第七十一話 封印されしもの
12月21日誤字脱字等修正しました。
ことここに及んで奴らは散らばって逃げ始めた。それを追い、一つも逃がさないよう切り倒して行くのだが、すでに影が数体かなり上へ舞い上がっている。
俺がジャンプすれば届かなくもないけど、ヴェルンドの前でそんなこと出来るはずもない。
どうしようか悩んでいると、影は下水路の方には向かわず封印の間の奥へと逃げて行く。
「ユミス! あの先はどうなってるの?」
奥は細く狭い通路が下へ向かって続いているのだが、その先は薄暗くて何も見えなかった。影がするする逃げていくのを追うかどうか迷っていると、ユミスがヴェルンドと共にこちらにやってくる。
「待って、カトル。あの通路の奥はここよりもっと大きな空間が広がっているの」
「照明魔法を使ってもいい?」
「カトルは魔力を多く使うからダメ。私が掛ける」
そういってユミスが照明魔法を展開すると、入り組んだ先に大きな光が飛んで行って奥を照らし始めた。
「魔力の制御が大変……」
ユミスが肩で息をしているのを見て、俺だったら巨大な火の玉が飛んでいっただろうと冷や汗をかく。
前に空洞でマリーが探知魔法や照明魔法を使っていたけど、もしかして彼女はとんでもなく魔法制御が上手なんじゃないだろうか?
……めちゃくちゃ練習してそうだもんな。
「逃げて行く影が数体いるのである。だが、それ以外は特にこれといって変わったところはなさそうなのであるな」
「はぁ?! 何言ってるのよ、とんでもなく変じゃない! なんでこんなただっ広い空間が、地下で崩れもせず存在してるわけ?!」
「……特別な場所だから?」
「それだけじゃ説明にならないわよ!」
ナーサは目を見張り声を荒げていたが、俺にはこれこそ見慣れた光景であった。
封印の間だけだと狭いとは思っていたんだ。髑髏岩の洞窟の奥に広がる場所とほぼ……いや全く同じ大きさだ。
もはや龍脈なのは疑いようもない。
「待って……。あの奥の壁、揺れてない?」
照明魔法の光がどんどん奥に進んで辺りを照らし出すにつれて、何もない広大なスペースの奥の壁が見え出し、それが小刻みに揺れ動いているのがわかる。
音が響いて来ないのに壁だけ振動している様はなんとも不気味な光景だ。地殻変動であれば岩石の削れる音でもするだろうに、それこそ逃げゆく影のように意思を持ってユラユラ蠢いているようで薄気味悪い。
「ユミス。やっぱりこれって――」
「大丈夫。封印はまだ解けていない。6月に一時的に封印が解けた時はあまりの勢いで魔術統治魔法が弾き飛ばされたけれど、今回は違う」
「あ、そうなの? それなら良く……はないか。封印も解けてないのにあんなのが湧いて出たってことだよね?」
「……それをこれから調べる。この先は魔術統治魔法の効かない範囲だから」
そう言ってユミスは照明魔法を奥に放つ。
ちょうど逃げる影を追って行くように辺りを照らし出していくが、どうやらこの先にこれ以上緑色の生物や影は見受けられない。もっといるかもしれないと思っていたので、ホッと一安心する。
ただ隣でヴェルンドは眉を顰めた。
「さらに奥へ行くのであるか? これだけ広い場所だと約束の刻限に間に合いませぬぞ」
そういえば、俺たちはアエティウスの立てた作戦行動中だった。ここで時間を費やしていては敵の進軍に間に合わないかもしれない。
「ん……前来た時は壁は揺れていなかった。その原因を調べないままには出来ない」
「むむ。確かにそれは必要である、か。万が一、あの壁の揺れを引き起こしているのが伝承に出てくる巨人族であれば人族同士で争っている場合ではないのである」
「ちょっと! 怖い事言わないでよね。ただでさえ変な生き物を見たばかりなのに」
「フン、臆したか? 小娘。我輩はあくまで可能性の一つを述べただけに過ぎないのである」
「それでも!」
「ん……もし、そうなら皆を王都から避難させないといけない」
「……」
ユミスがあまりにも真剣に言うので、ナーサとヴェルンドは押し黙ってしまった。軽口を叩きたかっただけかもしれないが、二人とも宙に視線を泳がせているあたり本音は違うのだろう。
伝承の存在に、心のどこかしらで恐怖を感じていてもおかしくはない。
「とにかく急ごう。もう少し近付けば状況がわかるだろ」
ここが髑髏岩の洞窟と同じ広さなら、端の壁までは結構な距離になる。急がないと戦場に間に合わない可能性は高い。
