第五十二話 神弓のエジル
11月16日誤字脱字等修正しました。
「やっぱり城壁の上だとあっという間だ」
「あんた、それ前に下を通った時にも言ってたなかった?」
「しょうがないだろ? 実際全然違うんだから。脇道だと倍以上時間掛かるし」
「ここから見ただけでも凄い入り組んでる。こんなことになってたなんて……」
初めて裏街の光景を目にしたのか、ユミスはずっと横を向きながら歩いていた。
ある程度状況は知っていたのだろうが、実際に見るとその異様さに驚くのも無理もない。
「ほら、ユミス! 今は考えない。まずは西側の二の門でしょ!」
「ん……わかった」
ナーサに諭され、後ろ髪を引かれつつユミスは前を向く。
見れば傭兵ギルドの黒光りの建物がすぐそこまで近付いてきていた。
西門までもうあと少しだ
「ユミス。門の上は?」
「何人か人影はあるけど、大多数は傭兵ギルドの方へ行ってる。ギルドの中は衛兵なのか傭兵なのかわからないけどかなり入り乱れているみたい」
「それはまずいわね。戦いになったら怪我人が出るくらいじゃ済まされないわ」
「今の所死者が出てる気配はないけど、怪我人までは分からない……」
「とにかく、さっさと西門を取り返すのが先決ね。数人程度ならなんとか――」
急にナーサが言葉を切り、腰の長剣を抜き放つ。そして空に向かって振り払うと鈍い金属音と共に何かが城壁に叩きつけられた。
「気をつけて! 弓兵よ」
「強風魔法!」
ナーサの声にすぐ反応したユミスが風属性を展開すると、空を舞うように金属音が鳴り響き、二、三本の鉄の矢が落ちてくる。
相変わらずの威力で、範囲も的確だ。
「風属性は苦手……」
ユミスが何か呟いてるけど、これで苦手なら俺はどうしろっていうんだ。
さすがユミスとしか言いようがない。
「止まれ! 我の目の黒いうちは絶対に近付かせぬぞ!」
そんな場違いな事を考えていたら西門の方から叫び声が聞こえてくる。
この矢を放った者に違いない。
「なんで味方に矢を浴びせるのよ!」
「抜かせ! 南門の衛兵どもが何をとち狂ったか陛下に盾突いて叛乱を起こしたのは知れ渡っている。騙されはせぬぞ!」
ナーサの言葉に怒気を含んだ声が返された。
どうやら南門が取り返されたとすでに敵側には伝わっているようだ。
「ついさっきの事なのに、なんで知ってるんだ?」
「魔術統治魔法で情報は管理されているから、たぶん王宮の制御室が占拠されて伝聞石経由で伝わったんだと思う」
「はい?! そんなに凄い魔法だったの?」
「制御室は魔力さえあれば誰でもカルミネ全体をある程度把握出来るの」
「凄い……初めて知ったわ」
「でも、ユミスがここにいるのになんでそいつらが使えるんだ?」
「それはまだ、私が魔力を供給し続けているから……」
「え? なんで――」
だが、そこで問答は門からの声に遮られた。
「強力な魔道師がいるようだが、たった三人で何が出来る。我はユミスネリア陛下に直々にこの場を任せられたエジル=アッリエッタ! 我が命に代えてもこの門は守りぬくぞ!」
その言葉が終わらないうちに、こちらに向けて矢が射掛けられる。
「クッ!」
「カトル?!」
「――大丈夫。けど凄いな。この距離で狂いなく当ててくるって」
強風魔法の範囲を出たらすぐこれか。
なんとかぎりぎり剣で叩き落とせたが、ユミスが狙われ続けると厄介だ。ずっと魔法を展開し続けるわけにもいかないしね。それに夜の闇もまた困難を助長していた。これが昼間だったらもう少し楽だったんだろうけど、鉄の色が夜陰に紛れ非常に見えづらい。
「どうするの? 隠れる場所なんてないわよ。これ以上近付いたら私じゃ弾き返せない」
「俺も暗くて見えづらい」
「は? そこ?」
「ならある程度明るければ、カトルは平気?」
「ああ、問題ない」
「……照明魔法」
頷いたユミスがすぐに魔法を展開する。すると、まるで大通りの街灯宜しく城壁の上に点在する光源が現れ、西門までの道を明るく照らし始めた。
