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第五十九話 三の門の戦い 後編

12月3日誤字脱字等修正しました。

「ヴァリドじゃねえって言ってんだろ! ヴァルド、いや、オズヴァルドだ!」


 ヴァリド、じゃなかったオズヴァルドが盾の向こう側から大声を上げた。

 どうやら、本当にユミスの魔法を盾で受け止めたらしい。殺さないようだいぶ加減していたんだろうけど、それでもなかなかのものだ。

 さすが“鉄壁”なんていう大層な二つ名を持っているだけのことはある。

 あの盾も普通の材質じゃないか、もしくは魔法で強化しているのだろう。


「ったくよぉ、何がエーヴィはかんかんだ。俺はきっちり依頼で動いてんだぜ。とやかく言われる筋合いはねえ」


 オズヴァ……なんかしっくり来ないから、やっぱヴァリドでいいや。

 そのヴァリドが盾から顔だけだしてジャンにしゃべりかける。


「依頼……? 誰の依頼だ!?」

「おっと、依頼内容に口出しするのは禁忌(タブー)だろうが」

「今はイェルドもいない。フォルトナも追放された。依頼を承認できるのは僕かエーヴィしかいないぞ」

「ジャン、てめぇ依頼を承認しねえつもりか――? 傭兵ギルドが片方だけに肩入れするのは御法度だろ」

「……(いたずら)に世間を乱さないという規定もあるんだけどね」

「はっ、抜かせ。この国を乱しているのは女王の方だろ。でなけりゃ、貴族のほとんどが叛乱を起こすなんてありえねえぜ」

「裏を返せば、貴族以外誰もこの叛乱には賛同していない、ということだな」

「……チッ」


 ジャンの言葉にヴァリドは眉を顰めこちらを睨みつけてくる。

 反論をして来ないところを見ると、痛い所をつかれようだ。

 それを見越してここぞとばかりにアエティウスが舌戦を繰り広げ出す。


「他の街はどうか知りませんが、ここカルミネの魔道師ギルド、傭兵ギルドは共に叛乱への徹底抗戦を支持しております。そもそも“鉄壁”の後ろに控えていらっしゃる貴族の方々も本気で陛下の魔力に立ち向かって勝てるとは思っておりますまい。上位貴族の政治的、経済的圧力を前に従わざるを得なかっただけではありませんか?」

「抜かせ。どこの誰だか知らんが、王宮にいるいけ好かない魔道士は女王の魔法への対策は万全とほざいていたぞ。上位貴族は皆、その口車に乗って事を構えることに決めた。ならば下級貴族はその尻馬に乗るしかない」

「これはこれは。対策が無ければ陛下に立ち向かえるはずがないとは、“鉄壁”は素直な御仁ですな」

「ふざけるな! だいたい今の氷魔法の攻撃もこうして防いだぞ。魔石か何か知らんが、生半可な魔力なら俺の盾には通用しねえぜ!」


 ヴァリドがその言葉を口にした瞬間、急激に周囲の気温が下がったような気がした。

 ――まずい。今の言葉にユミスが触発されたんじゃないか?

