第六十話 見誤った戦況
12月5日誤字脱字等修正しました。
そして。
やってきた貴族たちの軍勢は三の門が奪還された事実に驚愕し、城壁の上に立つユミスの姿に戦慄する。
「あれは……陛下!!」
「聞いてない。私は聞いてないぞ!」
「裏に回るんだ。北側ならば王宮内からの援護射撃が望める!」
誰かが声高に叫ぶと、それを契機に我先にと三の門から敵影が消えていった。
そんなに恐れているのなら叛乱なんて起こさなければ良いと思うのだが。
そう考えていたら、隣でアエティウスが冷ややかな笑みを浮かべる。
「今日このタイミングで叛乱を起こしたのは、会議に託けて王宮内で魔法封じの魔石を使い確実に陛下を亡き者にするつもりだったのだろう。だが陛下は難を逃れ、今この場に御立ちになられている。当てが外れた貴族どもの胸中を考えると心中察して余りあるな」
「はは。連中の頭に思い浮かぶのは氷で閉ざされた謁見の間の光景だろうからね。……僕が同じ立場なら全力で逃げ出すよ」
……なるほど。
衛兵と違って貴族はあの光景を間近で見ているから、あんな恐慌状態になるわけだ。実際はさすがのユミスでも屋外だとそう簡単に氷魔法を使えないし、謁見の間の出来事だって、たぶんいくつか魔法を併用して下地を整えないとあれだけ氷まみれにすることは出来ないんだけどね。
……まあ、連中がそんなこと知ってるはずないか。
とはいえ敵が過剰に恐れてくれるのはありがたい。
何人か下で這い蹲って降伏を願い出る者がいたくらいだし。
「さて、どうやらヴァリドの奴も戻ってきたみたいだ」
ジャンが示した先を見れば、猿轡をされてむーむー言っているがりがりのおっさんがヴァリドによって担がれていた。軽々持ち上げて走っている姿はさすが鉄壁、あの大盾を使いこなしているだけのことはある。
傍から見ると拉致してきたようにしか見えないのが滑稽だけどね。
ただ、なんとなくその様子に俺は違和感を覚えていた。
何でヴァリドはあんな簡単に王宮から出て来られたんだろう?
誰も後を追って来る気配がない。それどころか探知魔法で探っても王宮の様子にまるで変化が見られないんだ。
その不安はすぐに現実のものとなる。
「おい、やべえぞ」
戻ってきたヴァリドが慌てた様子で話し出した。
「王宮の中はがらんどうだ。少しの貴族しか残っていねえ」
汗だくで戻ってきたヴァリドによってもたらされた王宮内の状況は全く予想もしていないものだった。
「王宮に人がいない――?!」
俺もユミスも探知魔法でずっと王宮の様子は把握し続けていた。だが、それを逆手にとって敵は罠を仕掛けたのだ。
束縛を解かれすぐに床へ頭を擦り付けるアタウルフの口から衝撃の事実が開かされる。
「シュテフェンから来た魔道士と得たいの知れない黒衣の男が、我らに魔石を配りながら申しておりました。『これは探知魔法、感知魔法両方に反応する魔石だ』と。そして我らを囮にして地下へ向かったのです」
その言葉にユミスがいち早く反応する。
「そんなはずない! 魔術統治魔法が破られていない以上、地下には後宮からしか行けないはず」
「は、その……お言葉を返すようで恐縮ですが、地下へは誰でも向かえるかと……」
「えっ、なんで――」
どうも話がかみ合っていない。
ユミスの魔術統治魔法は後宮、つまり前にユミスと会った王宮の二階から出入り可能な場所を最後の砦として守っている。あの石の手すりがあるだけの長い渡り廊下が魔力の二層構造に関与しているのだ。
そして封印のある地下は後宮から螺旋階段を下った場所にあるという。
確かに魔術統治魔法が破られていないなら、誰も地下へは行けないはずだが。
「ふむ。陛下、もしかするとそこの男が言うておるのは衛兵の演習場のことかもしれませぬ」
「え?」
不意に横から腕組みをしたヴェルンドが口を挟んできた。それにアタウルフが必死に同調する。
「さ、さようでございます! かの黒衣の男はお歴々の方々を伴い、演習場のある地下へと下りて行ったのです」
