第十四話 空洞の奥
4月4日誤字脱字等修正しました
「ふぅ、ふぅ。俺もうダメ」
「さすがに……ハァ、ハァ、レヴィアの姉さんは……ハァ、ハァ、早いぜ」
男二人が全身汗まみれでやってきて隣に倒れ込む頃には、俺にかけられた終焉なき強化の反動も解け、なんとか立ち上がることが出来るようになっていた。だが、さすがに落下の衝撃を支えた爪あとは大きく、結構両足に痛みが走る。レヴィアの回復魔法でだいぶマシにはなったが、やっぱり骨に来ている痛さだ。全く動けないわけではないが、しばらく無理しない方が良いだろう。
フアンとイェルドが来るまでの間、マリーは改めて俺とレヴィアが竜族であることを秘密にすると誓ってくれた。その後、マリーからの質問攻めにあったのだが、二人が早く合流した為あまり話しが出来ず、絶対に町へ戻ったら三人で食事に行こうと約束させられた。
ぶっ倒れるまで頑張って走ってきた二人を無碍にも出来ず、かといって話を聞くことが出来ないもどかしさに、うううとうめき声を上げるマリーは小動物のように可愛い。
よしよしとレヴィアに頭を撫でられているのを見るとまるで仲の良い母娘のように「キミ、後で覚えてなさい」
……閑話休題。
二人がぜえぜえ言っているので休憩がてら食事することになったが、こうして軽食を食べているとマリーの食事への情熱もわかる気がする。
レヴィアの空間魔法で出てくる食べ物があるだけマシかもしれないが、出来立て熱々の美味しさに比べるとなんとも味気ない。人族の生活に数日浸っただけなのに、俺はとても贅沢になってしまった。最後に残った空洞とやらを探索してさっさと帰りたいところだ。
だが、暢気にそんなことを考えていたらマリーに苦い顔をされてしまう。
「気を抜くな。予想以上に空洞は広いぞ。少なくとも私の探知魔法では調べきれないくらいの広さだ」
えっ? ここ山の中だよな。何でそんなに広い空間が?
「キミ、ちょうどいい。先に行って鑑定魔法の練習がてら状況を調べておいてくれ」
「えっ、俺まだもう少し食べたいんですけど」
「カトル、探索中の食べすぎは良くないぞ」
「そういうことね。ほら、急いで急いで」
「……了解」
くっそー、レヴィアめ。絶対にさっきの件の憂さ晴らしだな。
俺はふらふらする足で様子を見るべく一人歩き始めた。
今いる吹き抜けの通路から火竜が走っていった先まで行くと10メートルくらいの高さの横穴があいていた。若干、削ったような跡もあるが、きっとあの火竜が通りやすいように拡げたのだろう。
名前:【珪岩】
年齢:【―――】
種族:【変成岩】
カルマ:【なし】
名前:【紅柱石】
年齢:【―――】
種族:【変成岩】
カルマ:【なし】
……うーむ。よくわからない石の名前ばかりだ。何か有用な石なのかもしれないが今の俺にわかるはずもない。
とりあえず先に行こう。
大穴を通り抜け、少しだけ下りになっている大きな通路を歩いていくと、やがて右手側から視界が開けてきた。
「うわっ、広い……」
目の前に広がる空洞の大きさにしばし絶句してしまう。
天井までの高さは50メートルほどで幅は1キロくらい。奥行きはどのくらいあるだろうか。遠くの方に壁は見えるのだが、そこから先にも洞窟は広がっていそうである。それこそさっきの火竜が悠々飛べる広さだ。
研究とか大層な事を話していたけど、あのバ火竜の事だから大陸の空を飛ぶと長老の逆鱗に触れるのでこの場所で憂さ晴らしに飛んでいるんじゃないか?
