プロローグ
1月24日誤字脱字等修正しました。
「これが、錫のタグ……!」
「はっはっは。そんな涙流して喜んでもらえるたあ、さすがに申し訳ねぇ気持ちになるぜ。灰タグに感動してる奴なんざ見るのは初めてだ」
受け取った灰タグを大事そうに両手でギュッと握りしめるナーサを見て、イェルドは頭をかきながら苦笑する。ただ俺はこれまで彼女が抱えてきた葛藤や悔恨そして強い信念を知っているので、素直に感動して拍手を送った。
「いや、てゆーかナーサちゃんが今まで茶タグだったなんて、いったいどんだけカルミネのギルドは人を見る目がないんだ? 普通にありえねーだろ」
「……はい、本当にそれは不徳の致す所です」
「あああ、いやいや。麗しのエヴィアリエーゼ殿を攻めたつもりではないのです。過去に何があったにせよ、ここカルミネの今のギルドマスターはそこにいる筋肉ハゲですから。全ての責任はこいつにあるに決まってる」
「フアン、てめぇ、俺のせいにしてぇだけだろが!? 文句があるなら先代に言え。俺は山と詰まれた仕事の処理だけで手一杯だ」
最前線で天魔と戦い、目を見張る活躍をしたナーサの腕前は、もはや誰もが認めるところとなった。
そんな彼女が茶タグで一年以上ランクアップを認められなかった――。その事実だけで、いかにカルミネの傭兵ギルドが異常だったのかわかる。
ただ、これからは大きく変わっていくことになるだろう。何しろあの天魔どもと日常的に対峙することになるんだ。スキルも魔力もなく貴族におべっかを使うだけで生きて来た連中は、今後生き残ることさえ難しいかもしれない。まあ、アエティウスが新たに創設される冒険者ギルドで厳格な規則を作ると公言しているので、性根からたたき直されることに期待しよう。
「こちらがユミスネリア様の青タグです」
「ん……」
そしてナーサの隣では、ユミスがエーヴィから青タグを首に掛けられていた。
ユミスはしばらくの間、珍しそうにタグを裏表にひっくり返していたが、チラッとナーサの灰タグを見てニヤリと笑う。
ちょっとした優越感だったのかもしれない。だが、そのあまりにあからさまな態度にカチンと来たナーサが目の前のイェルドに食って掛かった。
「ちょっと! なんで今日初めてギルドに登録したユミスが私より上なのよ?! おかしいじゃない!」
「あー、それはだな。仮にも王族たる身分の方に仮登録の茶タグなんざ渡すわけにいかねぇだろ? 本当は金タグを渡すべきなんだが、ユミスネリア様は一時的にでも退位されるんで、その折衷案が灰タグっつーわけだ。そんでもって今回の強制依頼の報酬がランクアップだから青タグと」
「誰よ!? そんな不公平な仕組みを作ったのは!」
「連邦に決まってんだろ? 傭兵ギルドの本部は連邦にあるんだぜ」
「うぐ」
まさかの反論にナーサは言葉に詰まる。
それを見てイェルドは怪訝そうな顔をするも、すぐに納得したように手を打った。
「ああ、そういやナーサの嬢ちゃんは連邦出身だったか。……うーん。残念だが、嬢ちゃんは今回たまたまランクアップと報酬が重なっちまったからなぁ。どれだけ凄い功績でもランクはいきなり二つも三つも上げられねぇ決まりになってんだ」
「権力や金銭、またはコネのある者が、実力もないのに突然白や銀などのタグを持つ事がないようにする為の取り決めよ。人族にしてはまともな決め事ね。ナーサならこれからいくらでもチャンスがあるし今回は諦めるしかないわね」
「エーヴィさんまで……ううう」
二人の言葉にナーサは低くうめき声をあげながら恨めしそうにユミスを見据えるほかなかった。
確かにあと一つ依頼をこなしてさえいれば、今回の降って湧いた強制依頼の報酬で青タグになれたのだから残念な気持ちもわかる。
――だけど、待って欲しい。
ナーサはとても大事な事を忘れている。
今の俺たちの懐は空っぽで、ランクアップには更新料が必要なんだ。
「だからって、なんで俺まで黄タグになるんだよ?! 今回の依頼はただの護衛だろ?」
「馬鹿言え! なにがただの護衛だ! 陛下をお守りし、三の門を攻略、その後王宮地下で叛乱を起こした貴族を捕らえた挙句、アヴェルサ軍をこちらに寝返らせ、さらには城門に攻め入る天魔の半分を壊滅させたんだぞ。お前をランクアップさせねぇでいったい誰をランクアップさせるってんだ! ってか、お前基準にあわせてたら誰も報酬もらえなくなっちまうだろが」
