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エピローグ1

1月20日誤字脱字等修正しました。

 ついに正門にいた天魔(モンスター)たちの一角が崩れた。そこを容赦なく突くトム爺さんはやはり戦局を見るに長けている。

 自身はナーサ、イェルド、フアンの三人を引き連れ左からチクチクと攻撃し、中央では精銀(ミスリル)の盾を持つ壁役の傭兵たちがトム爺さん指示に従ってのらりくらりと前進と後退を繰り返す。そして右方に隙を作ってゴブリンたちをおびき寄せたところを、残ったスライム目掛けて城門の上から傭兵たちが魔法の一斉射撃を繰り出すのだ。

 実際、間近で戦っている者にはわからないだろうけど、離れた場所から俯瞰で見るとその動きはまさに変幻自在であった。


「今だ! 放てっ!!」


 ターニャの声が絶妙なタイミングで響き渡り、敵のスライムたちが次々に消滅して行く。武器に対しては絶対的な防御を有する天魔(モンスター)も、魔法、それも雨あられと降り注ぐ連続攻撃には耐え切れないようだ。


「人族が魔道具を選んだ理由がわかるね……」


 ユミスは戦場を見つめながらそう呟いた。

 一つ一つの威力は小さくとも、束になることで魔法は天魔(モンスター)の軍を抉り取るように消滅させていく。その成果はただ普通の武器で攻撃を繰り返す者たちの追随を許さない。


「でもそれくらいで勝てるなら、奴らは封印されず滅ぼされたんじゃないの?」

「ん……」


 ユミスはこちらをチラッと見て頷くとまた戦場に視線を戻した。

 なんとなく思わせぶりだったのは、それがじいちゃんとの誓約に絡んだ話だからなのだろう。ユミスは俺の問いに返答することなく魔道具について言及し始める。


「人は本来、魔道具が無くても正しく学びさえすれば、ある程度は魔法を使えるようになるの。ターニャだってそう。この三年、私がおじい様に教わった事を伝えただけであんなに上手く魔法が使えるようになったし」

「……えっと、元々ターニャに魔法の才能があったとか?」

「ううん、そんなことない」


 ユミスは俺の言葉にゆっくり首を横に振る。


「ターニャは初めて会った頃、全然魔法が使えなかったんだから」

「えっ?! ほんとに?」


 あれだけ効果的に防御魔法を繰り出し、遺憾無くその溢れんばかりの魔力を発揮しているターニャが、全く魔法を使えなかったなんて信じられない。

 でもこと魔法に関してユミスが適当なことを言うわけがないしな。

 ……むう。

 同じ三年なのに成長率が半端ない気がするんだけど、心の平穏の為にじいちゃんよりユミスの方が教え方が上手かったんだと思っておこう。

 そりゃあ、ユミスと一緒に居た時はサボリまくりだったけど、俺だってこの三年は頑張った……はず、だよね?


 そんな俺の動揺をよそに、ユミスは言葉を選ぶようにゆっくりと話を続ける。


「ターニャが他の人と違ったのは過去に魔道具を使わなかったという点だけ。王家に連なる者は王家の伝承で魔道具の使用を禁じられてるからね。……そして、それこそ、ゼノン王がシュテフェン公爵に臣籍降下させられた原因だったの」

「え……それって」

「ゼノン王は魔道具を使った為、王位継承権を失い王都から追放されたんだって」


 ゼノン王――。

 十三年前、シュテフェン公爵の立場から王位を目指してカルミネの騒乱を引き起こし、魔道師ギルドの協力を得て時の王を殺した張本人。

 まさか、そのきっかけが魔道具にあったとは。


「でもそれは当たり前の事。王になったら封印の間を保持する為に必死で魔力を高める訓練をしなきゃダメなのに、魔道具を使って魔力の成長を阻害された者に王位継承者の資格は残せないよ」

