第七十七話 窮地と希望
1月9日誤字脱字等修正しました。
「今のは……?」
何が起きたのか理解できず、ユミスが目を白黒させる。
「キルカ=キュリロス。魔道師ギルドの幹部の一人だ」
「ええっ?! アエティウスが危険って言っていた魔道士じゃない!!」
何も出来ず呆然としていたナーサが途端に表情を崩して悔しげに叫ぶ。
ユミスの話にのめり込んでいたのを自覚しているからだろう。敵の接近に気付くことなく、俺がヴァルハルティを繰り出した時も目を丸くして身構えていたくらいだ。
ただ、そんなナーサを責めることは出来ない。俺だって襲撃に気付けたのはほとんど偶然のようなものだ。なんで直感めいたものが働いたのかよく分からないし、キュリロスを倒せたのも咄嗟に突き出したヴァルハルティがたまたま奴の左胸を貫いただけに過ぎない。
奴の能力を鑑定魔法で調べてゾッとした。もしあの魔力で魔法を駆使されていたら、今の俺では太刀打ち出来なかったかもしれない。
「あんたが誰かの魔法でなんとかされるって、あまり想像出来ないんだけど……」
「そんなわけないって。俺に出来ることなんか跳ね返し魔法に毛が生えたようなものなんだし」
「……普通は跳ね返し魔法なんて出来ないわよ」
「ん、そもそもカトルのは魔法じゃないし、スキルで魔法を跳ね返せるのが、どれだけとんでもないことなのか分かってないんだから」
ようやく落ち着きを取り戻したユミスがナーサの突っ込みに便乗してくる。
「そう言われても俺はフォルトゥナートの奴にさえ翻弄されたわけだし、魔道師ギルド幹部の魔法に敵うとは思えないけどなあ。魔法レベルだって46もあったし」
「46?!」
「えっ……、なんでカトルが魔法レベルを調べられるの? この前やっと魔力がわかるようになったって言ってなかった?」
「ああ、なんか天魔に鑑定魔法を掛けてるうちに、レベルが上がったっぽいんだ。普段より魔力を吸い取られる感じはあったんだけど……」
そういやキュリロスを調べた時【スキル】レベルまでわかるようになってたから、また鑑定魔法のレベルが上がったんだろう。どういう理屈かさっぱりだけど、凄い成長スピードだ。
……って、あれ?
今、魔法を掛けられた?
「ん、ほんとだ。信じられないくらいカトルの能力が上がってる……」
「えっ?」
やっぱりユミスが鑑定魔法を掛けたのか。
前は気付かなかったのに今はなんとなくわかる……って、能力そんなに上がってるの?!
とりあえずユミスの話は置いといて自身に鑑定魔法を掛けてみる。
名前:【カトル=チェスター】
年齢:【19】
種族:【竜人】
性別:【男】
出身:【大陸外孤島】
レベル:【20】
体力:【1123】
魔力:【8639】
魔法:【18】
スキル:【76】
カルマ:【なし】
「……はいっ?!」
なんだこれ?!
【スキル】とか本当に調べられるのかな、と適当な気持ちで確認しただけなのに、しばらく見ないうちになんかいろいろとんでもない数値になっていた。
【魔法】と【スキル】は、一番能力が高いものの数値だろうから鑑定魔法と剣術のレベルで間違いない。
……カルミネに着いた時の鑑定魔法のレベルは14だったから、この短期間で4も上がったってことになる。
たいして頑張ってないのにどうして――。
いや、まさか……!?
