第七十八話 竜の覚醒
1月11日誤字脱字等修正しました。
「よぉ、誰かと思えばカトルじゃねえか!」
「ええっ?! マジでカトルなのか?」
「イェルド! それに、フアンも!」
轡を並べ馬を走らせてきたのは俺がよく見知った二人組――イェルドとフアンのコンビであった。
二人はすぐに馬を降り剣を構えて天魔に対峙し始める。
「また逃げてくる奴がいるなぁと思ったら、まさかお前だったとはよ」
「お、お、脅かせんなよな! 不気味な剣持ってるから俺はまたてっきり新手の化け物が来たかと思ったじゃねえか」
「ははっ。援軍助かる……けど、よくこの状況がわかったね」
「フォルトゥナートの奴がついに尻尾を出しやがったんだ。となりゃ、奴さんがやるこたぁ一つ。幼い女王陛下への叛乱って相場は決まってるじゃねぇか。だから、アルフォンソ殿下……じゃなかった、アストゥリアス陛下に頼んで援軍を連れて来たんだ」
そういってイェルドは親指を後ろに向けてにやりとほくそ笑む。
「フォッフォッフォ。久しぶりじゃな、すーぱーるーきー」
「トム爺さん!」
やってきたのはギルドマスターを先頭にした傭兵ギルドの猛者たちであった。特に前を固める者たちは陽光の下でも光り輝く精銀の剣か盾のいずれかを必ず持っており、彼らが天魔ども相手に奮闘してきた様子が伺える。
その傍らには灰色のフードを被った連中が決まり悪そうに従っていた。
きっと臆面もなく助けを求めたのだろう。身に着けているローブには血やドロがベットリついており、激戦を潜り抜けてきた様子がうかがい知れる。
もしかしたら、彼らもまた事情を知らされていなかっただけの被害者なのかもしれない。
それにしてもカルミネの衛兵たちが大苦戦してる中、よく初見であるはずの天魔を手早く倒して合流出来たものだ。
さすがリスドの傭兵たちは普段から森の奥で猛獣相手に戦ってきただけのことはある。
「むむ? なんじゃ、レヴィアちゃんがおらんではないか! ……無念じゃ」
トム爺さんは俺の守っていた二人――ユミスとナーサの顔を見て、あからさまにがっくり肩を落とす。一緒に眉毛もあごひげも、耳たぶまで元気なく垂れているからレヴィアがいなくて本気で残念がっているようだ。
……何が悲しくてあそこまでレヴィアを求めるのかさっぱりだが、とりあえずリスドに居ないってのはわかった。
そしてそんなトム爺さんとは対照的に、二人を見ていつもの倍息巻く者がいた。――茶髪の馬鹿である。
「ちょっと待てい、カトル! てめえ、たった数日見ないうちになんでそんな可愛い子たちとイチャコラしてんだ?! コラ! ありえないだろ!」
「なっ?! お前、こんな状況で何言ってんだ?」
「まっ、まさか、カトル。お前、俺が長年の研究の末にようやく辿り着いた、恋の戦場理論をもう実践に移しているってのか……?!」
「……はぁっ?!」
「しらばっくれるんじゃねえっ! いいか、よぉく聞けよ! 男女の恋愛ってもんはな。出会い、そして過ごした時間がどれだけ心揺れるものだったかによって大きく感情の機微が異なってくるんだ。そして感情の振れ幅が一番大きいのがこの生と死の狭間を行き交う戦場――つまり、今てめえがまさにやっていることなんだよ!」
「ほほう、なるほどのう。ならばわしもレヴィアちゃんを戦場で格好良く助けたり出来れば、存外うまくいくかもしれぬ、ということじゃな!」
「ギルマス! この馬鹿のいつもの発作に付き合ってねぇで、頼むからやることやってくれ」
こんな戦場のど真ん中でも変わらないフアンには呆れるばかりだが、この馬鹿をうまく補佐するかのように、精銀の盾を持つ者が天魔たちの攻勢を防ぎ、その横を精銀の剣を持つ者が的確に攻撃を加えて行く。
そして遠距離からの魔法にはカルミネに敵対していたはずの魔道師ギルドの連中が一丸となって魔法を展開し、互角に押さえ込んでいた。
よくよく見れば、魔道士の中に見た顔がある。
ティロールで解放したロレンツォだ。
自分では魔法を使わず周囲の者への指示出しに専念している。敵をよく観察し的確に戦況を把握している統率力はなかなかのものだ。
「へへん。凄いだろう? カトル」
「なんでフアンが偉そうなんだ?」
「そりゃあ、俺がこの軍を指揮する最高責任者だからに決まってんだろ」
「はぁ?! なんでフアンが?」
「一応、こやつは国王の義理の弟じゃからのう。ちなみにわしはその補佐役兼お目付け役というありがたくもない立場に命ぜられて難儀しておる」
「そりゃ、災難だね」
