第六十一話 思いをのせた剣
12月7日誤字脱字等修正しました。
「何言ってんだよ、ナーサ! 今から王宮に攻め入ろうって時に鍛冶屋なんて行けるわけないだろ?!」
俺はナーサが何を言い出したのか理解できず怒鳴り返した。
それによってアヴィスのおっさんの話を中断させたようだが、申し訳ないけど二の次だ。
このままユミスを放って行くなんてありえない。ユミスはきっとさっきみたいに前に出ようとするだろう。そんな時に魔法を封じられたら、剣術スキル皆無のユミスが無事で済むはずがない――!
だがナーサの興奮具合は俺の予想のはるか上を息巻いていた。
「私が戻ってきたら次はカトルの番に決まってるじゃない! 老師の用意してくれた鉱石は、カトル専用だって言ってた。カトルが行かないと老師の思いも努力も全て無駄になるわ!」
「ちょっと待て。俺はまだ行くって決めたわけじゃ――」
「ユミスのことは私が絶対に守り抜くって言ったでしょ! あんた、まだ決心できてなかったの?」
「小僧。我輩がいるのは何の為か説明したであろう」
「だけど!」
ナーサにヴェルンドが加わって文句を言ってくるが、ゆずれないものはゆずれない。
俺はユミスを助ける為にここにいるんだ。剣があってもユミスを助けられないのでは何の意味もない。
だが、それを言ってもナーサは頑として譲らなかった。
それどころか、出来立ての刀身を俺に見せてくる。
「カトル、見て! この刀は特殊な魔鋼に老師の技術と魔力が惜しみなく注がれて出来たものよ。私の思いがどれだけ込められるかによって成長していくの」
抜き身の刀は宝石のように輝いていた。うっすらと魔力を帯びているのが見ただけでわかる。
見つめていると吸い込まれそうになるほど美しい。
――いっそ怖いくらいだ。
これだけでもナーサが力説してくる理由はわかる。
この刀の出来栄えに胸躍らぬ者はいないだろう。……ちょっとだけジャンの気持ちが理解出来るくらいだ。
「老師は今晩だからこそ出来たと言っていた。理由はわからないけれど、今を逃せば最高の一振りは二度と作れないって」
「……っ」
うぐっ……。
俺は一瞬、心がぐらつきそうになるがすぐさまそれを振り払う。
ユミスはさっきの戦いも一人突出して敵に立ち向かっていた。だがそれは相手が魔法封じの魔石を使ってこなかったから上手くいっただけだ。
運が良かった――。
次も大丈夫という保障はどこにもない。
「カトル……ナーサも来て」
そんなことを考えていたら、ユミスが通路の部屋に俺たちだけを呼び寄せた。
そして中に入り扉を閉めると静寂魔法を展開し始める。
「なんだよ、ユミス。まさかユミスまで俺が離れた方が良いっていうのか?」
俺はそう言われる予感がして先手を打つ。
ユミスは少し残念そうな表情を浮かべるも、やがてコクリと頷いた。
「ミーメが呼んでいるならカトルは行くべき」
「そんな場合じゃないだろ?!」
俺が声を荒げるとユミスは少しだけ押し黙ったが、やがて心を決めたのかはっきり口にする。
「だって今のカトルは、私の盾に徹して戦ってない!」
「う……」
「でもミーメの剣があれば、少なくともカトルの人間離れした強さに焦点は当たらなくなる。それだけミーメが作り出した剣には影響力があるから」
それは俺にとって耳の痛い言葉だった。
確かにさっきの戦いも少数精鋭という割には俺だけ何もしていない。ジャンやヴェルンドは前衛として突っ込んでいたし、アエティウスは後方から魔法で補助をしていた。
たった三人の攻撃で、それでも勝てたのはひとえにユミスの魔法のお陰だ。
そこまで考えて愕然となる。
……あれ?
ユミスが戦う羽目になったのって俺のせい、なのか……?
「ユミス……」
俺は力なくユミスの顔を見やった。
なんとも言えない気まずい空気が流れる。
「ちょっとユミスに言われたくらいで何しょげてるの? 盾に徹して勝てたならそれでいいじゃない。この後、思う存分戦えばいいだけよ。老師から剣を受け取ってね」
「ナーサ……」
人の気も知らないでナーサは気楽に言い放つ。
それが出来るなら俺だってそうしたい。
でも、その間にユミスにもしもの事があったらと思うとどうしても踏ん切りがつかないんだ。
そんな俺の心を知ってか知らずか、ナーサはぐいぐいと迫って来る。
「きっとカトルだって鉄槌を振るう老師の姿と、あの魔鋼を見たらすぐにわかる。とにかく傍に居ただけで凄い力を肌で感じるんだもの」
「そのナーサの刀もか?」
「私のは精銀に少しだけ精霊鋼を混ぜてもらっただけよ。もちろんこれだって凄い力を秘めてるけれど、あの魔鋼に比べたら月とすっぽんね」
「そんなに凄いのか?」
「それはもう鳥肌が立つくらいよ! ……でも、私じゃ無理、絶対に使いこなせない。老師もカトルだから託すと言っていたし」
「――えっ?」
俺だから、ってどういう意味だ?