「ぐっ……そうかもしれないけど、今、俺はヴァルハルティの支払いですっからかんなんだ。更新料を払わずに違う国へ行ったら全部無駄になるんだろ?」
「あー。……そうだな」
「そんなの全然報酬でも何でもないじゃんか! せめてランクアップじゃない報酬に変えてよ。ってか、アルフォンソの強制依頼の出世払いはどうなったの?」
「出世したばっかの俺に金なんかあるわけねぇだろ!」
「……まさか、報酬を出す金がないからランクアップでお茶を濁しつつ、更新料せしめる魂胆なんじゃないよね?」
「はっはっは。……ちっ、鋭いな、カトル」
「ちょっ、マジか!」
「あー、ちなみにカルミネはリスドと違ってギルド本部と同じ更新料だからな。ナーサの嬢ちゃんは灰タグだから銀貨10枚。ユミスネリア様は青タグだから金貨1枚。で、カトル。お前の黄タグは金貨30枚だ」
「はあっ?! 金貨30枚って、高すぎだろっ!!」
「更新料への文句は先代までのギルマスたちに言ってくれ。それにお前の言うとおり、今カルミネの傭兵ギルドは財源かつかつだから銅貨一枚まけられねぇんだ」
「なぁっ……」
ついにイェルドがぶっちゃけ始めた。隣でエーヴィが頭を抱えているが、そうしたいのは俺の方だ。あまりの金額の大きさに頭が真っ白になる。
今の俺とナーサの手持ちでは全然足りない。もし本気でランクアップしたいなら、カルミネに残ってたくさん依頼を受けなければならない。
けど、そんな暇あるはずもない。
そうなると、どうしたってユミスに頼らざるを得なくなる。
でも既にユミスにはヴァルハルティを用立てしてもらっており、その上さらに更新料まで頼るのはかなり心苦しい。
別にランクを無理矢理上げる必要もないんだし、なんとか黒タグのままでいられる方法はないだろうか――。
そんなふうに考えていたらイェルドのむさくるしい顔がぬっと迫って来た。
「おいおい、カトル。まさか、ランクアップしねぇなんて考えてんじゃねぇだろうな? お前たちはこれから連邦に行くんだろ? だったら絶対、ランクアップしとくべきだ。何しろ、あの国はここ以上に貴族の権威が強い。少しでもランクを上げて権力からの理不尽ってぇやつに対抗出来るようになっておかねぇと後で絶対後悔するぞ」
「待て待て。この守銭奴筋肉ハゲに騙されんなよ、カトル。ランクアップして良いことなんかこれっぽっちもないからな。強制依頼ばっかでめちゃくちゃ大変だし、維持費も馬鹿高いし、何より高ランクには、ちょっと内気で俺を頼ってくれるような可愛い女の子なんて全然いないんだ! 皆、歴戦の猛者ばかりで、まあそれはそれで強気な美人さんとかもいるんだけど」
「……ったく、リスドでぬくぬくやってるてめぇはすっこんでろ。いいか、カトル。商人の力が強いリスドと違って、連邦では貴族が絶対なんだ。そいつの機嫌一つで平民の命なんざ軽く吹き飛んじまうんだからな」
いつものフアンの軽口を一蹴し、やたら真剣な表情で話してくるイェルドに俺は少し面食らってしまった。
貴族が絶対とか言われてもいまいちピンと来ない。カルミネの王宮でふんぞり返っていた奴らみたいに偉そうにしてるだけじゃないのか?
ってか、戦争でもないのに同じ人族同士で命が吹き飛ぶってどういうことだ?
「それ、本当?」
俺は一番真実を知っているであろうナーサに問い掛けると、彼女は悲しそうに俯く。
「そう、ね。あまり認めたくないけど、貴族と平民の間の身分差はこの国の比じゃないくらい大きいのは事実よ。……でも、それと同じくらい才能に秀でた者は尊敬されるわ。だから傭兵ギルドの上位タグを持つ者は衆目を集めるし、貴族もおいそれとは手を出せないはずよ」
「とは言え、あっちのギルドは上の方が半分くらい貴族で固められているからな。傭兵ギルドに権威があるってのはあくまで対外的な話で、連邦内にいれば絶対に貴族にゃ逆らえねぇ。まあ、その分プライドも高ぇし、この国の貴族とは違って己の研鑽を欠かさねぇって話だ。高ランクの実力者ならそれなりの扱いはしてくれるだろうよ」
うーん。
貴族制度自体はじいちゃんの授業でちょっとだけ習ったけど、王が一番上でそれを貴族が支え、その貴族を平民が支えているって感じだった。
せっかく自分を支えてくれてる平民を気分一つでめちゃくちゃにする?
