……。その前にこれ」
「何、それ? ……まさか精銀?」
「精銀を加工して鑑定魔法を取り込んだの。精魔石って名付けたけど、鉄石みたいなものだって思ってくれていいよ。性能の違いはあるけど」
ユミスはそう言って、俺の前に精銀の板をずいっと出してくる。鉄石より格段に薄いが、帯びている魔力量は桁外れだ。これが鉄石と同じ性能を有しているのならとんでもないものなのではないか。
「これに手を付けるの?」
「そう」
「……」
俺は思わずゴクリと息をのむ。
鉄石の解析はユミスにも難しいと思っていた。
だが、なんの事はない。じいちゃんの一番弟子は、妖精族の作ったものなどすでに凌駕して簡単に模倣していたのだ。
「じゃあ、いくよ」
俺がおそるおそる手を当てると、精銀から眩いばかりの光が放たれ身体に纏わりついてきた。その勢いたるや川の急流に足を取られるかのようだ。グッと踏ん張らないと全てを持ってかれそうでなんとも心許ない。鉄石とは違う、どちらかと言えば龍脈の奔流に流されているような感覚に近い。
そして不意に意識の中で何かがはじけると、やがて全身を覆っていた魔力がゆっくりと離れ、精銀の板に収束されていく。
その様子をぼんやりと眺めていた俺は、浮かび上がってきた能力を見て、戦慄する――。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19/22】
誕生:【6/18】
種族:【竜人族】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【23】
生命力:【4694】
体力:【1194】
魔力:【8923】
精神力:【2314】
魔法:【火属7】【水属7】【土属14】【風属8】【光3】【雷8】【精神2】【特殊19】
スキル:【剣術77】【槍術11】【特殊6】
カルマ:【詐称6(看破済)】
「え……」
「は? 何これ?」
俺もナーサも絶句したままユミスの顔を見ることしか出来なかった。
もはや何から突っ込んでいいかわからない。
「何って、カトルの能力。本当はもっといろいろわかるように作りたかったんだけど、鉄石を参考にしたから、その名残が残っちゃって」
「いや、そうじゃなくて。何だよ、この【カルマ】の部分、看破済みって!?」
「看破は看破魔法。鉄石にも鑑定魔法だけじゃなく他の鉄石と情報を共有する魔法が備わっているでしょ? それと同じように混ぜてみたの」
「混ぜた……って、それならこの魔石に触れると詐称が解けるってこと?!」
「そういうことね」
あまりの衝撃に一瞬、頭の中が真っ白になりかける。
そういやリスドの王宮でも出身地だけ詐称かどうか反応を確かめることが出来る仕掛けがあるって言ってたよな。
こんなとんでもないものが出回ったら、どうやって竜族であることを隠せばいいんだ?
鉄石みたいに検問でもされたら誤魔化しようがない。
そんな焦りにも似た気持ちで俯きながら思考に耽っていると、不意にナーサの視線が俺に向けられているのに気付く。
……なんだかいつもと違う、怯えたような目つきだ。
「じゃあ、これがカトルの本当の能力……?」
ナーサは若干唇を震わせながら尋ねてくる。
何で突然そんな風に……? そう思って、すぐに気付いた。
ここに表示されてる能力はもはや人族としてはありえないものなのだ。
自分ではどう転んでも一生勝てない力を前にして、ナーサは根源的な恐怖を抱いたってことになる……。
「そうだよ。【体力】と【魔力】は間違いない。【生命力】とか【精神力】とかは良くわかんないけど」
俺は出来るだけ平静を装って、普段通りの口調で話しかけた。
こんなことでナーサと壁が出来るのは嫌だ。
そう感じるとともに、これから先の未来に起こりうるかもしれない最悪の事態が頭を過ぎり、俺は思わず心の中で苦虫を噛み潰す。
――ナーサでさえ、こうなんだ。もし他の人族にバレてしまったなら、徒党を組んで俺を殺しに来るというじいちゃんの言葉は決して脅しではない。
「はぁ……」
そんな、突然にして訪れた緊迫を前に、ユミスはなんだか呆れたような視線を向けながら溜息をついた。
そして唐突に自分の手を精魔石に押し付けたのである。
名前:【ユミスネリア=カルミネ】
年齢:【16/99】
誕生:【4/2】
種族:【人族】
性別:【女】
出身:【大陸外洋】
レベル:【15】
生命力:【134】
体力:【109】
魔力:【2517】
精神力:【10267】
魔法:【火属63】【水属74】【土属57】【風属31】【光34】【氷71】【雷21】【精神56】【回復68】【特殊47】
スキル:【剣術4】
カルマ:【なし】
「え? えっ?!」
ナーサは思考が追いつかないのか、素っ頓狂な声をあげながらも、食い入るようにユミスの能力を凝視している。
俺としてもユミスの能力をこうしてはっきりと見たのは初めてだ。
いろいろと、本当にいろいろな事が聞きたい――。
だがユミスは即座にナーサの手を掻っ攫うと、一瞬だけ彼女の顔を見やってから精魔石に押し付けた。
名前:【ナータリアーナ=スティーア】
年齢:【20/304】
誕生:【9/9】
種族:【人族】
性別:【女】
出身:【ラヴェンナ】
レベル:【18】
生命力:【362】
体力:【158】
魔力:【162】
精神力:【364】
魔法:【火属10】【風属8】【精神11】【特殊11】
スキル:【剣術15】【槍術8】【弓術9】【曲剣術16】【特殊22】
カルマ:【なし(看破失敗)】
「ええっ?! なんで……!?」
「あ……」
看破失敗?!