「……」

「ただ継承候補には伝承のほとんどが秘匿されてたから、訳も分からず魔道具を禁止されて不満が溜まっていたのかもしれない……。今更ゼノン王の真意なんてわからないけど――でも、この国で唯一魔法を使えなかったはずなのに、頑なに伝承を守ったターニャはやっぱり凄かったのかもね」


 そう言ってユミスは城門の上で奮闘するターニャに視線を向けると、心許ない足取りで歩き出す。


 見れば門の前では最後の詰めが行われていた。

 敵の一角が完全に崩れた所で、的確に弱点をついていく。

 そしてついにフアンの放った魔法が最後の天魔(モンスター)を狩り取り、怒涛の如く攻め立てていた傭兵たちは、高らかに完全勝利の凱歌を上げたのである。


 歓喜の絶叫がこだまする中、門兵によって久方ぶりに正門が開け放たれると、すぐさま誰かが走ってくる。


「ユミスーーっ!」

「ターニャ!」

「はぁはぁ……、ほんまに無事で良かった! もう、うちは心配で心配でたまらへんかったわ」


 鎧姿のまま抱きついてくるターニャに苦しそうな表情を浮かべながら、ユミスもまた両手をそっと背中に回す。

 主従というより姉妹のような心温まる光景に、少しだけ気分がほっこりする。


 だが、それも束の間の事だった。

 再会を祝した二人はすぐに状況を話し合い始める。


「市街の混乱は?」

「今の所は最小限に収まっとるけれど、予断は許さへん。さっきからひっきりなしに二の門から早馬が駆けてきとるんや」

天魔(モンスター)?」

「あれは天魔(モンスター)って言うんやね。崩落した王宮の瓦礫の下からうようよと黒い影みたいなのが飛んで来るらしいんや」

「……っ!」


 ターニャの言葉に俺はユミスと視線を行き交わせる。


「すぐに行かないと! ユミスは――」

「私は大丈夫だよ、カトル。ここならターニャもいるし、中に入れば魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)が効いてるから何かあってもすぐ気付くから」

「それなら、私も行くわ。女将さん心配だしね。それに、ギルドにはあの三人が行くんでしょう?」


 ナーサが指し示す方向には、イェルドに捕まって渋々傭兵ギルドの方へ歩いて行くフアンの姿が見えた。

 トム爺さんたちに率いられたリスドの傭兵が行くなら西門は安心だ。


「ここまで来たら是非も無い。私たちにも協力させてくれ」


 そして東門へはさっきまで城門の上で奮闘していた魔道師ギルドの連中に、ロレンツォたちシュテフェンの敗残兵も付いていった。天魔(モンスター)襲来という人族の危機を目の前に争っている場合ではないとのことだが、シュテフェンの敗北は明白だし、戦争責任から少しでも逃れたいという思惑も透けて見える。


「ユミスの警護はうちに任しといて」

「ターニャは大丈夫なのか?」

「心配いらへん。魔石使い放題やったからまだまだ魔法も使えるで」

「そんなに魔石余っているならユミスも回復させといて」

「なっ……。やっぱりユミスは無茶したんか」


 ギロリと睨むターニャの視線もユミスにはどこ吹く風だ。


「私も精神力(マインド)が回復したら援護に行くからね」

「それまでに終わらせるさ。だからユミスはゆっくり休んでて」


 俺はターニャにユミスの護衛を任せると、ナーサとともにこなれた南の大通りを駆け上がっていった。


「誰も、いないわね」


 普段なら行き交う人々の喧噪にかき消されるようなナーサの呟きが、耳に大きく響いてくる。

 それもそのはず、いつもは大勢の人でごった返している大通りには人っ子一人見当たらない。

 あの土砂降りの日以来だろうか。いや、あの日もここまで誰もいないってことはなかったはずだ。

 まさか、歴史ある王都に来てこんな光景に出くわす羽目になるとは思ってもみなかった。


「走り放題だね」

「あんたねえ、それが感想?」

「いいじゃん。早く着けそうだし」


 大通りの真ん中を早足で駆け抜ければ、いつもは一時間の道のりもあっという間であった。視界が遮られないこともあって、思っていたより何倍も早く、二の門、そしてサーニャの店が顔を覗かせ始める。


