表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/266

第五十八話 三の門の戦い 前編

12月3日誤字脱字等修正しました。

 ユミスの演説は夜の王都に鳴り響いた。

 二の門付近の住民はようやく何が起きているのかを理解し、貴族街では必死に家財一式を揃え逃げ出す商人や下級貴族の姿が散見された。

 そして王宮からは、アエティウスの予期したとおり数多くの貴族たちが三の門を超えて貴族街へと雪崩れ込んで来たのである。


「貴族たちの動きは分かりやすくて助かります」


 アエティウスはほくそ笑んでいたが、それもそのはず、我先にと己の屋敷へ散らばる貴族たちは私兵ともども要所に配備された傭兵と衛兵たちによって各個撃破されていった。

 人数を合計すれば私兵を有する貴族たちの方が多かったが、アエティウスの分断策とアヴィスの巧みな用兵でそれらを圧倒し、かなりの人数を捕縛している。

 捕まらなかった貴族たちはほうほうの体で三の門へ逃げ帰ったが、これで叛意のある貴族の屋敷を特定出来た為、価値の高そうなものを押収し持ち帰ってきていた。


「ったく、お前もあくどいな、アエティウス。最初から金目当てだったとは」

「取り上げるのは当然であろう? 貴族どもはこれまで権力の座に胡坐を掻き、身にそぐわぬ対価を手にしていたのだ。本来あるべき所に戻さねば、苦労してきた者たちが報われぬ」

「俺はてっきりおびき寄せた隙に三の門を攻略するものだとばかり思っていたが」

「阿呆な貴族に引っ張られキルカの奴が出てくれば考えたが、さすがにこの程度の扇動ではな。――奴の狙いは陛下だ。魔法封じの魔石を携えて、王宮で手薬煉(てぐすね)引いて待っているであろうよ」

「……ん」


 アヴィスとアエティウスの会話を聞いていたユミスの表情は途端に曇っていく。

 きっとシュテフェンで囲まれた時の事を思い出しているのだろう。

 あの時は大量の魔石を持つ魔道師たちの前に、ほぼ何も出来きなかった。またあんな奴らが待ち構えていたら、ユミスはどうやって立ち向かうのだろう。


「大丈夫。一人で行くわけじゃない」


 俺の視線に気付いたユミスがそう言ってにこりと微笑んだ。

 その言葉にいち早くアヴィスが反応する。


「任せとけ、女王さん。身体強化(ブースト)を封じられでもしない限り今晩の俺は誰にも負けるつもりはねえ。それに――」

「うむ。我輩も行くぞ。アヴィス将軍にだけいいところを見せられては堪らないのである!」

「フン、ぬかせ。鍛冶師と成り果てた貴様になど俺が負けるかよ」

「毎日呑んだ暮れて碌に剣の整備にすら来ない将軍に負ける気はないのである」


 ……何だか、口ぶりだけ聞いているといがみ合ってるように聞こえるが、実際は二人肩を組んで笑顔で罵倒しあっている。


「気にするな。()()()()で良いのだ」


 俺がおっさん二人を唖然として見ていたらアエティウスが呆れた様子で呟いた。


「あの二人、めちゃくちゃ仲良さそうだね」

「ヨハン王の御世では二人ともスティリー元帥の幕僚であった。かくいう私も元帥には世話になったが……いや、昔話が過ぎたな。忘れてくれ」


 十三年前のカルミネの騒乱まではこの三人とも軍に居たってことだ。今はそれぞれ鍛冶師、魔道士、呑んだ暮れと別の道を歩んでいるが、これだけあくが強い者たちを従えていたスティリー元帥はなかなかに出来た人だったのだろう。


