第六十二話 魔剣ヴァルハルティ
12月9日誤字脱字等修正しました。
「な……!? そ――」
「ああ、よいよい。そう不思議そうな顔せんでも主が今、思っていることくらい想像つく」
俺は突然そんなことを言われ動揺を隠せずしどろもどろになる。だが、それを一笑に付して老師は酒を呷り始めた。
「ほれ、鞘じゃ。急ぐのじゃろう?」
「え、あ、ああ」
「おお、それからな。魔法はしばらく使わぬ方がよい。主は今ギリギリの精神力で立っているからの」
老師にそう言われ軽く瞑想を試みると、少し眩暈がしてよろけそうになる。
「うわっ……、何だコレ?」
「剣に魔力を捧げたのじゃ。そう簡単には回復するまいて」
俺は漠然とした喪失感を覚える中、今度は身体を少しずつ動かしてみた。
……ちょっとクラクラするけど、魔力を使わなければ問題なさそうだ。
傍で老師が酒を呷りながら笑みを浮かべていた。
まるで全てを見透かされているかのようだ。
……むう。
まあ、いい。
老師の事も気になるけど今は後だ。とにかくすぐに王宮へ向かおう。
「剣をありがとう。老師もゆっくり休んで」
「ほっほ、よいよい。久方ぶりの大仕事で滾らせてもらったからの。地中族の血が騒いだわい」
「地中族――?」
「わしとの出会いを気にすることはないぞ。ではな。神の愛し子殿に宜しくの」
「なっ……?!」
ヤム、って老師はじいちゃんの事を知っているのか?
そのまま部屋のドアを閉められ、俺は一人呆然と佇む。
「――はっ?! こんな事をしている場合じゃない!」
俺はもう一度自分の手にした剣――ヴァルハルティに視線を向けた。
暗がりの中、鞘の隙間から青白い輝きが薄っすらと漏れ出ている。じいちゃんと自分の魔力が混ざったような、なんとも不思議な感じのする光なのだが――悪くない。これがあれば戦っても目を引くのは剣そのものだろう。
「急ごう」
俺は再び馬に跨ると王宮へ向けて進み始めた。
探知魔法を使えずユミスたちの事が気になりはするものの、不思議と焦りはない。
ナーサがユミスを守って戦っている。
その事実が心をこんなにも穏やかにしてくれる。
「え、カトル?! 何でこんなに早いの? まさかあの耄碌ジジイ――コホン、ミーメ老人は武器を作れなかったのかしら?」
傭兵ギルドの近くまで来ると、部下の者をてきぱきと指示していたエーヴィがこちらを見咎めてきた。
一瞬、エーヴィの黒い面が垣間見えたけど気にしないでおく。
「そんなことないよ。ほら、これ」
「え……?! なに、その神々しい魔力は!!」
俺が剣の鞘を見せただけで、エーヴィはもの凄い勢いで食いついてきた。
そういや、エーヴィは魔力の質がわかるんだっけ。
「老師が仕上げてくれた魔剣ヴァルハルティだ」
「凄い……。はっ――!? そ、そうね。なかなかの出来栄えだわ。もちろん私たちエルフ族にはもっと素晴らしい鍛冶師がいるけれど、闇妖精族も技術は衰えていないようね」
口では微妙そうな事を言いつつ、エーヴィの視線は一向に剣から離れないでいる。老師への対抗心から褒めたくはないがこの剣の凄さには心を奪われるといったところなのだろう。
しかしこれでエーヴィが老師に敵意を向ける理由がわかった。
老師たち地中族も大まかな括りで言えばエルフ族と同じ妖精族だ。だが実際、地中族は闇妖精族と呼ばれ、エルフ族の含まれる光妖精族とは一線を画す。同じアルヴヘイムに住んでいるのに、闇妖精族と光妖精族はお互い対抗心を燃やして日々争っているのだ。
じいちゃんによれば、信奉するものの違いから根本の価値観が乖離し相容れない存在になったとのことだが、同じ妖精族だけあってどちらも人族を凌駕する魔力を持ち優れたスキルを有しているなど共通点が多い。
それに普段はいがみ合っていても、いざアルヴヘイムに危機が訪れると鉄壁の団結力で敵を駆逐するそうだから、これぞまさに同族嫌悪といった所だろう。
エーヴィには口が裂けても言えないけど。
「それで、なんでエーヴィは俺の後ろにいるわけ?」
なぜかエーヴィは後の事を近くにいた青年に託し、俺の馬に跨ってきた。
確かギルドに傭兵たちが押し寄せた時ジャンの傍で奮闘していた敏腕職員だ。今もてきぱきと指示を出し、戦場から逃れてきた貴族街の人々に目を配っている。
「ギルドや二の門の脅威が去った以上、後の事はリベラートに任せて私も前線で戦うべきでしょう?」
口ではそんな風にのたまっているが、彼女の視線は俺の腰に掛かった剣に釘付けであった。なんのかんの言って、この剣の凄さを間近で見たいだけなんじゃないか?