ふと見れば、なにか意味ありげにユミスが頷く。
「老師は私たちと別れてからずっと仕込みを続けていたの。本当に凄まじい気迫だった。あの気概に応えられないなら、もう二度と私は老師に顔向け出来ない」
「……っ」
魂が揺さぶられる。
剣を造って欲しいと頼んだのは俺だ。
その依頼に老師は全身全霊をかけて挑んでくれている。
その心意気を無下にしてしまっていいのか?
「二時間よ」
「えっ?」
「老師は二時間で作り上げると言っていたわ。それくらいなんとかする。少しくらい私の事も信用しなさいよねっ!」
俺が迷っていたら、ナーサがついに怒りの声を上げだした。
「まだ不安なの? ったく、あんたが普段どういう目で私を見ていたかわかったような気がするわ。……でも、私は武家の誇りにかけてユミスを守り抜く。それこそ命を賭けてでも!」
そう言ってナーサは刀を高々と天にかざし、俺の目をキッと睨みつけた。
彼女の覚悟が痛いほど伝わってくる。
ナーサの心に嘘偽りなどない。
そして、その言葉に一番感銘を受けたのはユミスであった。
「ナーサは嫌かもしれないけれど、あえて言う。スティーア家の令嬢を死なせるわけにはいかないから、私もおとなしく後ろで支援に徹する。……それならカトルも安心できるでしょ?」
ユミスは神妙な顔つきで俺たちを交互に見やった。
その様子に俺は唖然としてしまう。
まさかさっきあれだけ焦りの色を見せていたユミスの口からそんな言葉が出てくるとは……!
「本当か? さっきまでアヴィスのおっさんの話を聞いて一人で突っ込んで行きそうなくらいだったのに」
「うう! カトルがいるといないとじゃ全然違うの。無茶なんてしないよ」
「大丈夫。私が首に縄をくくり付けてでもユミスを危険に晒さないから安心しなさい」
「……私は犬や猫じゃないもん」
若干拗ねたような口ぶりにナーサが顔をほころばせる。ユミスもまた小さく微笑んで、そして俺を見た。
「大丈夫。私の魔法を信じて」
ナーサに加え、ユミスにここまで言われたらもう二人を信じるしかない。
「わかったよ。そうと決まればさっさと用事を済ませてくる」
俺は頷くと、すぐに行動に移った。
部屋から飛び出すと、驚く一同を尻目にナーサが乗ってきた馬へ跨り踵を返す。
「敏捷強化を掛けた!」
「サンキュ、ユミス!」
後ろを走ってきたユミスがそのまま馬に魔法を掛けてくれる。
こうなったら信じるしかない。
そして出来る限り早く戻ってくるんだ。
「じゃあ、また二時間後に!」
俺は取るものもとりあえず敏捷強化で鼻息が荒い馬を勢いのままに疾駆させた。
さすがユミスの敏捷強化だ。あっという間に三の門を離れ、深夜の貴族街を突進してゆく。
暗がりの中、猛スピードを出すのは危険だが、と言って躊躇している暇はない。
ユミスたちはこの後すぐに皆を集め王宮へと突き進んでいくだろう。少しでも早く追いつく為には無理にでも進む必要がある。
「あら、カトル?」
そのまま猛然と進んでいくと、二の門で慌しく動くエーヴィの姿が見えた。
ちょうど門を閉める途中だったので馬を緩めねばならなかったが仕方ない。
この際、帰りの事も言付けしておこう。
「鍛冶屋の用が済んだらすぐに王宮に行く。だからその時はまた城門を開けて欲しいんだ」
「さっきはナーサが目を輝かせて奔走していったけれど……あなたまでジャンに何か吹き込まれたわけね?」
「ち・が・う!」
「冗談よ。ただあのいけ好かない老人が最高の鍛冶師と思わないで欲しいわね。エルフの国にはもっと優れた細剣を作る者がいるのよ」
なんだか変に絡まれてしまったが、もう一度王宮へ行く際の開門の手配をエーヴィにお願いすると、俺は街灯の灯りが消えた大通りを南へと急いでゆく。
普段は深夜でも陽気な声が聞こえてくる町並みは不気味なほどにシンと静まり返っていた。
だが、そんな中――。
カンッ――! カンッ――!
