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第六十九話 決戦前

12月17日誤字脱字等修正しました。

「敵軍は魔道士を除いても千を優に超える大軍であるのに対し、我が軍は傭兵ギルド・魔道師ギルドを合わせても五百に満たない寡兵です。まともにぶつかれば勝ち目はありません」

「いきなり身も蓋も無い発言をするな!」


 開口一番、シニカルな笑みを浮かべ他人事のように答えるアエティウスに、ヴァリドが容赦ない突っ込みを入れる。

 封印の間で見かけないと思ったら、こんな所にいたのか。


「ヴァリドは調子良さそうだね。どこにいたの?」

「うん? 俺は下水路の警戒に当たっていたからな。お前やジャンは大変だったようだが……って、ヴァリドじゃねえって言ってんだろ!」


 ヴァリドは声を荒げるが、下水路で魔道士を迎撃していた割には元気そうだ。


「下水路に居たならフォルトゥナートが来ただろ?」

「ああ、それは何度も聞かれたが来なかったぞ」

「ええ!? あいつ、間違いなく下水路の方へ逃げて行ったのに!」

「オズヴァルドだけでなく他の衛兵たちも見なかったと言っている。どんな魔法を使ったのかは知らんが、封印の間から逃げたフォルトゥナートの姿を見かけた者はおらんのだ。それより――」


 横から口を出してきたアエティウスが、その話題は済んだとばかり再びユミスに向き直る。


「現在地下水路は陛下の魔法で安定しておりますが、警戒をゼロにするわけにも参りません。ただこの部屋と連携を密にすることで、なるべく少人数で対応することが出来ましょう。私とこの“鉄壁”に任せて頂きたい」


 アエティウスの言葉にユミスは小さく頷く。


「そして城門の守備ですが、エパルキヴとエジルに任せるしかありません。欲を言えば、それぞれに魔力に長けた副将をつけたいのですが、適役がエヴィアリーゼ殿しか思い当たらないのです」

「アエティウスが行けばいいんじゃね?」

「私はここで全軍の状況を見守り指示を出す。それが最も効率が良い」


 俺の言葉にアエティウスの目がギラリとこちらを睨む。

 余計な事を言うなという怒りの視線だ。


「魔力なら、私かターニャね」

「ユミス!」


 唐突なユミスの言葉に俺は驚いて目を見張る。

 だが、その発言にアエティウスは首を振った。


「陛下には敵の魔道士たちを一手に引き受けて頂かなくてはなりません」

「はぁ?!」

「カトル、静かに」


 俺はアエティウスのさらにとんでもない発言におもわず大声を上げたが、ユミスから静かにするよう諭された。ユミスに言われれば口を噤むしかないが、いくら魔力があるからと言って最前線に行くのを促す発言に納得できるはずがない。

 

「ティロールでは遠距離からの魔法攻撃を前に城門があっさり崩れ侵入を許したと聞き及んでおります。無論、それを加味した市街戦に持ち込む方が有利働く場合もございますが――」

「それはダメ!」

「陛下ならばそう仰ると思っておりました。ならば正門の守備は陛下にお任せしましょう」

「なら、エジルの副将はターニャに任せるの?」

「いえ、公女閣下にも別の作戦をお任せするつもりです。副将には少々体力的な心配はありますがベネデット殿にお願いするしかありませんな」


 では宜しくお願いします、と頭を下げて管制室に戻ろうとするアエティウスをユミスが呼び止める。


「……待って。ターニャに何を任せるのか教えなさい」


 その言葉にアエティウスは苦笑いを浮かべると、一つ大きな息を吐いて厳しい視線を向けた。


「公女閣下にはジャン殿が回復し次第、起死回生の一撃を敵に与えてもらいたいのです」

「……どういうこと?」

「隠しても陛下にはすぐわかるのでお話しましょう。ただ、その他の者も他言無用を厳守してください。それは……」


 アエティウスの作戦を聞いたユミスは、一瞬驚いたように口を開け、すぐにギュッと唇をかみ締めると、ゆっくり首を横に振る。


「その作戦をターニャに任せるわけにはいかない。それこそ私が率先して行うべきものだから……!」




 ―――



「まったく……、休養が必要だったのなら最初からそうおっしゃい! 元気そうに見えるから勘違いしていましたよ」

「あ、ははは……」


 マリアの説教にもはや乾いた笑いしか出ない。起こしたのはあんただろう、という突っ込みは飲み込むしかないようだ。

 アエティウスの作戦をユミスが受けることになった結果、護衛の俺は万全を期すため後宮へ戻ることになった。眠気自体はほとんどなくなっていたが、魔力を回復させるには睡眠が一番効率がよいからだ。


