第十話 モンジベロ火山へ向けて森を進む
3月20日誤字脱字等修正しました
森に入って二日が経過しようとしていた。
それまでの行程は順調そのもので、道に迷うことなくまっすぐ火山へと進んでいる。
季節的にも春から夏に差し掛かる時期だった為、深い森の中少し肌寒いくらいで汗もあまりかかず快適に過ごせていた。
初日など、朝から出発したにも関わらず森の中は傭兵で溢れ返っており、猛獣どころか普通の動物にさえ全く出くわさずに進む事が出来た。
たまに遠くの方で「狼だ!」という声が聞こえるのだが、逃げる者はごく少数で、皆危険を顧みず捕らえようと躍起になっている。
「腕に自信がない者ほど、周りに誰かがいると強気になるんだ。だが、平原ならいざ知らず森の中で大勢がそう簡単に連携できるはずがない」
マリーの言うとおり「逃げたぞ!」とか「うわっ!」という叫び声がこだまし混乱しているみたいだった。俺は結構気になってちらちら様子を伺っていたが、パーティーの皆は誰も気にする素振りもない。
「ケッ! ほっとけほっとけ。群がったって雑魚は雑魚だ」
フアンが身も蓋も無い発言をする。
確かに狼の一匹程度で大勢が騒いでいるのは戦士としてどうかと思う。
だが、今はそんな喧噪が霞むほど恐ろしい存在が近くにいた。
「キミに他人を気にする余裕があるのかい?」
「……はい」
いつの間にか背後霊のようにレヴィアが立っていた。微笑んではいるが無言の圧力が怖い。
俺は黙って踵を返すと、上空を飛ぶスズメを視認して鑑定魔法をかけ始めた。
【名前】:ハッセキスズメ
【年齢】:2
【種族】:動物
【カルマ】:なし
「おお! カトルは鑑定魔法が使えるのか。凄いじゃないか」
「う、うらやましくなんか無いぞ。それで収納魔法が使えれば一生楽して暮らせるかもしれないけど、俺は決してうらやましくなんか無いからな。ううう」
「ちゃっちゃと済ましてくれ。時間を食ってる場合じゃねえからな」
最初は三者三様でそれなりに興味を示してくれたが、鉄石のように何かに表示されるならともかく、傍目からは何をやっているかわからないわけで。
「ひい、ふう」
「はい、まだまだ頑張る」
「今日のごはんは何かな」
「マリーさんは何で料理をしないでありますか?」
「むっ、失礼な事を言うな。薪を集めて水も汲んできただろう?」
「それは料理とは言わないぜ、マリーの姉さん」
レヴィアだけは合間を見て指導してくれたが、他の三人は二日目ともなると興味を失い、今はそれぞれがやるべきことをやっていた。
俺も料理の下ごしらえくらいは手伝ったが、調理となるとレヴィアの味付けに対する拘りや意外に器用なフアンの包丁捌きには敵わず、食事が出来るまで鑑定魔法の練習を集中的に行うことになった。
ただ、一日中歩きっぱなしで最後に鑑定魔法を使うというのは正直かなりキツイ。しかも空腹でやっているからめまいがする。
それでも「一日休むと三日遅れるわ。食事は作ってあげるからキミは練習に打ち込みなさい」とレヴィアに発破をかけられれば頑張らざるを得なかった。
もうちょい日中が楽なら良かったんだけど、予想以上の行軍ペースと狩りの量に結構全身に疲労が溜まっている。
とにかくマリーが凄いのだ。
探知魔法で的確に猛獣の位置を把握し、次々に獲物を狩って行く。演習場で戦ったから分かってはいたが、こうして遠巻きに見てるといかに速く精密な動きで蹴散らしているのかがわかる。
「マリーの姉さんはリスドの中でも3本の指に入る猛者だからな」
イェルドがあごを撫でながら教えてくれた。ちなみにレヴィアもそこに入っているので3人のうち2人がここにいることになる。
レヴィアはマリーが逃した獲物をまるで来る場所がわかっているかのような華麗な動きで仕留めていた。人間離れした速さをおくびにも出さず、長い黒髪を左手でかき上げながら片手で一閃する槍捌きは見事としか言いようがない。
ちなみに俺はというと早々に戦力外通告を受けていた。最後の方は倒した獲物の回収しかやっていない。
というのも俺の剣術は待ちの戦法に特化しているわけで、マリーに追い立てられて逃げ惑う獣がわざわざ俺の方に駆けて来るはずもない。
意外にも逃げていく方向を読んで先回りするフアンや、見た目どおり猪突猛進で獲物に容赦なく襲い掛かるイェルドと比べて、俺は動くことにまだ戸惑いを隠せないでいた。
とにかく加減の仕方に慣れないんだ。
どこまでなら不審に思われないのか感覚的にわからないから、どうしてもぎこちなくなる。おもいっきりやれば何てことはないのにという思いが焦りに繋がる悪循環だった。
「キミは鑑定魔法の練習に集中した方がいいね」
レヴィアに気持ちを見透かされ思わず下を向く。俺だけ役立たずというのは物凄くストレスが溜まる。
かといって、本分を忘れてはならない。俺の目的はこんなところで強さを発揮することではないんだ。
「ふー」
思わず吐息が出る。
魔法に料理に人並みな動き。
俺が学ばなくてはならないことがどんどん増えていく。
というわけで、今日も今日とて鑑定魔法に勤しんでいた。
【名前】:イノシシ
【年齢】:5
【種族】:動物
【カルマ】:なし
【名前】:アクシスジカ
【年齢】:6
【種族】:哺乳類
【カルマ】:なし
おっ?!