「ほう、やはりそうであったか」
「ヴェルンド殿は何かご存知なのか?」
「うむ。その昔、我輩はスティリー元帥から聞いたことがあってな。王宮にはいくつか脱出用の抜け道が備え付けられているのである」
ヴェルンドの言葉にユミスは目を見張り、唇を噛む。
「そんなのターニャから聞いてない……」
「それは公女閣下も知らなかっただけであろうからご安心めされい。初めてカルミネの地に来られたのが三年前の災厄の後では知り得るはずもないのである。かくいう我輩も詳しくは存じ上げぬ。アヴィス将軍であれば何か知っていそうであるが」
「待たれよ、ヴェルンド殿。それはまさか――」
驚きの声を上げるアエティウスだったが、ヴェルンドの目配せで口をつぐむ。
「アヴィス将軍が来るのを待つのである。我輩の知りえぬことも元帥の副将であったあやつであれば知っているであろう」
そう言ってヴェルンドは二の門の方角を見据える。
その先にはさっきまで貴族の軍勢を相手にしていたアヴィスたちの意気揚々とこちらに向かってくる姿があった。
ただヴェルンドが気にしていたのは、アヴィスのおっさんではない。
「そういうわけですから、陛下はあと少しだけお待ち頂きたい」
その言葉にハッとして見れば、今にも飛び出して行こうとするユミスの前に立ち塞がるようにヴェルンドが立っていた。
――まさか一人で王宮に乗り込もうって考えてたのか?!
「……地下の演習場に抜け道があるなら後宮と繋がっていてもおかしくない。魔術統治魔法の礎は封印の間の入り口に設置している。……もしそこを破壊されたら大変なことになる」
「え?! ターニャたちが危ないってこと?」
「……そうね」
少しだけユミスが笑みを浮かべた。
「カトルは優しいね。でも、ターニャだけの問題じゃないの。封印は今、魔術統治魔法によって支えられている。だから礎を破壊されると――」
「封印が解けてしまう……?」
ユミスは寂しそうに頷いた。そしてもう一度ヴェルンドを見上げる。
その瞳に浮かぶ決意の色は本物であった。
視線をぶつけられたヴェルンドは苦渋の表情だ。
「お願い! すぐに行かないとダメなの。封印が解ければ王都に何が起こるかわからない。それこそ昔話のような時代の悪夢が舞い降りるかもしれない。だから、通して!」
「ううむ、しかしですな……」
「ダメだ、ユミス!」
「なっ……、カトル?!」
俺は今のユミスの言葉に引っ掛かりを覚え、彼女の腕を取った。
「俺はユミスを守る。ユミスの夢を一緒に追いかけたい」
「――それなら!」
「でも、今ユミスが一人で王宮に行っても何も出来ない」
「なっ……?!」
「敵は魔法を封じる魔石を持っているんだろ? 魔法も使えず一人でユミスはどうするつもりだ?」
「ん……それは……」
ユミスが俺の目をまっすぐに見据えてくる。
なんとも辛そうな表情に思わず絆されそうになるが、ここは絶対に頷くべきでない。
「だいたい演習場のどこに秘密の通路があるのかわからないし、俺だってこの前ターニャに連れられて行ったけど全く気付かなかった。でも、アヴィスのおっさんなら知ってるんだろ? なら話を聞いてからでも遅くないって」
「う、ううう~~~!」
ああ、この顔は良く知ってる。
俺と二人なら何でも出来る、って思ってる顔だ。
でもさすがに待って欲しい。
敵対している奴に万が一俺の正体がバレたら、困るのは確実にユミスの方だ。
「敵は魔石を惜しみなく使い、王宮内に囮を配備しております。私の策に乗せられた貴族の多さに辟易しただけかもしれませんが、出撃したあの貴族の軍団もまた捨て駒扱いです。ここまで周到に準備をしている以上、間違いなく地下へ向かう経路には罠が施されているでしょう。焦るお気持ちは察すれど、詰めだからこそここは慎重に事を運ばなくてはなりません」
アエティウスが跪きながら諫言すると、ユミスは渋々ながら頷いた。
……ただ、俺を見る目が恨めしそうだ。
「報告を聞いたらすぐに王宮へ行く」