それってジャンと同じ――。
「いいから早く行きなさい!」
「はいぃ」
理不尽。
そう思いながら俺はエーヴィの指示で開いた二の門へと馬を急がせようとして、その刹那、耳元で悲鳴が上がる。
「え? わわっ。ど、どうなって――」
あ、そうか。ユミスの敏捷強化が掛かっているって言うのすっかり忘れてた。
あまりの勢いに振り落とされそうになったエーヴィが必死にしがみ付いてくる。
……エルフ族特有の森の爽やかな香りがした。
ちょっとだけ恥ずかしい。
「そ、そうか。陛下の身体強化ね。……信じられない威力だわ」
エーヴィが後ろで感嘆の声をあげる。
まあ、シュテフェンからアヴェルサまでたった半日で疾駆出来たくらいだからな。その効力は凄まじいものだ。
エーヴィが驚いている間にも馬は貴族街を抜け、三の門へと足をすすめる。
「エーヴィは探知魔法か感知魔法って使える?」
「ええ、両方使えるわよ。あら、カトルは使えないのかしら?」
「探知魔法は使えるんだけど、鍛冶屋で魔力を使いきっちゃって精神力枯渇寸前なんだ」
「精神力枯渇?! ミーメ老人ではなくあなたが?!」
そりゃあ、普通はそういう反応になるよね。
「いや俺自身、剣に魔力を注ぎこむのに集中してたから、老師に魔法を使うなって言われるまで精神力枯渇寸前なんて気付かなくてさ。でも実際、瞑想しようとしただけで目眩がするから本当なんだろうけど」
「……あきれた。普通は精神力枯渇寸前だと満足に動けなくなるのよ」
「前にも精神力枯渇で死にそうになったから、耐性でもついたんじゃないかな」
「なぁっ……?! 死にそうって、あなた……」
どうやらエーヴィに盛大に呆れられてしまったらしい。
まあ、そんなこと言われても精神力枯渇かどうかなんて自分じゃ良くわからないから仕方がない。
とりあえず動ければいい。後はなんとでもなる。
「――よし、とりあえず三の門に着いた、って門開いてるからこのまま素通りして王宮に急ごう」
王宮さえ取り戻せば三の門の防備は不要、とアエティウスあたりが判断したのだろう、三の門に人影はない。
「王宮の中の様子を調べられる?」
「え? あ、そうね。今、調べてみるわ。……ダメね。ここからだと誰の影も引っ掛からない」
「少なくとも一階フロアには誰もいないってことか」
「中に入ってから地下を調べてみましょう」
探知魔法は同じ階なら魔力や魔法レベルに応じて結構な区間探る事が出来るけど、高さについては一律3mほどしか効果がない。そのため違う階を調べるには幅・奥行きの軸と高さの軸を反転する必要が出て来る。
俺より探知魔法に精通していそうな妖精族のエーヴィが一階に誰もいないと言う以上、ユミスたちはすでに封印のある地下へと向かったに違いない。
俺たちはクリスタルで彩られた雅な玄関口を駆け抜けつつ、最大限の注意を払って王宮の正面フロアに降り立った。だが、そこに広がるあまりに閑散とした光景に毒気を抜かれてしまう。
「本当に、人っ子一人いないね……」
「何が起こっているのか、想像もつかないわ」
最悪の想定もしていたのだが、血の匂いもなく戦いの痕跡さえ見当たらないとは思わなかった。
ヴァリドが言っていた、何人かの貴族が縛られていたっぽい縄が散見する程度。
……本当にここで叛乱が起きたのか?