「もしかして、ユミスも魔法レベルや魔力の能力が結構上がったりしてない?」
「ん……上がった」
ユミスがこくりと頷いたので確信する。
この飛躍の原因は天魔だ。
奴らに鑑定魔法を使った時おかしな感覚があったけど、気のせいじゃなかったんだ。どういう理屈かわからないけど、天魔を倒すと普通より能力が上がりやすくなっている。
「だけど、カトルの魔力みたいにとんでもなく上がったりはしてない」
「あ……うん。それは自分でも驚いてる」
【魔力】については唖然の一言。
前に一度確認したのはあの髑髏岩の空洞だった。誤って鑑定魔法を使ってしまい、龍脈に全てを吸い取られ薄れ行く意識の中、感じ取った魔力の能力は確か二千を超えたくらいだった。
それが、たった十数日でここまで成長するとは。
「昨日一日ぐっすり休んだら何の違和感もなくヴァルハルティを使えて、なんか調子良いなとは思ってたんだけど」
「前に確認した時の倍だし、調子の問題じゃなくて異常」
うっ……。
なんかトゲのある言い方だな。
そういや前に魔力の話をしたときもめちゃくちゃ不機嫌そうだったっけ。
もしかして俺の魔力が高いのを嫉妬して……って、それはありえないか。俺の能力なんて全体量が多いだけで仮初めもいい所だ。
油断さえしなければユミスならもっとスマートに、キュリロスの居場所を捉えていただろう。
なんとか竜族としての全力を出してギリギリ間に合った、ってのは裏を返せばそれが今の俺の限界でもある。
もっと魔力を制御出来ればやりようもあるんだろうけど、今の俺では質より量で目一杯魔力を展開するくらいしか対策を思いつかない。
おそらくキュリロスは探知魔法に気付いた上で、俺の位置からじゃ絶対に間に合わないと過信して突っ込んできたんだ。
人族の限界をはるかに超える動きなんて想像してなかったのだろう。
――だから、こんな幸運は今回だけだ。
フォルトゥナートは俺の正体に気が付いた。次に同じような状況になれば、俺はきっと後悔する事になる。
そう考えると受身じゃダメだ。
俺から探っても相手に気付かれないくらい魔力制御の練習をする必要がある。
だけど実際に能力上で数値の伸びを見ると、じいちゃんの修行方法が間違っているとは思えない。
……うーむ。
何か、両方いっぺんに出来るような画期的な方法ないかな。
「ん……、あの……」
俺がむーんと悩んでいたら、急にユミスがおろおろし始めた。
「カトル、あの、気に障ったんだったら、ごめんね? ほんとは、いつも助けてくれてありがとう、って言いたかっただけなの。私、天魔に炎の矢が効いて、調子に乗っちゃって……」
それまでの突っ込みの激しさはどこへやら、ユミスはしょんぼりしながら心配そうに謝ってくれる。
なんだか、そうやって素直にお礼を言われるとかえってくすぐったい気持ちだ。俺はその為にここに来たんだし、やっとユミスの力になれたという思いで自然と顔が綻ぶ。
「ユミスを助けられて良かったよ。もうこの近辺に敵はいない?」
「うん。探知魔法でも感知魔法でも近くに不審な影は見当たらないよ。だからもう、あそこだけ」
そう言ってユミスは前方に視線を向ける。
少し気持ちが明後日の方向に行きかけていたが、まだ城門では天魔相手に必死になって戦っているターニャやエジルの姿がある。
城門はまだ破られていないものの、天魔の圧力にゆがみが生じ、いつ破られてもおかしくない状況だ。
「なら、早く城門のターニャたちを助けに行こう。……って、自分の能力確認に躍起になってた俺が言うのもあれだけど」
「ん……。私も連続的に魔法を使ったから、ちょうどいい休息になった。話はまた後で」
「あーあ、二人とも鑑定魔法が使えていいわよね。……途中から全然会話に入れなかったじゃない」
俺とユミスが頷きあった隣で、ナーサが少しむくれている。
確かに鑑定魔法で能力が確認できないと何の話かさっぱりだよな。
「ん……ナーサなら、鑑定魔法も何とかなる」