……あり得る。
「竜の遊び場ってところね」
そんな事を考えていたら追いついてきたレヴィアが自嘲気味に話した。
「本当に火竜は追っ払ったんっすよね? 大丈夫だよね?」
「だから何度もそう言っているだろう。疑り深い奴だな、フアンは」
マリーの背中に隠れて恐る恐る不安が歩いてくる。その後ろには口をポカーンと開けながら天井を見上げるイェルドの姿も見えた。
「何でここは洞窟の中なのに明るいんだ? 火竜の特別な力か何かなのか?」
言われてみればその通りだ。イェルドに言われてようやく気が付いた。
照明魔法も無しで何でこんなに明るいんだ? 昼間の明るさまではなくとも、月明かりよりは断然明るい。
「ふむふむ、なるほどね」
何か分かったのか、辺りを見回していたレヴィアが小さく頷き、俺を見てニヤッと笑う。
「ここは不思議と魔力の通りが良いんだ。ちょっとの魔力で普段の何倍もの威力を出す事が出来る。だから一度使った照明魔法がどんどん広がりを見せているのだと思う」
「へぇー。どれどれ、ってうわぁああ」
「バカかお前は! よりにもよって火山で火属性なんか使うな!」
フアンが試し打ちした火属性の魔法が巨大な炎の塊として周囲を覆い始めた。あまりの大きさに魔法を放った張本人が一番驚いて腰を抜かしている。
「ったく、お前はろくなことしねぇな。で、どうする。水属性で打ち消すか?」
「いや、水は使わない方がいい。最悪爆発するかもしれないよ」
レヴィアが冷静に分析し、何事か呟いた。するとみるみるうちに炎の塊が小さくなっていく。
「えっ、どうやったんだ?」
「空気の流れを断ち切ったのよ。燃焼は新鮮な空気がないと続かないの」
ああ、なんか長老の授業でそんなことやったような記憶が、ってレヴィアの目が怖い。なんでこんなことがわからないのかと怒っている顔だ。
いや、でも、どちらかといえば、とっさに判断して炎を消せるレヴィアが凄いと思うんですけど。
「それにしてもこれは一筋縄ではいきそうにないな。さすがあの火竜が研究していた場所だけのことはある」
「認めたくないけど同感ね。それになるべくここでは魔法を使わない方がいいわ。今もかなり制御が難しかったよ。なぜ、こんな所にこんな場所があるんだか……」
レヴィアは何事か考えているのかうんうん唸っている。
それにしても残念だ。俺も鑑定魔法を試したかったんだけど自重した方が良さそうだな。
「魔法がダメってことは、ここの資源調査は難しいってことですかい? レヴィアの姉さん」
「適当にその辺の岩石を持って帰って、後で確認するしかないね。鑑定魔法は暴走すると魔力が全部自分に跳ね返ってくるからね」
って、マジかよ! さっきは鑑定魔法の練習がてら先行って様子見、とか適当な事言ってなかったか?!
危なかった。そんな危険があるなら先に言ってくれよ。俺は無意識にレヴィアを睨んでしまう。
「なあに? さすがに鑑定魔法くらいなら暴走しても死なないから大丈夫よ。ああ、でも確かにキミが使うのは少しマズイか……」
俺のジト目に気付いたレヴィアが淡々と答える。
「さっきと言ってることが違うんだけど?」
「それは私だって今ここに来て初めてこの空洞の特異性に気付いたからね」
「ちなみに暴走するとどうなるんだ?」
「身に不相応な魔力量の暴走は脳を焼け切ってしまうけれど、今のキミの鑑定魔法レベルなら暴走したところでたかが知れているわ。さっさと相殺してしまえば、しばらく動けない程度で済むはずよ」
「そんなことより……」とレヴィアはぶつぶつ呟きながらまた思考モードに戻ってしまう。
うーむ。
相殺なんてやったことないぞ。レヴィアの言い草だと簡単に出来そうだけど、こんなところで試すことじゃないな。ちょっとだけ気になるから、町に戻ったらやってみるか。
