第四十八話 三人で話し合い
11月10日誤字脱字等修正しました。
サーニャからの詮索も落ち着き、やっと全て出揃った豪華な食事を堪能し始めた頃、俺は違和感を覚え周囲に目を凝らした。
誰か人の気配がする――。
今居るのは奥の衝立に囲まれた区画なので、基本サーニャ以外は誰も入ってこない。
ウェイトレスをやったせいか、普通の席に座ってると酔っ払った客に絡まれるので通してもらったテーブルだ。
やっと落ち着いて食べられると思った矢先だっただけにまた誰か来たのかとムッとしながら通路を覗いたのだが、気配はすれども姿は見えない。
不審に思い探知魔法を展開しようと魔力を込めた時、耳慣れた声が聞こえてきた。
「待って。今カトルに魔法掛けられたら対処できない……!」
「?! その声、まさか――」
「しっ……! すぐに静寂魔法を掛けるから」
そう言って俺たちの前に現れたのは、消失魔法を解いたユミスであった。
お酒も入ってほろ酔い加減だったナーサは突然のユミスの登場に肉の刺さったフォークを握り締めたまま口を開けて呆然としている。
「私抜きで打ち上げしてるなんて、カトル酷い……」
「それはさすがに言い掛かりだ。忙しそうだったのはユミスの方だろ?」
そう言いつつ俺は内心、冷や汗タラタラであった。
何せ、ついさっき魔術統治魔法を気にせず大量の魔力を使って探知魔法を展開しちゃったからな。しかも今また同じことをしようとしてユミスに咎められたわけで、どう取り繕っても言い訳になってしまう。
怒られるのは確定として、どうやって無難に切り抜けるか必死で考え始めていると、隣でポカンとしていたナーサがユミスへ陽気に話し掛けた。
「でもユミスがここに来れたのなら大したことなかったんでしょう?」
酔いのせいかユミスの不機嫌な様子を気にもしない。これにはユミスも面食らっていたが、酔っ払いに絡んでも不毛だと思ったのか俺に不満げな表情を見せてくる。
「想定の範囲内……だったけど、ここでのんびりしている場合でもない。誰かさんが魔術統治魔法を弾け飛ばすくらいとんでもない魔力を使うから全てを差し置いて確認しに来ただけ」
そう言いながら隣に座ると、横から取り置きしておいたネギマを掻っ攫っていった。思わず、アッと叫びそうになるが、ジロっと俺を見るユミスの目が気色ばんでいたのでそっと視線を逸らす。……どうやら相当お冠のようだ。
「あはは。ごめんね、ユミス。さっき静寂魔法も無しに私とカトルで竜族の事とか誓約の事とか話しちゃったから、慌てたカトルが探知魔法を使ってね」
「ん、そう……って、何でそんな?!」
ナーサが陽気に話すものだからユミスの反応が一瞬遅れる。くわっと見開かれる瞳がますます叱責するような視線に変わり、俺は顔ごと背けた。
そんな中、のほほんと構えていたナーサがとんでもない事を言い出す。
「私も少し焦ったけど、良く考えたら竜族なんて名前を知ってる人はいないだろうし、誓約って言葉だけ聞かれても、ね。その……勘違いされる程度だろうし」
「なっ!?」
「具体的な話はしてないからセーフってことで」
そう言ってナーサは満足そうにお酒を口にして、少しにやけた。
対照的にユミスはふくれっ面だ。
……あれ?
なんか二人の空気が微妙なんですけど。
「ちょうどいいじゃない。ユミスが静寂魔法かけてくれたのなら、さっきの話の続きしてよ」
「むう。私は便利屋じゃない」
酒の入ったナーサはいつもと逆でちょっと馴れ馴れしい感じなのだが、ユミスは嫌そうにしながらもきちんと受け答えしている。
「またカトルが焦って探知魔法使うよりマシでしょ?」
「それは、本当に困る」
「大事な話ってのはユミスもわかるでしょ? 仲間なんだからちょっとくらいいいじゃない」
「……ん、わかった」
ナーサの言葉にユミスは仕方ないといった感じで小さく頷くと、俺の皿からまた鳥串を何本か取っていき、それを美味しそうに食べ出した。
その光景に俺は唖然としてしまう。まさかユミスの機嫌が直るとは思わなかったからだ。
ナーサの“仲間”という言葉を境にユミスの怒りが萎んでいったのがわかる。
――もしかしてユミスはこの状況が嬉しかったりするのか?