「ねえ、あれ!」


 だが、俺もナーサも視線はそこからさらに上へと引き上げさせられた。何しろ、二の門の上から覗き込むように黒い影が一体、また一体と浮き上がってくるのだ。走る足にも自然と力が入っていく。


「ちょっと、まずいんじゃない?」

「シャドーだけなら魔法さえ気をつければ大したことないと思うけど」

「その魔法が厄介なんでしょう?! 空からの攻撃ってだけで、ものすごくアドバンテージじゃない!」

「だったら俺たちも魔法で対抗するしかないな。ナーサは何か使えない?」

「ええっ?! わ、私に魔法の事を聞くわけ?」


 途端にしどろもどろになったナーサが露骨に視線を逸らしてしまう。

 ……そんなに魔法が苦手なのかな。身体強化(ブースト)の練習も欠かさずやってるし、最低限の魔法くらい全然出来そうだけど。


「そういうカトルは何が出来るのよ」

「うーん、攻撃だと四属性の初級魔法しか出来ないから、あそこまで届くってなると土属性の小石魔法(ペブル)くらいかな」

「あのね! あんたは小石程度でどうやって天魔(モンスター)を倒すつもりよ?!」

「数を重ねればなんとかなるかなって。ほら、今は魔力だけはヴァルハルティのお陰でいくらでもあるんだし。それに、もしかしたら魔法で倒すと何か副次的な効果があるかもしれない」


 天魔(モンスター)に鑑定魔法を使ったら信じられない勢いでレベルが上がったからな。魔力的な何かの要素が働いてレベルが上がりやすくなるのかどうか試してみたい。


「ううう……、わ、私だって小石魔法(ペブル)と似たようなものなら……出来るわよ」

「何が出来る?」

「……燃焼魔法(バーニング)

「それ、料理で使う魔法じゃなかったっけ?」

「ふ、普通はそうだけど小石魔法(ペブル)より難しいんだからね! それに敵が目の前に居れば燃やすことくらい出来るんだから!」

「空の敵には厳しいだろ? 火の矢(ファイアアロー)とか出来ないの?」

「っ、そんな魔法使えるわけないでしょう!!」

「いや、そんなに怒らなくても」

「敵を倒せそうな魔法があるなら最初から言ってるわよ!」

「あ、そりゃごもっとも」


 そんな話をしているうちに俺たちは二の門へたどりついた。

 ちらっと見ればサーニャの店は入り口が厳重に締め切られており、部屋の明かりも灯っているのでとりあえず問題なさそうだ。

 俺は少し安心すると、酒場を後回しにして二の門の中へ入っていった。ナーサも少し迷っていたが、今はサーニャの安否より二の門の防衛を優先と後に付いて来る。


精神力枯渇(マインドダウン)した者を早く下がらせろ! まだ魔法が使える奴は後何人だ?!」


 通用口から中に入るとすぐに指揮官らしき男の声が響いて来た。

 この怒声はアヴィスのおっさんか?