「これが、照明魔法?」
「どう? 見えそうかな」
たった一つの明かりでさえ四苦八苦する俺には、幾重にも連なり暗闇を鮮やかに照らす光景を見せつけられたら苦笑するしかない。
「ありがと、ユミス。これなら――大丈夫!」
連続して放たれた矢を払いのけて俺は先頭切って駆け出した。
慌ててナーサとユミスがついてくる。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「これだけ明るければね。――よっと」
また飛んでくる矢を弾き落とし、俺は先の様子を伺う。
「あそこだな」
西側は南側と異なり二対の小塔がそびえている。その二階から矢は射掛けられていた。
だったら、あの塔の小窓を封じてしまえばいい。
「ちょっと待った、カトル! あんた、いったいどうするつもり?」
「あの塔の二階に弓を使ってる奴がいるんだ。だから――」
「あんたねえ。普通の人はジャンプしたくらいじゃあんな高い塔の二階になんか届かないんだからね!」
「さすがに俺もそのくらいわかってるよ!」
「今の身体強化状態のナーサなら届くかもしれないけれど」
「え……そうなの?」
「でも、あの小窓を塞げばいいんだよね? それならもう少し近付けば……氷壁魔法」
俺が矢を払っている間にユミスの展開した氷魔法が塔を凍てつかせていく。
てか、颯爽と突撃しようと思っていたのに、これじゃ俺の出番がない。
ただ、唖然として氷壁魔法を見守っていたのは俺たちだけではなかった。
「うおお!? こ、これは氷魔法ではないか! 何がどうなっている?!」
塔の中から叫び声が聞こえ、その後罵声とともに争う音が外まで響いてくる。そして、幾ばくかして音が止んだかと思うと、もの凄い勢いで扉が開かれ、そのまま衛兵らしき男が転がり込むように平伏してきた。
「そちらにおわすはユミスネリア陛下であらせら、らせ……うぐ」
あっ、舌噛んだ。
巨体を震わせて痛みに耐えているようだが、少し落ち着けと言いたい。
見れば巨大な弓を背負っており、こいつが上から矢を番えてきたエジルとか言う奴なんだろう。
「失礼しました。どうも緊張するとうまく喋れない」
「貴方は?」
「申し遅れました! 我はエジル。先だっては楼門の守護という過分のお取立て、感謝の念に堪えません」
エジルはユミスを見て感極まって涙を流していた。
なんとも暑苦しい奴といった印象だが、とりあえず有無を言わさず鑑定魔法を掛けさせてもらおう。
名前:【エジル=アッリエッタ】
年齢:【33】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【シェラン】
レベル:【27】
体力:【256】
魔力:【24】
カルマ:【なし】
「ユミス、知ってる?」
「ん……確か、ターニャから弓が上手って聞いた気がする」
「はっ。ランベルティ卿よりタルクウィニア閣下に推薦頂きまして――」
このエジルという男、どこかで見たような……。
カルミネでの知り合いなんて数えるくらいしかいないんだけど、この風貌、なんとなく知ってる気がする。
髪の毛はぼさぼさだが、鎧の合間から鍛え抜かれた筋肉が垣間見え、修練に手を抜いていないのがうかがい知れる。平伏していても俺よりかなり背が高いとわかるが、何より目を見張るのはその巨体を超える長さの大弓を携えていることだ。
この弓であの距離を正確に射出してくるとは。
とんでもない技量の持ち主であることは間違いない。
「今もユミスネリア陛下の命との事で、迫り来る敵に対する防備を整えていたところであります。しかし、陛下はなぜ南門からわざわざ城壁の上を通ってお出でになられたのです? 南門が敵の手中に落ちたという伝令もあって情報が錯綜し、危うく誤射してしまいましたぞ」
「……敵の手に落ちたのはこの西門」
「……は?」
「私は防備の命令なんて出してない」
