第四十二話 約束
11月5日誤字脱字等修正しました。
「本当はすぐにでも封印の対策に取り掛からなきゃダメだったんだけど、いきなり女王にさせられた私は、封印の事よりも目の前で繰り広げられる貴族たちの争いを終わらせる必要があったの。でも、今そこに危機が迫っても争いをやめない貴族たちには全く話が通じなくて……」
少しだけ唇をかみ締めながらユミスは続ける。
「私の言葉なんて誰も聞く耳を持とうともしなかった。ターニャも必死で頑張ってたけど、それも焼け石に水で、結局落ち着くのに二年近くかかってしまって……」
「あ、それって確か最後はユミスお得意の氷魔法で王宮を凍てつかせて実力でねじ伏せたんだよな」
「うう。私が魔法で傷付けるの嫌いって知ってるくせに、酷いよカトル……」
「ああ、ごめんごめん」
「もう! ……でもほんとあの日はダメだった。ずっと私を見下してた貴族の一人が、私だけじゃなくてカトルやお爺様の事まで侮辱したから――育ての親が悪いとか、周囲の者に問題があったとか、そんなことを言われているうちに自分の中で暴走する魔力を抑えられなくなって……」
その光景は容易に想像が出来た。
あのフォルトゥナートのような奴らに口々に罵倒され続けたわけだ。そんなもの俺なら一分たりとも耐えられない。
「でも、その日の夜にターニャと本気でつかみ合うくらいの喧嘩をして、朝まで本音でぶつかり合って……、それではじめて仲良くなれた気がしたんだ。それに、私の魔力が尋常じゃないってこの国どころか大陸中に知れ渡っていろいろやりやすくなったから、結果的には怪我の功名だったかなって」
ユミスは嬉しそうに目を細める。
それにしても、今はあんなに仲良さそうなターニャでさえ最初は信用出来なかったのか。
周りが貴族だらけの中、頼れる人がいなかっただなんてめちゃくちゃ辛かっただろう。話を聞くだけで心が締め付けられる。
今、ユミスがこうやって笑って居られることを心から祝福したい。
「そんな感じで混乱にメドが立って、ようやく私がここに来た本来の理由である封印と向き合うことになったんだけど、いろいろ調べるうちに私の魔力だけじゃどうしようもない事がわかってきたの」
魔石とか魔力増幅効果のある武器防具類とか一通り試したんだよ、とユミスは説明してくれる。
だが俺にはそれ以上に確認したいことがあった。
「ユミスはその封印の部屋で鑑定魔法は使ったか?」
「えっ――? なんで、鑑定魔法って……!」
俺の言葉にすぐさまユミスの顔が驚愕の色に変わる。
「やっぱり使ったんだな?!」
「私は、使ってない。だってお爺様の授業で、自分の魔力で制御出来ないものに使ってはならないと習ったでしょ?」
「――げっ、そんなこと言ってたっけ?」
「カトル、聞いてなかったんだ……。それはお爺様、きっと怒るよ」
じいちゃんの授業で鑑定魔法の話が出た時は、自身の魔力を高めるのに必死だったからなあ。それどころじゃなかった。
――ってか俺、思いっきり空洞で鑑定魔法使っちゃったな。
起きたのが誕生日で良かったよ。でなかったら間違いなくじいちゃんの雷が落ちてたはずだ。……レヴィアには散々怒られたけど。
って、そんなのあとあと。
若干ユミスから冷ややかな視線を感じるが、気にしない気にしない。
「それはともかく、ユミスじゃないならいったい誰が?」
「魔道師ギルドの、長に随行してきたメンバーよ」
「長に随行? って、さっき言ってた聖夜祭か!?」
こくりとユミスが頷く。
「どうしてもこの国の現状を知って欲しくて長たちを封印の間に招いたの。でも、まさかこちらの説明も聞かず、いきなり部屋を調べ始めるなんて思わなかった。止める間もなく鑑定魔法が掛けられ、使った者たちは次々に倒れていって……」
「あちゃー。それは自業自得というかご愁傷様というか」
俺としては、とんでもない力を受けてあっさり意識を失った記憶しかないんだよな。
じいちゃんは俺の鑑定魔法のレベルが魔力に対して低かったから助かったみたいな事を言ってたけど、それでも龍脈からの力の奔流は凄まじかった。
もし俺が人並みの魔力しかなければあっさり濁流に飲み込まれてただろう。それを考えれば魔道師ギルドの者がいかに魔法に精通してようと、否、魔石で擬似的に高めた魔力などでは避けようもなかったはずだ。
「――カトルは何か知ってるの?!」
「えっ?」
「私は何が起きたかわからないまま長の怒りに弁明さえ出来なくて、結局会談は物別れに終わってしまった。せめてどういうことなのかわかっていれば、もう少し魔道師ギルドと歩み寄ることが出来たかもしれない。だから――」