「とりあえず先に進もう。マグマが湧き出ているという報告だったから、万一の際の逃げる心構えはしておいてくれ」
再びマリーを先頭に俺たちは奥へと歩き始めた。
―――
空洞は平坦で岩がそこかしこに転がっている以外は何もない場所だった。逆にあまりに何も無さ過ぎて違和感を覚えるくらいだ。
30分くらい歩いたがまだ先は続いていた。気持ち下っているかと思うが、代わり映えのない景色がいつもより疲れを誘発してくる。
しかし、本当にマグマなんてあるのかな。あるなら暑いはずなのにここの温度は快適そのものだ。
レヴィアの魔法で快適になっているのかと思って聞いてみたが、今は何もしていないらしい。特に問題ないので清浄魔法も解いているとのことだった。
ちなみにマリーだけは探知魔法と照明魔法の利用を適宜行っている。やはり制御が難しいらしくかなり集中して歩いていた。一応、何かあってもレヴィアがすぐ対処できるように傍に控えているが、どうやら問題なさそうだ。
「化け物の話じゃなくてマグマの話が嘘っぱちでした、ってぇことか?」
「火竜なんて話、誰も信じないから尾ひれでもつけたんじゃないの」
「私は信じてたぞ」
「はいはい。マリーは凄いわね」
「うう、ひどいぞ! レヴィ」
「でもさあ、実際この先に何かあるようには思えないんだよなあ」
「うーむ。私の探知魔法でもまだ奥まで捉えきれてない。一体どれだけ広いんだ、ここは! 疲れてお腹が減って来たぞ」
「さっき食べたばかりでしょう? マリーの食いしん坊っぷりも困ったものね」
「うぐっ……ううう」
「しっかし、ここまで5キロ歩いて先が見えねぇたあ、全部で10キロ以上か? ったく、よくまあこんな空洞が空いていて落盤しねぇもんだな」
「うぇえええ、怖い事言うなよ、イェルドォ。こんなところで埋もれて死ぬのだけは嫌だぞ、俺」
幾分、皆の歩くスピードが上がった気がする。まあ、火竜がずっといたんだから大丈夫だと思うんだけど。それでも何もない空間がずっと続いているのはなぜか怖さを感じてしまう。
誰しもがこんな探索早く終わらせて帰りたいという思いなんだろう。
それから歩いて20分弱、ようやくマリーが歓声を上げた。
「やっと奥の通路を捉えたぞ! あの辺りの右手に小さな穴が開いてるだろう? そこが入り口だ!」
マリーが指す方向に人が入れるくらいの大きさの入り口があるのが見えた。この空洞の広さを考えるとやたらこじんまりとしているが良く考えると元の広さに戻ったとも言える。
「それで、マリー。何かいる?」
「ふぅむ、何もいないな」
「あれ? おっかしいなあ。さっき火竜はこっちに向かったはずなのに、どこ消えたんだ?」
洞窟の奥に逃げたのかと思っていた。マリーの探知魔法から逃れる術を持っているんだろうか。
「火竜のことなんてほっとけ。さっさと奥行くぞ! そして早くこんなところからおさらばだ」
急に元気になったフアンが入り口のところへと走っていく。
だが、奥の通路に入ろうとしたフアンが突然驚いたように尻餅をついて後ずさった。それを見て、皆、一斉に駆け出す。
「うっ」
「これは……」
あまりの光景に皆絶句して言葉が出なかった。
すぐ傍の通路の奥20メートルほど下に、ドロドロのマグマの世界が広がっていたのである。
表面は黒い部分と朱い部分が波を打っているように見えるのだが、至るところに黄色とも白とも見える場所がまばらに広がっていた。
お湯が沸騰しているようなゴボッゴボッという低音が常に響き渡り、たまにゴンッ! という岩石の砕ける音がその低温を掻き消して聞こえてくる。そして、朱の中に一際明るい部分が湧き出たかと思うと沸騰したお湯が跳ねるように大きな火飛沫を上げて飛び散っていった。
「どうなってやがる」
「進むな! 焼け死ぬぞ!」