 そして無言のうちに消失魔法(ヴァニシング)を解いたユミスが驚くヴァリドを尻目に前へ歩き出す。

 これにはアエティウスもジャンもギョッとして慌てて止めようとするが、ユミスが魔法の事で突っかかられてすごすご引き下がるはずがない。


「……なんだあ? ジャン。てめえ、戦場にガキを連れて来るなんざ何を考えていやがる」

「うわっ!? ヴァリド、お願いだからもう少し考えて発言をしてくれないか」

「ああ? 何言ってやが――」

「あなたは盾に自信があるのね? じゃあ、本気で凍らせるから――」

「?! ちょ、ユミス手加減っ!」

氷床魔法(アイスシート)!」


 俺の叫びも虚しく、ユミスの魔法が放たれる。

 それはヴァリドの盾などもろともしなかった。

 あっという間に前方の床が一面氷で覆われてゆき、通路に居た者すべての足が氷によって捉えられる。


「陛下、お待ち下さい! 今、ヴァリドと話を――!」

氷封空間魔法アイスバウンドスペース!」


 そこからはあっという間だった。

 目の前が白くなると認識した瞬間、すべてが氷と化したのである。

 支えを失った盾は轟音とともに倒れ、その後ろに身動きを封じられた哀れな囚人たちが姿を現す。


「な、な、な……」


 何が起こったのかなど理解出来ようはずが無い。

 ヴァリドは呆然とした様子で首から上だけに自由を与えられた自身の身体を確認し、そして信じられないものを見るかのようにユミスを凝視した。


「17人全員捕らえた。抵抗するなら頭も塞ぐ」


 そう言い放つユミスの気迫に、ヴァリドの後ろに控えていた親衛隊、近衛隊の連中は意気消沈し俯く。


「あんたが、ユミスネリア女王……?」

「ん……」

「さっきのも今のもすべてあんたの魔法だったのか」

「ん、そう。……それで、どうだった? 私の魔法は」

「さっき防いだのが“氷の魔女”の一撃なら、俺の“鉄壁”も満更じゃねえな」


 そう言ってヴァリドは溜息交じりに笑みを漏らす。

 期待した返答とは異なる言葉にユミスはちょっと不満そうであった。


「ヴァリドは本当に厄介な性格してるよね。君が肉の壁として奮戦しても何も面白くないから頑張らないで欲しいんだけど」

「けっ、言ってろ。これは傭兵としての矜持だ」


 ジャンの軽口に応戦するヴァリドだが、どうにも氷付けにされたままなので不恰好なのは否めない。

 再び溜息を付きつつ、ヴァリドは力なく尋ねた。


「で、俺はどうなる? このまま死刑か?」

「馬鹿を言うな。ただでさえ傭兵ギルドは人手が足りていないんだ。死んだ方が良かったと思えるほど働いて貰わないと。……僕の代わりに」


 ジャンはさらっとギルドの仕事を丸投げ宣言していた。

 しかし覚悟を決めていたのか、そんな言葉にさえヴァリドは意外そうな顔をしてユミスを見やる。


「依頼とはいえ俺は叛乱した貴族に組した。そんな俺を許すのなら、ここにいる――いや、上位貴族に付き従っているだけの下級貴族は皆、似たような立場だ。それを全員許すということか?」

「……ん」

「陛下! それはなりません。獅子身中の虫を飼うに等しい行為です。ただでさえシュテフェンから敵が迫っている状況下で裏切りが出れば、たとえ陛下の魔法があろうとも瓦解してしまいます」


 アエティウスが驚いて諌めようとするも、ユミスは少し困った表情をするだけで、頑として意見を翻そうとはしなかった。


「陛下は面と向かって叛意を示したフォルトナでさえ放免したくらいだからな」

「それとこれとはわけが違うでしょう?! いえ、そもそもフォルトゥナート=タルデッリを極刑に処すべきだったと言えるわけで――」

「今は、ただの一人たりともカルミネの地に暮らす者を死なすわけには行かないの。もし貴族の地位を捨て、なおもカルミネの地に安住するなら、私はそれ以上罪に問うことはしない」