 その叫び声だけでもどれだけ切迫しているのか容易に想像出来る。


「おっさん、無事か!?」

「うおっ?! 小僧たちか、びっくりさせんな! 援軍か?!」

「そうだ。正門の天魔(モンスター)は全て片付いたから心配でこっちに――」

「「「う、おおおぉっーーー!!!」」」


 城兵の歓声が一斉にこだまし、うねりを上げるように熱気が門内を渦巻く。


「よしっ、これで希望が見えて来たぞ!」

「あと少し。あと少し粘れば!」


 先ほどまでの切羽詰まった雰囲気が一掃され、俄然気合の入った傭兵たちが一気に上へと駆け上がっていった。そんな姿を見せられてこちらも力を貰った気分だ。


「俺も行くよ。ミーメのじいちゃんに作ってもらったこの剣のお陰で魔力に満ち溢れているからね」

「ほぉう。その剣が老師の意匠か。なかなか見事な……って、はぁ?! なんで剣のお陰で魔力が満ち溢れるんだ!?」

「この剣――ヴァルハルティで天魔(モンスター)を倒したら、魔力を限界まで吸い取ってくれるんだ」

「吸い取るって……そんな魔剣聞いた事ねえぞ!」

「百聞は一見に如かずだ。おっさんも俺が戦っている時の剣を見れば分かるって」


 喚くアヴィスの横を抜けて俺とナーサは階段を上っていった。そして一気に駆け上がれば、貴族街から先の視界が開けてくる。

 二の門は丘陵であるカルミネの中腹あたりに位置しており、門の上からならそれなりに状況が一望出来たのだが――。


「本当に、王宮がなくなっている」


 予想していたとはいえ、俺は目の前に広がる光景に愕然としてしまう。

 あれだけ美しくそびえていた王宮は消え失せ、ところどころ崩れ落ちた三の門の後方には薄暗く異様な空間が垣間見える。

 近くに行かないとはっきりわからないが、その黒い空間は奈落へ突き抜ける大穴のように見えた。あれだけの威容を誇った王宮なのに残骸が全く見えないのは、おそらく全て底に落ちてしまったのだろう。

 そんな悲嘆を嘲笑うかのように数体の黒い影がふわふわと浮かび上がってくる――シャドーだ。

 幸い、それ以外の天魔(モンスター)の姿はない。

 もし本当に封印の間まで大穴が空いているなら、あの螺旋階段分の高さを登ってこなければならず、崩落直後でそれは難しいだろう。

 ……今後どうなるかはわからないが。


天魔(モンスター)でいっぱい、ってこともなさそうね。やっぱり外のは異常だったんだ」

「今、目の前にいる天魔(モンスター)は正門に居た奴らとは根本的に違うみたいだけどね」



 名前:【シャドー】

 年齢:【65】

 種族:【霊魔】

 性別:【男】

 出身:【クター】

 レベル:【29】

 体力:【89】

 魔力:【771】

 魔法:【79】

 スキル:【3】

 カルマ:【なし】

 


 鑑定魔法で調べると段違いの強さのシャドーがそこにいた。

 詐称でなければ、こいつはここで生まれたのではなく、65年もの間クターという場所で存在し続けていたことになる。

 全く相容れない存在であることに変わりはないが、どこか薄ら寒い感覚が頭を過ぎる。


「【魔法】レベル79?! あの黒い魔法、そんなに凄かったの?」

「いや正門にいた奴らは33だったよ。ここにいる奴らが半端なく強いんだ」


 外にいた天魔(モンスター)は言わば生まれたての赤子みたいなものだった。だが王都の地下から沸いて出てきた天魔(モンスター)は長年あの封印の奥底で蠢いていた亡霊なんだ。


 ……急に喉が渇いた気がして、俺はゴクリと息を呑む。

 でも、ここで怯んでる場合じゃない。

 飛んで来る魔法の威力は凄いけど、ほとんど速さは変わってないし、何とかなるはずだ。


「どんなにレベルが高くても避ければ一緒だよ。それに正門に居た奴らと違って変な補正がついてないから、初級魔法も効くはずだ」


 俺は試しに小石魔法(ペブル)を展開してみる。距離を飛ばすのに結構な魔力を使ったが、初級魔法なのでたいした威力は出ない。だがそれでもシャドーは嫌そうに振り払おうとするので、黒い魔法の展開が遅れている。


「よし、これなら」


 小石魔法(ペブル)を嫌がる仕草は、正門にいた天魔(モンスター)とは明らかに違う反応であった。やはり魔法耐性はそんなに高くなさそうだ。俺の初級魔法でも連発すればダメージを与えられるかもしれない。

