第五十五話 深夜の会談
11月21日誤字脱字等修正しました。
「……て。……ル……て。カトル、起きて!」
「むにゃ?」
「何、寝ぼけてんのよ! もうとっくに三時間なんて過ぎてるじゃない!」
「……はっ?!」
ナーサの怒鳴り声に慌てて飛び起きると、部屋はもう俺たち以外もぬけの殻だった。
……不覚だ。
どうやらまたしても俺は最後まで眠りこけていたらしい。
「ユミスは? 今、どうなってる?」
「ったく、おかみさんが言ってたけど、あのとてつもない音の目覚まし魔法で起きないなんて信じられないくらいのネボスケっぷりね」
なんだ、そのネボスケっぷりって。
……いや、俺も目覚まし魔法で起きれないってどうなんだって思うけどさ。
「ユミスは大丈夫よ。今は合流したアヴィス将軍たちと今後の指針について話してる」
「ああ、それなら良かった。おっさんも無事だったんだな」
「無事どころか、うるさいくらいよ。あまりにもあっさり東門を解放出来たから暴れたりないって息巻いてるわ。ジャンとエジルも執拗に食いついてるし、鬱陶しいったらない」
無駄に盛り上がってたジャンたちに意気揚々としたおっさんか。……うーん。あまり絡まれたくないメンツだ。
「それより、早く来て。もういろいろあって大変なのよ」
「えっ、何が?」
「まずはユミスの所へ。どうせその話も出るから」
ナーサは難しい顔つきのまま踵を返していく。
何が何だか良く分からない。
はたして連れて来られた二階の広間に集まっていた顔ぶれに、俺は驚きを隠せなかった。
「ヴェルンドにメリッサまで! なんでここに?」
「うむ、小僧。息災である」
「なんか、とんでもない事になってるね」
「あ、やっと起きたのね、カトル。自分の魔法で寝坊するなんて、お茶目なんだから」
「ん、私の目覚めの魔法でも起きないのはカトルだけ」
「はっはっは。戦場で眠ったままとは豪気な奴だ。俺は昂って寝たくても眠れんぞ」
「フン、貴公にとって戦場かどうかなど関係あるまい」
「おい、アエティウス。そりゃどういう意味だ!」
「そのままの意味であろう? 一度酒が入ると倒れるまで飲むのを止めぬではないか。泥酔状態で戦場を駆けるなど貴公くらいなものだ」
「おお! さすがアヴィス将軍。我もたとえ泥酔しようと違えず弓を放てるようになりたいものだ」
「いやいや、後方から矢を射る奴が泥酔って、さすがの僕も逃げるよ」
「なんと。ランベルティ卿は将軍の持つ剣を前に戦場を去るのですか?」
「むむ。僕はシュリトの為なら危険など省みないぞ」
「はっはっは。さすがは“双剣”だな。どうだ、このまま共に戦場を駆けるか?」
「いい加減、貴公はその脳筋状態から脱却してはどうだ」
……なんだか、いきなり人数が増えて収拾がつかなくなっているな。
それに知らない顔もある。
アエティウスの傍に居る長い白髭を蓄えた老人は見たことがなかった。フードをかぶっていないものの、黒のローブに身を包むその姿は間違いなく魔道師ギルドの者だ。だが穏やかな表情でアエティウスと談笑しているあたり、旧知の間柄なのだろう。
そんな感じでなんとなしに眺めていたら、俺の視線に気付いたアエティウスが苦笑いを浮かべてくる。
「そんな不審そうな顔を向けないでくれ。かの老人はベネデット=ノルチャ。現カルミネ魔道師ギルドのマスターで、私の上司に当たるのだから」
「は――はい?!」
「カトル、どうどう」
俺がいきり立つと、ナーサが後ろから両肩を軽く押さえてくる。
「アエティウスの上司が魔道師ギルドのマスターって、え? どういうこと!?」
「はい、落ち着いて、カトル」
なんでナーサはそんなに落ち着いていられ――って、あれ?
