第四十五話 ナーサの葛藤
11月6日誤字脱字等修正しました。
「よいぞ」
「えっ?」
俺が二振りの武器の作成をメリッサに申し出ると、奥の部屋からしわがれてはいたが軽いノリの声が響いてくる。
驚いてそちらを見れば、よぼよぼの爺さんが杖を片手に立っていた。
おぼつかない足取りでゆっくりとこちらへ歩いてくるのだが、その姿に場の空気が一変する。
「おじいちゃん?!」
「老師!」
メリッサの驚愕の声とジャンの歓喜の声が響き渡った。ヴェルンドもやや緊張した面持ちに変わり、すくっと腰を上げ直立不動になっている。
「ダメでしょおじいちゃん! ちゃんと寝てなくっちゃ。今日だって朝から腰が痛いって大変だったのに」
「……すまぬ」
「こらこら、メリッサ。せっかく来てくださった老師になんてことを言うんだ。――お久しぶりです、老師。覚えておいででしょうか? ジャンルイージ=ランベルティです。またこうしてお目にかかれたのも何かの縁。ぜひこの機会に僕に刀を打って頂きたい!」
「ジャン! おじいちゃんはここにいる場合じゃないの。安静にしてなさいってスコラおば様にもきつく言われてるんだから!」
「……」
メリッサの言葉に、爺さんの顔色が若干青くなる。
……どうやらスコラって人に頭が上がらないらしい。まあ、誰しも世話してくれる人には弱いよな。
そんな事を思いながら爺さんを見ていたら、不意に視線がかち合った。
その心の底を覗き込まれるような眼光鋭い視線に思わずビクッとなり、声を掛けるのを躊躇してしまう。
「刀と剣じゃな?」
「……はい」
それは、まるでこちらの考えが全部わかっているかのような問いかけであった。俺は言われるがままに自然と頭を下げる。
いつもなら疑念を持つはずなのに、なぜ素直に頷けたのか不思議だった。
俺の返答を聞いた爺さんは満足そうに目を細めるとまた奥の部屋へ戻っていく。
それをこの場にいた全員が半ば呆然と見送り、――姿が見えなくなると騒然となった。
―――
「しっかし、閑散としてるな」
「さっきまでの喧騒は何? って感じよね」
ギルドに戻った俺たちは、ジャンを先導に地下への階段を下りていく。
この前エーヴィと模擬戦を行ったのは地下二階だったが、ここは地下五階から六階にあたる魔力の制御すらないガチンコの演習場だ。魔術統治魔法の影響を最小限にする為にこの深さになったらしい。
「やっぱり日を改めて、君たちの武器が出来てからにしないか?」
「しつこい! だったら自分でターニャの魔法人形を相手にすればいいだろ? 許可も出てるんだし」
「うむむ、それはダメだ! 確かに僕は老師が作る武器も見たいが、ヴェルンドの刀の出来栄えも見たいのだ」
「自由過ぎね、ジャンは」
「堅苦しいのは貴族だけで十分。そう思わないかい? ナーサ嬢」
いつの間にかナーサにもジャン呼ばわりされていたが、メリッサもそう呼んでいたし、むしろその方が本人も気が楽そうだ。
「さっさとやるぞ。かなり鍛冶屋で時間食っちゃったしな。早くしないと城外で魔法の練習が出来なくなる」
「時間がかかったのはあんたが武器を作って欲しいなんて言うからでしょ?!」
爺さんが注文を快諾して奥の部屋に戻っていった後、店内は大変な騒ぎとなった。
俺の依頼を引き受けてくれた爺さんがヴェルンドの師である老師ミーメその人だったのだが、最近は滅多に自分の部屋からも出ないそうで、武具の作成など数年来行っていなかったらしい。
それが久方ぶりに工房へ来たかと思えば、刀と剣を打つと言い出したのだから皆が仰天するのも無理はない。メリッサは大慌てで爺さんを追って行き、ヴェルンドは頭を抱え炉の周りを右往左往するほど狼狽していた。
結局、その後溜息を付きながら戻ってきたメリッサの口から正式に武器の作成依頼を受けることが伝えられると、なぜかジャンがガッツポーズをしながら誰よりもはしゃいでいたのだが、それからずっとこの調子だ。
「しょうがないだろ。ヴェルンドが鉄槌を振るう姿を見たら、俺だって自分の武器が欲しくなっちゃったんだ」
「ふふふ。ようやくカトルくんも剣の素晴らしさがわかって来たようだね。鍛冶屋に連れて行った甲斐があったよ!」
「俺は自分にあった武器が欲しいだけだ。ジャンみたいに手当たり次第じゃない」
「最初はみんなそう言うのさ」
「言ってろ」
「ったく、私はもっとちゃんと考えてから依頼しようって思ってたのに。勝手に報奨金も渡しちゃうしさ」