 俺はヴァルハルティを持つ右手に力を込める。


 小石魔法(ペブル)とはいえ、俺にとっては多大な魔力を必要とする魔法であり、普段なら連発など到底不可能だ。でも今は、不気味な青白い光を放ち続けるヴァルハルティが即座に魔力を補充してくれる。むしろ全身にグンッと衝撃を受けるほどの力を受けるので、どんどん魔力を使わないと身体が持たないくらいだ。

 おそらく、ヴァルハルティの魔力飽和状態がなくなるまではずっとこんな感じなんだろう。


 ユミスには注意されたけど、この際、全てをヴァルハルティのせいにして、溢れる魔力を最大限活用し並列展開の練習をするのもありかもしれない。

 うーん。

 ……よしっ。やってみるか。

 そうと決まれば早速いつもの練習の時と同じように、両手両足に出来る限りの魔力を集め小石魔法(ペブル)を並列展開し始める。ヴァルハルティが即座に魔力を補ってくれるので瞑想の必要もない。


「う、お……?! 小僧、お前どうやってそんな同時に?」


 こちらを見るアヴィスの顔が強張った顔のまま固まっていた。

 慌ててナーサが近寄ってくる。


「ちょっと、カトル! こんな場所でそんなにたくさん魔力を使ったら――!」

「ヴァルハルティからどんどん魔力が流れてくるんだ。さっき天魔(モンスター)を倒しまくったからね」


 いや、それだけじゃない。なんだかいつもより全然楽なんだ。

 四属性全てを並列展開するより同じ魔法の方が精神力が擦り減らない。……これならもっと同時展開できるかもしれない。


「その魔剣、どんな構造してやがる? 俺の愛剣シュリトも大概だが、吸い取った魔力を使い手に与え続けるなんざ、正気の沙汰じゃねえ」

「俺だって戸惑いまくりだよ。でも、今は好都合でしょ?」 

「フッ……(ちげ)えねえ」


 アヴィスが小気味いい笑みを浮かべ、シャドーに向き直った。

 どうやら俺の並列魔法に言葉ほど興味をもってないようだ。それをいいことに俺はどんどん魔力を集中していく。両肩、両肘、両膝、果ては胸やお腹、額、両頬と、何の苦も無く魔法を展開出来てしまう。

 今までは全て違う属性で展開してたせいか、多くても四つまでしか発動出来なかった。ここまで大量に魔法を展開するのはさすがに初めてだ。一気に使うとごっそり魔力を持っていかれるかもしれない。


小石魔法(ペブル)!」


 俺は試しに両手両肘に展開した魔法をシャドーへ向けてぶっ放した。

 一つ一つの魔法は微々たる威力でも、それが連続ともなれば多少なりとも相手をよろめかせている。

 うん、よし。

 精神力(マインド)の減りも思ったほどじゃない。しかも放ったそばからヴァルハルティの魔力が流れ込んでくるので全然身体に負担にならない。


「おいおい。なんだそのちんけな魔法は?」

「ちんけで悪かったね。俺は四属性がめちゃくちゃ苦手なんだよ」

「あんなたくさん魔法連発しといて苦手って……。めちゃくちゃなのはどう考えても小僧の方だろ」

「連発はこの剣のおかげだって。威力は低くても、当分魔力が尽きそうにないから……もっといくよ」


 たいした威力じゃない分、俺の魔法は数を当てなきゃユミスみたいな効果を得られない。俺は身体のあらゆる部分で小石魔法(ペブル)を展開し、それを続けざまに放ってゆく。

 数発ではほとんど効果が見られなかったが、さすがに十、二十と数を重ねるとシャドーもかなり効いているのか、なんとか逃れようと必死で右往左往し始める。

 だが、俺の手数の方が上だ。

 すぐに身体全体を使って魔力を集中させると、準備が出来たところから次々に小石魔法(ペブル)を射出していく。

 