「えっ、ほんと――!?」
「……かもしれない」
「な、何よその思わせぶりな発言は!!」
「まあ俺だって三年間必死で頑張ったら使えるようになったし、ナーサも血反吐を吐くほど頑張れば何とかなるんじゃね?」
「あんたは! 簡単に言わないでよね!」
ナーサは、はぁと大きな溜息をつきながら前を向いた。
「そんなことよりどうするの? あれ。私はまた同じようにあの塊を叩けばいい?」
「ん……、まず私が上空のシャドーを攻撃する」
そう言ってユミスは瞑想を始め、驚いたことにそのままの状態でゆっくり歩き出した。
瞑想で魔力を高めるには極限の集中力が必要だ。しかも、まだ城門まで1キロ近くある距離をずっと瞑想し続けるなんて、俺なら間違いなく魔力を暴走させてしまうに違いない。
だがユミスにとって、それはあたかも日常茶飯事であるかのようだった。ゆっくり両腕を前に突き出すと、優雅にさえ感じる魔力コントロールでいとも簡単に魔法を繰り出していく。
「炎の矢!」
俺なら完全に射程範囲外の距離を、炎の矢は空を切り裂き城門の上に群がるシャドー目掛けて突き進んでいった。
俺とは精密さも速度も威力も桁違いである。
燃え盛る炎の煌きはもはや矢と呼ぶのもおこがましい。
それは全てを穿つ槍となって、次々に黒い影を消し去っていく。
「う……ぉおおおっ!」
何が起こったかわからず沈黙が支配した城壁に、次の瞬間、耳を劈くばかりの鬨の声が鳴り響いた。
「陛下の魔法だっ!! 皆、気張れ! 陛下の魔法が化け物どもを粉砕したぞ!」
「おぉおおおーっ!」
ターニャの絶叫が辺りに響き、それに輪を掛けた喊声が周辺にこだまする。
……ぞくりとした心の奥底から感情が湧き立つのを止めることがない。
「ユミス、今度は探知と感知も疎かにしないで」
「ん、わかってる!」
なんとかそう言ってユミスを諭すが、どう考えても落ち着くべきは護衛をする俺の方だ。
……そう分かっていても、こんな光景を目の当たりにして平静でいられるはずがない――!
「はぁあああぁ―っ!」
俺に先んじて刀を振りかざしたナーサが前方へ駆け抜けていった。
どうやら気持ちは同じだったらしい。
俺もヴァルハルティを構えると、大地を蹴り、ナーサにあわせて敵陣の真っ只中に突っ込んでゆく。
「ギ?! ギギ!! ギャギャ、ギギギャ!?」
ゴブリンどもは完全に慌てふためいていた。物理耐性があるとはいえ、頭上から狙われる矢の雨を無視するまでとはいかず、手に持った盾は上を向いている。
そのがら空きの胴を俺たちは容赦なく切り裂いていった。
と同時にヴァルハルティへ魔力をどんどん込めていく。
切っ先は青白く光り、俺がその場で円を描けば、青の一閃が周囲にいた天魔を悉く霧散させる。
そんな俺たちの姿に勢いづいたのか、城壁の上からも魔法による攻撃が矢継ぎ早に降り注ぎ始めた。
そこをさらにナーサの刀が、俺のヴァルハルティが縦横無尽に駆け巡り、次々に天魔を滅していく。
――だが、それもほんのひと時の攻勢に過ぎなかった。
次第に混乱から抜け出していった天魔たちは、ロックエレメンタルを前衛にして、後衛のスライムを守るようにゴブリンが周りを固めて行く。
そうなると後方からの魔法は防ぎようがない。
「きゃあぁーっ!」
「ナーサ?!」
俺が紙一重の所をヴァルハルティで弾き飛ばすも、ナーサは避けることが出来ず直撃を食らって吹っ飛ばされる。
「大丈夫か!?」
「ぐっ……、へ、平気。鎧に当たった衝撃で一瞬、息が出来なかっただけ……」
見ればナーサの鎧が魔法の衝撃で溶けて爛れていた。
ただの水属性ではない。鉄をも溶かす強酸性なんだろう。
さらに連続的に魔法が飛んで来た為とっさにナーサを抱えて後ろにジャンプするが、あまりの数に衝撃だけで吹き飛ばされてしまう。
「さすがに、勢いだけで突っ込むのは無謀だったみたい」
なんとか立ち上がり刀を構えなおしたナーサは、大きく深呼吸すると敵の大群を見据える。