「それは……ごめん。相談もせず」
爺さんの武器ってことで息巻いたのがメリッサだった。ほんの数分前までヴェルンドと大差ないみたいなことを言っていたのに、店頭に並んでいる商品とは桁が違うと相応の額の支払いを要求してきたのだ。
『とにかくまず前金ね。おじいちゃんがほんとに作るなら素材もこだわるから、準備だけでとんでもない支出になるの』
そんな感じで先立つものを要求されてしまっては、他に手立ての取りようもない。俺はターニャから受け取ったばかりの袋を出してナーサに一枚だけ金貨を渡すと、残りを無造作にメリッサに預けたのだった。
ナーサはめちゃくちゃ睨んできたが、やがて何も言わず溜息を吐くと肩を竦めてそっぽを向いてしまう。
そしてメリッサはというと、まさか俺みたいな一介の傭兵がすぐ相応の金額を差し出してくるとは思わなかったのだろう。実際に袋を手渡した後もその重さから入っているのを銀貨と見込んで、「これっぽっちじゃ全然足りない」と呟きながら渋々と言った感じで袋の中身を覗き込み、入っていたのが全て金貨だとわかると、しばらく中身を凝視したまま人形のように固まってしまった。
『前金でこれって、精銀の剣でも作らせる気!?』
どうやら報奨金は金貨百枚だったようで、一枚引いた99枚の金貨をメリッサに手渡した計算になる。だが、あまりの高額に、確認したメリッサはその場にペタンと座り込んでしまった。
実際、精銀素材の剣となると金貨百枚でも足りないとのことだが、相場が良く分かっていなかった俺は「それもいいな」とのたまわってナーサに散々怒られる羽目になった。
「もういいわよ。それにあのお金で次の依頼に備えて欲しいっていうターニャの考えが透けて見えてたしね」
「次、ね。――ああ、それならジャンも一緒に依頼を受ければその時こそ爺さんの剣の切れ味も分かるんじゃないか?」
「それは謹んで辞退させてもらうよ。これ以上公女閣下の不条理に振り回されるのは君たちだけで十分だ」
「何気に酷いことをさらっと言ってるね」
そんなわけで、余ったら返してもらう体にして大量の金貨の入った袋を預けたのだが、メリッサは始終その枚数に目を回していた。
店頭に陳列されている武具もけっして安くはないのだが、いっぺんに金貨百枚というのは店を預かる立場の彼女でも気後れする量ってことらしい。
まあ、リスドでのサーニャの店が金貨50枚だもんな。その気持ちは分からないでもない。
「それより私は準備できたけど、カトルは平気?」
「ああ、大丈夫。いつでもいいよ」
「カトルの方から打ち込んでよね。なんとなくだけど、この刀という武器は守りに適している気がするわ」
そう言ってナーサは鞘から刀を抜き、静かに身構える。
それはいつものナーサからは考えられない言葉だった。先陣は武家の誉れ、とか言ってなかったっけ?
「うーん! わくわくするね。よし、じゃあはじめよう!」
横ではジャンが、自分が戦うわけでもないのに一番興奮していた。
すでにナーサの刀を凝視しており全くこちらを見ていない。思惑通りと言えばそうなんだけど、それはそれでどうなんだ?
……まあいっか。
「じゃあ、行くよ」
「来なさい! ――絶対に防いで見せるっ!」
俺は一応カモフラージュで自分を覆うように身体強化に似せて照明魔法を展開し始めた。それを見たナーサもまた同じように身体強化を使う。
苦手とは言うものの、俺が全く出来ないのに比べナーサのは形になっていた。ただ似せて展開した照明魔法の方が若干派手に身体を覆ってくれたので上手い具合にジャンを錯覚させられただろう。
これで仮に何か文句を言われても魔法の効果だと言い張れる……はずだ。
準備が整い、少し離れた所にいるナーサを見据える。
すでに身体強化は掛け終わったようで、ナーサもまた油断なくこちらの出方を窺っているが、どうやら本当に守りに徹するらしい。
それならそれでこっちから行くまでだ。
「言葉を借りるぜ。――先手必勝!」
俺はナーサに向けて走り出し、すぐ手前というところから一気に加速した。
速さなら負けないはず――。
そう思って振りぬいた一撃だったのだが。
キィィン!
「なっ?!」
「やっ――た!」
渾身の加速で刀を持つ右手甲を弾いたはずだった。だがナーサの刀が不意に現れると横一閃し、木剣が弾き飛ばされたのである。
(――まずい!)