「うぉおおおおおーっ!」


 だんだん魔法の展開と小石魔法(ペブル)を解き放つスピードが等間隔になっていく。

 それを連続的に解き放ち雨のように降り注がせれば、シャドーは大量の小石魔法(ペブル)を一身に浴び続けることになった。

 防ぎきれないと思ったのか、シャドーは最後の力で特大の黒い魔法を放ってくるが、それさえもヴァルハルティの一閃で魔力を吸い取りあっという間に霧散させてしまう。それを見たシャドーは愕然としたかのように崩れ落ち、そのまま無抵抗のうちに四散していった。


「やった!」


 なんとか魔法でシャドーを倒しきった!

 多分、放った小石魔法(ペブル)の回数は百を優に超えただろう。

 めげずに連発していた甲斐があったものだ。しかも途中からだんだん楽に魔法が展開できたのを実感していた。

 どれだけ魔法を使ってもヴァルハルティからどんどん魔力が流れ込んでくるので、精神力枯渇(マインドダウン)にならない。

 さながら永遠に魔法の反復練習を行っているような感覚だ。

 

「……おいおい、ほんとに倒しちまったぜ」

「凄っ……!」


 近くにいたアヴィスのおっさんとナーサが二人揃って狐につままれたような顔でこちらを見ていた。

 俺が視線を向けると、おっさんは額に手をやりながら困ったと言わんばかりに頭を振る。


「ったく、非常識にもほどがあるぜ。雨垂れ石を穿つを体現しやがって。普通はそんだけ低級魔法を連発できる魔力があればもっと上位の魔法を習得しているもんだ」

「だから、連発出来るのは今だけなんだって。ヴァルハルティから魔力が流れ込むのは、さっき大量に天魔(モンスター)を倒したからだし。ってか、普段は自分が触れてもどんどん魔力を吸い取られるんだよ」

「げっ……マジか。なんちゅう魔剣を作ってくれてんだ、あの爺さんは」

「それより、次の天魔(モンスター)だ。魔法が連発出来るうちにさっさと倒さないと」


 話す時間も惜しいとばかりに、俺は次のシャドーに向かって小石魔法(ペブル)を展開し始めた。

 魔力の練成、魔法の展開、射出という一連の流れに慣れてくると、より少ない時間でシャドーを倒せるようになる。敵の数がそこまで多くないのも幸いだった。俺の魔法が脅威だと気付いたシャドーたちが集まって来る頃には周囲との連携も上手くなり、二十、三十という小石魔法(ペブル)をあらゆる方向に放つことで相手の隙を生み、そこを俺より強力な魔法を持つ傭兵たちが狙い打ちする理想的な戦いが出来ていた。


「あと少しか」


 さすがにここまで来ると、最初は止めども無く溢れかえっていたヴァルハルティからの魔力注入もだいぶ収まりつつあった。この異常な魔法練習もあと少しだと思うとより一層集中力が増してくる。


小石魔法(ペブル)でも倒せるんだし、もっと上位魔法の使い手ならシャドーは余裕なんじゃない?」


 だいぶ余裕が出て来たナーサが俺の攻撃を見てそんなことを口にする。


「馬鹿抜かせ、嬢ちゃん。小僧の凄いところは魔法の連発で敵を怯ませて攻撃させないところだ。しかも相打ち覚悟で放ってきた特大魔法をあの魔剣が吸収してしまいやがる。だいたい、その辺にいる奴らの魔法でなんとかなるってんなら、お前らが来る前にとっくに倒しちまってるぜ」