小気味良い音が遠くから響いてきた。
そんなに大きな音ではないのに妙に耳に残るから不思議だ。
まるで俺だけを誘うかのように馬の蹄と鉄槌の音がリンクする。
……なぜだろう。
この音を聞いていると自然と苛立ちが治まっていく。
あれだけユミスの事が心配でここに来るのが億劫だったのに、音に誘われた今は落ち着きを取り戻し、自然と前向きな気持ちになっていた。
「やっと来たわね」
鍛冶屋に着くと、もう午前二時を回っているのにメリッサが一人紅潮した顔で出迎えてくれた。
こんな深夜になってもまだ待っていてくれたことに驚く。
落ち着いたら改めてお礼をしたいところだ。
「老師は?」
「もう待ちくたびれてるわ。急いで!」
メリッサに急かされ店内に入ると、真っ暗な売り場スペースの奥から光が漏れていた。
足早に進むメリッサの後に続いて奥へ入れば、まるで俺を優しく包み込むかのような輝きが溢れ出す。
――これは……!
そこに広がる光景に俺は思わず息を呑んだ。
この感覚は良く知っている。
それこそ懐かしい、俺にとっては何より安心できるものだ。
ユミスが俺をここに導こうとした理由がわかる。
あれはまさしく俺を待っていたんだ。
「来たか」
輝きの先には、おびただしい魔力を放ち続ける魔鋼があった。
それが老師の鉄槌によって解放される時を今か今かと待っている。
「これは……?」
「十全の説明が必要か?」
「……いや」
「さもありなん」
俺の言葉を受けて、老師は鉄槌を振るい魔鋼から力を解放してゆく。
その魔力は俺が一番慣れ親しんだものであり、己の全てを委ねることの出来る尊きものであった。
見間違えようはずがない。
――竜魔石。
じいちゃんが年月を掛けて魔力を浴びせ続けた銀鉱石で、大切に保管していたモノだ。
「さあ、力を捧げよ。これは主でしか出来んことじゃ」
老師の言葉に俺は瞑想を開始する。
すべての魔力を費やさなくてはこの竜魔石には立ち向かえないだろう。
……酷く渇きを覚える。
竜魔石がここにある理由――。
それは、やっぱりユミスなんだろうな。
じいちゃんから受け取ったであろうユミスが老師に引き渡し、今、俺の前で輝きを放っている。
全てはユミスを守る為に――。
「うむ。やはり主で良かったの」
老師の言葉に応じて、俺は何かに急き立てられるように魔力を注ぎ始めた。
竜魔石は俺の魔力を帯びて胎動し、そして老師の鉄槌によって新たな力を顕現しようとしている。
――と。
そこまでに及んで俺ははたと気付く。
このまま魔力を注げば意識を失うのではないか。
一度、精神力枯渇になれば明日まで起きる事はない。
それはめちゃくちゃまずい――。
「雑念を交えるでない! 剣に魔力を注ぎ、大切なものを守ることだけ考えよ!」
「でも、それだと気絶して――」
「そのくらい主が何とかせい。意識を集中すれば最後にひとかけらの魔力を残すくらい主ならば出来るであろう?」
「――っ!?」
「信じよ。すでにこの魔鋼にはとてつもない信念が刻まれておる。それを形にするのじゃ。生半可な精神力では太刀打ち出来ん」
「くっ――!」
俺は瞑想により身体の内側にあふれ出した魔力を竜魔石にぶつける。
根こそぎ全てを持っていかれる感覚は龍脈で体験済みだ。
あの時よりは、威力が弱い。
――いや、違うか。
じいちゃんの思いが俺に力を与えてくれているんだ。
大丈夫。
この竜魔石ならば全てを委ねても問題ない。俺の半身として力を存分に振るってくれるだろう……。
俺にとっては永遠とも言える邂逅の時が過ぎて。
ふと目を見開くと老師の鉄槌の音が止んでいた。
「……見事だ、人ならざる子よ。主の魂を分け、力を示してくれる剣となろう」
老師はそう言って、一振りの剣を振りかざす。
「ヴァルハルティ――とでも名付けようか。今の仮初めの主に相応しい、なかなか慎ましやかな剣であろうて」
次回は4月18日までに更新予定です。