「待った待った。俺はまだその封印の部屋を見たわけじゃないんだ。何となく思っただけで――」
「それでもいい! 今はどんなことにでも縋りたいの」
ユミスは悲壮感漂う視線で俺を見つめる。
そんな顔されたら、いくら確証がなくとも言うしかないじゃないか。
「あくまでちょっと気になっただけだぞ。その……ユミスの言う、封印の部屋なんだけど、リスドの西に似たような空洞があるんだ」
「えっ……?!」
「まあ、じいちゃんが居たから大丈夫だったんだけど、そこで自分自身に鑑定魔法を使った俺はその場の力の奔流に飲み込まれて意識を失っちゃって」
「なぁ……っ?! カトルのバカバカっ! なんて危ない真似してるのよ!」
「うえっ?!」
突如烈火のごとく怒り出したユミスに何が何やらわからず俺は目を白黒させる。
「あんな場所で自分に向けて鑑定魔法なんて使ったら、莫大な魔力が全部自分に返って来て、それで、それで……」
「いや、あの落ち着けって、ユミス。もう散々じいちゃんにもレヴィアにも怒られたし、まあ良く分からないけど魔力も増えたから、結果オーライって感じで」
「ううう」
またしても涙で顔が濡れるユミスの頭を優しく撫でた。まだ少し不満そうに唸っているけど、その気持ちはとてもありがたい。
「あの空洞の事をじいちゃんは龍脈の場って言ってた。ユミスは意味分かる?」
「龍脈の、“場”? 大地の力の流れが一箇所に集まるってことかな……。あ、でも……」
途端に思考の渦に入り込んでいくユミスだが、ここまで話した以上、さっき俺が感じた事も話さなきゃならない。
「ってい!」
「わっ……!」
やや俯き加減になるユミスの顔を両手で無理やり上に向かせた。
びっくりして目を大きく見開くユミスの顔が若干赤くなっている。
何でかわからないけど、まあいっか。
「まだ話は終わってないぞ」
「えっ、あ……うん……」
「じいちゃんは龍脈の場だった空洞の管理を最初、俺に任せようとしたんだ。俺が断った後、意識を失ったこともあって、結局ラドンが管理することになったんだけどね」
「……ん」
「ただ竜族の誰かが管理する必要があるって判断するくらい、じいちゃんにとってはあの空洞が重要な場所っぽかった。まあ、あれだけ力が溢れている所だから、その理屈もわかる気がするんだけど」
俺はここまで来てもまだ伝えるかどうか迷ってた。
だけど、ユミスの全てを受け入れようとする澄んだ瞳を見て覚悟を決める。
「じゃあ何でじいちゃんは、カルミネの空洞をずっと放置しているんだろう?」
「……?!」
「ユミスが孤島を出た後、白竜のじいちゃんが教えてくれた。じいちゃんは時の王と友人だったって。それなら当然、王都にユミスの言う封印があることくらい知っているはずだ。それなのに管理は王家に任せて、しかも今の女王であるユミスはその管理が出来ず困っているのに何の音沙汰も無い」
「それは――」
「そう、誓約だ。その時の王とじいちゃんとの間なのか、それとも王家と竜族の間なのかわからないけど、じいちゃんが管理出来ない理由があるんだ」
「それならお爺様に私から聞けば、封印を対処する方法を教えて頂ける……?」
「それは、うん。ユミスはどっちにしても当事者だもんな」
パァッとユミスの顔が歓喜に溢れた。
それを俺はどこか心苦しく思いながらも、言わないわけにはいかず話を続ける。
「問題は、何でそれを事前にユミスにも、ユミスに会いに行く予定の俺にも全く教えてくれなかったのかってことだ」
「……あ」
「もちろんじいちゃんだって全知全能じゃないから、封印が解けかかっているなんて知らないだけかもしれないけどね」
ただ、俺としてはじいちゃんに限ってそんなことは無いと思っている。
じいちゃんが言わなかったのは、きっと、それを教えたところで意味がないと知ってるからだ。
そして、それが示すものは――。
「封印が解けたところでさして問題がないか、問題が起きるまで動くつもりがないのか。それともはじめから全く関与する気が無いのか」
「……」
「まあ、どっちにしても封印が解ける程度なら俺やユミスは大丈夫ってことなんだろうけど」
「そんな! あれだけの力があって、しかも王家が代々守ってきたモノが解き放たれたら、王都が無事で済むはずない……!」
ユミスにはとても衝撃的な事だったのか一瞬で顔が強張っていく。
でもユミスだってずっと一緒に過ごして来たんだからじいちゃんの事はよくわかっているはずだ。
もし俺たちの命に危険があるならそれを全く示唆しないなんてことはありえない。
だけど、それがこの国の存亡に関わる程度の事なら、じいちゃんは決して関与しないだろう。
