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第六十八話 戦いの後

12月16日誤字脱字等修正しました。

「ほんま、いきなり敵がババッていなくなったもんやからびっくりしたわ。まさか、連中が隠し通路から封印の間に向かっていたなんてな」


 後宮に戻る途中、螺旋階段のところで慌てふためくターニャたちと出くわし、魔道師ギルドの連中がどういう経路で現れたのか、状況を知る事になる。

 どうやら連中はフォルトゥナートの危機を知って突然渡り廊下から姿を消したとのこと。ヴェルンドなどはしばらく呆気に取られたままその場に立ち尽くしていたらしい。


「キュリロスとかいう魔道士の魔法に押されっぱなしやったからな。ヴェルンドが体張って耐えとったけど、あと少し遅かったら突破されとったかもしれん」

「そのヴェルンドは?」

「ボロボロやから後宮のベッドで寝かしつけられとる」


 後宮に着くと、そこはさながら野戦病院のような惨状だった。

 魔力を奪われ自力で立てない者が何人も床に寝転がされている。その僅かな隙間を使用人たちが忙しなく介護に動いていた。衛兵や傭兵たちの周りには鈍い光を放つ魔石が等間隔に置かれており、それが回復を早めているらしい。一時間ほど寝ていれば立って動けるまでに回復する者もちらほらいるとの事で、交代で寝かしつける作業が行われていた。

 その間にも螺旋階段から次々に負傷者が運ばれてくるので騒然とした様子は一向に収まらない。しばらくはこの状況が続きそうだ。

 そんな中、ヴェルンドは痛々しい姿をさらけ出して部屋の中央に横たわっていた。魔法で負った火傷や切り傷の処置を懸命にされており、文字通り身体を張って渡り廊下を守っていた様子が伺える。


「フン。この程度の傷、我輩にはなんということもないのである!」

「わわ、今、動かれては困ります!」


 ヴェルンドがくわっと目を見開き起き上がろうとするのを、傍で看護していた女性が驚いて押さえつける。


「ただでさえ皆てんてこ舞いなんやから、おとなしくしぃ!」

「申し訳ないのである……」


 ターニャに怒られてしょんぼりするヴェルンドを後ろでエジルが笑っていた。だがターニャの視線はエジルにも向かう。


「今動ける奴で衛兵に指示出せるのはエジルしかおれへん。わろとる場合やないで」

「はっ!」

「地下水路の守り、それから王宮内の警備と、三の門、二の門との連携を回復させて、日が上るまでになんとか迫り来るシュテフェンの軍勢を城門で待ち受ける準備を整えなくてはならへん。やることは山積みやで」

「ははっ! 仰せの通りでございます!」


 ターニャが早足で歩く後ろをエジルが続いて行く。

 現状動ける者が夜明けまでの防備に回され、今休んでいる者が回復し次第、前線と交代する運びとなっていた。

 そして激戦を勝ち抜いた俺たちは最低限魔力が回復するまで休むよう言い渡されている。

 他にもアエティウスやアヴィスのおっさんが同じ部屋に寝転がされていたのだが――。


「は、母上! 僕は大丈夫ですから、母上は公女閣下の所へ――」

「あなたは何を言っているのです!? ここでおとなしくしていなさい! (わたくし)に大丈夫と言っておきながらのこの体たらく。よろしいですか? あなたはランベルティ家の跡継ぎで侯爵となる身なのですよ。それを戦線に立った挙句、敵の首級を上げる間もなく倒れ、衛兵に助け出されるとは……!」

「は、母上。そ、それ以上はおやめください。ここには陛下が、それに元とは言え将軍位の者も――」

「黙らっしゃい!」

「は、はいぃ!」


 同じく部屋で休むよう言われたジャンの元に現れたのがジャンの母マリアであった。母、という割にはとても若く、色白で少し上の姉と言われても何らおかしくない美しい女性だ。

 その母に服の着付けから、髪の手入れ、普段の行いの指導までされてジャンは顔を真っ赤にしている。最初は抵抗していたようだがやがて何を言っても無駄だと悟ったのか渋々されるがままになっていた。