俺の動き出しの方が明らかに早かったのに、ナーサの速さが勝ったのだ。
それはまさしくマリーを超え、レヴィアをも超えるスピードであった。
「くっ――!」
「えっ?!」
俺はすぐに木剣を諦めると、出した右足の勢いを止めることなくさらに間合いを詰めた。まさか俺がそのまま突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。返す刀でなんとか反応しようとするも、今度は俺の左手の方が早い。
「……う」
ナーサの首に手をやった所で俺はようやく息を吐く。
もはや刀を振ろうにも俺との距離の方が近い。なにしろ互いの息遣いが聞こえるような位置だ。ダメージを与える前に押し倒せる俺の勝ちである。
「まさか剣を捨てて、身体ごと突っ込んでくるなんて」
「驚かせられたんなら良かった」
「ああ、もう。失敗した。うまく反応出来たと思ったのに」
ナーサはそう言って刀を下ろすと、不意に俺を見て赤面する。
「……ち、近いって。いつまでそうやってるの?!」
「え、あ、ごめん」
ようやくナーサの唇が目の前にあるような位置だったことを認識し、くるりと踵を返した。俺が背中を向けたことで緊張が解けたのか、後ろから安堵の吐息が漏れる。
「な、なっ……!? 何が起こった!?」
そこでようやくジャンの声が響き渡った。何だか口をポカーンとさせて大げさに驚いている。
「勝負はついたよ。終わり終わり」
「は?! たった一合しか交えてない……よな?! そもそも、それさえよくわからなかったが……。というか、僕はもっと刀の美しさを堪能したいんだ!」
「なら持って帰ってまじまじと見ればいいだろ?」
「違う! 戦いに舞う刀の神々しさこそ求めるものだ」
「それこそターニャんところで魔法人形相手に自分で戦えっての」
「うむむむむぅー!」
「とにかく、これで模擬戦は終わり! 昼飯食べたら城外に出る。剣術も重要だけど、今は魔法の練習が優先だ」
俺は木剣を元あった場所に戻すとさっさと階段を上り始めた。ナーサもジャンに刀を渡し後ろから付いて来る。
ジャンはまだ夢心地で手元に戻った刀を見つめたまま呆然と佇んでいた。
とりあえず放っておくしかない。どうせそのうち我に返ったらまたうるさくなるからな。
そうなる前にさっさと逃げ出しておこう。
「……最初の一撃だけでも返せた、んだよね?」
そんな事を考えていたら、不意にポツリと呟く声にハッとして後ろを振り返った。
見ればナーサが俺に対して窺うような視線を投げかけてくる。
それは、まるでじいちゃんの試験の結果を待って居た頃の自分のようで、思わず笑みがこぼれた。
「ああ。まさかあんな素早く反応されるなんて思わなかった。レヴィアの槍より早かったよ」
「……私、レヴィアさん知らないんだけど」
「え? ああ、そうだよな。えっと、最初戦った時のマリーより全然凄かったよ」
「――えっ!? それって!?」
「まあ、あの時は魔法使わなかったけど」
「あっ……。うん、それでも――!」
そう言ってナーサは嬉しそうに微笑んだ。だが、俺の視線に気がつくと恥ずかしかったのか咳払いをしてわざわざ仏頂面になる。
「それで、戻ってお昼ごはん食べたら城外に行くのよね?」
「あ、いや、サーニャんとこに戻ると時間かかるから、どっかその辺で――」
「ダメよ! 少しでもお金を浮かせて武器を作る足しにしなきゃ」
「いいっ?! マジで?」
「ほら、そうと決まれば急ぎましょ。歩いているだけで閉門時間になっちゃうわ」
「いや、さすがにそこまで急ぐ必要は――」
「あるの! 刀を使いこなすなら、少しでも身体強化の練習をしなきゃ!」
ナーサはそう言うと上機嫌に走り出した。
もうその後ろ姿には、思い悩んでいた頃に感じた憂いの様子は全くない。まるで子供が遊び場に向かうかのように楽し気な素振りだ。
「ほらほら、先に行ってあんたの分まで食べちゃうわよ」
「なっ?! 待てこら。飯の恨みは大きいんだぞ!」
俺も急いでその背中を追いかけるべく階段を駆け上がる。
その時、はるか地の底から呻くような声が響いてきた。
「こんなんじゃ全然満足しないぞ! 刀が出来たら絶対に僕も行くからなぁ!」
俺たちは気にせずその声を振り切ってギルドを後にするのだった。
次回は1月29日までに更新予定です。