どういう理屈なのかさっぱりだ。
「あんた……、絶対わかってないわね」
ナーサがジト目で睨んでくるが、これから初めて行く国の事などわかるはずもない。俺が不満そうな顔をすると、ナーサは呆れて溜息をつく。
「向こうに着いたら嫌でも分かるわよ」
「そんなもんか」
「だからランクアップはしとくべきだ。別に無茶を言ってるわけじゃねぇぞ。俺は取れるところからは取っておく主義なだけだ」
そう言ってイェルドはユミスの方を指し示す。
「ん、もちろんカトルのお金は私が払う。だって私たちは大切な仲間だから」
「……絶対、後で返す」
「はいはい。あんたはお金の事で絶対なんて言わない。ランクアップはチームのお金でしょう? 個人のお金とは別なんだから遠慮はしないの」
結局、ランクアップの更新料はユミスが立て替えてくれることになった。
遠慮しない! とかナーサは言ってるが、そもそもチームのお金なら皆で貯めるべきものなはず。
カルミネがこんな状況でユミスもそこまでお金が余っているわけではないのに、非常に申し訳ない気持ちになる。二人に感謝しつつ、がんばって依頼をこなして少しずつでも返していこう。
「さあ、それでは早速鉄石でステータスを確認していくわよ」
更新料の話にけりがつくと、待ってましたと言わんばかりにエーヴィが鉄石を目の前に出して来た。
なんか見たことがないほど彼女の瞳がキラキラ輝いている。
「ユミスネリア様が一体どれほどの能力なのか凄く気になってたのよ。私たち妖精族をはるかに超える魔力の根源を垣間見れるなんて本当に楽しみだわ」
「おいおい、エーヴィ。喜んでいるところに水を差して悪いが、王族の能力は秘匿事項だ。俺たちじゃ調べられねぇぜ」
「あっ! ……言われてみればそうでした」
エーヴィがこの世の終わりのような顔をして悲嘆に暮れる。いつもの頼れるお姉さん的な雰囲気はカケラもない。
……ってかそんなにユミスの能力を知りたかったのか。
まあ、俺も興味がないと言ったら嘘になるけど。
後で教えて貰える範囲で聞いてみよう。
「【カルマ】の確認はターニャがいる場所で。先に二人の分をお願い」
「畏まりました……。ではカトルとナーサの能力を調べましょう」
ユミスに促されエーヴィも気を取り直して俺たちに微笑みかける。……若干目が虚ろ気味で怖かったのは内緒だ。
「あ、ちょっと待って下さい、エーヴィさん。まだ私の能力はユミスの身体強化の効果が残っていますが、それでも大丈夫ですか?」
「そういえば、そんなことを言ってたわね。あ、カトルもかしら?」
「え……あ、ああ」
……ヤバイ。
ナーサに言われるまで気付かなかった。
とっさの事で頷いてしまったが、このまま調べられたら俺に身体強化なんてかかってなかったことがばれてしまう。だけど詐称を使うにしても、こんなすぐそばでは魔力感知に秀でたエーヴィを誤魔化せるはずがない。
咄嗟にユミスの方へ視線を向けると、俺の様子にびっくりしたのか不思議そうに首を傾げていたが、なんとか事の重大さに気付いてくれたようで、ハッとした様子ですぐにエーヴィの方へ向き直る。
「待って。二人の身体強化を解除する」
「えっ? ですが、これは【カルマ】の確認の為のものなので、特に解除頂く必要はないですよ」
「ん……! 身体強化の効果を知られるのは困るから」
「あの、身体強化の効果程度であれば特に支障はないかと思われますが」
「でも、ギルド内に情報が残る。そこから私の能力を推察されると問題」
「そう……ですか?」
明らかに訝しんでいるエーヴィをよそにユミスはさっさと魔法を展開し始めた。
かなり無理やりだが、俺にとっては死活問題なので絶対に譲れない部分だ。
「研ぎ澄まされし叡智の魔力よ。かの者に宿りし魔法の力、今再び大地に還さん。……解除魔法!」
ユミスの両手から俺とナーサの身体へ魔力が流れ込んでくる。
わざわざ詠唱して魔法を展開するなんてユミスにしては珍しい、と思っていたら別の魔法が俺の身体を覆って来た。
これは、シュテフェンで受けたのと同じ感覚だから詐称魔法か。
念には念を入れてってことなんだろうけど、詠唱による補助を打ち消し別の魔法を繰り出すなんて、もはや凄いを通り越して呆れてしまう。こんなの絶対誰も気付けないって。
「はぁ……。それでは気を取り直して」
ユミスの魔法を酷く残念そうに見ていたエーヴィは、溜息をつきながら俺の手を鉄石へと導いた。
長くなりすぎました。いったん投稿します。
次回は7月31日までに更新予定です。