 アヴィスのおっさんがそう言って未だ何体か宙をさまようシャドーを親指で示したその時であった。東側から突如その言葉を揶揄するような声が響いてくる。


「それはあまりにも我らをコケにした言い草だな、エパルキヴ。東門はとっくに終わったぞ。南門はまだのようだが」


 噂をすればなんとやら、やってきたのはアエティウスに率いられた魔道師ギルドの面々だった。


「ちっ……。こんな魔法じゃねえと戦いにならん戦場なんざ聞いてねえ。せめてこっちの剣が届く範囲にいろってんだ」

「だが、さきほど遠目ではあったが奴らを魔法で倒したのが見えたぞ。塵も積もれば、ではないか」

「ああ、それは俺じゃない。この小僧がやったことだ」

「ふむ。()()、あなたですか」


 アエティウスが探るような目つきで俺を見る。

 なんか疑われているような感じだ。


「魔法は魔道師ギルドの本分だろ? 俺たちが囮になるから頼んだぞ、アエティウス」

「フッ、任されよう。さっさと倒して戦線を押し上げねば市民に万一が起こるとも限らないしな」


 そう言ってアエティウスは後ろに控えていた魔道士たちに合図を送る。

 一気に火力が増した南門は次々と魔法が炸裂し始め、シャドーたちが四散していった。

 これでは俺のたいして威力もない小石魔法(ペブル)の出番は皆無だ。それに、まだ少し魔力が残っているけどアエティウスの傍で魔法を披露するのは危険な気がする。

 たまに飛んでくる黒い魔法をヴァルハルティで弾き返すことに専念しよう。


 ただそれはそれで、アヴィスのおっさんには不評だった。


「……ったく。小僧のその剣は反則だぜ」

「おっさんのシュリトも魔法をかき消してるじゃないか」

「俺のは魔力を使って防いでるんだ。小僧のとは根本的に違うわ」

「ふう、私にはどちらも規格外に見えるがね。まあ、なんにせよ二人がいると脅威だった化け物の攻撃が児戯に等しく見えるよ」


 シャドーの黒い魔法は俺とおっさんの二振りの剣で全てかき消され、後衛は安全に魔法を展開できた。そこにアエティウスの指示が加わり的確に魔法の放出が始まればもはや殲滅戦だ。残り数体となったシャドーたちはかなわないと見て大穴の方へ逃げてしまう。

 見れば西門のシャドーたちも同時に引いていた。おそらくリスドからの援軍が到着したのだろう。個としては脅威でも数で勝ればリスドの傭兵たちがそこまで苦戦する相手ではない。


 それに、二の門に居た奴らは正門で最後まで戦い続けた天魔(モンスター)とは根本が違う気がした。

 正門の天魔(モンスター)は空虚で何も感じなかった。

 だが、封印の間から出てきたであろう天魔(モンスター)には、心の機微、とまでは言えないかもしれないが、動物の持つ感情に似たものがある気がする。

 この差はなんなのだろう?

 だが猛獣に話が通じないのと同じで天魔(モンスター)に話が通じるはずもない。

 じいちゃんなら、何かを知っているのだろうか。


 俺はヴァルハルティを鞘にしまうと、ふうと大きく息を吐き出したアヴィスと視線が合い、お互い笑みを浮かべる。


「どうやら今回はなんとか凌げたみてえだな」

「市街地に被害が出なくてよかったよ」

「あくまで第一波を防いだだけだ。このまま済むはずなかろう?」


 俺とおっさんが勝利の高揚感に浸ろうとした所をアエティウスがズバッと一刀両断にする。


「ちっ、せっかく勝ったってのに余計なことを」

「早急に陛下と合流する必要がある。手を拱いていては我らは滅ぶぞ」

「少しは休ませろっ! さすがに疲労困憊だ」


 アヴィスとアエティウスが顔を突き合わせていがみ合っていたその時、西を眺めていたナーサが自嘲気味に二人へ話しかけた。


「どうやらその必要はないみたいよ」

「は?」

「ほら、西門から誰かこっちに走ってきているのが見えるでしょ? あれ、ユミスとターニャじゃない?」

次回は7月24日までに更新予定です。

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