「こら、小僧! 今、俺の悪口でも考えていただろ」


 俺とアエティウスがこそこそ話しているのに気付いたアヴィスが目ざとく咎めてくる。


「呑んだ暮れを呑んだ暮れと思って何が悪い」

「ぬぁっ……」

「ふっ、確かに正論だな」

「もっと言ってやるのである。我が師の終生の作品と言っても過言ではないシュリトを放置するような呑んだ暮れは、これくらいでは懲りないぞ」

「お前らっ!」

「何を怒る? 事実なのだから致し方あるまい」

「ぬ~~~ぅ~~~~~! ええい、どうでもよいわ! それより、どうしたら三の門を攻め落とせるんだ、アエティウス」


 俺だけからかうつもりが、アエティウスとヴェルンドにボロクソに言われ、すっかり機嫌を損ねたアヴィスが叫び出す。


「ふっ、貴公を見ていると飽きぬな」

「てめえ……」


 ニヤニヤとほくそ笑むアエティウスに、アヴィスの口元がひくつく。


「おっと、三の門だったな。王宮の最後の砦とも言うべき場所だから、正面から行ったのでは分が悪すぎる」

「そんなもん、わかってるわ!」

「一番簡単なのは今の貴公のように、貴族どもを苛立たせることが出来ればよい」

「ほぉう……」

「そう、いきり立つな。貴族どもは普段から王宮で足の引っ張り合いをして罵詈雑言、悪態の類には慣れていそうだが、その分、自らのモノを奪われる事に対しては沸点が低い」

「自らのモノ?」

「地位や名誉、配下や領地、それから自らで集めた所有物だ」


 アエティウスはそう言って、向こうでエジルと盛り上がっているジャンを見る。

 ……なるほど。

 確かに、ジャンが剣をダシにされたらあっさり口車に乗るようなものか。


「しかし、そんな()()をどうやってピンポイントで……ってまさか?!」

「言ったであろう? 最初から貴族のモノが目当てだったと」


 アエティウスはそう言って笑みを漏らす。


「後は仕上げを御覧(ごろう)じろ」


 その冷ややかな笑いに俺はこいつを敵に回さなくて良かったと心の底から思うのだった。




 ―――



 果たして、貴族たちは三の門を再び開き、怒涛の如く攻め込んできた。今度は各個撃破などさせないとばかりに中隊が三列で密集しており、はたから見る分にはなかなかに壮観だ。

 だが、それさえもアエティウスには布石であった。

 正面をアヴィスが請け負い、右から回り込んだエジル率いる一隊が矢を注ぎ込むと、敵は盾を前方上方に掲げ殻に閉じこもった貝のように動きを緩慢にせざるを得なくなる。


「その隙に三の門を襲うなんて、もしかして一番割に合わないのは僕たちなんじゃないか?」

「貴族の坊ちゃんは文句が多いのであるな」


 ジャンのぼやきにヴェルンドが唸る。


 ――今、俺たちは三の門の中にある一室に待機していた。

 貴族たちが出払った間隙を縫って、ユミスの消失魔法(ヴァニシング)で潜り込んだのだ。

 ここまで貴族たちが大攻勢に出てくるのは予想外だったが、いずれにせよ門の警備は明らかに手薄になっており、門が閉じられるタイミングを合図に一気に攻め落とすというのがアエティウスの作戦である。


「三の門の人影は17人。王宮にまだ50人近くいるから援軍が来ると厄介」


 探知魔法と感知魔法を駆使して様子をうかがっていたユミスが少しだけ心配そうな顔つきになる。


「ご案じめさるな、陛下。上位貴族とその取り巻きはそうそう危険のある場所には出てきますまい。身辺警護の私兵を含め、そのまま王宮に留まるでしょう」

「だったら、さっさとその17人を倒してしまおう」

「ランベルティ卿。くれぐれも突出しすぎはお気をつけ願いたい」

「僕だってそれくらいわかっているさ。魔道師ギルドの連中相手に一人で突っ込んでいくほど馬鹿じゃない」

「てか、さっきの軍団の中に魔道士はいなかったの?」

「ん……見る限りそれほど強い魔力を持つ者はいなかった」


 三の門から出てきた貴族たち叛乱軍はゆうに百人を超えていた。子爵や男爵の地位を持つ貴族を筆頭に下級貴族やその私兵たちからなる一団で、いわゆる近衛隊、親衛隊と呼ばれる面々である。

 ユミスと魔道師ギルドの対立からここ最近は魔道士抜きでの演習を繰り返していたそうで、おそらく連携面の問題からも魔道士はいないとジャンが断言していた。

 それは裏を返せばこの先に魔道師ギルドの連中が居るということだ。


「狙い撃ちするにしても待ち伏せにするにしても、魔道士は絶対後方で安全な場所から攻撃してくる。魔道具で最初から使える魔法ならともかく、強力な魔法は魔力を繰り出すのに時間が掛かるからね」