ふと、我に返れば生暖かい視線が皆から注がれているのがわかった。
なんだろう、この、もう知ってるから今更驚くな的な、なんとも居たたまれない空気は。
「驚くのは後回しね。カトルも来たことだし、一旦状況を整理しましょうか」
エーヴィがそう切り出してくれて助かった。俺だけ何もわかってないってのはばつが悪い。
……寝坊した自分が悪いんだけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。
目覚まし魔法でも起きれないってのはちょっと考え直さないとダメだな。
エーヴィの話はまず東門の状況説明から始まった。
これはアヴィス率いる傭兵たちと南門の衛兵によって無事鎮圧。
魔道師ギルドに居た数名が最後まで抵抗したものの、魔石による自爆攻撃はなかったそうで、重傷者も少なく比較的穏便に済ませられたとのこと。
途中アエティウスとベネデットにより行われた踏み込んだ話し合いが大きかったらしい。
「私は大きな宿題を抱えてしまいましたがね」
アエティウスは皆の前で少々不満げに語ったが、ベネデットとにこやかに話しているのを見ると実際は懸念が解消され安堵しているようだ。
なお東門を管轄するリキメル=スエビは居なかったそうで、これで南門のマルケリス=ダルマツィア、そして西門のジュリオ=マヨリウスと各門を取り仕切る貴族たちは皆、姿を見せていないことになる。
「叛乱を起こそうって奴が陣頭指揮にも立たず保身を考えるなんざ、考えが甘ちゃん過ぎるな。女王さんが敵陣に突っ込んでるのとはえらい違いだ」
「……ん」
にやっと笑うアヴィスにユミスが少しだけ顔を赤らめる。
「敵もまさか陛下が下町にいらっしゃるとは思ってなかったのでしょう。きっと今、一番混乱しているのは王宮で実際にこの叛乱を取り仕切っているであろうタルデッリ侯爵と、シュテフェンから派遣されてきたキルカ=キュリロスに相違ありません」
「キルカ……、誰?」
「キルカ=キュリロス。魔道師ギルドの中でも五本の指に入る実力者で、穏健派からは“魔道師ギルドを破壊する為に生まれてきた怪物”と称されるほど厄介な男です」
俺の疑問にアエティウスが難しい顔で答える。
魔道師ギルドの実力者、というとあのファウストと同格ということか。
間違いなく難敵のようだ。
「おそらく敵は王宮を押さえる前に二の門を制圧して、抵抗が予想される下町を封じ込めたかったのでしょう」
「抵抗、って?」
「おいおい、女王さんの御付が何不思議そうにしてるんだ? 当たり前だろう。貴族には今が叛乱を起こすほど最悪な状況かもしれねえが、民衆にとってはどんどん暮らしが楽になっているんだ。そんなかけがえのない国の宝を奪われようとして、黙っている奴は一人もいねえさ」
「――!」
ユミスの努力が報われた瞬間だったかもしれない。
その唐突な賛辞を聞き、不意にユミスの瞳から涙が溢れ出す。
「へえ、市井の評判はそんなに良かったんだね。僕は知らなかったよ」
「憚りながら前ギルドマスターは陛下に不満を漏らしていました。今のマスターは公女閣下と懇意ですが、傭兵の中にははっきりと現状を憂えている者がいるのも事実です」
ジャンも、そしてエーヴィもまた戸惑いを隠せないでいる。どうやら二人にとってもアヴィスの言葉は意外だったらしい。
「ふっ、傭兵ギルドは腐敗の恩恵を受けていた立場ですからね。かく言う魔道師ギルドも当初は批判の声が多数を占めておりましたが、半年前から状況が劇的に変わりました」
そう言ってアエティウスが頷くと、今まで黙していたベネデットが口を開いた。
「この老いぼれが発言することをお許しください、陛下。聖夜祭に行われた会談で枢機卿猊下以下、主だった者がこの地を離れ、一時カルミネの魔道師ギルドは存続すら危ぶまれておりました。かく言う私も不安に駆られた一人でしたが、その後に起こったギルド内の変化は、純粋に魔法を極めるべく切磋琢磨していた若き頃の感情を呼び覚ますほど気持ちが昂るものだったのです……!」
ベネデットは感情を抑えきれず肩を震わせている。それは心を揺り動かすほどの激情だった。
「魔道具という金のなる木に寄生するだけの者はカルミネを去り、日の目を見なかった才能ある者が真価を発揮する――魔道師ギルドとして本来あるべき姿が体現しました。一部シュテフェンから遣わされた者が幅を利かせておりましたが、それも今回の騒動ですべて消え失せるでしょう。……我ら魔道師は新たな道を模索しております。陛下には、是非その道しるべを示して頂きたいのです」
ベネデットは厳かに平伏する。
「ん……新しいギルドはアエティウスに任せたからきっと良いものになる」
「陛下にそう仰られると、正直胃が痛いですね」
「責任重大だな、アエティウス。まあ、頑張れ。俺も見守っていてやる」
「貴公は酒を飲む以外、何かするのか?」
後日、アエティウスとターニャ、そしてイェルドが集まっての三者会談が開かれるという。
傭兵ギルドも人手不足で大変らしいから、本当に新しい組織が出来るならちょうど良いのかもしれない。
「魔道師ギルドの話はまたおいおいさせて頂きましょう。それより、ここからが重要です」
この後が長くなりすぎた為、キリの良いところで投稿します。
次回は3月15日までに更新予定です。