俺だってユミスの願いがなければ、そんな考えには至らなかったんだ。
「ユミスの夢は魔法使いになって、みんなを幸せにすることだもんな」
「――!」
「今朝、夢で見て思い出したよ。……そうじゃなきゃ、あんな無謀なことをしてまでシュテフェンに行かないもんな」
「カトル……」
「もし、ユミスがまだ本気で夢をかなえようと思っているのなら、俺も出来ることをするだけだ。じいちゃんが管理する方法を知っているなら一緒に会いに行こう。みんなの幸せを守る為に」
「……うん!」
「まあ、まずはレヴィアを探すところからだけどね。ああ、一度は封印の部屋を見といた方がいっか。それから……」
「カトル、ありがとう。私の夢の為に。……凄く、嬉しい!」
「ああ。……一緒に頑張ろう、ユミス」
「うん! 一緒に、一緒に頑張ろうね!」
そう言ってユミスは涙を流しながら、最高の笑顔を向けてくれた。
この笑顔を守らなくっちゃね。
今度こそ、手放さないように。
「はぁ、ったく、こないに時間掛かるなんて思いも寄らなんだわ。カトル、そっちの話は終わっ……」
「えっ……?」
ガチャリと無造作に開かれた扉を向くと、ターニャたち三人がこちらを見たまま固まっている姿が見える。
「なっ……なっ……なっ」
「あのな、カトルぅ……!」
「ふふ、そうですか。魔力の高い者同士、やはり魂の共鳴は避けられないものですね」
何だか知らないけれどターニャが拳を握り締めたまま小刻みに震えていた。
その隣ではジャンが唖然としたまま、また「なっ」しか言わなくなってるし、エーヴィはよく分からないことを呟いてニコニコ……ではなくニヤニヤと口の端を緩ませている。
「えっと……、何?」
「何? じゃないわ、このボケ! 今何しようとしとった?!」
「ええ?!」
「ううう……」
何だかユミスまで顔を真っ赤にして呻き始めている。
「何って、ユミスと話を――」
「その手はなんやって聞いとる。まるで、まるでキスでもしようと――」
「はい?」
ターニャは何を怒鳴ってるんだ?
俺はただ、ユミスが俯いてこっちを見てくれないから、肩を掴んで顎の下から手で顔を上にさせてただけなのに……。
うーん、傍から見るとキスをするような感じに見えるのか?
「カトル、あの、そろそろ手を離して……。恥ずかしい……」
「あ、ああ、わかった」
いつの間にか静寂魔法も解かれていて、ユミスはボォーッとしたまま焦点が定まっていないようだ。
だがそれを気にする間もなく、ずいっとターニャが怒り顔を押し付けてくる。
「あのな、カトル。ウチはさっきも言うたよな。誰ぞおる場所ではユミスネリア様をこの国の女王として接っするようにって」
「いや、話の途中で入ってきたのはターニャの方じゃ――」
「なんやて?!」
「まあ、まあ、公女閣下。陛下とて年頃の女性。このような……女性同士にしか見えない組み合わせも中々に趣があるかと」
「カトルのように見目麗しく実力も兼ね備えている者はなかなかおりません。陛下ほどの魔力の持ち主であれば惹かれ合うのもいわば必定でしょう」
「あんな! エルフ族が実力主義なのは理解しとるが、ここはカルミネや。こんな所を誰ぞ貴族連中に見られでもしたらエライことに――」
「公女閣下! 公女閣下はいらっしゃいますか?!」
「うわわわわっ」
突然誰かがターニャの事を大声で叫びながら階段を駆け上がってきた為、聞いたことがないような可愛らしい悲鳴が上がる。
「ああ、こちらにいらっしゃいましたか公女閣下」
「なっ、何ぞあったか!」
ターニャは顔を真っ赤にしながら動揺を隠そうとしているが、それを怒られるものと勘違いしたのか、伝令役は敬礼したまま直立不動だ。
「はい! 申し訳ありません! あ……いえ、さすがにここではお伝えできません。早く王宮にお戻り下さいませ! 伝聞石にて確認して頂きたい内容が」
伝聞石と聞いて空気が一変した。
ターニャはすぐに頷くとユミスの方を見る。
「むむ、わかった。ユミスネリア様!」
「ん……。カトル、さっきの続きはまた王宮の地下で」
「――はぁ?! ユミス――ネリア様はいったい何を?!」
「戻ったら伝える」
「クッ……わかりました。ほな」
ユミスとターニャは慌しく王宮へと戻っていく。
窓の外から見下ろせば、二の門と繋がる三階の外壁を小走りに駆けて行く二人の姿があった。
下で揉めていた傭兵たちもその姿に気付き唖然として見送っているのは滑稽だ。
「それにしても、先程の公女閣下の悲鳴は、こう、何かくるモノがあったな……」
剣のことでもないのに恍惚な表情を浮かべているジャンがどこかの誰かのように見えて気持ち悪かった。
次回は1月15日までに更新予定です。