「真下。数百という影が密集しているわね」
不意に下へ目をやったエーヴィが眉を顰める。
「数百?! 演習場か?」
「いえ、もっとずっと下よ。う……なにこれ、凄い魔力が――」
「?! 感知を切れ! 意識が飛ぶぞ!」
「……っ!? グッ……」
自分でもなぜそうしたのかわからない。
俺は咄嗟にヴァルハルティを抜き放つと、剣身の面をエーヴィの首筋に押し当てた。
剣身に触れた瞬間、身体ががくんとよろけるもすぐに魔力が戻り、剣にさらなる力が宿っていく。
その俺の挙動をエーヴィは息さえもせず、呆然と見やっていた。俺に切り殺されるのではないかという恐怖から顔が硬直したままだ。
その刹那――、急激に膨れ上がった魔力がエーヴィに襲い掛かる!
魔力の奔流に全く対処ができず意識が遠のきそうになるエーヴィだったが、間一髪ヴァルハルティが押しとどめた。
膨大な魔力が一瞬のうちに吸収し尽くされる。
「あ……、うあ……」
エーヴィは口をパクパクさせて放心状態であった。
まさかこれほどの魔力が一挙に襲い掛かってくるとは思わなかったのだろう。あと少し魔力を断ち切るのが遅れていたら本気でヤバかった。
もう断言できる。
王宮の地下にある封印は、髑髏岩の洞窟にある龍脈と同じものだ。
あの時の俺は瑣末な鑑定魔法だったから助かったとじいちゃんは言ってたけど、今回は魔力に長けた妖精族のエーヴィだ。最悪のケースもありえたかもしれない。
「私は……生きてる……?」
「大丈夫だ。ヴァルハルティが魔力を拭い取ったよ」
「――っ」
俺の言葉を聞いたエーヴィの目から大粒の涙が零れ落ちた。そして自身の身体を抱きしめ打ち震える。
途方もない魔力が身体中を駆け巡ったのだ。
恐怖にさいなまれてもおかしくない。
……それにしても。
俺は相棒となった魔剣を眺め見る。
エーヴィが対処出来ないような凄まじい魔力をあっさり自分の物としてしまった。それだけでも驚くべきことなのに、まだヴァルハルティは魔力を求めている。
使い手である俺でさえ剣に触れただけで魔力を吸い取られそうになった。
老師は慎ましやかな剣とか言ってたけど、とんでもない。一歩間違えばそこら中の魔力を奪いつくしそうな勢いだ。
確かにこれなら、俺が多少無茶をしたとしても周囲の注目はこの魔剣に注がれるだろう。
「動けるか?」
俺は少しエーヴィが落ち着いたのを見計らって問いかけた。
ショックで精神的に参っているなら仕方ないけど彼女を置いて進むしかない。
だがエーヴィは気丈にも立ち上がって笑顔を見せる。
「大丈夫。それどころかなぜか魔力が充実しているのよ。なんだか身体中に魔力が満ちてふわふわして落ち着かないくらい。その魔剣に凄い量を吸い取られたはずなのにね」
どうやらエーヴィもこの魔剣の凄さを実感したみたいだ。
「助かったわ。ありがとう、カトル。あなたの声がなければ、私は気を失うか最悪死んでいたわ」
「いや、鑑定魔法がヤバイってのは知っていたんだけど、まさか感知魔法で危なくなるなんて思いもしなかった。ごめん」
「これが封印されている力なのね。陛下が魔術統治魔法を使ってでも魔法を制御しようとするのも頷けるわ。この力はあまりに危険すぎる。このことを知ってなお陛下と仲違いしている魔道師ギルドはいったい何を考えているのかしら」
「……ユミスが会いに行ったフェリクスって爺さんは、まだ状況を理解してたっぽかったけどね」
シュテフェンでの話し合いはゲラシウスの奴に何もかも台無しにされた。封印の存在さえ疑われ、取り付く島もなかった。
そんな奴も、突如現れたラウルに首をすっ飛ばされ敢え無い最期を遂げたのだけど。
……まあ、その話は後だ。
「大丈夫なら先に進もう。ユミスたちは下にいるはずだ」
「そうね。では演習場へ――」
「いや、後宮に行こう。下に行くならきっとそこからの方が早い」
次回は4月22日までに更新予定です。




