第四十九話 戦端は開かれた
11月13日誤字脱字等修正しました。
「初代? ってか、竜人って……えっ?!」
俺は理解が追いつかずナーサを二度見してしまう。
隣を見れば、ユミスも目を白黒させていた。
そりゃあ大陸に移り住んだ竜族がいるのは知ってたけど、初代って、まさかそこまで深く人族に関わっているってことか?
……さすがにじいちゃんが怒るんじゃないだろうか。
もっと詳しく聞こうとしたその刹那、不意にユミスが立ち上がったかと思うと――静寂魔法が解き放たれた。
「えっ……、どうしたの? ユミス」
「魔術統治魔法が、破られた……!」
「うん? それ、どういう――」
ユミスへの問いかけが言い終わらないうちに、今度は店先から叫び声が轟く。
驚いて衝立の向こうを見ると、衛兵の集団が剣を振りかざして乗り込んできたのである。
「大人しくしろ! 女王の命で城門付近の区画を占拠する。逆らうものは須らく投獄するぞ!」
声高に宣言する隊長格の男にどよめきが生じ、慌てて奥からサーニャが飛び出してきた。
「待って下さい。占拠と言われても、ここは憩いの酒場です。市民の、それにあなたがた自身の楽しみを奪うおつもりですか?」
「おお、そうだ! 女将さんよく言った!」
「俺たちはただ、酒を飲んでいるだけじゃないか!」
「何の権利があってこんな酷い真似しやがる!」
「横暴にもほどがあるわ!」
「誰がそんな命令に従うかっ!」
サーニャの言葉に酒を飲んでいた者たちから歓声が上がり、さらに数多くいた傭兵たちが武器を片手に立ち上がり始め、あっという間に衛兵たちと一触即発の状況になる。
だが、隊長格の男はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、何かを見せ付けるように右手を突き出した。
「フン、女王に逆らおうと言うのだな。命知らずどもめ。氷付けにでもなってから悔やんでも遅いぞ」
「なっ……?!」
突き出された手のひらには魔石が握られていた。――まるでユミスの魔力が詰まっているとでも言いたげに殊更見せびらかし始める。
ただ、その効果は抜群であった。
騒いでいた者たちは途端に萎縮し声を潜め、威勢の良かった傭兵たちもじりじり後退していく。
だが、それでもサーニャは気丈にも一歩も譲らず衛兵を睨み返した。
「脅しには屈しないよ!」
「ふん、本当に死にたいようだな」
「陛下は、――あの子はそんなめちゃくちゃ言う子じゃないよ!」
「クックック。知ったような口をきくじゃないか、平民風情が。そんなに反抗するなら望み通りにしてやろう」
男は嘲笑うかのようにもう一度魔石を掲げる。
……これはさすがにまずい。
俺はすぐにでも飛びかかろうと剣の柄に手をやったところで――熱を帯びたユミスの手がそれを押し留めた。
「待って、カトル。私が話をつける――!」
そう低い声で返すユミスは明らかに怒っていた。
ついぞ見せたことがない冷たい視線にゾクリとする。
ユミスの身体から信じられない魔力があふれ出ようとして、それを事も無げに右手で集約させていた。
そのありえない光景に俺は毒気を抜かれ、前を譲る。
ユミスはニコリと微笑んで、そのまま魔石を持つ男の前にゆっくりと歩み寄って行った。
「うん、なんだお前は? 小娘だからといって容赦はせぬぞ。何しろ我らは女王の命で――」
「あなたは誰? 私は衛兵の中にあなたのような者がいるなんて知らないけれど」
男の言葉を遮り、ユミスは抑揚無く言い放つ。
そしてサーニャを庇うように前へ出ると不敵に笑みをもらした。
それを薄気味悪く感じたのか男は一瞬怯むも、また癇に障る声で叫び始める。
「どこの娘か知らんが、偉そうな物言いは慎んでもらおうか。女王の命は絶対なのは知っておろう? 死にたくなければどくんだ」
そして男は虚勢を張るかのように剣を抜き放った。反対の手には魔石が握られたままだ。
丸腰のユミスに対して過剰とも思える反応である。
「嬢ちゃん、危険だ! あの魔石には氷魔法が詰まってるんだぞ」
すぐ後ろに座っていた中年の髭もじゃ男が切羽詰った声を上げた。
だが、その傭兵らしき男の声に笑みを向けつつ、ユミスの歩みは止まらない。
「直接の命は誰? 南区画だから――マルケリス?」
「なっ?! ダルマツィア卿になんたる無礼な口を!」
「マルケリスの命で嫌々この行為に参加している者はすぐに武器を下ろしなさい。そうでないなら――氷付けになってから悔やむといい」
その言葉に多くの者が戸惑いを見せる。
そしてざわつきが衛兵たちの間に広まっていった。
……なるほど。
こんな市民を束縛するような行為を全員が好き好んで行っているわけではないんだな。
「あいつと、あいつと、あいつ……だな」
俺はすぐに見当を付けると、看破魔法と鑑定魔法を展開する。
名前:【アッスント=ドンギア】
年齢:【27】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【カルミネ】
レベル:【13】
体力:【135】
魔力:【41】
カルマ:【なし】
名前:【ガイオ=ジルポリ】
年齢:【26】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【カルミネ】