「でも、ユミスはすぐ魔法を展開するよ。そのなんとかっていう魔道士だって気をつけるべきなんじゃないの?」

「ちょっ……陛下を例に挙げないでくれ、カトルくん。陛下は別格、というか僕の知る範疇に収まるような方ではない」

「そうですね。いくらキルカが凄腕の魔道士でも、陛下と比べれば赤子のようなものでしょう。だからこそ敵は魔法そのものを封じようとして油断なく身構えているはずです」


 アエティウスの言葉に皆が頷いたちょうどその時――。

 ギギギという軋む音が地鳴りのように響き渡った。


「いよいよ、ですね」


 上手い具合にアヴィスが打って出た敵兵を引き付け、城門との間に距離が出来た為、門兵が三の門を閉じる判断を下したのだ。


 ――城門が完全に閉まりきった時が合図だ。


 ユミスが消失魔法(ヴァニシング)で姿を消し、ジャンが兜を被りなおす。

 無言で目配せすると、ジャンがニヤリと微笑んだ。そして面頬を下ろせば全身黒尽くめの甲冑に目を引く鮮紅色がいっそう鮮やかに浮かび上がる。


「行くぞ」


 ガガァンという門が閉まりきった音と共に、双剣を抜き放ったジャンと大剣を振りかざしたヴェルンドが一斉に扉から飛び出した。


「私は援護に回ります。陛下は――」

「前に出る。鑑定魔法は目で見た相手じゃないとダメだから」

「なっ……?!」


 言うが早いか、ユミスはアエティウスの静止も聞かずジャンたちを追っていった。

 慌ててアエティウスが探知魔法を掛けるも、魔法の展開スピードが遅い。


「アエティウスは俺に付いて来て」

「待てっ! 何故、君は姿の見えない陛下の場所がわかる?!」

「はい? 探知魔法で確認してるからに決まってるだろ!」


 俺は分かりきった事で呼び止められ、思わず怒鳴り返してしまった。だがアエティウスは俺の言葉に心底驚いた様子で目を丸くしている。

 そうこうしている間にも向こうではジャンが甲冑に身を包んだ敵を相手取って戦い始めており、もはや言い争いをしている場合ではない。


「何を驚いてるのか知らないけど、今はそれどころじゃないだろ?」

「あ、ああ。……そうだな」


 気を取り直して俺は先を急ぐが、すぐ後ろで「信じられん」と呟くアエティウスの声が耳に残って離れない。

 そんなに驚くことか?

 ……いや、特にいつもと同じなんだけど。

 ダメだ。後でアエティウスに直接聞くことにして、今はユミスの護衛に集中しないと。 

 そう思い直して探知魔法で状況を再確認すると、敵の影がすべて一階に集まってくるのがわかる。

 当然ユミスもそこに居た。


「ジャン、敵を弾き返して!」

「クッ……、そらっ!」

凍結魔法(フりーズ)!」


 ジャンが双剣で敵を払いのけつつ横に逸れると、ちょうど出来た間合いに見事な連携でユミスが魔法を放つ。それがジャンに弾き飛ばされ後方の二人と折り重なるように倒れていた敵に直撃し、あっという間に三人分の氷塊が出来上がる。


「怯むな! 火矢魔法(ファイヤーアロー)で溶かすんだ」


 敵も魔術統(ウィッチクラフト)治魔法(ガヴァニング)がない為、躍起になって魔法を放つのだが、魔力の制御が上手く出来ないのか、全然溶けなかったり、極端に(えぐ)れたりと非常にあぶなっかしい。


「おい! 氷にそのまま火をぶつけると中にいる奴が大火傷するぞ!」

「――っ?! う、うるさい、黙ってろ!」


 俺が大声で叫ぶと相手は一瞬怯むもすぐに罵声を浴びせてくる。


「カトルくん、敵に塩を送ってどうする!」

「そんなこと言われたって、氷付けで無抵抗なんだし……」

「とんだ甘ちゃんであるな。相手も下級とはいえ名誉ある貴族の身。この戦場に立ったのであれば、たとえ氷付けで凍死しようと炎に包まれ焼け死のうと覚悟の上のはず。自身の判断に責任も持たず上位貴族の言うがまま戦場に身を任せる者などここには居ないのである!」


 そう言ってヴェルンドが大剣を構えると、相手の半数以上は動揺を隠せずおろおろし始めた。

 ……どうやら覚悟などどこかに置き忘れて来た者がほとんどらしい。


「話し合いをするのは後。道を空けて! 広域凍結魔法(ワイドフリーズ)!」

「えっ……?!」


 ユミスはそんなやりとりなど最初から聞いていなかった。

 凄まじいまでの魔力がほとばしり、うなりを上げた魔法が通路を覆いつくそうとする――。

 だが、その刹那、巨大な盾が前方に立ちはだかり、ユミスの魔法は受け止められてしまった。


「なっ……、この盾は――!?」

「何を驚いていやがる。そんなに俺がここにいるのが不思議か? ジャン」

「当たり前だよ! 驚愕の新事実だ」

「いや、実は俺の方もめちゃくちゃ驚いているんだぜ。そんなけったいな全身鎧(フルプレート)身に着けやがって、お前も“双剣”から“鉄壁”に鞍替えか?」


 この声には聞き覚えがあった。

 それにこの通路すら塞いでしまうほどの巨大な盾。

 うーん、確か……。


「この忙しい時に、こんな所で油を売っていたとはね……。エーヴィはかんかんだよ。ヴァリド!」


 そうだ! 

 やっと思い出した。

 ギルドで会った“鉄壁”のヴァリドだ!

次回は3月25日までに更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