「なぁっ!? 何言いやがる、カトル! 俺の方がよっぽど災難だっての! 俺は基本しがない青タグ傭兵だぜ? それが無理やり黒タグにさせられた挙句、カルミネに行けっていう強制ミッション。で、やってきてみりゃ、とんでもねえ怪物に襲いかかられるこの始末……。ほんと、これでカルミネの女王さんが美人じゃなかったら俺は何の為にこんなとこまで来たのかって話だよなぁ。……って、おい、聞いてんのか? カトル!」
馬鹿は馬鹿でしかないことを存分に示してくれた発言に、隣に居たユミスが小さく溜息をついた。
それでもなぜか機嫌が悪くなさそうだから不思議だ。
援軍が来て、最悪な状況を脱せられそうだからかな。
「おい、カトル!」
「ああ。フアンとイェルドに二人を任せて大丈夫ってことだろ? それでいい? イェルド」
「ん? ……ああ。ナーサの嬢ちゃんたちは任せろ」
「ふふん。カトルもわかって来たじゃねえか。女の子の事は俺に任せておけば万事オーケーだ! お前はその不気味な魔剣でさっさと敵を倒しにいけ」
「ああ!」
「あ、どーも、どーも、はじめまして。俺の名前はフアン=アラゴン。人呼んで愛の――」
フアンが早速二人に話しかけていた。さすがとしか言いようがない。でも、これで足かせなく思い存分戦える。……眉根を寄せこちらを睨んでくるナーサはちょっと怖いけど、きっとイェルドの奴がフォローしてくれるだろう。
二人をフアンに任せた俺はここぞとばかりにヴァルハルティへ魔力を注入し、ロックエレメンタルの攻撃を防ぐ傭兵たちの横から間隙を縫って突撃を敢行する。
周りより一歩前に出た俺は、当然一斉に天魔の標的にされるが、後ろを考えず避けるだけならば問題ない。そのまま動きの緩慢なロックエレメンタルの壁も難なく通過して後方に居るスライムども目掛けて突進して行く。
「ギ!? ギギッ!!」
慌てたゴブリンどもが集まって来るが、それさえ立ち塞がる壁にならない。俺の魔力を存分に吸ったヴァルハルティの糧にされ、道が開かれてゆく。
「おおっ!!」
その動きに後方から野太い歓声が上がった。だが、油断することなく俺は行く手を阻むゴブリンどもを切り裂いていく。
なにしろ、ヴァルハルティの剣身に触れると一瞬の閃光とともに天魔たちの身体は魔石に変化するのだが、それを見る他の天魔たちに全く躊躇する気配がないのだ。封印の間にいた連中には恐怖の感情があったが、目の前にいる怪物どもはまるで違う。さながらターニャの操る魔法人形の如く忠実に壁の役目をこなしている。
「うおぉおおおっ!!」
俺はソレらをただただ無心で壊していった。
何かを考えればそれが歩みを止めてしまう。だから感情さえも殺して前へ前へと突き進んだ。
幸いにして目の前のモノに感情の結露は見受けられなかった。いわばその辺の石ころも同然だ。だから気にする必要はない。
心の奥底で何かが疼く。だがそれを気にする余裕など今は欠片もなかった。
いつしか緑の壁が崩れ、大量のスライムが目の前に群がる場所に出た。
こちらへ一斉に放たれる魔法をヴァルハルティで薙ぎ払うと、そのまま転がり込んで懐に入り鏖殺する。
スライムどもはヴァルハルティが触れるだけで次々に魔石へと昇華していった。
いったいどれだけの数の敵が群がっているのかも分からない。剣を横薙ぎにするだけで迸る光に視界が遮られてしまう。
これだけ光ると後ろから見る分には閃光で何が起きているのか全くわからないだろう。
――なら、ちょうどいい。
俺はそのまま目をつぶると探知魔法を駆使して敵へ突っ込んで行った。
ヴァルハルティからは相変わらず拍子抜けするほど軽い手ごたえしか感じないが、自分の中の感覚が研ぎ澄まされているのか、目を閉じていても周囲の状況がはっきりと脳裏に描かれる。
(これは魔力……。前に4匹のスライムがいて、その隣にゴブリン、さらに後ろに12匹のスライム……)
ヴァルハルティで放たれた魔法を捌くと、そのままスライムをまとめて葬り去る。その間にも魔法がひっきりなしに飛んでくるのだが、最小限の動きでそれをかわし、前へ勢いよく飛び込んでそのまま一閃。ヴァルハルティがほんの少し掠めた程度でもスライムは霧散して行くので感触を確かめる必要はない。
かといって天魔を討ち漏らしているわけでもなかった。
それどころか、ヴァルハルティを通してその存在をより強く感じることが出来ている。
まるでヴァルハルティの切っ先までが自分の手足であるかのようだ。
剣を通して身体に魔力が流れ込む、そんな錯覚さえ感じる。
――精神が高揚していく。
剣からじいちゃんの力を感じるのはまやかしじゃない。
俺の芯にある竜族の力が共鳴し、剣の中の竜魔石と結合していくのだ。
その刹那、魔力が沸騰するかのような熱さに意識が飛びそうになるも、なんとか暴走を抑え込んで前を向く。
「あぁ……!」
思わずヴァルハルティを持ったまま両手を掲げ、全身から魔力を放出する。
なんという開放感。