「じゃあ、カトルが身体強化の練習をサボった理由から」
「なっ……サボったって人聞きの悪い! 魔力制御のやり方に疑問があったからじいちゃんかレヴィアに相談しようと思っただけだ」
「ん……疑問って?」
魔法の話になり興味が出たユミスが尋ねてくる。
「ああ、俺の場合、身体強化を展開すると魔力不足の感覚が拭えなくて失敗するんだけど――」
俺は二人に魔力制御について考えていた事を話した。
身体強化を展開する事で加速度的に起こる魔力を制御し切れない感覚は、あの龍脈の空洞で鑑定魔法を使った時に近い。成功させるためにはもっと魔力を抑え込む必要があるだろう。
その練習にナーサから教えて貰った制御法がうってつけなのは間違いない。
だが、それによりせっかく体内に出来ている魔力の流れがせき止められる感覚に陥ってしまう。
「じいちゃんには違う属性の魔法を四つ以上同時に平行展開するよう言われたんだ。ただ、少し加減を間違えただけで魔力が暴走するし、そもそも制御出来るようになっているとはあんまり思えなくてね。だから魔力増幅練習の一環としてやってるけど」
俺の説明を聞いてナーサは少し表情を曇らせたが納得したようだった。だが、ユミスは額に手を当てて大きな溜息をつく。
「むう。いろいろ言いたいけど、そもそも四属性全てを展開出来る人自体まだあまりいないんだから人前でその練習をしちゃダメ」
「あ……」
言われてみればそうだった。
普通は何かしら苦手属性があって、その全てを使いこなすのは難しい。
その上、人族は魔道具を使っているから複数属性を使いこなせない者だって多いんだ。
「それにカトルに身体強化を掛けると魔力が枯渇するのは私が一番よく知ってる」
「ああ、そういえばユミスも孤島で一回倒れてたっけ」
「い、今なら全力でやれば倒れないから! ……きっと」
そうか。昔のユミスでも失敗してたって考えると、俺が身体強化を出来ないのは当然なわけだ。
……なんか、いろいろすっきりしたかも。
「それを踏まえても、カトルは魔力の流れが他の人と違うから、おじい様の教えに従った方がいい」
ユミスも少し唇を尖らせつつアドバイスをくれる。
そうだよな。
急がば回れじゃないけど、まずは一にも二にも魔力増幅を優先ってことだよな。
「うん、そうするよ。ありがとうユミス」
「でも、次は人目の無いところですること」
「はは、気をつけます」
「……練習場所に困るなら、……王宮……一緒に……」
「ん? 何?」
「うう。なんでもない! ……でも、なんで身体強化が必要だったの?」
「ああ、もともとはレヴィアに、カルミネに行く条件として出来るようになっとけって言われたからなんだけどね。後は、間違って常識外れの動きをしちゃった時の対策にはいいかなって」
照明魔法のカモフラージュでなんとかなりそうだけど。
「……私はそのレヴィアさんが誰か知らないけど、カトルに身体強化って、カルミネに来させる気がなかったとしか思えない」
「それはないと思うんだけど」
最後にノリで加わった条件だったしね。
「ほんとに頼りになるの?」
「ええ? さすがにレヴィアは全部お見通しだろ。だって年季が違……?!」
そう言いかけた途端もの凄い悪寒がして俺は口を閉じる。
二人が不審そうに俺を見るが、これ以上何か言ったら後で悲惨なことになりそうな気がしたので笑って誤魔化す。
「とにかくレヴィアは大丈夫。それにレヴィアだって身体強化は最後の切り札として以外使うなって言ってたし。あれは単に俺が勝手に一人でカルミネに行かないようにする為の条件付けだったと思う」
「そのレヴィアさんの言いつけを破って、あんたはここにいるわけと」
「うっ……それはレヴィアがすぐ帰るようなことを言ってて連絡を寄越さなかったのが悪い。そ、それに例のユミスに渡した密書の件もあったしね」
そうだ。
リスドの皆に頼まれたんだからしょうがない。
……レヴィアに怒られたら素直に謝ろう。
「なんか凄い必死ね、カトル」
「ナーサはレヴィアの怖さを知らないからそんなことが言えるんだ」