イェルドが一歩足を踏み入れようとして、レヴィアの一喝が響き渡った。
その瞬間にまた火飛沫が飛ぶと、その滴が――溶けた岩が急速に冷え切った塊がイェルドの目の前ではじけ飛び散る。
「うわわわわっ!」
思わずイェルドは後ろに倒れこみ、愕然として砕けた岩をじっと見据える。途端に丸坊主の頭からびっしょり冷や汗が流れ、それが首筋を伝わる間ピクリとも動かなかった。どれだけ驚いたのか一目瞭然だ。
いつもなら揶揄いそうなフアンもゴクリと息を呑み微動だにしない。尻もちをついたまま目の前の異様な光景を目に焼き付けている。
「ここが境界線ね」
レヴィアが努めて冷静に空洞と奥の通路の境を指し示した。見れば壁の岩石の色が若干違う。空洞側はやや白っぽいのだが、奥の通路側は一様にドス黒い。
「温度差もかなりあるわね」
少しだけ見えた白い影は水蒸気だった。他にも当然有害な火山ガスがここを境に広がっているはずだ。
この通路の奥こそ、まさに地獄の光景と言っても過言ではない。
「これは危険すぎる。人の手に負えるような場所じゃないよ」
レヴィアはそう言ってマリーを見た。
「空洞を含め、ここに関わるのはリスクが高すぎる、そうギルドマスターには報告しましょう」
「火竜もいるしな」
マリーもレヴィアの言葉に大きく頷く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ姉さんたち! ギルドだって子供の使いじゃねぇんだ。危険です、近寄れません、で終わっちゃあ俺の立つ瀬がない」
イェルドがそう叫ぶのだが満足に立てない状況ではなんとも説得力がない。
「それは傭兵ギルドとしての立場でしょう? イェルド。あなた自身の本音は?」
「こんなところに関わるくれぇなら、ギルドからとっとと逃げ出した方がマシだ」
イェルドはよろけて立つ事も出来ないほど足が竦んでいる事実にあっさり白旗を揚げた。
「ううう……、俺は最初っからこんな所来たくなかったんだ。とにかくこれで一応は依頼達成だろ? 俺は報酬さえ貰えればこんなところさっさとおさらばしたいんだって」
フアンも特に反対しない。そして皆の目が俺を見る。
えっ? 何で俺に意見を求めるんだ。
ギルドマスターとかギルドの立場とか俺にはさっぱりなんですけど。
「えーっと、俺的にはこんなところであの火竜が何してたかだけは問い詰めたい、かな」
「ああ、それは確かに気になるな」
「違うでしょ。マリーも賛同しない。……まあいいわ。全員一致で意見がまとまったということでいいわね」
「……まあしゃーねぇか」
イェルドはがっくりと肩を落としたが、それでも自嘲気味に笑っているところを見ると納得はしてるのだろう。
「さあさあ、帰ろう帰ろう! 俺はもうこんなところに一秒たりとも居たくないからな」
「お前はさっきからそればっかりだな。――だが、珍しく同意見だ」
踵を返す二人を尻目に、レヴィアが厳しい表情で呟いた。
「これは長老に報告が必要ね。あのラドンのバカ竜、首に縄くくり付けてでも連れて帰らなきゃ……」
うーむ。何か不穏当な言葉が聞こえたような。
とりあえず長老から話だけ聞いていたマグマを実際に見れて良かった。自然の力って凄いんだなあ。火属性って苦手だと思っていたけど、イメージが膨らんだ気がする。
まあ、後の事は考えないようにしてレヴィアからの説明を待てばいっか。
……いや、そういうわけにもいかないか。
一年後って考えていたけど、レヴィアが長老に報告するなら俺もいいつけを守れなかったことを伝えなきゃダメだろう。
初の依頼完了の達成感もマグマを見れた高揚感も一瞬で消し飛んで、憂鬱さだけが残る散々な帰路になった。
やっと導入部分の終わりが見えてきました。
次回更新は週末忙しい為、ちょっと遅れるかもしれません。
最悪16日までには更新予定です。