――俺だけ走るならそんなに時間が掛からないのにな……。
そう思っていたら、ちょうどユミスと目が合った。
どうやら同じ事を考えていたらしい。こくりと頷くと二人の方へ向き直る。
「ヴェルンドとナーサは封印の間に戻っていつでも行動出来るよう待機して欲しい。私はカトルに身体強化を掛けて、おんぶしてもらう」
そう言ってユミスがえいと俺に飛び乗ってきた。胸当て越しに爽やかなユミスの髪の香りが漂ってくる。
「むむっ……、二人だけでは危険なのである」
「いや、さっきのアレならヴァルハルティがあれば問題ないよ。どっちかと言えば時間の方が重要じゃないか?」
「ううむ。それはそうなのであるが……」
ヴェルンドは難色を示したが、シュテフェンの行き来で俺の走りを知ってるナーサは苦笑いを浮かべながら溜息をつく。
「ふぅ……わかった。戻って下水路の方から誰か来ないか見張ってるわ」
「ぬおっ、見張りも大事なのである。……仕方あるまい。小僧、陛下を任せたのである!」
「ああ、任された! ユミス、身体強化を」
「ん……」
俺がヴァルハルティを鞘にしまうとユミスは身体強化に見せかけた照明魔法を展開する。制御が利かないのかそれともわざとなのか、かなり大きめの光が身体にまとわりついてちょっと暑い。バレないかヒヤッとしたけど、ヴェルンドは何も言わないのでたぶん誤魔化せたのだろう。
「少しは加減してね」
二人に聞こえないよう呟くユミスに苦笑しつつ、俺は再びヴァルハルティを掲げる。踵を返す二人を尻目に、ユミスのご希望に沿うべく若干ゆっくり目に奥へと走っていった。
―――
しばらく走ると、空中をユラユラ蠢きながら逃げていた影を射程にとらえる位置まで追いついた。
「どうする? ジャンプして倒しちゃうか?」
「うん、任せる。私はギュッとしがみ付いていればいい?」
「ああ。落ちないように気をつけて」
二人きりになると、とたんにユミスが女王としての殻を破って接してくれるようになった。
その何気ない変化が結構嬉しかったりする。
そういえば二人きりってほとんどなかったよな。
でも今はその喜びをかみしめつつ、目の前にある脅威を振り払わなくてはならない。
そう考えるとなんとも鬱陶しい限りだ。早くやっつけてしまおう。
俺は一応振り返ってヴェルンドが居ない事を確かめると、天井に当たらないように気をつけながらジャンプして影にヴァルハルティを突きつけた。まさか俺がこんなに高くジャンプ出来るとは思わなかったのだろう、残りの影の動きが忙しなくなるが容赦はしない。バラバラに放たれる黒の魔法をささっと振り払い、ジャンプを繰り返して他の影も倒してしまう。
ふう、と一息つく頃には辺りに影は全て消えてなくなり、倒した数の魔石が地面に落ちて転がっていった。
「小さな魔石にしか見えないけど、何か違いがあるのかな? 持ち帰って鑑定魔法で調べるべきか」
「大丈夫。もういくつか拾ってある。空間魔法で確保済み」
さすがユミス。仕事が早い。
「私も気になっていたの。たぶん、さっきのがおじい様の封印したモノなんだって思ったから」
「結局なんなんだろうな、アレ。魔力だけで出来てるっぽいけど、意思があって、切ったら魔石が出てくるなんてわけがわからないよ」
「ん……もしかしたら伝承に出てくる魔族、かもしれない」
「えっ……、あれが? でも魔族と人族は魔力的に大差ないんだろ?」
それはラドンが言ってたことだ。
『魔族は千年を越えるはるか昔に存在したとされる種族だ。その全てが魔力を有していたのであろうが、決して魔力に優れた種族であったわけではない』
『機会があればアルヴヘイムに行ってみるといい。妖精族の百科事典によれば人族と魔族の括りに大差などないのがわかるであろう。妖精族どもにとってみれば、魔族も人も魔力の少ない種族の一つに過ぎんであろうからな』
……どういう意図があってあんな発言をしたのかはわからないけど、一つだけ確かなのは妖精族より魔族の方が魔力が少ないとラドンが断言していたことだ。
あれだけ魔力まみれだったモノが、妖精族――俺が思い当たるのはエーヴィだけど――より魔力が少ないとは思えないんだけど……。
「ん……と、身体が魔力で出来ていたとしても実際の魔法は大したことなかったでしょ? それに人だって魔道具を使わなければ、素養はあるっておじい様が言っていたし」
「なるほど、そう捉えることも出来るか……」