レベル:【9】
体力:【92】
魔力:【63】
カルマ:【なし】
名前:【トゥファ=メディラヌム】
年齢:【35】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【カルミネ】
レベル:【17】
体力:【198】
魔力:【34】
カルマ:【殺人】
この能力を見て、俺は初めて嫌悪を覚えた。
隊長格の男トゥファのカルマにあった【殺人】の文字は獰猛なサーベルタイガーの姿を思い起こさせる。
そして、その男の目の前へ今まさにユミスが歩み寄っていくところだった。
「ユミス――!」
俺は咄嗟に声を張り上げ、なりふり構わず突撃しようとして――。
だが、心配など全く必要なかった事をすぐ知ることになる。
「うぬぬ、食らえ!」
トゥファの右手に握られた魔石がユミスに向かって叩きつけられようとした刹那、ユミスの身体から溢れ出た魔力が全てを覆い尽くした。
周りに居た者たちにはユミスに浴びせられた魔石が効果を発揮したように見えたのだろう、劈くような悲鳴が店内に響き渡る。
そして気付けば店の扉の周りは巨大な氷で埋め尽くされていた。
だが、その氷壁の前に立っていたのは、右手を掲げたまま小さく吐息を漏らすユミスの姿であった。
衛兵たちは全員氷付けにされ身動きすらままならない。
誰もが呆気に取られ、その信じ難い光景に目を丸くしている。
王宮の氷化粧に比べればなんとも小規模な威力だろう。――だがそれでも、この場にいる者には十分であった。
「ま、さか、“氷の魔女”本人……?!」
「じょ、女王陛下だ! 本物だっ!」
口々に囁かれていた声が、やがて歓声となり女王を讃える言葉へと変わっていく。
衛兵に対する鬱憤を全てユミスの氷魔法が一瞬で晴らしてくれたんだ。こんな痛快なことはない。
ただ、ユミス自身はそんな周囲の反応に若干顔を赤くして俯いていた。
あまり持て囃された経験がないのだろうか。
後ろにいたサーニャがそんなユミスの手を取ってさらに周囲を煽ると、縮こまってしまう。
「ユミスは凄いな」
「他人事だと思って……!」
俺が近付くと顔を真っ赤にして可愛く文句を言ってくる。
だがこんな時くらい、いっぱい歓声を浴びてもらいたいもんだ。
そうこうしているうちに、ようやく衛兵の何人かが這い出てきた。どうやら件の三人を除けば、足元から這って出るスペースは用意されていたようだ。
そしてユミスの元へ次々に許しを請うべく跪き始める。
「誰か状況を説明出来る?」
「はっ!」
ユミスの声に一人が頭をあげた。そして二の門南側の衛兵がトゥファの指示で動いていた事、そしてトウファは南門を指揮するマルケリス=ダルマツィア卿の部下としてやってきた事を告げる。
「陛下による火急の命との事でした。二の門を閉鎖する事、そして敵から王宮を守る為、周辺の民家を全て焼き払い砦を構築するよう命じたのです」
「信じらんない……。何で王宮を守るのに民家を焼き払う必要があるのよ!」
あまりの事にサーニャが激高する。それはここにいる全員の気持ちを代弁するものだった。周囲のざわめきが増し、にわかに不穏な空気が漂い始める。
だが、そんな雰囲気を一掃したのはユミスだった。
サーニャの前に立つと、そのまま深々と頭を下げたのだ。
まさか女王が頭を下げるとは思っていなかったのか、その場に居た全員が息を飲む。
「迷惑掛けてごめんなさい……。でも、そんなことは絶対にさせない――!」
ユミスの肩が怒りに震えている。
向こうから仕掛けて来たとは言え、氷魔法をぶっ放したんだ。よほど腹に据えかねたのだろう。
「それで、こんな無茶な指示を出した奴は今どこにいるの?」
「まだ王宮にいるはず。今、貴族たちには緊急招集が掛けられているから」
「緊急招集?」
「ん……」
俺の問いかけに、ユミスは伏し目がちに頷く。
きっとシュテフェンへの対応で集められたのだろう。
ただそれをこの場で話してしまっていいのか迷っているみたいだ。そりゃあ、そうか。ここにいるのは争いごとになんてかかわりのない一般市民だもんな。
「大丈夫だぜ、嬢ちゃん。いや女王陛下って呼んだほうがいいか?」
ユミスが悩んでいると、突如後ろのテーブルからさっきの髭もじゃ男が話しかけてきた。
ユミスは若干戸惑いを見せたが、何とか平静を保って小さく頷く。
「私の事は好きに呼んで構わない」
「じゃ、女王さん、って呼ぶわ。それじゃ、もう一度言うぜ。緊急招集ってんだからよっぽどの事が起こったんだろうが、ここにいる奴らはそれなりに腕に覚えのある者ばかりだ。三年前の混乱も、十三年前の内乱でさえ平気で生き延びたんだからよ。ちょっとやそっとの事じゃ泣き喚いたりしねえ。だから大丈夫だ」
そう言って男が親指を立てると、その言葉に釣られ周りに居た飲んだくれたちが不敵な笑みを浮かべる。皆一筋縄ではいかなそうな連中だ。それがユミスに突っかかってきた。
「ちょっと失礼」
俺は有無を言わさず、看破魔法と鑑定魔法を男に掛ける。
名前:【エパルキヴ=アヴィス】
年齢:【42】
種族:【人族】
性別:【男】
出身:【カルミネ】
レベル:【45】
体力:【351】
魔力:【32】
カルマ:【なし】
なっ……。レベル45?!