何か、ちょっとだけ感覚的に違うものがあった。
【名前】:フッキソウ
【年齢】:0
【種族】:双子葉植物
【カルマ】:なし
やっぱりだ。種類は増えてなかったが、種族が詳しくわかるようになってる。
これはレベルアップで間違いない! 今までは種類が増えていくだけだったが、こうやって詳しくなる場合もあるんだな。
……それにしても。
確かにレヴィアの言うとおりだ。初めて鑑定するものに魔法をかけるとあっという間にレベルが上がる。【種族】がわかるようになってから【カルマ】がわかるようになるまでに1年以上の歳月を要したはず。
レベルを上げるだけなら簡単て本当の事だったんだ。
ただ、不思議と今までが無駄だったとは思わなかった。長老の言っていたことは、つらかったけどしっくりくるものだった。
三年間行った修行はきっと価値があるはずだ。
「レベルアップが簡単にわかるのは鑑定魔法の良いところね」
レヴィアに伝えると特に感慨も無く感想を述べられた。
何か、ちょっと悔しいというかしょんぼりする。
「今日のところはキリがいいから食事にしましょう。お疲れ様」
ねぎらいの言葉に若干心が癒された。もう食事の準備は出来ているようで、俺もその輪に加わる。
今日の夕食はイノシシとシカ肉の鍋料理だ。シンプルな料理ではあったが、スープを飲むとぴりりと辛味がある。肉にも十分に味が染み渡っており、まだ若干冷える夜には温かみが嬉しい。
「さすがにあと一日では着かないか。結構大変な距離だな」
マリーがスープを吟味しながら話し出す。
「そりゃあ、マリーの姉さん。三日ってのはあくまで直線距離でってことで。道路を整備でもすりゃあ別でしょうがね」
「マリーさんだけなら余裕で着きそうだけど」
俺の隣でフアンがボソッと呟く。それを聞いたレヴィアが下を向いて目を閉じた。頬が若干小刻みに揺れているので笑っているんだろう。
「フ・ア・ン。よく聞こえなかったが」
「いやいやいや。マリーさんは歩くの早いから、猛獣を無視して進めばたどり着くかなって」
慌てて言い繕うフアンにマリーはジト目でにらみ付ける。
「確かにマリーなら猛獣も寄って来ないから、歩くだけでいいわね」
「ひどいぞ、レヴィ。それはどういう意味だ!」
「猛獣は人よりも危険感知に優れているからね。わざわざ危険を冒してマリーに戦いを挑んでこないわ」
「それは褒め言葉なのか?」
「褒めているよ。現に今日の狩りはマリーの独壇場だったでしょう?」
さっきまで笑っていたのに悠然と話すレヴィアもどうなんだろう。言ってる事は正しいのだが、どうも釈然としない。
ただ、マリーはそれに気付かないほど真っ直ぐな人だった。
「何を言う。レヴィこそ私が逃した獲物をことごとく捕らえていたじゃないか。不意打ちをくらう寸前に先手を打ってくれた時もあったし、やっぱりレヴィとのコンビだと安心して戦えると実感したぞ」
「そう言ってもらえるのは光栄だね、マリー。ただ私だけじゃなく、そこの二人もなかなかだったと思うけど」
「いいや、レヴィの安心感に比べるべくもない。レヴィはやっぱり凄いぞ」
「えええ? マリーさんそりゃないよ。俺だって今日は珍しく頑張ったってのに」
「ああ、美味い食事をありがとう」
「うぉおーん。ひどすぎる!」
にべも無い言い草にフアンは声を上げた。
「諦めろフアン。俺たちレベルじゃマリーの姉さんに戦いの話をしたって相手にされねぇ。事実、俺やお前は荷物持ち程度の活躍しか出来てねぇわけだしな」
「うるせーイェルド! 俺はお前より多く仕留めてるんだからな」
「ほーう。無駄に数えていたのか? 俺は途中から姉さん方に任せてのんびりさせてもらってたが」
「へへん。負け惜しみだな。俺は5体だ。お前は2体くらいだろ」
「なんだ、フアン。今日の狩りの話だったのか。私は42体仕留めたぞ。レヴィはその半分くらいか?」
「わざわざ数えていないよ。そこの二人よりは活躍出来たという程度ね」
「……あれ? 涙が」
「ほれみろ。今日のお前の頑張りでマリーの姉さんに評価されたのは料理だけってことだ」
