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第五十三話 奇跡は舞い降りた

11月18日誤字脱字等修正しました。

「何者!? なぜそこから?!」


 ギルドに入るとすぐの所に十人ほどの衛兵が陣取っていた。そして西門からやって来た俺たちの姿を見てにわかに緊張が走る。

 まさか門側から衛兵以外の者が来るとは思っていなかったのだろう。あたふたして傍目から見てもわかる動揺っぷりであった。

 だがそんな中、一人だけ様相が異なっている者がいた。ユミスの顔を見た途端表情を強張らせると、腰に巻いた袋から大量の魔石を取り出し躊躇なく投げつけて来たのである。


「ユミス?! ナーサ!」


 まさかこんな密集した場所で、自分さえも巻き込まれる事を厭わず魔石を使ってくるとは思わなかった。急いで前面に出ようとするも間に合わず、魔石同士の暴発でその場に爆風が吹きすさぶ。ドンッという音と共にギルドが地震のように大きく揺れ、埃が舞い、目が開けられない。

 だが、それだけの衝撃が巻き起こったはずなのに、なぜか肝心の魔力は大したものではなかった。

 不思議に思い周囲を見渡して、ようやく俺はこの場に別の柔らかな魔力が漂っていることに気付く。


「――ユミス?!」

「大丈夫。魔法結界(マジックバリア)で威力を抑えたから」


 俺の驚きをよそに、ユミスはあっけらかんと言い放つ。

 ――あの一瞬で魔石の力をものともしない結界をこの場全体に行き渡らせたのか。……凄すぎてもはや呆れるしかないんですけど。


「ゲホッ、ゲホッ……。今、一瞬、凄い風圧じゃなかった?!」


 状況を理解出来ないナーサが苦しそうに咳き込む。


「魔力しか相殺できないのが難点。おじい様みたいに耐風圧(ウインドプレッシャー)魔法レジスタンスがもっと上手に使えればいいんだけど……」

「いや十分でしょ」


 耐風圧(ウインドプレッシャー)魔法レジスタンスっていや、じいちゃんが俺を乗せて大陸に飛んだ時使ってた魔法だ。

 実はこの魔法、飛ぶのに必要だから竜族(カナン)は皆使えるかと思いきや、たいていスキルとして耐風圧(ウインドプレッシャー)を獲得しているのであまり使えなかったりする。周囲の圧力を計算してイメージする必要があり、しかも刻々と変わり行く状況に合わせて魔法を継続しなくてはならないので、使いこなすのが難しいんだ。

 それをまだ不安定とはいえ使うだけなら出来る辺り、やっぱりユミスはとんでもない資質の持ち主だと再認識する。


「さすが()()()()()()()()! 謀反人の魔法などカケラも寄せ付けませんな!」


 俺たちの会話を聞いていたのかエジルが殊更に大きな声で得意気に叫んだ。すると、エジルに気付いた衛兵たちから口々に驚きの声が漏れ始める。


「隊長。これは、何がどうなって?」

「いいか、よく聞け。こちらにおわす方はなんと! あの! ユミスネリア陛下その人であらせられる!」


「「「……っえええ!?!」」」


「今、諸君らもまさに体験したであろう? 恐れ多くも陛下が高位の結界魔法を唱えて下さらなかったら、皆、魔石の爆発で半死半生の身となっていたぞ。見よ! 我らの命などおくびにも考えない悪逆非道な行いをする奴がそこにいる。目を覚ますのだ、勇敢な衛兵諸君! 我と共に陛下に尽くすがいい!」


 こいつもユミスに矢を放っていたはずだが、綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。まあどうやら単純に騙されていただけみたいだし、ユミスは魔法でその辺わかるっぽいから大丈夫なんだろうけど。

 ただ、その言葉に怯んだのは頼みの魔石を失い愕然としている男だった。

 転がるように反転して逃げ出したのを見て、ナーサが素早く追いかけて取り押さえる。



 名前:【アンモニオス=ニトリア】

 年齢:【28】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【カルミネ】

 レベル:【8】

 体力:【62】

 魔力:【43】

 カルマ:【なし】



 魔力の低さから、どうやら魔道師ギルドのメンバーではなさそうだ。

 だが、ユミスが近付くと憎しみに満ちた表情で睨みつけてくる。


「お前のせいだ! お前のせいで、俺は食べることさえ苦労して――!」

「は――?」


 俺はこの男が突然何を言い出したのかさっぱりわからなかった。衛兵の仕事だけでは生活出来ないってことなのだろうか?