「ですが陛下――!」

「そんな事を言っている場合じゃないの! この国は……いえ、もしかすると大陸全土の危機なのかもしれないんだから!」


 アエティウスの言葉にユミスが珍しく声を荒げる。

 それに皆、目を見張り、俯き加減だった貴族たちもユミスに視線を向けてくる。


「ユミス、いいのか?」


 俺は傍に寄って小声で問いかけるが、ユミスは覚悟を決めた様子で頷いた。


「大陸全土の危機とは……?」


 アエティウスが恐る恐る言葉を返す。

 彼は魔道師ギルドに居たのに、封印という存在自体知らないようであった。

 それはつまり、半年前の聖夜祭におけるユミスと魔道師ギルドの決裂の真相が知られていないということだ。


 ユミスは淡々と地下にある封印の話を切り出した。


 それを聞いたアエティウスは言葉を失い焦りの色がにじみ始める。

 ジャンもヴァリドも、貴族たちだってそうだ。

 ただ一人、ヴェルンドだけは腕を組みながら大仰に頷いていた。

 何か知っているのかと聞けば、フンと大きく鼻を鳴らす。


「カルミネの土地は魔力に溢れているのである。このような場所は大陸中探しても一握りだ。何かあると考えるのが普通なのである!」


 ヴェルンドは若かりし頃から大陸の東側を色々闊歩していたそうで、魔力に溢れた土を探し求め最終的にカルミネの地にやってきたとのこと。


「連邦のヴェローナより南、ピラトゥス山脈一帯にあるカモニカ渓谷にも素晴らしき大地が広がっていたのだが、残念ながらすでにスティーア家の管轄地区であり、我輩は同じ土を求めてこの地に辿り着いたのである」

「なるほど……ってあれ?」


 いつの間にか、周囲の視線はユミスから俺たちに移行していた。

 やばっ、せっかくのユミスの話に水を差してしまったようだ。

 気付けばユミスがこちらを刺すように睨んでいた。

 ……これはすぐに謝った方が良いかも。

 そう思っていたらアエティウスが盛大に溜息をついて語り始める。


「にわかには信じられない話ですね。……ですがヴェルンド殿の話から察すれば状況証拠足りえる。それにカルミネの歴史を紐解けば、そこには初代王とドラゴンの逸話もあり、何より三年前のカルミネの大災厄は不可解極まりないと」

「……はん、嫌になるぜ。そんな話を鵜呑みにする奴なんて普通はいやしねえってのに、俺にはその話が本当の事にしか聞こえてこないんだからな」

「ちなみに公女閣下もその話は知っているのですか、陛下」

「ん……もちろんターニャは知ってる。知ってるからこそターニャはわざわざ私を女王に祭り上げたのだから」

「それはまた……。だが、なるほど、そういうことだったのか……」


 それぞれが考えに没頭し、だがそこで喊声が鳴り響き思考が中断する。

 俺は急いで探知魔法を展開すると、こちらに百人近い軍勢が押し寄せてきているのがわかった。

 どうやらアヴィスとエジルは囮の役目を終えて、早々に二の門に引き返したらしい。そうなれば(がらくた)を回収し終えた貴族たちがこちらに戻って来るのも道理だ。


「戦いの最中でしたな。二の門の者たちが来るまで何とか城門を死守しましょう」


 アエティウスの言葉に頷く俺たちだったが、それを大声で呼び止める者が居た。


「待て。いや、待って下さい陛下!」


 振り返ればヴァリドが真剣な表情でユミスを見つめていた。


「王宮に居るアタウルフ=フォルリを連れ帰っても良いなら、俺も陛下に従います」


 その言葉に首をかしげるユミスの横で、ほくそ笑むジャンの姿があった。


「ちなみに愛しのホノリ殿とその母アエリア殿はすでに二の門を抜けて傭兵ギルドに避難しているけどね」


 顔を赤くしてジャンを睨みつけるヴァリドだったが、皆も何かに気付いたのか生暖かい笑みを浮かべ始める。

 俺には何の事かさっぱりだったが、ユミスはそれを了承するとヴァリドを覆う氷を溶かしてしまった。自由になったヴァリドは盾を背負うと敬礼し、すぐに王宮へと走っていってしまう。

 俺だけ狐につままれたような感じだったが、ついとユミスが傍にやって来た。


「カトルは本当にわからないの?」

「……全く。あ、そのフォルリって奴が依頼主って事?」

「はぁーっ。カトルはまだまだ子供よね」

「なぁっ?!」


 それだけ言うと、ユミスは呆れ顔を残して城門の上へアエティウスと共に行ってしまった。

 唖然とする俺の背中をヴェルンドが思いっきり叩く。


「ほれ、何をボサッとしとるか小僧! 我輩たちが陛下を守らんでどうする!」

「あ、ああ!」


 その言葉に我に返った俺はヴェルンドの言葉に大きく頷いた。

 そして氷付けで身動きの取れない下級貴族たちを悪そうな笑みで脅すジャンを残し、すぐにユミスの後を追いかけていった。

次回は4月1日までに更新予定です。

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