「あ、でも実際、魔族かどうかは別にいいの。それより私はヴェルンドの持っていた普通の剣だと攻撃が通じなかったのにカトルやナーサの剣だと倒せたってところが気になって……。もしあの生き物が伝承に出てくる敵なら、たぶん魔法が有効なんじゃないかな?」
その言い方でピンと来る。
「……魔道具?!」
「そう。昔の人は魔道具の恩恵で魔法を得て、それで何とか敵に立ち向かえるようになったわけでしょ? あの敵ならそれまでの人族が苦戦していたって言うのも頷けるし」
背中越しにユミスが若干興奮しているのがわかる。
言われて見ればもっともな話だ。
「……なんかいろいろ繋がってきた気がする。なあ、ユミスは昔じいちゃんとカルミネの国王が喧嘩別れした原因て魔道具だったってのは聞いた?」
「うん、それは私も白竜様に教えてもらったよ」
「せっかくじいちゃんが脅威を封じたのに、それでも人族が魔道具を手放さないことを選んだってんなら、じいちゃんが嘆いて大陸を離れた気持ちもわかる気がするんだ」
じいちゃんは可能性を狭める選択を極端に嫌う。
影響が大きすぎるから色々誓約で縛っているけど、実際は頼めば大抵の事は条件付けで許してくれるし、じいちゃん自身も他の保守的な竜族と違ってとても行動的、というかやりたい放題だ。
リスドでマリーを連れまわして食い倒れていたのは記憶に新しい。
「でも、実際にあんなのが出てきたら、いくら魔法を使えたとしても普通の人族じゃ太刀打ち出来ないんじゃないか?」
「ん……そうね。街の人だと危険かも」
「これ以上、いないといいんだけどさ。でも、あの壁の揺れの原因が奴らだったらどうする?」
「そうでないと願っているけど、もし本当にそうだとしたら……」
ユミスは言葉を飲み込む。
俺もあえてそれ以上は聞こうとしなかった。
口にしたら現実になってしまうのではないかという恐怖に苛まれたからだ。
「もうすぐね……」
長かった空洞の終着点が目の前に迫りつつあった。
近くで見れば、はっきりと震えが視認できるほど壁が大きく揺れている。
ただ、それだけで特に何もない。
空洞側からだとよく分からない以上、壁の向こう側を調べる必要がある。
「どこだ……?」
ここまで来るのに全長は少なく見積もって10キロ以上。この距離感覚も髑髏岩の洞窟の空洞と全く同じものだと考えれば、ここにもあるはず――。
「……あった」
探していたものは少し端へ行ったところにあった。狭い洞窟のようになっており先へと続いているのが遠目にも分かる。
髑髏岩の空洞の時は、奥に続いていたのは地の底からマグマが湧き出る地獄のような世界であった。
だがここは火山ではない。
方角的に北西の山側へ進んでいたとはいえ、髑髏岩の空洞のような惨事にはなっていないだろう。どちらかと言えば、あの変な生き物がこの先に巣くっているのではないかという懸念の方が強い。
「あったって、何が?」
ユミスが訝しげに問いかけて来る。
……あれ?
ユミスはここを何度か調べたんじゃなかったっけ?
「え? 奥へ続く道、だけど」
「……なんでこんなところに道が?!」
「いや、モンジベロ火山の空洞も奥に道があったよ。今まで気付かなかったの?」
「知らない――! 前に来た時には絶対にこんな道はなかった!」
「じゃあ、最近出来たってこと? って、どう見てもそんな感じじゃないけど」
奥へ続く道はきちんと整備された石造りのもので、相当に年季が入っていた。とてもここ一、二年で造られた類のものではない。
ユミスは強張った顔で先へと続く道を見据えるが、俺としてはとりあえず一面マグマとかではなくてホッとする。
そしていつでもユミスを抱えて逃げることが出来るよう心構えをしつつ、狭い通路を先へと進んでいく。
「……空気が、違う」
「そうだね」
ユミスの張り詰めた声に俺は軽く頷く。
たぶん、龍脈を抜けたんだ。
まだ魔力の影響は抜け切ってないけど、ここならたとえ鑑定魔法だったとしても変に魔力ごと意識を奔流に持っていかれないはずだ。
「待って。あそこ、広間に出る……!」
ユミスの言葉に頷き、恐る恐る通路から様子を伺った。
そして――。
次の瞬間、俺は目の前に広がる光景に声を失い、ただただ愕然と眺めることしか出来なかった。
「あ、ああぁ……!」
ユミスの乾いた声が痛々しい。
それはまさに悪夢としか言いようがなかった。
絶望的なまでの数の異形が全ての魔力を壁にぶつけ、次々に霧散して魔石と化していたのである。
次回は6月7日までに更新予定です。