 ただその言葉を聞いたユミスは表情を険しくする。

 ……恨み言を当人から直接聞いてショックを受けないはずがない。


「陛下、戯言に耳を傾けてはなりませぬぞ!」


 だがそんなユミスをエジルが励ます。


「確かにこの者はちょっと珍しい魔法が使えた為、衛兵の片手間に小遣い稼ぎをして羽振りが良かったと聞いております。ですが魔石の無償配布でお役御免になったからと言って、それまで身に付いた浪費癖が抜けなかったのは自らへの戒めが足らなかったに過ぎません。陛下が気に病む必要はないのです」

「……ぐ、うう」


 エジルの容赦ない一言にアンモニオスは声にならない唸り声を上げるのみであった。

 ……なるほどな。

 確かに突然稼ぎがなくなって苦しい気持ちはわかるが、それで死を恐れず魔石を暴発させるなどどこか頭のネジが外れてしまっているとしか思えない。

 もしかして何か変な状態だったりするのか?

 ショックから立ち直ったユミスも同じように考えたのか、改めて鑑定魔法でこの男の状態を調べる。


「……カルマに意識混濁が出てる。衛兵が鉄石(くろがねいし)を使ったのは?」

「はっ。週の頭に行うので一昨日の月曜日です」


 どうやらユミスの鑑定魔法だと状態異常の表記が出ているらしい。

 意識混濁なんて見たこと無いから、もっとレベルを上げないと確認できない能力(ステータス)なんだろう。


「ちょっと待って、ユミス。意識混濁って病人ってことじゃない! それなら鉄石(くろがねいし)でわかるはずでしょ?」

「ん、そう」

「……だとすると、考えたくはありませんが薬物の類ということでしょうか」


 エジルの言葉を聞き、衛兵の間からざわつきが漏れ出す。自分もそうなっているのではないか、という漠然とした不安が伝染したのだ。


「大丈夫。ここにいる人は問題ない」


 すぐにユミスが全員に鑑定魔法を掛けてその懸念を取り除いた。


「おお、それはよろしゅうございました」


 その意を受けたエジルが大きく安堵の吐息を漏らし、釣られて衛兵たちもほっと一息ついて笑みを零す。

 ……意外とエジルの大袈裟な振る舞いも役に立つ時があるようだ。


「他の衛兵は?」

「今、各階にいる職員たちを捕縛していますが、五階の抵抗が激しく、多くがそちらに向かっております」

「五階?!」


 昼のことを考えれば、まだエーヴィが残っていることは想像に難くない。俺はすぐにユミスとナーサに促すと、気持ちは同じだったようで階段へ向けて走り出した。


「うおっ?! 皆、陛下に続け!」

「は、はい!」


 アンモニオスを監視する二人を残し、他の衛兵たちが俺たちに付いてくる。


「よし。(ワレ)は陛下にお供する。残りは一階の出口を抑えろ」

「はっ。了解しました、隊長」


 エジルの指示に衛兵たちが階段を駆け下りていく。それを横目に俺は視線を上に向けた。

 金属のかち合う音が聞こえ、魔石とは違う魔力の奔流を感じる。


「これ、エーヴィの魔力だ!」

「まだ無事なのね?! 急ぐわよ、ユミス!」

「ん……」

(ワレ)が先に! 事情を説明致しますので」


 そう言ってエジルは三段抜かしで階段を駆け上がっていった。負けじと俺も飛ぶように階段を駆け上がる。


「四階はいかがしますか?」

「後!」


 ちらっと四階の受付辺りに職員が捕縛されているのが見えたが、どうやら抵抗した様子もなかったので後回しにして五階へと向かう。


「エーヴィ! 大丈夫か?」


 俺はエジルよりも先に五階に降り立つと、魔力を感じるその先に向かって大声で呼びかけた。

 その途端、大勢の視線がこちらに集中してくる。


「なんだ貴様らは?!」


 問答無用、とばかりに階段付近にいた男が魔石を取り出し投げつけてきた。それを剣で横一閃払いのけると、タイミング良くユミスの魔法結界(マジックバリア)が覆ってくれる。

 ドンッ、という衝撃が五階を揺るがすも今度は備えていたので大丈夫だ。探知魔法を駆使し、そのまま突撃を開始する。

 まさか俺が魔石の爆発を払いのけて特攻して来るとは思わなかったのだろう。立ち竦む男のみぞおち辺りに剣の柄を打ち付けるともんどりうって倒れる。

 それを見た他の衛兵たちが一斉に剣を構え、こちらに襲い掛かってきそうになったところで、エジルの声が轟く。


「衛兵たちよ! 我は西門隊長エジル=アッリエッタである。今すぐ剣を下ろせ。陛下の御前であるぞ」

「なっ!?」

「プラエトル卿の命令はすべてデタラメであった! それに従うはすべて叛意ある者と捉える」


 だが、その言葉が終わらないうちに奇声にも似た声が響いてくる。


「キーッ、ふざけたことを抜かすでないわ! 親衛隊長官プラエトル卿の言葉を疑うとは西門の隊長如きが、貴様こそ叛意を持つ者ではないかぁっ!」

「この命令には近衛隊長官のイリュリア卿他、タルデッリ卿、スエビ卿、ダルマツィア卿、マヨリウス卿とそうそうたる方々の賛意も得ておる。陛下を騙る偽者の言に惑わされてはならぬ。この場こそ、王宮を守り抜く為の要の地であるぞ」