「あの女君は素晴らしい才女と聞く。どうやら“双剣”もタジタジのようだ」

「くっくっく。ティロールの美しき女聖騎士の名は俺も聞き及んでいたが、良き母君ではないか、“双剣”」


 おっさん二人がほくそ笑みつつからかっていたが、もはやジャンの目は死んだ魚のようだ。

 そんなマリアの小言を子守唄代わりに俺は目を閉じる。

 魔力がほとんど残っていないので熟睡魔法(サウンドスリープ)目覚まし魔法(アラーム)も使えず起きれるか心配だったが、後の事は心配せず休むよう言われれば仕方ない。

 さっきターニャが言ってた入り組んだ地下水路の守りも、城門間の連携も俺には難しいしね。

 ジャンの悲鳴にも似た声をちょっとだけうるさいと思いながらも、しばらくすると深い眠りに落ちていた。




 ―――



「カトル……ねぇカトル……」


 心をくすぐるような優しげな声に、まどろみながらうっすらとまぶたを開ける。


「ユミス……もうちょい」

「ダメよ。いっつもそう言ってぜんぜん起きてくれないじゃない」


 ユミスの声を聞いていると、もう一眠りしたくなるほど心が穏やかになる。

 幸せな気分だ。

 この感じだと結構な時間寝れたっぽいけど、こういう時こそ二度寝が最高に心地よい。

 そう思ってうとうとしていたら突如として雷が落ちる。


「陛下! いつまでこのような甘ったれを自由のままにさせているのです?! あなたもさっさと起きなさい!」

「うえっ?!」


 怒声と共に何らかの魔力が身体を刺激し始め、俺は慌てて飛び起きた。

 見れば眉を吊り上げ怒りの形相のマリアがそばに立っている。その後ろでは哀れみの表情でこちらを見据えるジャンの姿があった。


「宜しいですか、陛下! かの者がいくら陛下のお気に入りであったとしても、それでは周囲に示しがつきません。それですから心無い者の謗りを受けるのです」

「むう……、カトルは特別!」

「特別であってもです! このような有事にいつまでも寝ている者に陛下の護衛は務まらないと思う者が出てもおかしくないでしょう?!」


 なんだか俺のせいでユミスが怒られている。

 どう考えても二度寝しそうになった俺が悪いのでさっさと立ち上がると、ユミスの横に言って現状の確認につとめた。

 ……マリアの説教をこれ以上聞きたくないというのも大いにあるが。

 ユミス、ナーサと俺はそのまま後宮を出て、渡り廊下の方へ向かって歩いて行く。


「敵は先遣隊を地下水路に送るのを諦めて、アヴェルサの町で全軍が集まるのを待って進軍を開始するみたい。さっきアエティウスが言ってたわ」

「そのアエティウスは?」

「王宮の管制室よ。王都全てを網羅できる場所のようだから嬉々としていたわ」


 ナーサの言葉に俺は少し安堵の息を吐く。

 地下水路からは封印の間や王宮のみならず、王都の至るところに通じているので、安易に侵入を許すわけに行かないのだ。奪還に成功したのなら一安心である。


魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)の礎を仮復旧させたからもう大丈夫」


 ユミスが少し誇らしげに答えるのを微笑みながら軽く頷く。


「じゃあ、あとはシュテフェンの奴らの侵攻を止めるだけか?」

「ん……それだけじゃ解決にならない。封印の間の維持に協力してもらわないと」

「協力、ね」


 封印の間は髑髏岩の洞窟と同じ龍脈だった。

 違いがあるとすれば、そんなに広くはなかったというところか。奥に通路も見えたので先があったのかもしれないが、少なくとも空洞が延々と広がっていた洞窟とは様相が異なっている。


「魔道師ギルドの連中も一度はあの場所を見たんでしょう? 何で協力しないなんて選択肢が出て来たのか不思議だわ」

「ん……フェリクスは協力的な意向を示していたけれど、魔道師ギルドは大きな犠牲を払ったから」


 半年前の聖夜祭、魔道師ギルドの連中は封印の間で魔力を暴走させ自爆する羽目になった。だが、封印の間へ行かなかった者たちにはそれが王宮の敵意と映ったらしい。なんとも皮肉な話である。