城門の天魔たちはそのまま門を攻撃する奴らと俺たちに目標を切り替える奴らとに分かれていた。
どうやらこっちの強さを脅威と認めたらしい。軽率な突撃も少しは意味があったようだ。
「これくらいやらないと敵を引き付けられなかったってことで」
「――正論だけど、あんたは無茶してバレないように気をつけなさいよね」
「うぐ……」
さすがに城門の近くで鎧姿のナーサを抱えたままジャンプって、悪目立ち過ぎたか。……まあ、城壁の衛兵たちからは歓声が上がってたけど。
「でも……助けてくれてありがと。やっぱりカトルになら安心して背中を預けられるね」
「えっ」
ナーサは頬を染めながらはにかむと、今度はその表情を隠すように踵を返してユミスの元へ戻っていった。
俺はその言葉に面食らうも、すぐ敵が迫って来てそれどころではなくなる。
……しかしユミスもナーサもなんで一度けなすのだろう。はじめから褒めてくれればいいのに。
感謝されるのは嬉しいんだけどね。
なんとも微妙な気分で突出してくる天魔を屠りながら、俺は次どうすべきかに頭を切り替える。
城門から多くの天魔を引き付けたはいいが、このまま数の暴力を前に真正面から対抗するのは俺はともかく二人には厳しいだろう。
ナーサはスライムの魔法攻撃に不安を残すし、ユミスはロックエレメンタルやゴブリンが力任せに来たら成す術が無い。
「せめて、あの後ろにいるスライムを何とか出来れば……」
だがそれはあまりに無謀なミッションであった。
さっきみたいに俺が回り込んでスライムに突貫すれば、押し寄せる天魔全てをナーサに任せることになる。到底一人で捌ききれる数ではない。
かといってこのまま防戦一方ではいずれ限界が来る。それに、いくらユミスの魔法でシャドーを駆逐したといっても、城門が敵の攻勢にさらされている事実は変わらないんだ。
……どうすればいい?
考えがまとまらず徐々に焦燥感が募っていく。
「カトル……!」
とうとう気がつけば、ユミスのそばまで戻って来てしまった。
連続砲弾で魔法を連発した為か、さすがのユミスも肩で息をしている。俺が撃ち漏らした敵をナーサがカバーすることで何とかなっているものの、このままでは確実にジリ貧だ。
「カトル! 囲まれたらまずいわよ!」
「わかってる!」
ナーサの声に苛立ちを隠せず叫んでしまう。
どうしてもロックエレメンタルにヴァルハルティが弾き返され、出来た隙を後方のスライムから魔法で狙われるので引かざるを得ない。
唯一の救いはロックエレメンタルがそこまで速くないというところか。たまに完全な球状になって猛スピードで転がってくるのだが、明後日の方向に行ってしまうので、壁役がなくなり前に出たゴブリンを倒す事が出来ている。
だが、それも焼け石に水だ。
俺たちはじわじわと城門から追いやられ、いつしか西側の森林地帯が見える場所まで後退させられていた。
その時――。
「あ、れ?」
突然、ユミスが素っ頓狂な声を上げる。
「西に逃げた人たちが凄いスピードでこっちに……!」
「っ?!」
俺はスライムの遠距離魔法をヴァルハルティで弾き飛ばしながら、すぐさま探知魔法を西へと展開する。
確かに、結構な数の影がこちらに駆けて来ていた。しかも凄い速さだ。馬にでも乗っていなければありえないくらい……。
「――馬!?」
それに気付いた時、俺の脳裏には確かな確信が芽生える。
「西だ! ユミス。西へ行こう!」
「え……?」
「なっ、何言ってんのよ、カトル! 逃げたのって、シュテフェン軍の残党でしょ?! ただでさえ大変なのに、シュテフェン軍まで相手にしたら――」
「大丈夫! 来てるのはシュテフェンの奴らでも魔道師ギルドの連中でもない」
西へと活路を開き見据えた先には、果たして、馬に乗ってこちらへと駆けて来る見知った連中の顔が並んでいた。
「最高の、援軍だ!」
次回は7月1日までに更新予定です。