全てを飲み込まんとする傍若無人な心に左右されそうになりながらも、全身に駆け巡る熱量を圧倒的な爽快感が駆逐してくれる。
これこそが竜族の力――。
今ならばなぜじいちゃんが大事に竜魔石を持っていたのかわかる。
魔石に込められた魔力に共鳴し、自身の力が何倍にも膨れ上がって行く感覚は何にも変えがたい。
本能の赴くままに攻撃を繰り返し、そして――。
気付けば、周囲の天魔たちの大半が灰塵に帰していた。
―――
「凄い……」
ナーサの声に反応して俺は後ろを振り向いた。
そこにあったのは、驚き、というよりも恐れに近い表情を抱く面々の姿であった。ユミスでさえ強張った顔でこちらを見ている。
「ははっ……、どうなってんだ? お前はよぉ……。途中から化け物が光りまくってまったく動きが見えなかったが尋常じゃねぇってことだけはわかったぜ」
尋常じゃない――。
そのイェルドの言葉に俺はやりすぎたことを今更ながらに気付く。
今もまだ握り締めたままのヴァルハルティが青白い炎を巻き上げていた。そこからどんどん魔力が俺の身体に流れ込んでくる。
これがこの剣の本来の姿なのだろう。竜魔石の剣などじいちゃんのコレクションでも見たことはなかったが、普段の魔力を求める姿はあくまで覚醒するまでの前段階。魔力に飢えた剣が真価を発揮する時、持ち主を最大限にサポートしてくれるのだ。
今なら俺の貧弱な四元素の魔法だけでも天魔に立ち向かえるかもしれない。
それだけに、この状況で皆に畏怖の念を与えたことは取り返しの付かない失態であった。
だがどよめきが巻き起こるその場に、彼女の淀みない声が響き渡る。
「カトルには私が最大限の身体強化を掛けている。これくらい出来て当然……!」
ユミスの声は若干震えていたが、それでも俺の味方をしてくれた。
もしかすると、ユミスも俺が剣を振るう姿に恐怖したのかもしれない。
それでもギュッと両手を握り締め、漫然と俺への不審を募らせようとする奴らを厳しく見据える。
「身体強化で、あのような強さを得られるなど聞いた事が無い――!」
誰が言ったかわからないが、そんな声が沸きあがる。
「まあ、カトルは元々めちゃくちゃ強えからなぁ。でも、嬢ちゃんが魔法を掛けたってのかい?」
「ん……そう」
「何を馬鹿な! ギルドの高名な魔道士の身体強化でさえ、せいぜいが馬の如き速さを得られる程度。それを――」
「ん……、ならもう一度見せる。私の最高レベルの身体強化を」
そう言ってユミスは瞑想を始める。
「え、なに? 彼女、さっき肩で息をしていたんだぜ? あまり無茶しちゃ、身体に障るんじゃないか?」
「ん? ほう……。これは……!」
「え、なんだよ。気色悪い声出して、なに興奮してんだ、爺さん」
「わからんのか? 黒タグ持ちの傭兵にしてはまだまだじゃのう、フアン」
「うっさいな。爺さんが無理やり黒タグにしたんじゃねえか」
「そんなことより、見よっ。これだけ純粋で強大であるにも関わらず綿密に制御された魔力など、早々お目にかかれるものではないぞ」
露骨にキミを守ってますアピールをしようとして無視されたフアンの隣で、トム爺さんが年甲斐も無く目を輝かせながらユミスの瞑想を見入っていた。
魔力の大きさがわかるって、今、魔法使ってなかったよな? まさかトム爺さんも魔法を使わずに魔力を感知出来るのか?
「カトル。ナーサ以外で、この中で一番信用出来そうなのは誰?」
「それならカルミネの傭兵ギルドのマスターであるイェルドを置いて他にはいないよ」
「ん……そう。あなたがターニャの言っていた新しいギルドマスターね」
「え? ターニャって……ま、まさかっ!? 嬢ちゃ……、いやあなた様は――!」
「身体強化!」
なけなしの魔力を使ったとは思えないとんでもない威力の魔法がイェルドの身体に飛んでいくと、柔らかな光が一瞬で全身を駆け巡る。
「う?! お、おおおおおっ!?」
イェルドが抑えられなくなった力に絶叫し、無駄にそこら辺りを駆け始めた。
身体は薄い魔力で覆われ、圧倒的な力がイェルドの肉体から迸る。
それとともにユミスの身体が崩れ落ちるのを俺は慌てて支えた。
「いくらなんでも無茶しすぎだ! 精神力枯渇寸前じゃないか、ユミス!」
「ちょっと! 私に掛けた身体強化より数段効果が上なんじゃない?」
「それは、当たり前……。カトルに掛けた身体強化には劣るけど、今の私で出来る最大限の魔力を与えたのだから」
そう皆に聞こえるように言った後、ユミスはニコリと笑った。
そしてそのまま倒れこむようにしつつ俺の耳に囁く。
「ごめんね、カトル。私まで怖がっちゃって」
「ユミス……!」
「でも、もう大丈夫。私だって、カトルを守るんだから!」
次回は7月10日までに更新予定です。