 奥のギルドマスターの部屋付近に居た男どもが口をそろえて糾弾すると、明らかに衛兵たちは困惑しどうしたら良いのかわからず立ち往生してしまう。

 ユミスが前面に立っても、衛兵のほとんどは顔どころか立ち姿さえ知らないので全く意味がない。

 貴族相手でさえ一月に一回しか面会しない人見知りの性がこんなところに影響してしまうとは本人も思っていなかっただろう。



 名前:【パラバラネイス=オストラコン】

 年齢:【32】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【カルミネ】

 レベル:【6】

 体力:【45】

 魔力:【41】

 カルマ:【なし】



 名前:【ヒエラクス=アレッサンド】

 年齢:【29】

 種族:【人族】

 性別:【男】

 出身:【カルミネ】

 レベル:【9】

 体力:【79】

 魔力:【53】

 カルマ:【なし】



 奇声を発して耳障りなのがパラバラネイス。その隣の長身の男がヒエラクスだ。

 どちらも魔道師ギルドの者ではないようだが。


「ユミスはあいつら知らないの?」

「見たこともない。鑑定魔法で調べると貴族みたいだけど……」

「一国の王が貴族の家名さえ知らないって、それユミスのサボリじゃない」

「……フン」


 ナーサの言葉にユミスは少しむくれてそっぽを向いてしまう。

 こんな局面で冗談を言えるあたり、意外と二人とも余裕がありそうだ。


「何をしている、早くあやつらを捕らえぬかぁ! この際、生死は問わん!」


 パラバラネイスの甲高い声がまた廊下に響き渡った。その命を受け、男どもの傍にいた数人の衛兵がこちらに敵意をむき出しにしてくる。


「だいたい、こんな場所に陛下がおられるはずがなかろう? 何しろ今まさに王宮では諸侯が勢ぞろいして会議が行われているのだ。皆の者、騙されてはならぬ」


 ヒエラクスの冷静な発言に迷っていた衛兵たちもまたこちらに剣を向け始めた。その様子を満足そうに頷くと、さらに声高に叫ぶ。


「さあ、早くこの地を確保せよ。でないと陛下の命に逆らう事に――」

「叛乱の計画が頓挫してしまう、の間違いだろ? ヒエラクス」


 突如、斜め向かいの部屋の扉が勢いよく開け放たれ、中から現れた傭兵にヒエラクスの言葉は遮られた。

 驚いて見ると、二振りの剣を手に細身の全身鎧(プレートアーマー)を身に着けた男が颯爽と歩いてくる。全身黒尽くめの鎧に血をイメージさせる真紅の布が巻きつけられており、見る者の心の内側から恐怖を沸き起こさせる装いだ。

 パッと見ただけでは誰だかわからなかったが、その声には聞き覚えがあった。

 ――“双剣”のジャンだ。

 昼間のおちゃらけたジャンからは想像も出来ない相手を圧倒するような威圧感を前に俺は思わず息を呑む。

 まさにその姿は“双剣”の異名に相応しい、ギルドを象徴する歴戦の勇士であった。