このおっさん只者じゃない。しかも体力351って、ユミスに身体強化を掛けてもらっていたターニャ並みに凄い数値じゃないか。
「おっと、嬢ちゃん……いや、坊主か? 鑑定魔法を掛けといて失礼だけで終わらそうなんて虫が良すぎるんじゃねえか?」
ちっ……。まさか、あっさりバレるなんて思わなかった。
さすが腕に覚えがあるって豪語するだけの事はある。
「ん……今更、機嫌を悪くしないで。もうすでにこの場にいる者は全員鑑定済みだから」
「は……こりゃ、参ったね。さすがは“氷の魔女”様だ」
「先々代のヨハン王に従っていたあなたなら、おおよその事情は分かるはず」
「おおっと、そんなことまで見抜いちまうんですかい」
ユミスの言葉に、アヴィスはさばさばした感じで頭をかいた。そして俺に目配せすると、もう気が済んだとばかりに酒をかっくらい始める。
その様子を見てユミスは決心がついたのか二度三度と小さく頷き、ぐるっと周囲を見回した。
皆の注目が一身に集まる。
「昨晩、シュテフェンが正式にカルミネから離反すると宣言したの。そして各地に、魔道具廃止を訴えるカルミネ王を退位させよと檄を飛ばした――」
「……っ?!」
「緊急招集は対応する為だったけれど、その為の会議すらも相手の思う壺だったみたい」
「どういうこと?」
「坊主。お前、女王さんの御付のクセに察しが悪いな。おおかたシュテフェンに通じてる貴族どもが示し合わせて叛乱でも起こしたんだろ?」
「なっ……!」
「二の門を固めるって事は、城門にいる衛兵どもを近付かせないためだ。そうなると狙いは王宮か、それとも女王さん自身ってことになるが――」
アヴィスはユミスをチラッと見ながら淡々と語る。
「ここに女王さんが来てるんじゃ、相手もチグハグだな」
「……私は誰にも気付かれないようにこそっと会議を抜けて来た。本当は内緒」
「ハッハッハ。いいねえ、女王さん。王宮の奥に引き籠ったままって噂とは全然違えじゃねえか。そりゃあ、敵さんも見誤るわな」
そう言ってまたアヴィスは酒をかっ食らう。そして向かいの席に座っていた男に矛先を向けだした。
「おい、アエティウス。そろそろ何か一言あってもいいんじゃないか? 俺は考えるのは苦手なんだ。こういうキナ臭いのはお前の領分だろうが」
その言葉にアエティウスと呼ばれた白髪交じりの男が不快そうな表情を浮かべる。
「私は隠遁の身。晩節を汚し、白髪三千丈とはなりたくないのでね」
「晩節って、てめえまだ三十過ぎだろうが」
「我らは大いに嘯き、空しく手を拍つのみ。戯言で陛下を惑わせて良いのか?」
「そんなこと言ったってな。飛んでくる火の粉くらい振り払わねえと、おちおち酒も飲めやしないだろ」
「フ……それは一理ある。酒は人生を美しく彩るもの。……ならば急いだ方がいいでしょう」
アエティウスは一礼するとユミスに向かって話し始めた。
「シュテフェンからの援軍を待ちつつ王宮を占拠するなら、相手の狙いは傭兵ギルドと魔道師ギルドです。特に傭兵ギルドは恰好の出城。そこを抑えられると、正面から奪い返すのは困難になる」
「っ?! なら急がないと――」
「いや、ここまで用意周到な敵。おそらく今から向かっても間に合わないでしょう。それなら、裏をかくべきかと」
アエティウスは冷ややかに笑う。
「まずはそこの衛兵に混じって二の門南側を奪い返します。そして城門の内側より攻めるのです。陛下が先陣を切れば容易いことでしょう。……その勇気があれば、ですがね」
次回は2月13日までに更新予定です。