「それにしても、魔力が暴走する場所なのに、それを逆手に取った行動よね。魔石の魔力を解き放つなんて、わざと封印を解こうとしているみたいじゃない」


 なぜこんなことをしたのか理解出来ないとばかりに、ナーサは額に手をあて頭を振る。

 確かにフォルトゥナートの取った行動は奇怪なものであった。

 あの場を支配するなら貴族やシュテフェンの魔道士たちと協力すればよかったのに、すべてを駆逐するべく竜魔石の魔力を放出させた。今も奴の近くで倒れていた者たちは意識が戻っていないという。アヴィスのおっさんの剣――シュリトの魔力に守られていた一部の者だけが動けるのみだ。

 言ってしまえば、シュテフェン側からしたら千載一遇のチャンスを逃したことになる。

 そう考えると、フォルトゥナートの行いは、まるで意に染まないもの全てを断罪するかのようだった。

 魔道師ギルドも一枚岩ではないということかもしれないが、もしユミスが協力を望むならその辺りに希望を見出すしかない。


「ん……、どちらにせよもう魔石は割れてしまったから封印に使えないし、魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)だけではそんなに長期間持たせられない」

「なら早めに他の解決策を模索しないとな。とっととこんな争い終わらせて」

「うん!」


 俺の言葉にユミスは強く頷くと、少し歩調が早くなった。

 じいちゃんに会う為にもこんなことで時間をくってる場合じゃないんだ。


 それに気になることが他にもある。

 封印の間に行くまでの竜族(カナン)だけを狙う罠の存在だ。

 ユミスも全く気付いた素振りがなかったのであえて何も言わなかったが、やっぱりどう考えてもおかしい。

 誓約を知る者があの罠を施すはずがない。

 だが、誓約を知らない者がどうやってあの場を訪れ、しかもあれほどの罠を張り巡らすことが出来たのか。

 これだけは絶対じいちゃんに確認する必要がある。


「それで、カトルの魔力は回復したの? 例の魔石を預けたいんだけど」


 俺が考えに没頭していたらナーサが話しかけてくる。


「魔力は……、自分でも良くわからないんだ」

「はぁ?」

「結構、回復したような気もするんだけど、完璧ってわけじゃなくて。まだぼんやりしてるっていうか、魔力の戻りが遅いっていうか」

「……ほんとだ。けど、カトルの能力(ステータス)も上がってる」

「えっ?」


 ユミスが俺に鑑定魔法を掛けたらしく、なぜか眉を顰めている。

 ってか、今、全然ユミスの魔法に気付かなかった。

 頭がぼんやりして感覚が戻っていないせいか?


「カトルの魔力は回復途中みたいだけど……もう少し寝てる?」

「いや、ユミスは行くんだろ? ならついて行くさ。ユミスが大丈夫なら、代わりに魔石をお願い出来る?」

「ん、いいよ」


 ユミスが小さく頷き、ナーサから魔石を受け取って空間魔法でしまいこむ。

 ……本当はもうちょい寝たかったけど、これ以上マリアの小言を聞きたくない。内緒だけど。


「魔力、奪われたりとか平気?」

「収納魔法と違うから大丈夫」


 自分で使えないから良くわからないが、収納魔法と違い空間魔法だと竜魔石の影響を受けないらしい。

 たぶん、この辺の機微が分かれば俺も空間魔法を使いこなせるんだろうなと思いちょっと悔しい気持ちになる。そのうちユミスに教えてもらおう。

 それならと俺はついでにヴァルハルティも鞘ごとしまってもらい、使い慣れた剣をまた腰に下げる。


「空間魔法、便利よね……」


 どうやらナーサも同じ気持ちになったらしい。その言葉にちょっとだけ得意そうにするユミスがおかしかった。

次回は5月21日までに更新予定です。

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