「そんなに眠くないんだけどね」

「カトルは熟睡魔法(サウンドスリープ)があるでしょ?」


 そう呟くユミスがくすっと笑う。

 ……マリアに怒られる俺が面白かったらしい。


「敵がまだ来て無くて良かったわね」


 ナーサもニヤニヤしていて、なんともばつが悪い。


「叛乱軍の本隊はまだアヴェルサの町に滞在しています。どうやら湿地帯を先に制圧して後顧の憂いをなくしてからやってくるのでしょう。……悔しいですね。先に一軍を派兵出来ていればそう簡単に突破させなかったものを」


 そう言ってマリアは大きな溜息をつく。

 湿地帯は道が狭く大軍を一気に通過させることが出来ない為、進軍には相応の警戒が必要だ。それを見越して敵は先遣隊を出しこちらから手出しをさせないようにして万全の態勢を整えていた。

 伝令によればすでに湿地帯を抜けたカルミネ側に数十人単位の陣を築きつつあるとの報告があり、もはや手の打ちようが無い。

 貴族たちの叛乱もカルミネ側に反撃の暇を与えなかったという点で意味があったわけだ。なぜアヴェルサの牢にいたはずのフォルトゥナートを使って封印の間に攻め入って来たのかは謎だが、時間を稼ぐ目的はすでに達成していた。


「遅くとも明日の夕方までには態勢を整え、全軍で押し寄せてくるでしょう。魔力が完全に回復していないなら、さっさと寝て英気を養いなさい」


 マリアのお説教じみた言葉に俺は素直に頷いた。そして洗浄魔法、乾燥魔法で汚れを落とすと、布団に包まりすぐに熟睡魔法(サウンドスリープ)を展開する。今回は目覚まし魔法(アラーム)は無しだ。ぐっすり寝て魔力を全快しなければならない。

 しばらくすると魔法の効果が出てきたのか、マリアのお説教が遠くに聞こえるようになる。

 なぜ今日初めて会った相手にあれだけ小言をつらつらと並べられるのか不思議だが、そこまで嫌な気がしないのはこちらの心配をしてくれているからだろう。

 ユミスの傍にそういう人が居てくれたことに安心しつつ、この後に備えてゆっくり休むべく意識を奥深くに押しやっていった。




 ―――



 目が覚めると部屋は薄暗くなっており、周りには俺と同じように休んでいる衛兵以外は誰もいなくなっていた。その休んでいる者の数もほんの数人で、ほとんど皆回復して前線に戻っているようだ。

 どうやら相当の時間、俺は眠っていたらしい。全く眠気を感じないってのも久しぶりだ。

 時計を見れば8時を示している。十分に休んだ事で、魔力も体力も完全に回復していた。やっぱり仮眠では本質的な疲れは取れないんだと痛感する。

 とりあえず部屋の外に出てみれば、後宮全体で人が少なくなっていた。本来はユミスとターニャの私室があるだけだから、野戦病院みたいになっていたさっきまでが異質なのだろう。


「カトル。やっと起きたの」


 俺が渡り廊下の所まで来ると、ナーサが立っていた。ユミスの傍を離れてここで番をしているのだろうか。


「ナーサ。ユミスは?」

「管制室に行ってる。ヴェルンドが付き添いだから平気よ」


 どうやら今後の方針をアエティウスたちと練っているらしい。ナーサはその間、俺の護衛をつとめていたようだ。


「それにしても全然人がいなくなったな」

「皆、ほとんど歩けるようになったからね。これでも多いって、ユミスは言ってたけど」

「しかし、腹減った。そういや全然メシ食ってない」


 サーニャの店で豪華な晩飯食べてからずっと戦ってるか寝てるかだった。疲れて寝ちゃったけど、朝昼と食事を抜いてるんだから腹が減って当然だ。


「ええっと……、そうなるのか……」


 なんだかナーサが不審そうな顔をこちらに向けてくる。


「結構寝ちゃったからね。お腹も減るでしょ」

「結構どころじゃないって。丸一日寝てたんだから」

「……はい?」

「何を驚いてるの? 今は朝の8時よ。……あんた、もしかして夜の8時と勘違いしてた?」

「……」


 俺はあまりの事に固まってしまった。

 どうやら後宮の灯りは魔法で調整しているらしい。薄暗かったから勘違いしてしまった。

 昨日も結構寝たはずなのにそこからさらに丸一日寝てるって、どれだけ俺は疲れてたんだ?