「……おじい様より、怖いの?」
「比じゃない……。ってかこの話題やめよう」
レヴィアの話題は心臓によろしくない。
背筋がゾッとする。
「それより、ナーサは誓約の話を聞きたかったんじゃないのか?」
「あ……そうね」
俺はじいちゃんとの誓約の内容とこれまでの事をかいつまんで話す。ユミスと別れた後の三年間、そしてレヴィアと会ってからのリスドでの一月についてだ。
その合間にサーニャが追加の食事をもって来てくれたのだが、ちょうどリスドの話をしている時で助かった。他の話は聞かれるとまずいからね。
ただ“料理対決でのカトレーヌの活躍”と称してサーニャが目をキラキラさせながら二人に語り出すとは思わなかった。厨房からジアーナの怒声が聞こえて慌てて戻っていったけど、残った二人に良くわからない期待の眼差しを浴びて俺は頭を抱える羽目になる。
……途中でユミスと謎の握手をしていたしな。
サーニャに紙を渡してたみたいだったけど、それが何か聞いたらユミスは露骨に視線を逸らしていた。
サーニャが絡んでいるってことはあのロベルタのドレスの件なんだろうけど、どうせろくでもないものに違いない。
その後、なんとか気を取り直してレヴィアやマリーの話をすると、途中でナーサが自身の事をユミスにも切り出していた。
一度俺に伝えたからなのか、それとも酒の勢いに任せたからなのか、あれだけ辛そうに語ったカルミネへ来る前の葛藤をあっけらかんと話している。
伝え終わるとやりきったとばかり満足そうな笑みを浮かべてるし、とてもさっきまで泣いていたとは思えない。
ただ、そんなナーサに何か感じたのか、今度はユミスがこの三年間の事を話し始めた。
俺はもう同じ話を聞いているのだが、こうして三人で共有するというのはまた違う気がする。
ナーサの葛藤もユミスの戸惑いも聞くしか出来ないけれど、明確に三人の意志で前に進もうという雰囲気を感じてなんだか嬉しくなった。
「……とまあ、そんな感じで、ラドンとティロールの状況を見に行った時にターニャに会って、その流れでアルフォンソにユミスへの密書を受け取って、カルミネに来たって感じかな」
最後に俺がラドンやアルフォンソの事を話し終えて、ふうと溜息をついた時、期せずして三人の溜息が重なりお互い笑みがこぼれた。
「やっぱり、ユミスが竜族の娘と認められているってのが一番驚きよね」
「え……? 封印の事じゃないのかよ」
「それは私が考えても仕方ないじゃない。王都の地下にそんな空洞があるのは驚いたけど」
ナーサは身もふたも無いことを言う。
「早く竜族の長老様に会ってお話を伺うのが先決でしょう?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「……私が遠話を使えたら良かったのに」
「いや、あんな龍脈を使う魔法なんて狂気の沙汰だよ」
空洞で龍脈に飲み込まれそうになったからわかる。あれを使いこなすのは尋常じゃない。
「早くレヴィアに会ってじいちゃんに連絡を取りたいけど、問題はどこにいるかってことだよな。連絡をくれればいいんだけど、現状マリーに聞くしかないかも」
「伝聞石で姉さんと連絡を取る手段はないの?」
「カルミネと連邦を結ぶ直通ルートはないけど、ギルドならあるはず」
「イェルドが戻ったら、ラヴェンナのギルドに連絡を取れないか聞いてみるよ」
「じれったいわね。本当にそれで間に合うの?」
「封印は今小康状態だから一年くらいは持つはず。だけど早いに越した事はない」
「一年……。それなら……? くうぅう~」
ユミスの言葉に、突然ナーサがうめき声を上げる。
何事かと訝しげに見つめる俺たちの視線に、ナーサは目の前に残っていたお酒をぐいっと飲み干した。
「私が決めることじゃないし、保証も出来ない」
そしてナーサは俺の目をじっと見る。
「けれど、封印に竜族が関わっているというなら、是非会ってもらいたい人がいるわ。エッツィオ=スティーア。――初代スティーア家当主にして、悠久を生きる竜人その人に!」
次回は2月9日までに更新予定です。




