第七十三話 崩落、そして脱出行
12月24日誤字脱字等修正しました。
怒りに任せて全速力で飛ばしたおかげで、考えていたよりはるかに早く空洞を駆け抜けることが出来た。
「もう戻ってきたのであるか?! とんでもない速さなのである!」
ヴェルンドは目を丸くしていたが、今はそれどころではない。そんなただならぬ気配を察知したのかヴェルンドはそのまま跪き、ユミスの言葉を待つ。
「ヴェルンドは今すぐに王宮に戻り、出来るだけ急いで全員を三の門……いや、二の門まで避難させて」
「ははっ。……は? 今、なんと?」
「問答している暇はないの。事は一刻を争う」
「むむっ……畏まった。だが陛下はどうするのであるか?」
「私はカトル、ナーサの二人とこのまま予定通り地下水路を抜ける」
「それは……」
「これは女王としての命令。事情は後でわかるとアエティウスにも伝えなさい」
ヴェルンドは何か言いたそうであったが、それを飲み込み黙って頷くと全速力で駆け出して行った。
「さあ、私たちも行こう」
ヴェルンドの姿を見送ることもなく、ユミスはすぐに下水路へ向かう隠し通路へと走って行く。
ナーサは隣で唖然として聞いていたが、俺がユミスの後を追うと慌てて付いて来た。だが不満がありありと表情に出ている。
「ちょっと、何がどうなっているのよ? ちゃんと説明してくれるんでしょうね、カトル!」
「待って、話は後。カトルに治癒魔法を掛ける」
追いかけてきたナーサが文句を言い掛けるが、すぐにそれを遮ってユミスは魔法を展開し始めた。
ぼんやりとした光に包まれていろんな感情が抜け落ちていき、ようやく頭がはっきりしてくる。
うん。
どうやら俺は相当視野が狭くなっていたらしい。苛立ちも収まってやっと冷静に振り返ることが出来た。
こうして実際に回復効果を実感してみると、相対的に奴の魔法がいかに脅威だったか思い知らされる。
反射魔法だっけ?
ラドンが使っていたような魔法がないと、悔しいけど奴と直接対峙するのは危険だ。跳ね返しのスキルは自分が認識できないと発動出来ない。
「治癒魔法って……、奥で何があったの?」
「フォルトゥナートが、いやフォルトゥナートの姿をした敵がいたんだ」
「はい?」
俺の言葉にナーサの顔が一段と険しくなる。
「カトル、それじゃ言葉が足りてないよ」
「あ、そうか。えっと、まあとにかく、そのフォルトゥナートに知らないうちに何か魔法を掛けられていて……」
「カトルは敵の魔法で状態異常にさせられたの。カトルの魔法耐性は総じて高いから、私も油断してた」
うまく説明が出来ない俺に代わって、ユミスが奥で起こったことを簡潔に話してくれる。
空洞の奥で封印を破るべくとんでもない数の異形が自らの身体を犠牲にして壁を削っていたこと。
突如現れたフォルトゥナートに俺が魔法を掛けられたこと。
そしてフォルトゥナートの口から王宮が崩落すると告げられたこと。
「じゃあ、この水路一帯も危険、ってことじゃない!」
「だから私が行くの。私ならどれだけ入り組んでいても、魔法で一人残らず感知出来るから」
迷路のような地下水路をユミスは先頭に立ってずんずん進んでいく。王宮側の水路だけでなく市街地の下水路も含め、確かに経路は全て把握しているようだ。
兵を率いていたヴァリドをあっという間に見つけると、すぐに二の門へ避難するよう告げる。
「はい? 陛下は本気で言ってるんですかい?」
いきなり突拍子もないことを言われヴァリドは目を白黒させる。
今の今まで守っていた場所を捨ててさっさと逃げろと命令されてもそう簡単に納得出来るはずがない。
だが、その時――!
ゴゴゴゴゴ……
突然、唸り声のような音とともに大地が揺れ始めたのである。
慌ててしゃがみ込むも一向に地震は収まりを見せない。それどころかどんどん揺れが大きくなり、皆の顔に絶望の色が浮かんでくる。
このままでは地下水路ごと崩れ、生き埋め……。
そんな悪夢が頭を過ぎり始めた瞬間、不意に立ち上がったユミスが両手を掲げ凄まじい魔力を放出し始めた。
「ユミス!?」
「……まだ、大丈夫。この揺れ自体、魔力を原因としているから、私の魔法でも対抗出来る。でも、そんなに長くは持たないかも――」
ユミスの言葉に崩落の危険性を実感したヴァリドはごくりと唾を飲み込み、一転してすぐ退却を指示する。それを待っていた衛兵たちは皆、地下水路から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「これで、全員?」
「うん。もう地下には誰も……敵もこの揺れで逃げたみたい」
「それは好都合だけど、どうする? 俺たちもいったん逃げるか?」
「いえ、このまま水路を突っ切る」
「はぁ!? 何言ってるのよ、ユミス! ここが崩れるかもしれないのにどうして――」
「そこまでは絶対に魔力を持たせるっ! 私を信じて!」
「……っ?!」
取り乱し気味だったナーサもユミスの必死な形相に、落ち着きを取り戻したようだった。
「わかった……。カトルもあまり動揺していないみたいだし、任せる」
そう言いながら俺の方をちらりと見るナーサは若干呆れ顔だ。ユミスの無茶に毎回良く付き合えるわね、って言われているような気がする。