「あっきれたぁ。あんた自分でも気付かないくらい寝るなんて、どれだけネボスケなのよ」

「……グッ」

「まあ、いいわ。それよりお腹すいてるんでしょう? ユミスに会う前に、マリアさんに言って食事を用意してもらいましょう」


 そう言ってナーサは階段を下りて使用人たちのいる部屋へと向かって行く。


「この辺て、貴族たちが寄り付かないってイェルドが言ってた区画だよな」


 初めて王宮に連れて来られた時、裏手から入って歩いた場所だ。炊事場や食堂、リネン室などといった部屋がある区域だが、そんな所に貴族のマリアがいる姿が思い浮かばない。

 だが、それを聞いたナーサは呆れ顔で俺を見てくる。


「あんたねえ、ユミスがこの国の女王という認識が欠落しすぎよ。本来、貴族ではない者がおいそれと話しかけることさえ出来ない存在なのよ?」

「……おお」

「私もこの国がどんな感じか詳しくは知らないけれど、ユミスやターニャの側で仕える使用人が貴族でも何もおかしくないわ」

「なるほどね」


 そんな話をしていたら使用人が働く区画に辿り着く。

 ふと見ればマリアが忙しく立ち回っているのが見えた。

 全てを下働きにやらせているのかと思いきや、自身でも食器などを片付けている。その姿だけを見ると店でサーニャがあくせく働いているのとそれほど変わらない。洗練された動きは全然違うけど。


「ああ、やっと起きましたね。陛下がご心配なさっていましたよ」


 こちらを見つけたマリアが近付いてくる。


「マリアさん、カトルに何か食事を用意して頂けないでしょうか?」

「丸一日何も食べないでよく寝ていられると感心していたのです。準備は出来ておりますが、今は戦時下。大したものは食べられませんよ」


 そう言いながら出てきた食事は非常に美味しいものばかりであった。


 オーブンで焼かれたパンには冷えて固まったままのバターがまぶしてあり、それが熱で溶け出すとなんとも香ばしい匂いが漂っている。そのまま食べると塩味の中にどこかしら甘みが感じられ、さらに用意されたいちごのジャムと合わせればより一層甘みが引き立ち口の中でとろける。


 スープはクルトンのみが入ったシンプルな見た目だったが、飲めば肉や魚、野菜の味が凝縮したまろやかな舌触りの一品で、こんなものはサーニャの店でも出てきたことが無い。パンとあわせて食べてみれば、溶けたバターと口の中で絡み合い、これもまた絶品だ。


 メインの肉は牛肉を赤ワインで煮込んだブラサートと呼ばれるもので、一度焼いてある部分の歯ごたえが残りつつ、噛めばとけてなくなるほどに柔らかくなった肉のうまみが一気に口の中に広がってくる。お腹がすいていたこともあって肉を次から次へと頬張るが、すぐになくなってしまう食感が言いようもないほど爽快であった。


 締めのデザートは林檎とオレンジの果実煮だ。

 トマトスープをベースに林檎とオレンジの果肉が所々浮いているのだが、絶妙な味わいの甘酸っぱさがすっきりとした後味でなんとも心地よい。


 俺にとってはご馳走以外の何物でもなかったんだけど、普通はこれ以上に豪華な食事が出るらしい。

 少しだけユミスの生活が羨ましくなる。その分、苦労も多いんだろうけど。

 そんな感じで俺が非常に満足して食事を終えた頃、ヴェルンドを伴ってユミスがこちらに歩いてくるのが見えた。

 ただ、なぜかユミスは口をへの字に曲げ不満そうだ。


「私もカトルと食べたかったのに」

「いつ起きるかわからない者を待つために食事を遅らせるなど、陛下にさせるわけには参りません。それに朝から夕食のような重い料理を召されるのはお腹にも優しくないでしょう?」


 どうやら、この料理はユミスが俺が起きた時の為に残してくれたものだったようだ。感謝の言葉をユミスに伝えると、少し機嫌が直ったのか微笑んでくれる。


「カトルはもう動ける?」

「ああ、お腹も膨れたし体調も万全」

「ん……それなら後宮へ戻ろう」


 ユミスの言葉に三人とも頷いた。

 これからのことを考えると自然と身が引き締まる。

 俺はゆっくりと椅子から立ち上がると、ユミスの後に従って歩き始めた。

次回は5月25日までに更新予定です。

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