「そ、そんなはずは……?! プラエトル卿より陛下の命であると、しかとこの耳で聞きましたぞ」
エジルは自分の耳をひっぱりながら大げさに驚く。
「そのプラ……なんとかって誰?」
「親衛隊の長官を代々務めるプラエトル家の当主ルフィヌス。悪知恵が凄い働く」
「……ユミスにしては辛辣な評価だね」
「普段は猫を被ってるけど、本性は狡猾」
ユミスが苦い顔をしている。
「私がカルミネに来てまもない頃、ルフィヌスがエウトロとこそこそ話していたのを魔法で聞いたから」
「エウトロ?」
「近衛隊長官のイリュリア卿のことですか?」
話に割って入ってきたエジルにユミスは軽く頷く。
「近衛軍を統括しているターニャの存在が邪魔だからティロールに栄転させて、残った私を傀儡にするって」
「なんと!?」
「なんでそんなしょうもない奴を長官のままにしてるのよ」
「貴族なんてだいたいそんなものだから。私の魔力を知ってからは仕事をきちんとこなしていたし、他に代わりもいないから私はそ知らぬふうを装っていた。……でもやっぱり油断出来なかった」
「では本当にプラエトル卿が謀反……。うおおおおお」
エジルはショックを隠せず頭を抱えてうめき声を上げる。だが、すぐに頭を振ると、すくっと立ち上がり前を見据えた。
「こうしちゃおれませんぞ。傭兵ギルドに向かった衛兵の中にはプラエトル卿の腹心を名乗る連中が多数おります。ああ、西門の奴らは我が陛下の御前に向かうのを邪魔した為、縛り倒しておきましたが」
「ん、確かにまずいかも。――戦いになってる」
「じゃあ、早く向かわないと!」
「我が案内致しましょう。陛下がいらっしゃれば百人力です!」
そう言ってエジルは大股で進んで行く。
「ユミス、俺も魔法使うよ」
「ん」
ユミスに許可を取ってすぐに探知魔法を展開すると、西門に十五人程度、傭兵ギルドに百人程度の人影があった。それなりの人数が塔に残っているようだが、特にこちらを伺っている様子はない。一応万が一に備えてエジルとユミスの間に入ったが、おかしな素振りはなさそうだ。
塔の中に入るとエジルの言った通り縄で縛られた連中が三、四人転がされており、皆ボコボコにされてうずくまっていた。
その連中を一瞥しエジルが傭兵ギルドへ向かうと、すぐ横で待機していた衛兵たちが左右に整列し皆ユミスに向かって最敬礼する。これを見ると西門の衛兵も特に叛意は無さそうだ。アエティウスの読み通りである。
「ここにいる衛兵は大丈夫」
一瞬で鑑定魔法を掛けたユミスがにこりと微笑む。その笑顔に衛兵の顔がにへらと緩み、すぐハッとなって姿勢を正す。
「早くギルドへ行こう」
「了解」
西門は残った衛兵に任せ、俺たちもエジルが向かった先へと急ぐ。
見ればエジルはギルドへ続く落とし格子を開く為、もう一人の衛兵と一緒になってウインチの回転ハンドルを必死で回していた。
城門という重要な場所の割りには後付け感が否めなかったが、跳ね橋もあり、一応二重構造になっているのでここが防衛の要という認識はあるのだろう。
「さあ、準備は整いました。早く参りましょう」
「お疲れ様」
普通はカウンターウェイトを使って開くところを手動でやった為、エジルたちは汗だくだった。そんな彼らを労いつつ、ユミスは足早にギルドへとかけて行く。
「お、あ。我を置いて行かないで下っ……」
あ、また舌噛んだな。
重労働で筋肉がプルプル震えている状態で手を口にあてたため、顔が小刻みに揺れていて面白い。
「先陣は武家の誉れ! 援護宜しく!」
「私も――行く!」
「ちょ、二人とも無茶するな!」
涙目になっているエジルを尻目に二人は先を進んでいってしまった。
てか、ナーサはいくら身体強化の効果があるからって無茶しすぎだ。
「バカやってないで俺たちも行くぞ」
「う、うむ。すまん」
俺は剣を握り締めると、こんなはずじゃなかったと沈むエジルと共に、戦いの匂いが立ち込めるギルドへと走りだした。
次回は2月25日までに更新予定です。