「はい。準備しましょう」
その言葉を皮切りに一同は城壁を下りてまた通路の部屋へと戻っていった。
束の間の休息――。
ユミスは俺の隣に座り、ポツリポツリと懺悔するかのように呟く。
「封印の綻びは本来、私一人で全て修復するつもりだったの。でも私とターニャの二人がかりでも出来なくて、それで最初は魔道師ギルドを頼った。けれどそれも失敗して、結局、不本意だけど魔術統治魔法でカルミネに住む人全員から少しづつ力を貰うことになったの」
「え、でも力を取られてる感じしなかったけど」
「カトルを基準に考えたら皆気絶しちゃうよ。……基本的に魔道具を使った人は皆、六歳の時から精神力の能力が全く成長しないから、少しずつだったとしても相当負担なの。それこそ日常生活で魔法を使うと精神力枯渇してしまうくらい」
枯渇って凄い状況だ。
あの龍脈に魔力を奪われた時のような状況が日常茶飯事で起こる、そう考えるとゾッとする。
だから魔石が配られていたわけか。
「でも、それだけ負担を強いているのに、その後も封印は小康状態で。しかも先月には突然封印が解けてしまって。また復元したから良かったけれど、どちらにせよ今のままではダメなの。ジリジリと追い詰められているだけ……」
「なるほど。それで魔道具廃止に繋がるわけなのですね」
いつの間にか、そばで話を聞いていたアエティウスが合いの手を入れてくる。
「魔道師ギルドには神童と呼ばれ魔道具を使わずとも魔法を使える者たちがそれなりにおります。彼らにも協力を促してみましょう」
その言葉に、少しだけユミスの表情が明るくなった。
それにしても先月に封印が解けた、か。
……あれ?
なんか妙に引っ掛かるな。
「ちなみに、その封印が解けたのって何日?」
「17日の昼過ぎね。カトルの誕生日の前日だったからはっきり覚えてる」
俺の誕生日の……前日?
それを聞いた俺の背筋に冷やりとしたものが走る。
あの時は確か例の空洞の中に居て、それで……。
「カトル、どうしたの――」
俺の動揺に気付いたユミスが声を掛けてくる。だが、それと時同じくして豪快な笑い声が門の方から響き渡ってきた。
「おお! 本当にたった五人で三の門を落としたのか。見事じゃないか、アエティウス。さすが底意地の悪い作戦を立てさせたら王国一だな」
「褒め言葉として受け取って置こう、エパルキヴ。貴公の陽動もさすがであった」
「けっ、抜かせ。腑抜けの坊ちゃんの集まりと化してる近衛隊や親衛隊などどうにでもなるわ」
「おお、陛下! 我の弓の腕前はご覧いただけましたか?! 西門での失態の汚名を雪ぐべく我は頑張りましたぞ」
「ふん。どうやら弓の腕前は錆付いてはおらぬようだが、まだまだであるな」
「ちっ、兄貴には聞いとらん」
アヴィスとエジルが合流しただけで一気に騒がしくなる。
ユミスも俺の話よりアヴィスに詳細を聞くほうを優先するようだ。
「地下の抜け道……。女王さん、その話をどこで?」
どうやらアヴィスの真剣な表情を見るに、地下の抜け道についていろいろと知っているらしい。
そうなれば、いよいよ突撃か。
ユミスはきっと後方支援になんか徹さず前に行きたがるからな。気合を入れて守らないと――!
そう決意を固めていた時であった。
俺の視界に予想もしなかった馬影が入り込んできたのである。
「カトルぅ! どこぉ!?」
「ナーサ?!」
まさか、もう刀を打ち終えたというのか?!
まだたかだか数時間しか経っていないはずなのに――、だが実際にナーサの腰には見たことのない鈍色の鞘に包まれた武器が括りつけられていた。
俺が呆然としている中、ナーサは馬を急停止させるとその嘶きと共に軽やかに飛び降りた。そして俺の両肩をがっしり掴むと興奮冷めやらぬ表情で声高に叫ぶ。
「早く行って! 老師が待ってる! あれは今しか作れない。それだけのモノをカトルに託すべく老師は全身全霊をかけているのよ!」
次回は4月10日までに更新予定です。