「ランベルティの子倅だと?! まさか、なぜここに――!?」

「ふふん、ここは僕のホームだからね。それとも僕が会議に参加していないのがそんなに不思議かい?」

「くっ……!」


 ヒエラクスが言いよどむ中、ジャンは左手の剣を背にし右手の剣を振りかざす。たったそれだけの所作で近くに居た衛兵たちは皆及び腰になってしまった。

 それだけ“双剣”の名声が轟いているのだろう。その様子を涼しげに見つめながら、ジャンは後ろを振り向き合図を送る。


「エーヴィ!」

「カトル、か」


 見れば血に染まり深手を負ったエーヴィが見知らぬ女性を肩に担いで部屋から出てくるところだった。

 ナーサがすぐにその女性の傍に近づき、傷の具合を確かめる。


「まずいわよ、これ。背中が焼け爛れてる。早くなんとかしないと死んじゃう!」

「ヒュパティアは魔石の衝撃から私を庇ってこんな目に……! 連中は陛下の命令と言いながら、実際は依頼を処分したかっただけよ。私がもっと最初から毅然とした態度に出ていればこんなことには――!」


 エーヴィ自身も脇腹や右足から血を流していたが、それを気にする素振りもなくヒュパティアという女性職員の容態を深刻そうに見つめる。意識はすでになく呼吸もか細くなっており、瀕死の状態だ。


「これが貴族の行いだ! 僕はほとほとあきれ果てた。こんな計画に賛同する者など、消えてなくなればいい――!」


 聞いたこともないようなジャンの苦渋に満ちた怒りの声に、衛兵たちの間にも動揺が広がる。


「俺はこんな酷いことに従ったわけじゃねえ!」

「ギルドの職員なんて普通の市民と変わらないのになんて事を……」

「捕らえるだけって聞いてたのは全部嘘かよ!」


 口々にこぼれる不満は全てパラバラネイスとヒエラクスへ向かっていく。


「ユミス――!」

「ん、わかってる!」


 珍しくユミスが声を荒げた。もうすでに膨大な魔力を支えるべく瞑想に入っているようだ。


「陛下はいったい何を……?」


 その魔力の高まりにエーヴィも気づいたらしい。

 そして放たれる魔法の威力にその場の誰もが目を奪われる。


賢人の(ソロモン)オブ癒魔法ヒーリング――!」


 ――もはや言葉は必要なかった。

 神々しいばかりに輝くユミスの魔力により、奇跡は舞い降りたのだ。

 ヒュパティアの傷が瞬く間に癒え、瀕死の身体に生きる力が戻ってくる。


 そして――。

 その場にいた誰もがユミスに跪いていた。

 カルミネの女王だからではない。

 奇跡を目の当たりにした誰もがここにいる少女に敬愛の念を抱いただけ。


「ふう。何とか成功して良かった」


 そう言ってニコッと笑うユミスに、ドッと歓声が湧き起こったのである。

次回は2月28日までに更新予定です。

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