フアンも戦いのフォローは出来るし料理のスキルもかなりのもので役に立つ存在のはずなんだが、いかんせん何かしゃべると残念なオーラが滲み出てしまう。
「お、俺だってな! レヴィアさんに良い所を見せようと――」
「この男の味付けはまだまだ大雑把過ぎるよ。マリーは食べられれば何だって良いのかい?」
「なあっ……!」
レヴィアの容赦ないコメントにフアンは凍りついた。
レヴィアの場合は絶対にわざとだ。悪戯好きのいじめっ子め。
ちょっとだけ、フアンの事がかわいそうになってきた。
「そんなことはないぞ。私だって、違いのわかる女だからな」
「ふっふふ。面白い冗談ね」
「レヴィは本当に酷すぎるぞ」
「ちくしょー。食ってやる食ってやる。さっさとこんな依頼終わらせて町でもっといい女を見つけてやるぞ!」
「女の方はどういうか知らんがな」
「うるせー!」
なんて言うか、賑やかな夕食だった。ユミスが居たときは二人での食事で、ここ三年は一人で食べていることがもっぱら。
レヴィアに会って、マリーに会って、イェルドとフアンに会って。
昨日も今日も会話が尽きない。こういう食事も楽しいんだな。思わず何杯も鍋をよそってしまっている。
「なあにをカトルはにやにやしてやがるんだ! そんなに俺が惨めに見えるのか? 見えるんだな。うぉおおおん」
「泣くな、さすがにうっとうしいよ」
「うるせー。てめえは魔法の才能があるのかもしれないがな。もっと剣の腕を磨いて俺みてえに――」
「おいおい、フアン。お前の冴えねえ剣術とカトルの腕を比べるたあ、さすがに馬鹿晒しすぎじゃねえか」
「そうか、こいつは剣術も凄いんだった。……いーや、実戦は厳しいんだ。いくら練習で凄くても今日の獲物の数は俺のが多かっただろ!」
それはまさしくその通りで。
実際に俺はフアンの能力をかなりのものと認めており侮ってなど全くいないわけだが、普段の言動がダメすぎるので信頼するには非常にもの足りない。
それに何と言うか。面と向かってこいつに褒め言葉を掛けるのはとても悔しい気持ちになるから不思議だ。
「確かに、カトルは攻めに難があるな。私が偉そうに言うのもおかしな話だが」
フアンの話にマリーが乗ってくる。
マリーには散々やられたから、おかしいってことは全然ないんだけど。
「受け手の型はあれだけ出来るのに動きが……何と言えばいいか、こう、ぎこちないんだ。本当にちょっとしたきっかけだと思うのだが」
マリーはずっと、右手の捌きを前にすればいいだの、右足の運びを滑らかにして力を込めればいいだの、俺の為に真剣な面持ちで剣術の指導を続けてくれるのだが、もはや乾いた笑いしか出てこない。
俺に足りないのは言ってしまえば手加減のやり方だ。
当然そんなことは言えないので親身になって技術論を展開しているマリーには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「まあ、いいじゃねえか。お前なら伸び代は十分だ。こいつみてぇに頑張ったところで5体くらいしか仕留められねぇ奴もいるんだしな」
「てめえはマジでふざけた事ばっか抜かすなよ、この筋肉ハゲが」
「ああん? いい気になってる野鼠が何だって?!」
茶髪の馬鹿と筋肉ダルマが片手にお椀を抱えたまま睨み合っている。
「さあさ、二人の馬鹿な争いはさておき、そろそろ寝るぞ。明日は朝早いからな」
「二人とも、片付け宜しくね。私とキミは今日の夜番だから仮眠して、起きたらみっちりと扱くよ」
「……みっちりって良い響きだ」
「俺まで馬鹿扱い……。こんな馬鹿の妄言に乗った俺は確かに馬鹿だったぜ……」
とりあえず、夕食はおいしゅうございました。
早く仮眠しよう。夜番をレヴィアと二人でだなんて、どんな課題があるかわかったものじゃない。
俺は英気を養うべくすぐに横になるのだった。
新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。