え、どういうことだ。ナーサも何かしているってことか?
……ダメだ。さっぱりわからない。
ナーサが能力を隠す必要がどこにあるのだろう。しかも俺の詐称を看破した力で失敗したということはより強力な何かに守られているってことだ。
今度こそ頭が真っ白になる。
ただ、ユミスだけは全てわかっているかのようにうんうん頷く。
「やっぱりね。さっき解除魔法を使った時に違和感が凄かったの。シュテフェンで詐称魔法を使った時は何の反応もなかったから。これってもしかして――」
「待って! お願い。ラヴェンナに着いたら絶対に理由を話すから! 今は言わないで」
「……まあ、私はなんとなくわかるからいいけど。カトルはそれで大丈夫?」
縋りつくような勢いのナーサを制し、ユミスは淡々と声を掛けてくる。
だが、大丈夫とか聞かれても、俺には正直何が何だかさっぱりだ。
全く頭がついていかない。
ユミスは何でこんなことをしたんだろう?
最初は俺の能力を調べて、それについて何かあるのかなと思っていたけれど、もしかしてナーサの詐称を問い詰める為に精魔石を使ったのか……?
「んー……、ちょっと話が急すぎた、かな?」
ユミスは苦笑いを浮かべつつ話を切り出してくる。
「ちなみに、私がわざわざ精魔石でカトルの能力を調べたのは【魔力】と【精神力】の乖離があることを伝えたかったからなの」
「……え?」
「最初は私の能力をこんなにはっきり伝えるつもりはなかったし、ナーサの能力を調べるつもりもなかった。でも、カトルの能力を見たナーサが予想以上にショックを受けてたでしょ?」
「う、うん……そうね。とても、びっくりした。ここまで、力の差があるなんて普段のカトルを見てただけじゃ気付かなかったし」
「怖い、って思った?」
「……ごめんなさい、カトル。その、心の奥底から湧き上がってくる感情に戸惑いを隠せなかった」
「あ、ああ……いや、謝られるほどの事でも」
ナーサは幾分、強張った顔をしていた。
正直、居たたまれない気分だ。
だが、ユミスはわざとらしく吐息をつくと、今度は俺へ詰問してきた。
「それで、カトルはナーサの態度に平静さを失ったのよね? ああ、やっぱり竜族は人族に畏怖される存在だーっ、とでも思った?」
「それは……そうだけど、なんかユミス、どんどん昔みたいな口調になってきたな。全然、女王らしくないや」
「だから、もう女王じゃないって言ってる! って、カトルは話を茶化さない」
ユミスがぷぅと頬を膨らませる。
「私の能力を見せたのは、人族だって頑張れば竜族を凌駕することが出来るんだってナーサに知って欲しかったからだよ。ほんと、孤島であれだけ遊び呆けてたカトルが私より魔力が上になってるなんて、やるせない気分だけどね」
「……っ」
俺はその言葉に二の句が継げなかった。
確かにユミスは俺がじいちゃんの授業を適当に聞いている傍らで必死に魔法の修行に励んでいたのを覚えている。
でも、それだけじゃない。
いつの間にか苦手な剣術の練習もしていた。体力も普通の傭兵並みにある。俺もユミスに会うべくじいちゃんの修行を必死で頑張ったけど、彼女はたった一人、慣れない場所で必死に努力を続けていたんだ。それは俺なんかとは比べ物にならないくらい凄いことだ。
「そしたら今度はカトルがおかしくなっちゃったでしょ? ついでだからナーサの能力をカトルに見せようと思って」
「それ、必要なかったんじゃない?」
「私は一瞬どうするか、ナーサに判断を委ねたよ」
「二人とも能力をさらけ出しているのに、私だけ見せないわけにはいかないじゃない! だって私たちはもう仲間――」
ナーサはハッとした目でユミスをそして俺を見てきた。
「竜族だと知って、それでもずっと一緒だからお互いわかっているんだと思ってた。二人とも何やってるの、って感じ。ナーサもカトルが竜族だって知ってるでしょ? 見た目は竜人でも強さは竜族なんだから、他の竜人と比べちゃダメ」
「うん……ユミスの言う通りよね」
「カトルももっとナーサと話していれば誤解されなくて済んだでしょ?」
「ああ。これからはユミスに静寂魔法をお願いして心置きなく話すよ」
「静寂魔法を使えないのはおじい様の授業をサボってたカトルのせい」
「……はい。ごもっともです」
ユミスにきっぱり言われてシュンとなったところに二人の笑い声が響く。
くっそー。
孤島に居た時からユミスに頭が上がらなかったけど、結局こうなるのか。
なんか懐かしい感じだけど、ちょっとショック。
俺もそれなりに頑張ったんだけどなぁ。
笑顔の二人をよそに俺は小さく溜息をついた。
次回は8月13日までに更新予定です。