まあ、俺たち三人が逃げるくらいなら何とかなるって高を括っているだけなんだけどね。
「それにしても、なんだかユミスの喋り方、変わったわね」
「え、と、そんなことない」
「ちなみに孤島に居た頃はもっと普通だったよ」
「う……ん……」
「なるほど。あのつっけんどんな喋り方は、やっぱり作っていたわけね」
「うう! つっけんどんて」
「でも今の方が全然いいじゃない。私も一応貴族だからお淑やかな喋り方を練習したけど、肩が凝ってしょうがないわよね」
ナーサの素直な返しにユミスが顔を赤らめた。
俺も今の方がユミスらしくて良いと思う。低い声で無理やり威厳を出そうと頑張ってるユミスも面白……可愛かったけどね。
ってヤバッ……。ユミスがこっちを睨んでる。
「それより時間がないなら急ごう。俺が二人を抱えて走ろうか?」
ユミスの視線に慌てて話題を切り替えると、ナーサがビクッと反応した。
……どうやらシュテフェンの時の事はまだトラウマのようだ。
「ん……まだ王宮に人が残っているし、カトルの背中だと魔法に集中出来ないから、魔術統治魔法の範囲を出るまではこのままで。ただ範囲外に出たら、その時はお願い」
「了解」
「……わかった。私も覚悟を決めておく」
揺れが続く中、ユミスは両手を掲げ魔力を放出しながら先を急ぐ。
きっと王宮はバケツをひっくり返したような騒ぎになっているはずだ。どの辺りまで影響があるのかわからないが、きっと王都中でこの揺れは継続しているだろう。
そして、この地下水路の様相もなかなか酷い状況になっていた。
「なんか、凄い有様だね……」
走りながらも見受けられるのは、辺りに散らばった武具の数々だ。
「当たり前じゃない。地下でこんな凄い揺れに遭えば、重い武器や鎧なんて投げ捨てて全力で逃げ出すわよ」
「いや、でも一応魔法があるだろ? 土属性を駆使すれば生き埋めなんて早々――」
「ユミスの魔法で魔力が制限されてるのよ? どうやって魔法を使うのよ」
「いや、魔力150を超えてる奴は結構いたはずだぞ」
「それって、魔石を体内に取り込んだ魔道師ギルドの幹部連中でしょ? いつまでも後方の奇襲部隊に居ないわよ」
そんな話をしながら走って行くと、不意にズーンという音とともに大きな揺れが響き、一瞬立っていられなくなる。
「こ、これって……!」
「まだ、崩落までは行ってない……。でも、もうすぐ魔術統治魔法の範囲外に出るから、ちょっと魔力が全体には行き渡らなくなって来た、かも」
「そろそろ本当に危ない……?」
「う、ん……。もう王宮に人は残っていないから、カトルにお願いしてもいい?」
「ああ、任せろ!」
「なら魔術統治魔法を解く。凄い衝撃が来るから気をつけて」
「了解。道順だけ教えてくれ」
「ん……任せて。最初はそこを左、ね」
俺は例の如くユミスを背負い、左手でナーサを抱えた。
ナーサは何か言いたそうだったけど、諦めて俺に身体を預けてくる。
「お願いね、カトル」
そう言って、ユミスが大きく息を吐く――その瞬間だった。
ドンッ!
何かが爆発したような、とんでもない振動があたりに響き渡ると、一気に突風が背中越しに突き抜けていく。
「う、わっ!」
思わずよろめいてしまうほどの風をなんとか堪えるも、その後から土埃が舞い、さながら竜巻の中にでも入り込んだかのような圧が身体に襲い掛かる。
「ちっ……」
俺はすぐさま風属性の魔法を足で展開し、勢いを殺すと左の通路に入り込んだ。
だが、風もまた出口を探して猛然と追いかけてくる。
「ユミスっ、この先は?」
「ずっと真っ直ぐ!」
「了解!」
そう話す間にもブッブッブッブッというはじけ飛ぶような音が周囲の壁からこだまし、大きな亀裂を作り上げていた。
もはや一瞬の躊躇も許されない状況に俺は神経を研ぎ澄まし全力で道を駆け抜ける。
天井が崩れ出し土埃で視界が遮られるが、こういう時こそじいちゃんから学んだ魔力の使い方だ。右手、右足、左足と魔力を駆使して魔法を展開していけば、土埃程度なら俺でも風属性や土属性の魔法でなんとでもなる。
「突き当たり右!」
「ああ!」
「次も右!」
「よしっ!」
ユミスの指示で先の道を急ぐと、やがて直線上の先に日の光が差し込む場所が見えて来た。
いつの間にか隣を流れていた下水路もなくなっており、土を掘っただけの洞穴になっている。ボロボロと左右の土塀が崩れていたが、ここまで来ればあと少しだ。
そう、ほんの少し気が緩んだ時だった。
「崩れる!」
突如ナーサの怒鳴り声が響いて俺は咄嗟に身体を右に逸らす。直後、大量の土砂が雪崩落ちてくるのが垣間見えるも、後ろを振り返っている余裕はない。
「くっ……あと、ちょっと!」
目前に太陽の光が広がっている。最後、俺はその中へ身を投げ出すようにダイブした。
眩しい光に目が眩み、白さの中で何も見えない――。
だが、それは洞窟から抜け出せたことを物語っていた。倒れこんだ地面にはむき出しの土ではなく雑草の類が生い茂っている。
「ふう……何とかなった、かな」
どうやら無事、地下水路を抜け出すことに成功したようだ。
背中と左手で感じられる感触に自然と笑みがこぼれる。
俺はうつぶせのまま右手を握り締め、安堵の息を吐くのだった。
次回は6月18日までに更新予定です。




